メインコンテンツへスキップ
見出し画像

仏教の経典とは、自己啓発本の原点だと思うのです

    九条あざみ

    仏教の経典とは、自己啓発本の原点だと思うのです。

    宗教的な意味は置いておいて、今日は悟りについて考えます。

    ブッタの究極の悟りとは「反応しない」事だと言われます。
    それは、自分の心に起こる無駄な感情や判断を止めて、物事の本質を見ることです。

    ブッタは、人間の苦しみは心の反応によって生まれると説きました。
    例えば、人に嫌われたと感じたとき、それに対して怒ったり悲しんだりするのは心の反応です。しかし、その反応は現実とはかけ離れた妄想であり、自分を苦しめるだけです。もし、人に嫌われたとしても、それをただ受け入れて、自分の心に影響を与えないようにすれば、苦しみはなくなります。これが、「反応しない」ことの意味です。

    つまり、心の動きに影響されずに、そのまま観察するということです。このようにして、ブッタは心の平静と自由を得ました。反応しないということは、無関心や無感情ということではありません。むしろ、すべてのものに対して、慈悲や共感を持つということです。

    ブッタは、自分だけでなく、他の人や生き物の苦しみも理解しました。そして、その苦しみの原因である無知や欲望を除去するために、教えを説きました。ブッタの究極の悟りは、私たちにも可能です。

    「反応しない」ことで、自分の心は静かで平和になります。そして、その心で物事を見ると、それぞれの現象には因果関係があり、一定の法則に従っていることがわかります。これが、「悟り」ことの意味です。

    ブッタは、「反応しない」ことで「悟り」を開きました。そして、「悟り」を開いた人は、自分だけでなく他人やすべての生き物に対しても優しく思いやりのある心を持ちます。

    これが、「反応しない」ことの究極の目的です。


    この記事が参加している募集

     
     
     
    F.I.R.E.済みのアラサー女子。 旅の合間にいろいろ書いています。「スキ❤️」をいただけると旅の寂しさ人恋しさも癒されます。 ネトゲで体壊しかけたので外に出ようと 今、株と信託で生活しながら、NLPや実践心理テクニックを教えて全国をまわっています。