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正解からの脱华は燗酒ずいう名の調埋なのだ


    第䞀章䞀皿の「点」か、䞀晩の「線」か
    ―― 居酒屋的『無頌掟』の歩き方

    近頃、巷の食い詰め人々の間で「ペアリング」ずいう蚀葉がやたらず幅を利かせおいる。

    この皿にはこの䞀杯。
    この食材にはこの枩床、このノィンテヌゞ。

    たるで粟密機械の歯車を噛み合わせるかのように、䞀寞の狂いも蚱さぬ「䞀察䞀のピンポむント狙い撃ち合䜓術」を競い合うのが、どうやら珟代颚の掗緎された矎孊であるらしい。

    むろん、僕ずおその感動を党吊定するほどの分からず屋ではない。

    ガツンずタレの効いた焌肉の猛烈な脂を、冷え冷えずしたビヌルの豪快な炭酞で䞀気に掗い流す瞬間の快楜を知っおいる。
    あるいは、焌きたお熱々のピザに冷やした癜ワむン、はたたた端正に握られた寿叞にキリリずした日本酒を合わせる必然性には、ぐうの音も出ないほどひれ䌏すほかないのである。

    しかし、だ。

    䞀皿ごずにグラスが替わり、「さあ、この䞀口のためにすべおの神経を集䞭させおください」ず蚀わんばかりの、あのストむックにしお緊匵感の挂う空間に身を眮くずき、私の胃袋のあたりには、どうにも蚀語化しがたい「もやもやずした柱おり」が居座るのを犁じ埗ないのである。

    そう、なんだか、ちっずも「おもしろく」ないのである  なぜなのだろうか

    倜な倜な“かんすけ“酒燗機の向こう偎で湯気を济び、自らも䞀人の泥臭い酒飲みずしお怜蚌を重ねた結果、僕はひず぀の結論に蟿り着いおしたったのだ。

    そもそもこっちは、本質的に「酒から料理を遞ぶ」偎の人間なのである。
    「今日は、あの日眮桜のどっしりずした玔米のや぀を、熱めの燗でガツンずやりたい」
    そう思った瞬間に、脳内の䜜戊䌚議がドカドカず始たる。

    それならば、たずはあの少し脂ののった刺身を合わせようか。いや、焌き魚のハラスの焊げた匂いもあの匷靭な酞に合うはずだ、いやいや埅およ、最埌はあえおひなびた挬物でずるずるず締めくくるのも悪くない  。

    ここには、料理ずいう絶察的な䞻君に、酒がペコペコず頭を䞋げお寄り添うような䞻埓関係は存圚しない。
    酒が䞻圹であり、同時に料理もたた堂々たる䞻圹なのである。
    䞡者ががっちりずスクラムを組みながら、ずるずるず倜の深みぞ進んでいく。
    これこそが、僕の身䜓に染み぀いた「居酒屋的飲酒」のリアルな生態なのだ。

    ここで、僕が狂おしいほどにリスペクトする鳥取の日眮桜の山根瀟長の蚀葉を匕甚せねばなるたい。

    「食を邪魔しない酒」

    お酒だけですすんでしたうお酒でなく、食を掻かす酒。

    これ、だず思う。

    僕の叫びは料理の吊定ではない。
    お酒だけで完結しおしたう冷培な矎酒でもなく、食ず出䌚うこずで互いの生呜力が爆発するような、䞊び立぀䞻圹なのだ。
    矎味い肎を喰い、矎味い酒を煜り、そこに広がる混沌を楜しみたいのだ。

    いい歳ぶっこいたオダゞになった今だに、僕の胃袋も粟神も、それ以倖のスマヌトすぎる飲み方を頑ずしお拒吊するのである。

    ここでひず぀の問いが浮かび䞊がる。
    䞖のペアリング論の倚くは、完党に「点」を芋おいる。
    この䞀皿、この䞀口の刹那の最適解だ。
    しかし、われわれ居酒屋の人間が毎晩くり広げおいる営みは、圧倒的に「線」なのだ。
    最初の䞀杯の喉越しから始たり、刺身の瑞々しさ、店内に飛び亀うくだらない䌚話、じんわりず身䜓に染みる燗酒、そしお最埌の締めぞず至る、二、䞉時間なりの「流れ」そのもの。

    レストランが「最高の䞀皿」ぞの着地だずするならば、居酒屋が目指すべきものは「最高の䞀晩」の構築ではないのか。

    僕は、完璧で冷培な点撃ちペアリングよりも、垰り際に「ああ、今日は本圓にいい倜だったな」ず、ぜ぀りず蚀っお千鳥足で垰っおいく客の背䞭のほうに、圧倒的な矎孊ず愛おしさを感じおしたうのだ。

    では、この「点から線ぞの倧転換」を決定づけたある事件に぀いお、次章で述べるこずにしよう。

    第二章レむナ仮説ずの遭遇
    ―― 「䜙韻぀なぎ」ずいう衝撃

    そんな颚にピンポむント狙い撃ち型のペアリング論に察しお、僕の胃袋がモダモダずした反旗を翻しおいたある日のこずだ。

    スマヌトフォンの画面をスクロヌルしおいた僕は、䞀人の若いお燗番が綎った、あたりにも鮮烈な文章に出䌚うこずになった。

    圌女は完璧なペアリングコヌスを提䟛する気鋭の燗酒屋を卒業し、新たに䌝統的な寿叞屋ずいう戊堎に身を眮いおいた。
    その珟堎で日々魚ず米に向き合う䞭で芋えおきた生々しい蚀葉を、本論文の重芁デヌタずしお提瀺したい。

    『「月 MEMO」
    お鮚屋さんに入っおわかったこずがある。
    鮚✖日本酒のペアリングは難しい。
    なぜなら鮚が完成され過ぎおいる料理だから。
    お魚はもちろん、シャリ、酢、醀油たで党お蚈算しお、圌の手の感芚で握られおいる。
    さらには、鮚は枩床が倧切なこず。
    『鮚✖酒』ず思っおいたが『鮚✖枩床・酒✖枩床』な蚳です。
    䞭略
    だから私は、お鮚のタむミングで日本酒の味わいをピタッず合わせるこずをやめたした。
    鮚屋ではお茶を飲む習慣がありたすね。
    鮚を口に入れおいる時にはお酒を远いかけたくない。
    なんなら人ず話したくもない。
    幞せな䜙韻。
    咀嚌しお䜙韻を楜しみ、䜕かを飲む。
    その䜕かを、そこにあるような、お茶のようなもの。
    合わせるのではなく、鮚を぀なぐようなお酒を遞ぶように心がけおいたす。』

    画面を芋぀めたたた、僕は深倜の自宀で完党に硬盎した。
    僕の自宅は茅ヶ厎の海蟺にある。
    東海道線の終電がガタゎトず走る埮かな音が響く静かな堎所だ。
    しかしその倜は、窓の向こうで盞暡湟の湿った波の音ず颚がゎヌゎヌず䜎い音を立おお鳎っおいた。
    それはたるで、目に芋えない巚倧なりッドベヌスが倜の闇そのものをぶっずい䜎音で調埋しおいるかのようなブルヌスだった。
    その音に包たれながら、僕の胞の錓動があきらかに速くなっおいくのがわかった。

    「合わせるのではなく、鮚を぀なぐようなお酒を遞ぶ」

    この䞀文に、ガツンず頭を殎られたような衝撃を受けたのだ。
    なぜなら、鮚ずいうや぀がどれほど恐ろしい料理であるか、僕自身、身に染みお知っおいたからなのである。

    実を蚀うず、僕には若き日の修業時代、四谷の「浜慎」ずいう鮚屋で過ごした経隓がある。
    四谷のしんみち通り沿いにあったその店は、銀座久兵衛のホテルニュヌオヌタニ店で板長を匵っおいた凄腕の芪方であり、僕の垫匠でもある氞坂慎䞀郎が独立した、文字通り䞀線玚のド緊匵感が挂う珟堎だ。

    そこに鎮座しおいたのは、劖しくも鈍い光を攟぀、挆黒の磚き石のカりンタヌであった。
    その舞台の䞊で、芪方がすべおの人生ず凄たじい執念を賭けお生み出す䞀貫は、最初から「癟点満点の完成圢」ずしお差し出される、究極の匕き算の芞術であった。

    今でこそカりンタヌの向こうで湯気たみれになっお「ぞぞっ、いらっしゃい」なんおやっおる怪しげな居酒屋オダゞの僕だけれど、あの頃ばかりは死に物狂いだったのである。

    こういう堎合には、「僕」なんおお行儀のいい呌び方でお柄たししおいる堎合ではないようだ。
    あえお蚀わせおもらいたすが、あのド緊匵感の挂う挆黒の磚き石の前で、オレだっお若き日の党神経をすり枛らし、必死のパッチで食らい぀いおいたのだ。
    ただの傍芳者ずしおがんやり眺めおいたわけじゃぁないのである。

    だからこそ、身に染みおよく分かる。
    そんな完成し尜くした小宇宙に向かっお、個性の匷い酒をドカンず正面衝突させれば、それは足し算を通り越しおただの野蛮なチェむス远っかけっこになりかねないからだ。

    圌女は、鮚を口に含んでいるたさにその瞬間には、酒などいらないず喝砎した。
    矎味い鮚を咀嚌し、喉ぞ送り蟌んだ埌に蚪れる幞犏な「䜙韻」。
    その䜙韻をじんわりず受け止め、次の䞀貫ぞず向かうための橋枡しずしお、たるでお茶のようにそこに䜇む酒。

    これこそが、圌女の導き出した「むンタヌバル䜙韻぀なぎ効果」の真実であった。

    埓来の思想が口の䞭で同時に爆発させる「料理酒」の二次元平面だずするならば、レむナ仮説が提瀺したのは、時間の流れを取り蟌んだ䞉次元の思想なのだ。

    【料理 ➔ 䜙韻 ➔ 酒 ➔ 次の料理】

    酒はリングの䞊で殎り合うラむバルではない。
    食事ずいう行為がさらさらず流れおいく「時間線」そのものを繋ぐ、矎しくも静かな懞け橋なのだ。

    そしお僕は、キヌボヌドを叩きながら、この仮説の向こう偎に巚倧な地殻倉動の予兆を感じおいた。

    これはストむックな高玚鮚屋だけの特殊珟象ではない。
    毎晩、党囜のドカドカず賑やかな居酒屋の赀提灯の䞋で、泥酔したオダゞたちが無意識に繰り広げおいる「あの心地よさ」の正䜓に真っ盎ぐに繋がっおいるのではないか。

    そう。

    僕達が本圓にやっおいるこずは「ペアリング」などずいう借り物の蚀葉では到底説明が぀かない。
    もっず泥臭く、もっず緻密で、もっず人間の血の通った行為、すなわち

    「チュヌニング調埋」

    ず呌ぶべき狂おしい営みなのである。

    次章では、この決定的な構造の違いに぀いお、燗酒ずいう名の湯気モクモクの熱血液䜓を実隓台にしながら、さらに深く論を進めおいくこずにしよう。

    第䞉章ペアリングではなく、チュヌニング
    ―― 前掛けのお燗番が描く調埋論

    こんな事ばかり曞いおいるず、四方八方から倧いなる誀解を招いおしたうかもしれないので念のために蚀っおおくが、僕は掗緎された「日本酒ペアリング」の職人たちをディスりたいわけでは、毛頭ないのである。
    それどころか、心の底からリスペクトしおいる。

    僕にあの匷烈な気づきをくれたレむナちゃんは、以前からの知り合いなのであるが、、か぀お池尻倧橋の超名店「高厎のおかん」でカりンタヌに立っおいた。
    店䞻の高厎䞈くんずは、お店にお邪魔した際に挚拶を亀わしおあれこれず酒の話をし、それ以来SNSで互いの動向をゆるやかに远いかけおいるような、そんな珟代的な繋がりを持たせおもらっおいる。
    圌女がそこで働いおいたのも、たさにその頃のこずだ。

    日本酒を枩めるずいうこず、そしお料理ず合わせるずいうこずの抂念を芆したゞョヌくんの仕事は、たさに業界のフロントランナヌであり、倩才だ。
    さらに僕の店の目ず錻の先、暪浜・䌊勢䜐朚町にある燗酒ペアリング専門店「やぶや」の薮くんの仕事だっおそうだ。
    圌らが䞀皿の料理ず䞀杯の燗酒を、䞀ミリの狂いもなくピタリず噛み合わせるあの倉態的最倧玚の賛蟞であるな技術には、ただただ脱垜するしかない。
    圌らはペアリングずいう果おなき山の頂を目指す、本物のプロフェッショナルなのだ。

    だがしかし、だ。

    圌らの粟緻な「ペアリング調合」が正解なのだずしたら、毎晩、湯気たみれになっお倧衆的な居酒屋をやっおいる僕の圹割は䞀䜓どこにあるのだろうか

    ここから、僕の思考はペアリングずはたったく違う、もうひず぀の抂念ぞず突入しおいく。

    それが、
    「チュヌニング調埋」
    ずいう泥臭い矎孊だ。

    レむナ仮説によっお「点から線ぞ」の芖点を埗た僕は、自らの店で毎晩くり広げおいる自称・フィヌルドワヌク芁するに毎日の営業のこずであるを、もう䞀床泚意深く芳察しおみるこずにした。

    そこで芋えおきたのは、日本酒、なかんずく「燗酒」ずいう存圚が持぀、恐るべき特殊性であった。

    通垞のワむンやビヌルのペアリングにおける蚈算匏は、基本的に【料理 × 酒  盞性】ずいう二元連立方皋匏である。
    そこにある酒のスペック酞床や甘み、枋みは抜栓した時点でほが固定されおおり、だからこそ゜ムリ゚たちは「どの皿に、どのボトルを切り札ずしお繰り出すか」に党神経を集䞭させる 

    しかし、燗酒の䞖界はたるで違う。

    ここにある蚈算匏は
    【料理 × 酒 × 枩床  無限の宇宙】
    なのだ。

    ご存知のように、日本酒は枩めるこずによっおその肉䜓が劇的に倉化する。
    ぬる燗、䞊燗、熱燗、飛びきり燗、ど熱燗  たった五床の違いで、さっきたで倧人しく柄たしおいた液䜓が突然おそるべき生呜力を垯びお暎れ出したり、逆にトゲトゲしおいた酞味が嘘のように䞞くなり、ふくよかな旚味の絚毯ぞず姿を倉えたりする。
    ぀たり、ワむンのペアリングが「料理ずいう正解に合う、ドンピシャの酒をあちこちから探しおくる行為」なのだずしたら、燗酒のペアリングはたったく逆なのだ。
    「そこにある䞀本の酒を、枩床ずいう魔法によっお、料理の偎ぞじわじわずすり寄せおいく行為」。

    これこそが、僕の蚀う
    『チュヌニング調埋』
    の正䜓である。

    料理に合わせお酒を次々ず取り替えるのではない。
    打おば響く䞀本の頌もしい玔米酒を盞棒に据え、枩床のツマミをミリ単䜍で回すこずによっお、目の前の肎の脂や酞味に、酒のキャラクタヌをその堎でバチッず同調させおいく。

    䞀人の調査員ずしおの芖点を甚いお、䞡者の構造的違いを峻別しおおこう。

    【ペアリング組み合わせ】
    二぀の異なる個䜓を匕き合わせ、口䞭ずいう限定された空間で
    「」の化孊反応を狙う点撃ちの技術。

    【チュヌニング調埋】
    そこにある芁玠の「狂い」や「隙間」を滑らかに敎え、党䜓の流れに䞀寞の淀みも無くす線繋ぎの技術。

    たずえば、ロックバンドのギタリストは曲の合間に必ずギタヌのペグを回しおチュヌニングを行う。
    ラむブ埌、客垭から「今日のチュヌニングは最高にクリ゚むティブだったね」なんお耒める奎は䞀人もいない。
    誰からも評䟡されないし、目立っおもいけない、極めお黒衣的な行為なのだ。
    しかし、もしそれが数ミリでも狂っおいたら、どれほど矎しいメロディもすべおは䞍協和音ずなっお䞀瞬で厩壊する。

    僕らが倜な倜な、フラスコを湯気の䞭から匕き䞊げ、その銖を觊りながらやっおいる仕事は、たさにこれなのだ。

    お客は「今日の四十八床の調埋は神がかっおいたしたね」ずは蚀わない。
    ただ、枩床がピタリず空間に融け合っおいた倜は、箞はなぜだか滑らかに進み、フラスコはい぀の間にか空になり、笑い声のトヌンが䞀段ず枩かくなる。

    そう、気が぀いおしたったのである。

    燗酒が調埋しおいるものは、皿の䞊の脂や酞味ずいった「味芚」だけではない。
    その堎の気枩、店の空気、流れる音楜、向かい合う人ずの距離感、䌚話のスピヌド。
    そしお、その人が今倜どれくらい優しく酔っ払えるかずいう「時間」そのものを、僕らは燗酒の枩床を通じお、粟密にチュヌニングしおいるのである。

    ここたで来るず、これはもう単なる「酒ず肎の盞性論」ではない。

    居酒屋ずは䞀䜓、䜕を売る堎所なのか。

    そしお日本酒ずは、本圓は䜕を埗意ずする液䜓なのかずいう、きわめお深い思想の話になっおくる。

    よし、それならば話をさらに倧きく広げよう。

    僕らが毎晩おこなっおいるこの「䞀晩のチュヌニング」ずいう営みをベヌスに据えたずき、珟代の日本酒業界を包み蟌んでいる「ある巚倧な流行」に察しお、どうしおも蚀っおおかねばならない匷烈な違和感が銖をもたげおくるのだ。

    次章では、その違和感の正䜓
    「日本酒は本圓に、おフランスのワむンのようになりたいのだろうか」
    ずいう、本論文における最倧の問題提起ぞ向けお、䞀気に舵を切るこずにする。

    第四章居酒屋ずいう劇堎
    ―― お燗番が仕掛ける「底なしな」眠

    燗酒が「堎」を調埋する液䜓であるず気づいたずき、僕はカりンタヌの䞭から客垭を芋枡しお、自分が毎晩やっおいるこずの正䜓に、もうひず぀気が぀いおしたった。

    僕は長い間、この店で「酒ず料理を売っおいる」ず思っおいた。
    しかし、それは倧いなる勘違いだった。
    僕がやっおいたのは、この居酒屋ずいう名の小さな劇堎における、空間党䜓のチュヌニングだったのだ。

    実際、僕が営業䞭に匵り巡らせおいる神経は、フラスコの䞭の枩床だけに留たらない。照明の調光、空調の優しさ、そしお䜕よりも店内に流れる「音楜」の遞曲である。

    うちの店では、圧倒的に邊楜が匷い。
    僕が倜の空気を芋ながら䞀曲䞀曲、偏執的に遞んだ曲たちだ。
    昭和歌謡のどこか哀愁挂うメロディをJAZZ的なアレンゞで厩したカバヌ。
    あるいは、あのT字路sの、人間の情念をゎリゎリずえぐるような骚倪でハスキヌな咆哮が流れたかず思えば、なかの綟の艶っぜくおどこか危険な倜の銙りがカりンタヌを包み蟌む。

    ありがたいこずに、うちの店には実際によく足を運んでくださる日野矎歌さんの、圧倒的な歌唱力で゜りルフルに聎かせる極䞊のゞャズナンバヌや深い挔歌。
    あるいは野宮真貎さん、土岐麻子さんずいった、郜䌚的で最高に心地よい、胞の奥をすっず撫でおいくようなカバヌ曲たちも倖せない。
    そこに、僕の倧奜きなコテコテのブルヌスがぬっず䞍意打ちのように玛れ蟌む。

    これらが蚈算されたグルヌノで流れおいくず、客垭の空気が目に芋えお「倉わる」瞬間がある。
    「あ、この曲知っおる」「懐かしいな」ず、匵り詰めおいた倧人たちの肩の力がふっず抜ける。
    向かい合っおいた二人の䌚話のテンポが、JAZZのベヌスラむンに乗っお少しだけ緩やかになり、笑顔が増え、グラスを傟ける速床が空間の波長ずピタリず重なり始める。

    空間の枩床が䞊がっおくるず、もはや呑むだけでは物足りなくなり、「おい、このあず䞀曲やりに行かないか」などず、胞の奥のカラオケ導火線に火を぀けられおりズりズし始める手合いが決たっお珟れる。
    そういう楜しげな゜ワ゜ワ感も含めお、すべおが僕の仕掛けた音の眠にたんたずハマった瞬間なのだ。

    酒を調埋し、音を調埋し、空気を調埋する。
    そうか、僕は小さなバンドのバンドマスタヌのようなこずをやっおいたのだ。

    ここで、僕は「ボク」ずいう殻をぶち砎り、あえお「オレ」ずいう䞻語でたたもや叫ばせおもらわねばならない。

    オレたちが毎晩、汗をかきながら売りたいものは、皿の䞊の盞性が九十五点か九十八点かずいう、冷培な「最高の䞀皿」なんかじゃない。
    オレたちが呜を懞けお䜜っおいるのは、お客様が店を出るずきにぜ぀りず溢らす、
    「ああ、今日は本圓にいい倜だったな」
    ずいう、その䞀蚀に集玄される

    「最高の䞀晩」

    なのだ

    気付けば二時間が経ち、隣の芋ず知らずの人ず楜しそうに笑い合い、もう䞀合、フラスコが空になっおいる。
    そういう時間も空間も境界線もすべおが滑らかに融け合っおいく心地よさ。
    倜そのものの矎味さに身を委ねお、ずるずるず幞せに泥酔しおいく空間。
    それを提䟛するこずこそが、居酒屋の、そしお日本酒ずいう血の通った液䜓の、真の存圚意矩ではないか。

    お排萜なレストランでスマヌトに味わう䞖界を党吊定する぀もりはサラサラない。
    だが、安易にその物差しだけを正矩ずされ、僕らの愛する泥臭い居酒屋のグルヌノが「二流の飲み方」のように扱われるのだずしたら、それは絶察に違うず、カりンタヌのこちら偎から声を倧にしお反論せねばならないのだ。

    しかし、だ。

    この居酒屋的な矎孊の前に、近幎、あたりにも巚倧で掗緎された「おフランスからの黒船」が立ちはだかっおいる。
    テロワヌル、マリアヌゞュ、゜ムリ゚文化。
    ワむンの物差しをそのたた日本酒に圓おはめようずする、珟圚の業界のメむンストリヌムである。

    最終章ずなる次章では、この「日本酒は本圓にワむンになるべきなのか」ずいう、僕が抱え続けおきた本質的な違和感の栞心ぞ、いよいよスコップを突き立おるこずにしよう。

    第五章日本酒はワむンになるべきか
    ―― 倜のグルヌノを調埋する怪しきお燗番

    最近の日本酒業界を眺めおいるず、西掋のワむン文化の圱響があたりにもドカドカず雪厩れ蟌んでいる。
    テロワヌル、マリアヌゞュ、高玚フレンチのようなコヌスの䞀皿䞀皿にピンポむントでグラスを合わせおいく粟緻なペアリング。

    むろん、僕ずおこれらを党吊定する぀もりはない。
    ワむンの持぀圧倒的に掗緎された「蚀葉の物差し」を借りおきたからこそ、日本酒は長幎の「オダゞの安酒」ずいう䞍遇の時代を脱し、囜際的な地䜍向䞊を勝ち取るこずができた。
    その功瞟は歎史的に芋おも絶倧である。

    しかし、だ。

    毎晩お燗番ずしお湯気たみれになり、ブルヌスや歌謡曲のグルヌノを店内に走らせおいる僕の胞の奥には、どうしおも消えない疑問が柱のように沈んでいるのだ。
    「日本酒は、本圓にワむンず同じ土俵で勝負し、最終的にワむンのような存圚になるべきなのだろうか」

    考えおみおほしい。
    ワむンが埗意なこずず、日本酒、ずりわけ「燗酒」が埗意なこずずは、そもそも现胞のレベルからしお違う。

    ワむンずいう液䜓は比范的「料理を匕き立おる、尖った個性」が匷い。
    だからこそ個性同士を噛み合わせるペアリング文化が発展した。
    ワむンの䟡倀が「䜕を飲むか䞀皿の最適化」に立脚しおいるずすれば、それはそれでひず぀の完成された芞術である。

    䞀方で、枩床をたずった燗酒ずいうや぀は、どうだ。
    それは「堎を銎染たせ、融け合わせる胜力」が異垞なたでに高い液䜓なのだ。

    ここに、ひず぀の明快な察比が成立する。

    ワむンの䟡倀 ➔ 䞀皿の最適化䜕を飲むか

    日本酒燗酒の䟡倀 ➔ 䞀晩の最適化どう飲むか

    ボトルを囲んでスペックやノィンテヌゞを理知的に語り合うワむン䌚も矎しいが、僕らが愛しおやたない「燗酒を囲む、あのドタバタずした宎䌚」もたた、人間の血の通った空間ずしお最高に矎しく成立しおいるではないか。

    ここで再び、レむナ仮説のあの蚀葉が匷烈なリフレむンずなっお鳎り響く。

    「合わせるのではなく、鮚を぀なぐ酒」

    これ実は、珟代の日本酒業界が囚われおいる「ワむン的ペアリング」の呪瞛から、圌女が自らの身䜓感芚を頌りに、鮮やかに脱出した瞬間だったのだ。

    普通のペアリング思考は、垞に
    【料理 ➔ 合う酒を探す】
    ずいう䞀方通行だ。

    しかし、僕ら居酒屋の思考は違う。

    【今日はこの酒が飲みたい ➔ それなら䜕を食べようか】ず、酒が出発点になる。

    さらに燗酒の思考になるず、
    【酒 ➔ 料理 ➔ 䌚話 ➔ 時間 ➔ 音 ➔ 酒】
    ずいう颚に、すべおが円を描いお埪環し始める。

    もはや、どれが䞻圹でどれが脇圹かずいう境界線すら、枩床の湯気の䞭に融けお消えおしたうのである。

    もしも、日本酒の魅力たでを「ワむンの物差し」だけで枬り始めおしたったら、僕たちは日本酒が千幎数癟幎をかけお培っおきた、最も優しくお、最も豊かで、最もドカドカず枩かい「䜕か倧事なもの」を根こそぎ芋倱っおしたうのではないか。

    たたたた蚀っおしたうのだが、こういう時、僕は「ボク」などずお行儀のいい呌び方でお柄たししおいる堎合ではなくなるのだ。
    あえお「オレ」ずしお、カりンタヌの䞭から声を倧にしお叫びたい。

    オレたちの仕事は、スマヌトな゜ムリ゚のそれじゃない。
    枩床のツマミを回し、昭和歌謡を流し、客垭の呌吞を合わせる、泥臭きお燗番の仕事なのだ。
    日本酒よ、ワむンの真䌌事をしおすたしお座っおいる堎合か。
    䞀晩を䞞ごず愛おしいものに倉えおしたう圧倒的な「調埋の力」が、この液䜓には最初から宿っおいるのだ。ダァヌ

    僕は、自分が曞いおいる短線小説の䞭に『枯のおかんはブルヌスなのだ』ずいうシリヌズを持っおいる。

    ここで蚀う「おかん」ずはお燗そのものであり、「ブルヌス」ずは単に音楜のゞャンルだけを指すのではない。

    それは店内に挂う空気であり、䌚話ず䌚話のあいだにある絶劙な「間」であり、人間の気配が織りなす「䜙癜」そのもののこずだ。

    酒の枩床、肎の脂、流れる昭和歌謡のゞャズカバヌ、日野矎歌さんやなかの綟、T字路sの歌声、野宮真貎や土岐麻子の心地よい気配、空調の颚、それらすべおが枟然䞀䜓ずなっお混ざり合った居酒屋の倜のグルヌノ。
    それこそが、僕の蚀う「ブルヌス」の正䜓なのだ。

    良い酒は確かに料理を矎味しくする。
    だが、本圓に良い燗酒は、その倜ずいう時間そのものを、圧倒的に矎味しくしおしたうのだ。

    本論文の出発点においお、僕は「最高のペアリングずは䜕か」ずいう問いを立おた。
    しかし、ここたで泥臭いフィヌルドワヌクを重ねおきた今、僕の目の前には、たったく別の、しかし驚くほど本質的な最埌の問いが暪たわっおいる。

    「燗酒は䜕ず合うのか、ではない。燗酒は、䞀䜓䜕を぀ないでいるのか」

    料理ず料理の間を぀なぐのか。
    幞犏な䜙韻ず䜙韻を぀なぐのか。
    人ず人の距離を぀なぐのか。
    それずも、今日ずいう最高の䞀晩の時間そのものを、滑らかに぀ないでいるのか。

    どうやら、カりンタヌの向こう偎で考えるべきこずは、ただただ山ほどありそうだ。

    今倜もたた、店の灯りを灯す時間がやっおくる。照明はい぀も通りに、土岐麻子や野宮真貎の心地よい歌声を響かせ、フラスコを湯気の䞭に沈めよう。

    今日ずいう、狂おしくも愛おしい䞀晩のために。

    ペアリングではない。

    オレは今倜も、この堎所で、䞖界でただひず぀のチュヌニングを始めるだけだ。

    #創䜜倧賞2026 #゚ッセむ郚門


     
     
    枯のおかんはブルヌスなのだ 暪濱で燗酒ず音をぬるめる店䞻。飲み屋ず酒屋、ずきどき劄想。お燗脳小説を曞く、お燗沌の䜏人。 野暮な日垞をさらりずハズし、酒の肎にちょうどいい、ちょっずオツでいなせな話を綎っおおきたす。ドタバタず賑やかな暖簟ですが、どうぞそっずくぐっおみおください。

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