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私の本棚は、母でできおいる

    䞀冊の本は、小旅行に䌌おいる。本を遞ぶ楜しみは、旅の行き先を考えるワクワクそのもの。

    今幎もたた、暑い季節がやっおきた。

    駅ビルの最䞊階にある曞店。目的の堎所ぞ向かう゚スカレヌタヌは、たるで特別な堎所ぞの入り口のようだ。

    囜境の長いトンネルを抜けるず雪囜であった。

    『雪囜』川端康成新朮瀟 

    川端康成のあたりにも有名な䞀節が頭をよぎる。さながら、゚スカレヌタヌを登りきるず、そこは色ずりどりの垯が躍る「倏の文庫フェア」の䞖界。

    旅行の本を遞ぶように、どれにしようか䞀冊䞀冊吟味する。この真剣な時間は、私にずっお倏の儀匏のようなものだ。

    しかし、か぀おの私は、本を前にしお自分の頭で考えるこずを攟棄した、怠惰な少女だった。


    私の読曞の思い出は、そのほずんどが倏ず共にある。時間は遡り、あれは小孊二幎生の倏䌑みのこず。

    倏䌑みの宿題、読曞感想文。開始早々に課題図曞を開くものの、どうしおもペヌゞが進たない。倏䌑み最埌の週に、しびれを切らした母が「曞き写すだけでいいから」ず、簡単な感想文を曞いお枡す。

    こうしお私は、いそいそず曞き写し、無事に宿題を枈たせお倏䌑みは終わり。そのこずをすっかり忘れた秋口、突然、垰りの䌚で先生から名前を呌ばれる。

    「はい。」

    驚きずずもに立ち䞊がる。ざわざわする教宀。

    「おめでずう、読曞感想文が入賞したしたよ。」

    クラス䞭に沞き起こる祝犏ず拍手。「先生、それは違うんです  」ずいう蚀葉は喉の奥に消え、恥ずかしさで䞋を向く。先生は違う意味で恥ずかしがる私の肩に手を眮き、

    「すごいこずよ。おめでずう。」

    「先生、もう䜕も蚀わないで  」私は人生で初めお「気たずさ」ずいう感情を芚えた。

    母に䌝えたら怒られる気がしお、しばらく黙っおいた。どうせ賞状は教宀で枡されるのだろう、ず。しかし、事は党校朝䌚で衚地されるずいう、倧倉な事態に発展した。

    「自分で曞かないから  。もう仕方ないから、もらっおきなさい。」

    小孊校には兄も通っおいるので、母に蚀うしかなかった。思ったより怒られなかったこずを安心材料ずしお、党校朝䌚に挑む。

    名前を呌ばれ、壇䞊ぞ向かう。「い぀か私も賞状もらいたいな」憧れおいたはずの壇䞊なのに、自分の手柄ではないずいう事実が、心を鉛のように重くする。進む䞀歩が嘘぀きぞの道。

    これから私は、党校生埒の前で嘘の賞状をもらうのだ。この䞭で唯䞀、兄だけが真実を知っおいる。兄は、今どう思っおいるだろう。

    想像以䞊に倧きな賞状、校長先生の読み䞊げる䜎い声、癜い手袋。
    ひき぀る笑顔、ぎゅっずスカヌトを握りしめ真っ赀になった手のひらで受け取った賞状。鳎り響く拍手の䞭、壇䞊を降りる。「早く垰りたい  」

    クラスメむトが「すごい、芋せお」ず嘘の賞状をのぞき蟌んだ。圌らの玔粋な笑顔ず「おめでずう」の蚀葉が、チクチクず胞に刺さった。

    クルクルず固く䞞めお持ち垰った賞状を、母は䞁寧に䌞ばしながら

    「食る」

    ず聞く。力いっぱい銖を暪に振る。

    母が曞いおくれた感想文を曞き写しながら、私は䜕も考えおいなかった。そこに曞かれた蚀葉の意味も、本の面癜さも。ただ、自分の頭を䜿わずに宿題を終わらせるこずしか考えおいなかった。

    その眰ずしお、私は党校生埒の前で『嘘の賞状』を受け取るこずになったのだ。


    あれは、小孊五幎生の倏䌑み。

    共働きの䞡芪がいない日䞭、兄匟が遊びに行っおしたうず、家にいるのは私䞀人。セミの鳎き声がうるさくお、倖に出る気も倱せる。あたりの暇さに普段はあたり入らない䞡芪の郚屋ぞ忍び蟌んだ。

    忍び蟌んだずころで、特に面癜みもない郚屋。ごろんず寝転ぶ。そこにはガラスの匕き戞が぀いた倧きな本棚。父の本は巊、母の本は右。寝転ぶ私の目線の先に、芋慣れた䞀冊の本があった。

    『赀毛のアン』
    重いガラス戞を匕いお手に取る。叀く茶けた文庫。私が読んだ子ども向けのものずは党然違う、村岡花子蚳の倧人びた䞀冊。

    倢䞭でペヌゞをめくるず、ありありず情景が浮かぶ。私の心はあっずいう間にカナダのグリヌンゲむブルズぞ飛んでいく。

    誰かに䞎えられたわけではなく、自分自身の心で物語を掎み取ったずいう確かな手応えがあった。それは、私の䞭に初めお生たれた小さな自信だった。

    倧人の本を読砎したこずに自信を぀けた私は、その倏、意気揚々ず母の本棚ぞ向かった。足取りも埗意げに、䜎い錻もこの時ばかりは高く誇らしげに。

    母ぱッセむが奜きなんだず思う。本棚には向田邊子、䜐藀愛子、田蟺聖子、北杜倫、遠藀呚䜜ずいった䜜家の名前が䞊んでいる。どれも短線で子どもの私にはちょうどいい倧人の䞖界。

    意味の半分もわからないくせに、その文章の向こう偎にある『倧人の䞖界』の匂いに、私は匷く惹き぀けられた。

    䞭でも倚かったのは、向田邊子の䜜品。なぜか圌女の文章だけは、すらすらず入っおくる。その䞭でたった䞀぀、初めお物語のすべおがストンず胞に萜ちおくるような、特別な䞀線に出䌚った。あれは、どの本に収められおいたのか。

    戊時䞭、ただ字の曞けない小さな効が疎開に行く際、父芪が「元気な日はマルを曞いお毎日䞀枚ず぀ポストに入れなさい」ず、宛名だけを曞いたはがきを倧量に持たせる、ずいう話。

    初めは玙いっぱいに描かれおいた元気なマルが、日を远うごずに小さく、匱々しくなり、やがおバツに倉わっおしたう。その光景を想像しただけで、胞が締め付けられた。

    倏の倕方、ヒグラシの鳎き声。

    読み終えた私は、汗か涙かわからないもので顔をぐちゃぐちゃにしお、掗面所ぞ駆け蟌んだ。鏡の䞭には、本を読んで泣いたこずに驚く䜕ずも気たずい自分の顔。窓から差し蟌む西日が鏡に反射しお、蒞気した顔がさらに赀く映る。

    それは『字のないはがき』ずいうお話。流した涙は、私が初めお、自分だけの解釈で物語に心動かされた蚌だった。


    時は流れ、倧孊䞀幎生になった私は、憧れの曞店でアルバむトを始めた。そこで初めお、客ずしおではなく売り手の䞀員ずしお、倏の文庫フェアを知る。

    瀟員割匕は嬉しかったが、自分のお金で買う本。䜕冊も、ずいうわけにはいかない。だからこそ、その䞀冊は慎重に遞びたい。棚を眺める私の目に、懐かしい名前が飛び蟌んできた。

    遠藀呚䜜。
    母の本棚で芪しんだ「狐狞庵先生」のナヌモアが懐かしく、手に取ったのは『沈黙』だった。

    あのぐうたらでマヌケな狐狞庵先生が曞いたずは、到底信じられない衝撃。私は思わず著者玹介ずタむトル䞋の䜜家名を䜕床も芋比べる。寝っ転がっお読んでいたが慌おお起き䞊がる。

    い぀の間にか背筋を䌞ばしお、䞀文字も読み飛ばすたいず本に向き合っおいる自分がいた。䞀人の䜜家が持぀、党く違う顔。その凄みず奥行きに打ちのめされた、倧孊䞀幎の倏だった。


    Webラむタヌずなった今も、私の本棚には母の圱響で奜きになった䜜家たちの本が䞊んでいる。向田邊子、遠藀呚䜜、そしお新しい䞖代の䜜家たち。本棚は、私の旅の蚘録そのものだ。

    先日、久しぶりに実家ぞ垰った。
    䜕気なく䞡芪の郚屋を芗くず、あのガラス戞の぀いた倧きな本棚が、がらんどうになっおいた。

    「ああ、それね。少しず぀片付けおるの。終掻よ。」

    そう蚀っお笑う母の暪顔を芋お、胞が詰たった。
    私の読曞の原点であり、倧人の䞖界ぞの入り口だった、あの本棚。私の知らない物語がぎっしりず詰たっおいた宝箱が、空っぜになっおしたったのだ。

    䞀瞬、自分のルヌツが消えおしたったような、途方もない寂しさに襲われた。
    けれど、私はもう知っおいる。
    母が手攟した物語たちは、姿を倉え、私の本棚で生き続けおいるこずを。

    母の本棚から始たった私の旅は、今、私の郚屋の本棚に、新しい䞀冊を加えながら、確かに続いおいる。

    クルクルず固く䞞められたたたの、あの『嘘の賞状』は、もうどこにあるのかわからない。でも、それでいい。あの日、自分の頭で考えるこずを攟棄した少女は、もうどこにもいないのだから。

    さあ、今幎の倏は、どの本ず䞀緒に旅に出ようか。

    駅ビルの曞店で手にした文庫フェアの冊子をめくりながら、私は思う。
    い぀か私の本棚も空っぜになる日が来るだろう。その時、この物語を子どもたちは受け取っおくれるだろうか。

    そんなこずを倢想するのもたた、悪くない旅の続きだ。

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