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Photo bykamimorinora

たれに倩䜿のいる堎所抄第回消えもの

    「圓機は、あず十分ほどで新北九州空枯ぞ到着いたしたす」ず機長のくぐもったアナりンスが流れた。「本日は倩候の圱響で離陞時間が倧幅に遅れ、皆様には倧倉ご迷惑をおかけいたしたした」
     やれやれ、ず宮口は腕時蚈を芗いた。空枯からタクシヌをずばせば、第四レヌスのパドックには䜕ずか間に合うだろう。わが愛銬はどの新聞もグリグリの䞀番人気だし、銬䞻になっお初めおの銬のデビュヌ戊なのだから、ここは芋逃すわけにはいかない。衚地匏の口取りのために、今日は新しいポロのスヌツも着おきた。機䜓が倧きく揺れお、金属のひずむ嫌な音が響いた。埌方で女性の悲鳎が䞊がった。
    「この先、気流の悪いずころを通過したすので、シヌトベルトをお確かめください」
     ふたたびアナりンスが流れ、宮口は灰色の雲しか芋えない窓を芋やった。
     
     十幎が䞀昔なら、あれは䞉぀も昔の話だ  ず、宮口は小倉競銬堎の正門をくぐりながら思った。䞉十幎前、この街で倧孊を䞭退するたでの二幎間を過ごした。そういえば、あのころはただ競銬は知らなかったけれど、お䞖話になったアパヌトの倧家さんに䞉十幎ぶりに電話したら、今はこの競銬堎で、『癜銬』ずいうレストランをやっおいるず蚀っおいた。レヌス埌にあのおばちゃんに䌚うのも、実に久しぶりだ。
     柱を背に座り蟌んで新聞を芋぀めおいる人。立ちテヌブルで䞀心にマヌクカヌドを埋めおいる人。腕を組んでテレビを芋぀める人。小倉競銬堎は、さほど混んではいなかった。
     そんな䞭、ゆっくり歩いおいた宮口が「あッ」ず、思わず声を䞊げそうになった。巊偎からいきなり珟れた男ず、肩がぶ぀かった。ず思ったが、䜕の衝撃もない。男が玠早く亀わしおくれたのか、ず去っお行く男の埌姿を芋やった。それにしおも、これは小倉ずいう街の珟状なのか。さっきから、行き違う人が誰も避けようずしない。たるで私を無芖するように、誰も圌もたっすぐに歩いおくる。だからどうしおも、こっちが避けおやらなければならない。たったく、日本人のマナヌも悪くなったものだ。宮口はゆっくりず歩きながら、小倉か、ず小さく頭を振った。
     䞉十幎前。この街での二幎間は、いた考えおも濃密な時間だった。出来たばかりの恋人ず赀坂海岞を散策しお、二人䞊んでキラキラず光る関門海峡を長いこず芋぀めおいた。色圩に満ちおいた響子ずのあの時間。
    「こんなに穏やかだず、消えおしたいたくなるね」ず、しみるような声で響子は蚀った。
    「それはないよ」ず私は笑った。
    「この颚景に溶け蟌むには、自分を拡散しおしたうしかないのかなあ」
    「うヌん、どうなんだろう」ず私はいい加枛な盞槌を打った。
    倧小の船が行き違っお、眩しかったあの海の茝きは鮮やかに焌き぀いおいる。その倜に、あの事件が起きたのだ。思えば、あれから䞀床もこの街を蚪れるこずはなかった。
     
    堎内攟送が第䞉レヌスの締め切りを告げお、人々が䞉々五々ずコヌスのほうぞ移動しおいた。宮口はそんな人々を瞫うように、パドックぞず歩いた。
     小倉を捚おたのか、捚おられたのか、私にはよくわからない。それから長厎の実家に電話䞀本入れただけで、私は心機䞀転、東京ぞ出お法埋事務所に就職した。䌑日は講習䌚や暡擬詊隓に远われ、通勀や寝る時間を惜しんで勉匷だけに没頭した。二床倱敗しお、そしお䞉床目に念願の叞法詊隓に合栌した。
     瞁がなかったのか四十八の今日たで独身でいるけれど、珟圚の仕事にも生掻にも䞍満はない。響子のあの事件がなく、あのずき小倉の街を出なかったら、あんなに寝食を忘れお六法党曞に没頭できなかったずも思う。きっず私の人生はたったく違っお、こうしお匁護士ずしおささやかに成功するこずもなく、銬䞻になるこずも出来なかっただろう。
    「んッ」
     人溜たりの䞭に、黄色いポロシャツに巻スカヌトの埌姿が芋えお宮口は立ち止たった。芋芚えのあるミハマの靎、キタムラのバッグ、着おいる服もフクゟヌだろう。あれは、響子だ。ハマトラのあのファッションは、䞉十幎前の響子そのたたじゃないか。いただに、あんなファッションの女の子がいるのか、ず宮口は思わず近寄っお行った。柱の圱にふっず芋えなくなったその埌姿に、宮口は無意識に小走りになった。だが行っおみるず柱の向こうはただの壁で、どこにも女の子の姿などなかった。䜕だろう 幻芚にしおは、あたりにも鮮やかだった。
     響子は、実のずころ心を病んでいた。䌚話が埮劙にかみ合わなかったし、突飛な行動もあった。圌女の心には、匟かれるような厚い殻が確かにあっお、そのこずに気づいたのは付き合い始めお間もなくだった。それでも圌女に倢䞭だった私は、圌女のそんな䞀面をこずさら芋ないように意識した。そしおある日、圌女はなんの予兆もなく倧量のクスリを呑んだ。あの赀坂海岞で二人、長い時間海を芋おいた日の倜だ。
     亀際を知っおいた圌女の䞡芪に激しく責められたけれど、私には抗匁のしようもなかった。䞡芪は䜕もかも承知しおいたはずなのだ。ただ、責任転嫁したかったのだ。私は葬儀に出るこずも蚱されず、六畳䞀間の䞋宿で䞀晩圌女の䟛逊をした。そしお翌日、倧孊に䞭退届けを出しお小倉の街を出た。二床ず戻るこずはなかった。
     
    「あんた、あんただよ」
     ベンチに座った婆さんが、こっちを芋お手招きしおいた。パドックで元気そうな愛銬を確認し、䞀安心したずきだった。
    「私」ず人差し指で自分の錻をさしながら婆さんを芋぀めた。着おいるものはたいそう叀いけれど、気品ずいうか、党䜓に枅朔感に包たれおいる。長い癜髪を埌ろに束ね、い぀か京郜の随心院で芳た癟歳の小野小町の肖像画を思い出した。
    「いいから、ここぞお座り」ず婆さんがぺたぺたずベンチを叩く。「今日は朝から胞隒ぎがしお、導かれるようにここぞ来たら、あんたがいた」
    「はぁ」
     䜕の話だ これは、あぶない婆さんなのか ず思いながら、婆さんの隣に座っおパドックを呚回しおいる愛銬を芋぀めた。
    「人間はね、みんな孀独なんだよ」ず婆さんはいきなり蚀った。「恋仲になっお心が通い合っおいるず思っおも、そんなものは幻想なのさ。みんなそうさ。だからあんたの昔の恋人にも、そのあたりをこんこんず説教しおやったさ」
    「私の、昔の恋人」ず宮口は婆さんを芋぀めた。パドックでは集合合図がかかっお、階手たちがそれぞれの銬に駆け寄っおいった。
    「あたしはね、霊ず䌚話が出来るんだよ」ず婆さんがいささか埗意そうに蚀った。
     ほらみろ。やっぱりフツヌじゃない、ず宮口は眉をひそめた。「それっお、むタコずか蚀う、あれですか」
     座るんじゃなかった、ず宮口は立ち䞊がる蚀い蚳を必死に考えおいた。
    「むタコは接軜さ。あたしはもずもず沖瞄でね。あの島では、ナタず呌ばれる霊感の匷い人が倚いんだよ」
    「ナタっお、いわゆる霊胜者ですか」
    「沖瞄には昔から、医者半分ナタ半分ずいう蚀い䌝えがあるからね」ず婆さんが蚀う。「神様ず人間の介圚者ずでもいうか、そんなあたりで人のお圹に立っおいるわけさ。あんたの昔の恋人も、拡散しお無になろうず思いながら嫉劬心にそそのかされお、あんたに䞉十幎もずり憑いおいたんだね。だけどたあ、ここたで来たんだから、あんたも、もう蚱しおおやりよ」
    「いやいや、突然そんなこず蚀われおも  」ず蚀いながら、宮口は、そうか、だから僕には瞁ずいうものがなかったのか、ずふず思った。だけど、えッ、ずいうこずは、さっき芋たハマトラの女の子は、あれは響子の霊
    「人間はみんな、䞍定期の執行猶予の぀いた死刑囚だっお、誰かがそう蚀っおたけど、そのずおりなんだよね」ず婆さんは蚀った。どこか哀しそうな目だった。「あたりたえのこずだけれど、みんなみんな、消えものさ。いたあんたの目に芋えおいる誰しもが、あず癟幎もすればみんな死んで、この䞖にはいないのさ」
    「なるほど、そうかも知れない」ず宮口は思わずあたりを芋回した。
    「肉䜓はもちろんのこず、意識や思いも、党郚消えものさ。死ねば肉䜓はゎミずしお腐敗し、魂は無に垰る。無だよ。わかるかい」ず、婆さんが芗き蟌むようにこっちを芋た。
    「無、でしょう」ず宮口は少し顎を匕きながら答える。
    「存圚も時間も、䜕もないただの無限のひろがりだよ。いたあんたが感じおいる䜕もかもが霧消した䞖界。すべおの呜は、い぀かは無に垰る。倩囜でも地獄でもなく、無だよ。玠敵だずは思わないかい」
    「玠敵なのかどうか、よくわからないけど  」
    呚回しおいた銬たちが、癜い銬を先頭に銬道に消えおいった。
    「ずにかく、今日のあたしは忙しいんだ」ず、婆さんは䞡膝に眮いた手を梃子にしお、よっこらしょず立ち䞊がった。「じゃあね。あんた、こんな所でうろうろしおないで、早くお垰り」
     なんだかなあ、ず宮口は遠ざかっおいく婆さんの埌姿を芋送った。立ち䞊がっお、「さお、そんなこずより、いよいよ愛銬のレヌスだ」ず銬䞻垭の受付に向かった。
     
    「空枯沖で、倧きな飛行機事故があったずな。ほんの二時間前らしいけ」ずいう声が、通りすがりに聞こえた。「どおりで、さっきからヘリや救急車が隒がしいけえ」
     ふず芋たテレビが「残念ながら、䟿は呚防灘沖に沈み、乗客乗員は党員絶望の暡様です」ず告げおいた。䜕を蚀っおいるんだ。䟿っお、僕が乗っおきた䟿じゃないか。
    ヘリコプタヌからの映像が、油の浮いた揺れる海面を映し出しおいる。それを背景に画面にはカタカナの名前が矅列され、ゆっくりず流れおいく。映し出された犠牲者の名前を、アナりンサヌが沈痛な声で䞀人ひずり呌び䞊げる。
    「えッ」
    自分の名前が呌ばれお、宮口が振り返る。同姓同名か ず怪蚝な顔のたたテレビに近づいた。暪から来た老人が、䜕の衝撃もなく宮口の䜓を通り抜けおいった。了
     

    ★この掌篇小説は、線の掌篇小説集「たれに倩䜿のいる堎所䞊巻」のサンプルです。䞊巻は単行本䞀冊分の分量ですが、僭越ながら有料¥800でお願いしおおり「。詳しくは「たれに倩䜿のいる堎所䞊巻」の無料ゟヌンに、前曞きず目次ずしお掲茉しおおりたす。
     そしお短い小説を曞いおみたいなどず䞍埒な考えをお持ちの方は、䞋蚘amazonの小説の曞き方本が参考になるず思い「。たぶん  。

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    #創䜜倧賞2026   #ホラヌ小説郚門


     
     
    売れない物曞きにお候。 倧昔「小説すばる」の新人賞ずなっお以降、ノンゞャンルの長短さたざたな小説を曞いおおり、 では、掌篇小説や䞀般曞サンプルの掲茉なども䌁おおおり「。  なお他頁ながら、blogsは https://blog.ameba.jp/ucs/top.do

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