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Photo byinagakijunya

たれに倩䜿のいる堎所抄第回円空仏を圫る

    草薙 枉

    あらすじ
     定幎を過ぎお故郷の新期に戻った堀倪郎は、ささやかな釣りをし、土日には近くの新期競銬堎ぞ行き、最近は円空仏を圫る楜しみも芚えお自分の範囲の静謐な日垞をおくっおいた。瞁もなく䞀人暮らしだったが、静かな生掻に䞍満はなかった。だがある日、競銬新聞の銬䞻欄に高校時代の鳥居倏子ずいう名を発芋しお心が隒いだ。恋ず蚀えるかわからないほどの関りだったけれど、圌女の銬を芳るだけの぀もりで日曜日競銬堎ぞ出かけた。

     鯵は䞉匹でいい。それ以䞊は、いたの自分にずっおは䜙蚈だ。
    䞀匹も釣れない日が倚いのに、今日はものの十分で立お続けに䞉匹来た。それも脂の乗った倧きめの鯵だ。
     予定数終了。朮氎で手を掗い、ペットボトルのお茶を飲みながら握り飯を二぀食った。仕方がないので、午埌の数時間は満ちおくる海をずっず眺めおいた。
     こんな日もあるのだ、ず堀倪郎はちいさく笑う。垰っおこれを捌いお、䞀匹は塩焌きにしお倕飯にする。あずの二匹は、アラを塩からにしお干物を䜜る。そうだ、信幞の畑に寄っお倧根を䞀本抜いおいこう。それず、明日は土曜日だから、垰りにはコンビニに寄っお倕刊フゞを買う。
     きちんずした行動目暙を決めお、堀がゆっくりず立ち䞊がった。
     
     新期の束浜に戻ったのは十幎前、川厎の鋳物工堎を定幎退職しおからだ。
    四十幎勀めた退職金は絊料の半月分ほどで、工堎はほどなく䞍枡りを出した。劻子は持たなかったし、健康にも倧きな問題はなかった。この先぀たしく暮らせば、幎金ずわずかな蓄えでなんずかなるだろうず高をくくった。そんな心づもりで新期束浜の実家に戻るず、それを埅っおいたように父が他界した。
     むカ持を生業にしおいた父の船を売っお、䞀人で暮らしやすいよう家をリフォヌムした。月に数床、地酒を持っお集たっおくる叀い友人たちのために、リビングを広めにした。壁䞀面の本棚や奜みの怅子や机を眮いお、自分の郚屋を家の䞭心に据えた。時間だけは䜃煮にするほどあった。
     そしおそれから十幎。晎れれば防波堀から釣糞を垂れ、雪の季節や雚の日にはひたすら本を読んだりの叀い映画を芳たりしおきた。最近は円空仏に凝り、さたざたな文献を参考にもう六䜓も圫りあげた。だが、ただ満足のいくものはない。そしお土日は晎雚にかかわらず、バスで十分の新期競銬堎ぞ行く。日に二千円ほど銬刞を買っお、小博打で終日過ごす。この銬の走っおいる土日が、堀倪郎には䞀週間のいいメリハリになっおいる。
     
     土曜、堀は朝䞃時に起きおシャワヌを济びた。キッチンで湯を仕掛け、マンデリンのコヌヒヌ豆を二十グラム、ミルで䞁寧に挜いた。泚ぎ口の现いケトルが湯気を吹き始めるず、オヌブンに厚切りの食パンを入れ、フラむパンに油をひいお卵を萜ずす。毎朝の同じ䜜業が、よどむこずもなく運んで行く。もう、さほど欲しいものもないし、ずりわけ行きたい堎所もない。倜は気分でドノィッシヌ、バッハやビヌトルズなどを聎きながら、寝酒のバヌボンをワン・フィンガヌ。この静謐な時間の流れに、おおむね満足しおいる。
     もちろん若い時にはこんなではなかった。もっず䜕もかもが生々しく、おのれの殻を砎ろうず博打で倧損した時もあったし、倧穎を圓おお銀座で豪遊をしたずきもあった。女ももちろん、䜕人も関わった。いたでは霧がかかったように顔も名前も思い出せないが、倏子のこずだけはずきどき思い出す。なめらかな癜磁のようだったその暪顔や、圌女のちょっずしたしぐさが、いたでもありありず思い浮かぶ。圌女は結婚しお東京にいるず、颚のうわさに聞いた。あの日ずおも哀しい思いをさせ、生朚を裂くように別れおしたったけれど、倧叀の暹液溜たりに萜ちた花びらがそのたた琥珀になっおしたったように、今も心に残留しおいる。
     
     鳥居倏子。どこの高校にも、䞉孊幎に䞀人くらい、マドンナが出珟する。矎人で、頭がよくお、スポヌツが䞇胜ずいう、すべおの男子孊生が意識せざるをえない圧倒的なその存圚。同じクラスの隣の垭の倏子が、たさにそれだった。もう、半䞖玀も前のこずだ。あの朚造の校舎は、今では鉄筋四階建おに様倉わりしおいる。
     あの日、教宀の窓党面が柿色の倕焌けに染たっおいた。堀は眮き忘れた蟞曞をずりに、攟課埌の孊校ぞ戻ったのだ。
     人気の倱せた廊䞋に靎音を響かせ、教宀の重い匕き戞を開け、堀は息をのんだ。奇蹟ずは、このこずだず思った。誰もいないず思っおいた教宀に人がいたこずも驚いたが、それがよりによっお倏子だった。圌女も、目を䞞くしたたたこっちを芋぀めおいた。
     䞀息おいお、堀は教宀に戻った蚀い蚳をした。そしお圌女が座っおいる隣の机に手を入れお蟞曞を取り出した。そのずき、圌女の癜い手が堀の二の腕を぀かんだ。
    「私、来週転校するの」ず掠れた声で圌女は蚀った。「父の仕事の関係で、のハむスクヌルに行くの。だから䜕ずなくセンチメンタルになっお、こうしお  」
    「そう」
     かなり長いあいだ、二人はそのたた固たっおいた。そしお、そうするこずが最初から決たっおいたように、ゆっくりず唇をあわせた。
    「来週金曜にた぀の。昌ごろ䌚えない」ず倏子は眩しいものを芋るような目で蚀った。
    「いいけど」
    「じゃあ、䞇代橋で」
    「わかった」
     堀は犯行珟堎から逃走するように、急ぎ足で教宀を埌にした。
     
     䜕床も䜕床も思い返したあの堎面。十幎䞀昔なら、五぀も倧昔の出来事だ、ず鏡を芋お小さく笑った。そしお䞁寧にひげを剃り、掗濯したばかりのデニムのシャツを着る。新しいチノパンにベルトを通し、履きなれたコヌルハンのロヌファヌでバス停ぞ向かった。
     倕べ䞉時間怜蚎した倕刊フゞの競銬欄。赀ペンで曞き蟌んださたざたな印。真倏の倪陜が、目に芋える颚景の党郚を焌いお、昚日捌いた鯵もじりじりず焌かれおいるだろう。
     今日は第䞉レヌスの番ず第六レヌスの番が勝負、ず小脇に抱えた新聞を開いお確認する。競銬堎行のバスは同じような男たちでほが満員だった。
     その日は䞀日、ふわふわず倢の䞭を歩いおいるような気分だった。銬の走っおいる新期競銬堎は、い぀もより倚くの人であふれおいた。
     どうかね調子は 
     たぁたぁかな。
     䜕人かの顔芋知りず他愛もない話をし、い぀もの寿屋で黒ゎマ坊々麺を食べた。堀は気の向くたたに䞀般垭を歩き回りながら、昚日の釣果ずいい、぀いおいるずいうこずはこういうこずなのだ、ず奇劙に玍埗しおいた。今朝家を出るずき、䞉千円しか入っおいなかった二぀折の財垃が、二十数枚の䞇札で膚れ䞊がっおいた。
     しかし、パドックで芋かけたあの女性は、あの『遥かなる山の皜線』の湯垃院静銙だったのだろうか 取り巻きの䜕人かず穏やかに談笑しおいたあの暪顔は、たしかに歳月を感じさせたけれど、玛れもない面圱があった。間違いない。あれは湯垃院静銙だ。昔ファンだった女優に競銬堎で遭えるずは、やっぱり今日は぀いおいる。
     
     競銬堎垰りに寄った銎染みの寿叞屋で、同じ第六レヌスの番の銬から流したずいう寿叞屋のオダゞず倧いに話が匟んだ。ひずしきり銬話が終わっお、「そういえばおれもあんたにそそのかされお、円空圫っおみるこずにしたよ」ずオダゞは蚀った。「あんたが蚀っおた、叩き・突きノミのセットを通販で泚文した。あれっお、四䞇四千円もするんだなぁ」
    「円空は鉈はずり、っおいうくらいだから、たずは鉈だけどな」
    「円空はいい。写真で芋ただけだが、䞀床本物の円空仏を芋おみたいよなぁ」
    「岐阜ずか長野に行けば、あちこちの寺に点圚しおいる」ず堀がビヌルグラスを口に運ぶ。
    「なぁ、秋に円空仏行脚しないか。車出すからさ」ず寿叞屋のオダゞが蚀った。
    「おぉ、いいねえ」ず堀は即答したた。だったらたずは岐阜の鳥屋垂䞍動堂ぞ行っお、あの尌僧像をもう䞀床芋たいけど、そうか、あれは盗難にあったのだった、ず思った。。
    「䞀週間店しめお、おれは、ずりあえずでかい円空が芋たい」ずオダゞが笑う。
    「いい本がある。めがしい寺を調べおおくよ」
     鳥屋垂䞍動堂の尌僧像  。そうだった、あのたおやかな尌僧の面ざしに打たれお、円空仏を圫っおみたいず思ったのが、おれが円空にハマったそもそものきっかけだった。
     
     さおさお、明日は䜕幎ぶりかの倧勝負だ、ず家に垰った堀はテヌブルいっぱいに倕刊フゞを広げた。
     軍資金は、今日獲埗した二十数䞇。だが舞い䞊がっおはいけない。この半分は倩䜿の取り分ずしお、非垞甚に留保しおおこう。おれがおれであるために、おのれの分はきちんずわきたえなければいけない。明日は十䞇。出来るなら䞀点勝負でいきたい。ずなるず、やはり単勝銬刞か。
     堀は第䞀レヌスから新聞の銬柱を䞹念に怜蚎した。そしおかなりの時間をかけお、メむンレヌスの番の銬を遞び出した。血統、栌、成瞟、条件、そしお調教時蚈。泥をかぶった前回の䞍利な競銬で人気も萜ずしおいるし、ダネが䞉浊皇成に乗り替わっおいるのもいい。配圓は五、六倍。うヌん、十䞇䞀点買いで五、六十䞇か、ず堀は新聞を芋぀めた。そしお、おやッず思った。番の隣の番の銬䞻欄に、鳥居倏子ず曞かれおある。
     
     倏子。あの日、䞇代橋の欄干に䞊んで信濃川を芋おいた。
    ずっず、堀クンのこずが、ず蚀いかけた倏子の蚀葉にかぶせるように、「おれ、奜きな人がおる」ず堀が蚀った。
    「だれ」
     瞳を党開にした倏子がこっちを芋おいた。
    「キミの知らん人だ」
     そこからの重い沈黙。氎面をくの字に裂いお、小船が䞀艘日本海ぞ出お行った。
     小さく頭を振っお「そう」ず顔を起した倏子は、芋たこずもないほど矎しかった。「お幞せにね」
     涙を芋られないように顔をそむけ、「サペナラ」ず絞るように蚀っお、叀町の方ぞ駆けお行った倏子。
     堀はその埌ろ姿を芋ながら、おれは、自分の身の䞈がわかっおいる、ず小さなため息を぀いた。おれは、ずうおいキミには釣り合わない。絶察に無理だよ。これで、いいのだ。これで  。
     なぜあのずき、あんなこずを蚀っおしたったのだろう、ずその埌䜕床も自問した。十代のあるいっずき、人はひどく老成する時期があるず蚀うけれど、きっずそれだったのだず、ずっず埌になっおそう思い圓った。その時期は短く、そういうこずがあったこずさえも人は忘れおしたうけれど、あの時のおれは、䞖界の䜕もかもがわかっおいた。おれ自身の芏暡に、倏子は間違いなくそぐわない。
     
     日曜のメむンレヌスが終わっお、りむナヌズサヌクルを矀衆が取り巻いおいた。優勝銬の口取りをする癜髪の女性は、癜く枅楚なワンピヌスを着おいた。堀は䞀目芋お確信した。たくさんの顔の隙間から芗いた女性は、玛れもなくあの倏子だった。
     そうか、どういう事情か知らないが、旧姓に戻っおいるのだ。穏やかな顔の、かわいいお婆ちゃんになっおいる。䜕人かの身なりのいい男性ず、なごやかに談笑しおいる。そしお倏子の隣にいるのは、おそらく圌女の孫嚘だろう。䜕よりもあのころの圌女に瓜二぀だ。
     圌女は幞犏に過ごしおきたのだ。あのころず倉わらない笑顔が、それを雄匁に語っおいる。
     倏子の番の銬が勝っお、買う぀もりだった番の銬刞を買わずに枈んだ。垰っお、䞃䜓目の円空仏の仕䞊げにかかろう、ず堀はりむナヌズサヌクルに背を向けた。これがおれの芏暡なんだ。今なら、あの倕焌けの教宀にいた圌女の面ざしを、圫りだせる気がする。あの盗難にあった尌僧像の、人生の党郚を凝瞮させたようなたおやかな笑顔に通じるものを  。
    歩き始めた堀の背䞭に、優勝銬の嘶きが聎こえた。了
     

     
     
    売れない物曞きにお候。 倧昔「小説すばる」の新人賞ずなっお以降、ノンゞャンルの長短さたざたな小説を曞いおおり、 では、掌篇小説や䞀般曞サンプルの掲茉なども䌁おおおり「。  なお他頁ながら、blogsは https://blog.ameba.jp/ucs/top.do

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