
いまこそ本気で「かわいさ」を習得せよ!
突然ですが「かわいい」って、年齢制限があるような気がしない?
大人になったら「きれい」とか「すてき」を目指すべきなんだろう、なんとなく思っていた。
だって「美魔女」なんて言葉があったくらいだしね。
でも最近になって、ようやく気がついたことがある。
「かわいい」にもいろんな形があって、むしろこれからは「かわいさ」を目指すべきなんじゃない?って。
今日は、その話をしようと思う。
子どもの頃から「かわいさ」を目指すことって、なんだかハードルが高かった。そこには「ぶりっこ」ってレッテルを貼られることへの恐れ。っていうのもあったし、「きれい」や「すてき」みたいに、自分で磨くものとは違って、もともと備わっているものだと思っていたのかもしれない。
そして大人になってまで「かわいさ」を求めるのは、ちょっと子どもっぽくて、甘ったれているように見えるんじゃないか。長年しっかり者でやってきた私は、無意識に甘えることにブレーキをかけていたのかもしれない。
かわいさは子どもだけに使う言葉だと思っていたんだな。
看護師として働くようになり、私はいろんな年代の人に出会った。
不公平なんじゃないかとは思いつつ、どうしても「かわいいな」と思ってしまう患者さんがいる。スタッフでもいる。
それは不思議なことに、小さい子どもや若い女性だけとは限らない。
自分と同じくらいの人や、年上の人、年配者。男性も女性もいる。
「かわいいな」そう思うと、つい声をかける。
困ってない?いつも以上に気になってしまう。
もし入院でもしようものなら、病棟のスタッフに「優しくしてあげてください」と、まるで親族かなにかのようにひと言添えてしまう。
いったい、他の人となにが違うのだろう。
見た目が好みなのだろうか。恋でもしているのだろうか?
彼らの共通点は、話をしているとたいていご機嫌で、よく笑い「ありがとう」と自然に言ってくれることだ。こちらが何か特別なことをしなくても、うれしそうに笑ってくれる。
そんな姿を見ていると「あぁこの人の内側には、やわらかさとか素直さみたいなものがあるんだな」と感じる。
それが、私が感じる「かわいらしさ」の正体だったのかもしれない。
笑顔を返されると、うれしくなる。
うれしいから、好きになる。
好きになると、もっと優しくしたくなる。
そしてもっと「かわいさ」に惹かれるようになる。
その「かわいさ」は若さでも見た目でもない。
明るさや素直さ、無邪気さ、そんなものが内側からにじみ出てくる「かわいさ」。その「かわいさ」が人の心を引き寄せて、優しさを引き出していくんだ。
まだまだ30年も40年も先の話にはなるが、これから私も年を重ねていけば、誰かの手を借りて人に甘えなければいけない場面が増えていくだろう。
そんなときに「つい手を貸したくなる人」でありたい。
「貸してくれた手」には素直に感謝できる人でありたい。
笑顔でいること、素直でいること、ご機嫌でいること。
そんな日々を積み重ねて本当の「かわいさ」を、じんわり育てていきたいと思う。
きっとまだ、今なら間に合うと思うんだよね。