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随想|皮膚の弱いところを差し出す



    「この恐竜たちを仲間にしたの」

    聞き馴染みのない言葉に、疑問符が浮かぶ。

    「この恐竜たちを仲間にした」
    たしかに弟がそう言った。
    聞き間違いではなかった。


    どうやら、恐竜と仲間になって、協力して生き延びるゲーム?らしい。
    ちょっと、よくわからないけれど、恐竜を仲間にするって、響きが素敵だ。

    「うわー、ティラノきた」

    突然でてきたティラノサウルスに対し、矢のような武器で戦う。
    (あとから聞いたが、あれは麻酔らしい。恐竜が仲間にいるのに、人間が前衛となって戦っている。)

    あ、ティラノは仲間じゃないんだ。

    弟はゲーム内でティラノサウルスに襲われている。というか、噛みつかれていた。

    「えー、やばいじゃん」
    私が言う。

    「でも仲間が助けてくれるから」

    ティラノサウルス以外の恐竜は、弟を仲間と認識しているらしく、大きなその敵(?)に立ち向かう。

    「みんな𓏸𓏸(弟)を仲間って認識してるんだ?ブルーみたいな?」
    「そうだよ」

    ※ブルーとは、ジュラシックワールドに出てくるヴェロキラプトルのことで、主人公と強い絆で結ばれている。

    そんな話をしていると、弟の仲間の恐竜たちが、ティラノサウルスを圧倒し始めているらしい。

    「いやいや!そんなにしないで!仲間にするから!」

    なるほど、ここから恐竜を仲間にできるんだ。


    結局、どういうゲームなのか、あまりよく分からなかったけれど、
    今は存在しない生き物を仲間にして、共に生きるゲーム、なんか素敵だ。

    仲間にするには、戦わなきゃいけないみたいだけれど。
    それはちょっと悲しいかも。
    なんか、餌付けとか出来ればいいんだけどな。

    いや、でも。
    ティラノサウルスに遭遇した時、弟は噛みつかれていたし、身を削って餌付けしているようなものなのかもしれない。

    身を削って、恐竜という大きくて意思疎通が出来なそうな存在を仲間にする。


    身を削るという点は、恐竜に関わらず、誰かと関係を築くという行為に含まれるかも。

    好きになるというのは
    自分の
    一番皮膚の薄い柔らかい場所を
    差し出すことでしか成立しない

    ギヴン(単行本2巻)/キヅナツキ


    この漫画では、
    恋をすることに対して表現しているが、友情などにも当てはまりそうだ、と思っていた。


    恋は友情に似ていると思う。
    どちらも、自分の皮膚の弱いところ、傷つきやすいところを差し出す行為だからだ。

    そうすることで、より深い関係性を築くことができる。


    高校生の時、ある悲しい出来事があって、ファミレスでお葬式の空気になってまで、友達と話しあった日がある。
    悲しい出来事も、嬉しい出来事も、共有して、一緒に泣いて、一緒に笑った。

    その親友は社会人になった今でも定期的に会うし、本当に我慢ができない時は、電話させてもらったりもする。

    私の皮膚の弱い部分を差し出すことで、彼女とはただの友達ではなく「親しい友達」になったのだと思う。

    彼女にとっての私も、そういう存在であるなら、嬉しい。


    自分の弱い部分を差し出して、共に生きる。


    ああ、なんか、いいゲームだな。

    そんな、5月の金曜日。







    ✧ 文章中に触れたもの

    漫画|『ギヴン』(キヅナツキ 著)
    (恋の痛みを見事に描いた名作。音楽が素晴らしいアニメ版もおすすめです)
    ゲーム|『ARK: Survival Evolved』

     
     
    本の感想とか、日々考えたこととか。 カフェインと変化が苦手。ルイボスティーと哲学が好き。