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1,600円で孤独を売りに出した

    ウチの二階には、たびたび旅人がやってきて一晩を過ごす。

    一晩どころか数ヶ月を過ごすことだってある。ホテルではない、民宿でもない、どこにでもありそうな住宅街の、どこにでもありそうな一軒家を旅人に貸し出している。「民泊」というやつだ。

    その民泊の家主が私。普段はただのサラリーマンをしている。

    こんな馬鹿げた生活を始めたのは、たしかあの頃。
    2016年の夏のことだった。

    地球の反対側ではオリンピックが開催されていて、「4年後は東京だってさ」とか、ぼんやり考えてた。まぁ、未来なんてどうでも良かったのに。

    だけど、またある夜。 テレビで “マリオ姿の安倍総理” を見ていて、また考えていた。 4年後のことを。

    「…外国人がいっぱい日本に来るのかな」とか、 しょうもなく小さな打算をしていた。

    それが背中を押したのかわからないけど、 そこで手に取ったのがエアビーってアプリ。

    宇宙空間で背中を押されて、スーーーって進む反作用くらいの動力........
    気がつくと、アプリを開いていた。

    そしてほどなく、暮らしの一部に、一晩 1,600円という値段がつくことになる。

    それくらい無気力で、 どうでもよかった “あの頃“ の話を、もう少し話そう。

    怠惰

    離婚したのは、30代の前半。
    みんな家を出て行った。 娘も、猫も…。

    知ってる? 虚無って音がするんだぜ。 夜中にブーーンって。

    …冷蔵庫の音がこんなに虚しいなんて、知らなかったよ。
    人は、誰かの生活音で自分の振る舞いとか、居場所とか、そういうのを見つけるんだと思う。

    一人になった空間。 そこは「なに」を「どう」するなんて判断はいつも直線的で、そして、己が許す限り時間の使い方は怠惰だ。

    みんなそれを「自由」とかいうけど、違う。
    なぜかって?
    それは、いま言及したくない。

    したくない…

    ……やっぱりちょっと話すと。「自由」というのは、どんな危機的状況が起きた場合も自己責任だ。

    つまり「自分でなんとかしろ」ってやつ。

    ところが、当方はその視座を持ち合わせていない。 となると、余計なことは、なるべくやらない方針とする。

    掃除は嫌い。
    だから、ゴミは出さないようにする。

    料理もしないので、冷蔵庫を手放すか本気で悩んだ。

    洗濯は週に二回。
    一回ではない。 雨が降るリスクがあるから。

    家にいる時はダイニングで、
    適当な動画を見て、
    本を読んで、
    寝る。

    無駄な動きはしない。 していないはず…

    それなのに、ホコリが溜まるのはなぜだろ?
    時々、テーブルの上にできる白い層を、不思議そーーうに見つめてる。
    ホコリはこの家の新陳代謝によるもので、自分は関与していない。 と、本気で思い込みたかった。

    どうやら一人になると、家すら “生き物あつかい病“ を発症するらしい。

    たまに友人がくると、「この家、勿体ないね」とか言う。 勿体ないとは、持ち腐れってことか?

    腐ってしまったら、家が可哀想…

    は?

    「貸せばいいのに、エアビーで」とか、無責任な提案をされる。

    「それもいいね」とか言って、スルーをしている風に装う。

    しかし......

    ある日。 テーブルの天板裏に張られていた蜘蛛の巣が、手に絡んだ時は流石に「まずい…」と思った。

    いま、自分と蜘蛛はこの家に “巣くう者“ という意味では同等である。
    「住む者としての尊厳とは何か」とか、考えはじめる…。

    おそらく、備蓄すること。
    それらを管理し、適切に消費すること。
    また、それらの営みを愛でること。
    たしか、暮らすってそんな感じだった気がする。

    いまの自分は、雨風と外敵から身を隠す場所として、巣に籠る者である。

    そういえば二階って、どうなってるんだろ… もう何ヶ月も上がっていない。
    元は子ども部屋にするはずだった、12畳の空間。 それがいま、ただの物置になっている。
    家って住まないと、朽ちるって言うじゃない。 誰かを住ませたらいいのに。

    「それもいいね」って、思った。

    決意とかじゃない。 限りなく敷居の下がった選択。
    「良い決断」とか「悪い決断」とか、そんなものはまともな人間がすることで。 物事には、「どうでも良い」という更に上位のカテゴリーが存在する。
    「どうでも良い」のか、「良くない」のか。 今回は「どうでも良い」が少し勝っただけのこと。
    先のことは知らない。 やってみないとわからない。

    テレビからは、マリオ姿の安倍総理が手を振っている。

    査定

    エアビーってのは、アプリに自分が所有するスペースを登録して、宿泊場所として提供するサービスのこと。 つまり、民泊が手軽に運営できる。

    しかし、2016年は民泊新法がまだ改正される前で、身分証を送ればすぐ開業できた。 誰でもホストになれる時代。 趣ある古民家もあれば、嘘みたいな物件も多かった。

    例えば…。

    「6人まで宿泊可能|一泊6,000円」

    写真は8畳のスペースに、3段ベッドが二台詰まってる様子。
    ここは受刑者の施設なのか?

    これはまだ良い方で…

    「農家の納屋貸します|一泊3,000円」
    注)冬場はお勧めしません。

    …って命の保証ないやん!

    最悪なのは、「僕の布団の横を……」

    もうやめてくれ、タダでも断る…
    近所を見渡すだけでもこの有様だ。

    現在では、エアビーで部屋を借りることくらい珍しくないだろうが、 いまの感覚と少し違うのは、「オーナー同居型」の物件が意外と多かったこと。
    なんだか「世話人付き」みたいな響きだが、要するに、他人と一つ屋根の下で過ごすということだ。

    どうだろう。そんな家に泊まりたいと思えるか。

    しかも、ただの住宅街。特に観光資源も、交通の要所もないこの地域。本当に客が来るのだろうか。
    それでも、これだけ自分のスペースを切り売りしている人がいる。というのは、それなりの来訪があるということか。

    最近では、「今晩泊まってもいいですか?」的なテレビ番組が流行っているせいで、行き当たりばったりの旅人が増えているのだろうか?それとも他人の家に、他人と泊まる。 それを求める人がいるのか。

    そんな、あさっての方向の市場調査を終え、さてウチはいくらにするべきか。

    エアビーには便利な機能があって、家の立地や部屋の広さなど、条件を入力すると自動で宿泊料金を査定してくれる。

    ・自宅の二階
    ・12畳
    ・シングルベッド一台
    ・オーナー同居型

    と、入力して出た金額が1,600円。

    1,600円。
    1,600円。
    何度見ても、1,600円。

    確か、渋谷の某ファーストフード店のバイトの時給が1,600円。
    当方、一晩の宿泊代金が1,600円。

    比べる対象なのかはさておき、値付けの理論とは面白い。
    まるで遠くにたたずむ巨人と、近くの小人を見比べているみたいで、三半規管が狂ってしまいそうだ。

    (わ… 悪くないだろう…)
    と、虚勢を張ってみる。

    ──この家を建てたのは5年前の話。
    なにしろ「一生に一度の買い物だから」と、自分で建築士を探して建てたものだ。
    そりゃ、こだわったもんだよ。
    室内の動線から玄関の段差まで、想像と妄想が行き渡っている。

    子どもが成長するたびに、可動式の間仕切りを動かしてプライベート空間を作る仕組みや、あえて突き出た梁板には、猫がいつも居眠りをしている。
    二階の廊下からも見下ろせるダイニングから吹き抜けは、我が家の自慢だった。
    そんな贅沢なスペースの使い方をしなければ、もう一室作れただろうに……
    それでも「その分、家族が集まれるスペースがあれば」とか思っていた。

    ところがどうだ、そのスペースには、いまは誰もいない。
    余り過ぎた夢の形は、いまはお釣りになって孤独と化した。

    1,600円。
    この余剰に、値段がついた。ありがたいではないか。

    アプリ上でパッケージングされた自宅が、いまスクリーンにリストアップされる。そしてガラスケースに収まった。

    あとは、誰かが見つけてくれるのを、待てばいい。

    通知

    埃っぽかった二階の窓を全開に開け、掃除機のスイッチを入れる。 それから、フローリングの床を水拭きをしてみた。 初めてだ…。

    続いてトイレ掃除。 キッチンのコンロと排水口の掃除。 洗面所の鏡を磨き…。
    さて、風呂場の鏡のウロコは、どうやって落とすのだろう? ネットで調べると簡単そうなのに、こんなに上手くいかんものかね。

    一通りの掃除が終わり、「まぁ一旦こんなものだろう」とソファに寝そべった。手持ち無沙汰にエアビーのアプリを開いては、画面を引っ張ってリロードしてみる。

    予約なし。

    月曜。
    掃除の行き届いた玄関を出るというのは気持ちが良い。
    家を出てアプリをリロードしてみる。

    予約なし。

    水曜。
    同僚と食べたランチの帰りにアプリをリロードしてみる。

    予約なし。
    「まぁ、そんなものか」

    金曜。
    リロードしょーか迷ったけど、せず。

    土曜。
    予約も入っていないのに、気がつくと車を走らせていた。
    ニトリで宿泊用の備品を買い揃える。
    布団のシーツ。 ハンドタオルとバスタオルを数枚、ハンガー…。
    迷ったけど歯ブラシ。念のため二本。
    これを、知らない誰かが使う不思議さたるや…。

    家に帰ってからは、窓から差し込む西日を感じながら部屋のセットをしていた。(これで誰も来なかったらどうしよ…)とか思っていた矢先、聞こえてくる。

    「ピロン…」
    「チーン…」

    (?)

    聞き慣れないiPhoneの通知音。 アプリとSMSが立て続けに鳴ったようだ。
    画面を覗くと、「〇〇さんからリクエストです」だって…。
    また作業に戻るモーションで気が付く。

    (...来た)

    身体中の血流が少し引いていく感覚。 それとフェードするように、理解が追いつく。

    どうやら誰かが、この家をノックしている…。

    なにが「どうでもよい決断」だったのか。 冷めたふりをしていたが、現実を直視すると気後れしている?

    …いや、気後れとかしてねぇーし…!!
    急なもんで、ちょっと焦っただけだし!

    たった今。 この家はガラスのショーケースから取り出された。
    シーツも、
    タオルも、
    ハンガーも、
    もう見本品ではない。
    誰かに触れられる。 誰かのために、ある。

    今日まで、ただ「そこに在った」だけの
    机も、
    椅子も、
    洗濯機も、
    冷蔵庫も、
    給湯器も、
    レンジも、
    蛇口も、
    排水口も、
    三角コーナーも。
    全てが、輝きはじめる。

    「人」に仕える「吏」と書いて、「使う」という意味ができた。
    ──使われる。たったそれだけのことが、こんなに輝かしいとは。

    あの可動式の間仕切りも。
    あの癖のある梁板も。
    あの吹き抜けのダイニングも。
    「家族が集まるはずだった」あのスペースも。
    誰かの生活を見下ろすことができる。
    この家の秒針が音を立てて進みはじめた。

    準備の一つ一つにリアリティが加わり、今後、起こるであろうシチュエーションをイメージする。
    そして人もまた、誰かのために何かできると、役割が生まれる。
    役割ができると、なんか嬉しい…。

    誰かの生活音に反応して、生きているわけではなかった。
    自分もまた、生活音を生み出す存在だ。

    ところで、初リクエストの相手はどんな人なんだろう。
    眩しくはないはずの通知画面を、ドアスコープを覗き込むように細い目で凝視している。
    親指の腹で優しくタップすると現れてくる。

    名前:David
    居住地:ニューハンプシャー州

    (あ、やべ、英語覚えないと…)


     
     

    家主

     
     
    自宅の二階で民泊を営むサラリーマン。世界中から旅人がやってきます。文化の違いによる様々なエピソードを書きます。多分。

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