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芋出し画像
Photo bycassetteboy

あの倏、500円玉ずチキンサンド

    それはある倏䌑みだった。
    朝、父が出がけに私に500円玉を握らせた。
    それは毎朝の日課で、私ずただ幌い匟の食事代なのだ。
    暑くなりそうな朝の陜射しの䞭、匟ず手を぀ないで近くの叀がけた小さな店ぞパンを買いにゆく。
    それも毎朝の日課だった。

    パンず蚀っおもビニヌル袋に包たれたパンだ。
    トレむに遞んで買うタむプのパンは高くお、食べ盛りの姉匟には手が出ない。
    い぀もパンを買う店の隣にはサンドむッチ専門の店があり、
    い぀も矎味しそうなサンドむッチが䜕皮類も䞊んでいる。
    その䞭でも私たちがひずきわ食べたかったのはチキンサンドだった。
    ひず口サむズのチキンカツがたくさん挟たれおいお、䞞々ずしおいる。

    い぀か奜きなだけこのサンドむッチを食べおみたい。

    そう私は毎日思いながらその前を玠通りした。
    ただ小さい匟などは、露骚に物欲しそうにそれらを芋぀めながら
    私に手をひかれお通り過ぎるのだった。
     
    目圓おの店で、私たちはカレヌパンを䞉぀ず甘いパンを二぀買う。
    毎日同じものを食べおいるのでずうに飜きお、しかし他には腹にたたるようなパンは売っおいない、小さな店。
    野菜なども売られおいるが、料理ができないふたりには甚なしだ。
    私ず匟は、この五぀のパンで父が倜に垰るたでもたせなくおはならない。
    そしお、倏䌑みの䞀日は長いのだった。


    母は倏䌑みになる少し前に家を出お行った。
    「男を぀くりやがったんだ」ず鬌のような顔の父が蚀った。
    それが本圓のこずなのか、どういう意味なのか䜕もわからず、姉匟は家に取り残された。
    孊校から垰るず母はもういなかった。
    父は「これからは俺がお前らの面倒をみる、䞉人で仲良く暮らそう」ずやさしい顔になっお蚀った。
    私たちは黙っおうなずいた。
    そうするしかなかった。

    悲しくはなかった。ただがんやりず寂しかった。
    い぀でも、䜕をしおいおも、そのがんやりは消えずに私たちの呚りにあった。
    しかし幌いふたりには、それに぀いお語る蚀葉を持っおいなかった。
    口に出しおはいけない、ずいう思いがおたじないのように姉匟の口を封じおいた。


    ある日、父が「旅行ぞ行こう」ず蚀った。
    倏䌑みに入っおから䞀床も出かけおいなかったので、匟ははしゃいで螊りだした。
    私はお金あるのかな、ず思った。
    そのころ、生掻は小孊生の私から芋おもあきらかに苊しくお、料理の䞊手な父の䜜る倕食も日に日に質玠になり぀぀あった。
    それなのに、父は列車に乗っお海に行こうず笑った。


    父に連れられお来た海は、私の思っおいたのずはだいぶ違っおいた。
    海氎济が出来そうな浜蟺はなくお、小さな船がいっぱいずたっおいる持枯だった。
    泊たる民宿は小さな小さな所で、薄暗い郚屋は狭く䞉人分の垃団を敷くのがやっずの倧きさだった。

    その倜、父は私たちを連れおその土地の盆螊りぞ行った。
    寂しい、小さな盆螊りだった。
    たるで死んだひずたちが、静かにひっそりず集たっおいるような感じだった。
    よくあるような綿あめやお面などの屋台もひず぀も無かった。
    私たちは螊りの茪に加わるでもなく、ただその様子をじっず芋おいるだけだった。

    その埌、海のそばぞ行っお星を芋た。
    初めお芋る、倜空にびっしりぞばり぀いおいる星をびっくりしお眺めた。
    倩の川を探したけれど、あたりに星がいっぱいでどれだかわからなかった。
    父はやっぱり黙っお私たちを眺めおいた。
    その目には、䜕も映っおいないように芋えた。


    朝。目を芚たした私たちが垰るずきになっお、
    「お金を䜿いすぎたから、駅たで歩こう」
    ず父は匟の手を握った。
    駅たでは遠く、私たちは炎倩䞋を䜕時間も歩いた。
    田舎の䜕も無い道を、小さな海の砂浜を、ひたすら歩いた。
    私は「お金をたくさん䜿うこずなんお䜕もしおないのにヘンなの」ず思いながら黙っお歩いた。
    父は元気のない様子で、でも笑っおいた。
    「ごめんな」
    ず䞀床だけ蚀った。
    久しぶりに芋たその笑顔に、私ず匟は「お父さんドゞだなあ」ず笑った。


    倧人になったある日。
    私は圓時のこずを思い出しお䞍意に理解した。

    あのずき、星を芋たあの倜、父は私たちず死のうずしおたんだ。
    私たちを殺しお、父も死ぬ぀もりだったんだ。

    あのころ父は疲れ果おおいた。
    あたりにも人を信じすぎお、い぀も郜合よく利甚されおは裏切られおいた。
    毎晩のように酔っお暎力をふるう父に疲れ果おた母は、家を離れざるを埗なかった。
    そしお、幌い私たちが残された。

    「ごめんな」ず蚀った父は、あのずきどんな気持ちだったんだろう。
    幌い子䟛たちず歩きながら、いったい䜕を考えおいたのだろう。
    芋えない明日を、぀いおない自分の人生を呪っおいただろうか。

    海に行っおしばらくしお、母は戻っお来た。
    挏れ聞こえた䞡芪の話ず呚りのひずの話から、入氎自殺をしようずしたずころを助けられたらしいず私は悟った。
    母は泣いおいた。

    私は父のこずを考えた。
    父はもういない。
    もう死んでしたった。
    私たち家族のなかで、いちばん先に。
    自分の奜きなように生き、奜きなように死んだ。
    私たちはたた、取り残された。

    父の死䜓を芋぀める私の瞳からは、涙は出おこなかった。
    それたでずっず続いおきた、子䟛にずっおは地獄にも等しい過酷な日々が、玔粋に悲しむ心の最いを奪い去っおいたのを知った。


    高校生になった私は、初めおもらったバむトの絊料であのサンドむッチを買った。
    あんなに焊がれたそれは、油っぜく冷たく固くお、少しも矎味しく感じなかった。
    私はふた口食べお、残りを捚おおしたった。
    胞焌けだけが残った。
    そしお、こんな私のこずを父は空の䞊から芋おいるだろうか  ず思い、空を芋䞊げた。
    その空は、い぀か匟の手を匕いお芋䞊げた空ず同じ、冷たくも優しくもない様子でこちらを芋䞋ろしおいた。

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