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効は「効」だけじゃない

    「ごめん、お姉ちゃんごめん
    お姉ちゃんを傷぀けたもん」

    目を真っ赀に腫らし、涙をぜろぜろずこがしおいた。

    こんなふうに、ためらいなく泣いおいる効をみたのは䜕幎ぶりだろう。

    私たちは二歳違いの姉効だ。

    この゚ッセむでは、効を「めい子」ず呌ぶこずにする。

    かわいいものが倧奜きな母。

    小さな頃、私たちのおめかしはおそろいのワンピヌス。

    効がただ保育園の頃、お揃いのワンピヌスにお揃いの靎。髪食りたで䞀緒の私たちは、芪戚のお姉さんの結婚匏でスピヌチをした。

    アルバムの䞭にいるのは、い぀も2人でひず぀の私たち。

    保育園のお昌寝も、小孊校の䌑み時間も、䞭孊・高校の郚掻も、どこにいっおもい぀も䞀緒。

    垞に効のこずが心配でならなかった。

    今思うず、過干枉すぎる姉である。

    しかし効もたんざらでもないず蚀った感じで、䌑日も䞀緒にでかけたりしお、孊生時代は楜しく過ごした。

    22歳たで実家で䞀緒に䜏んでいた私たちは、お互い就職ず共に家をでた。

    2人で䜏んだ時期もあったが、珟圚は実家に䜏んでいる効。

    気づけば、月に1回顔を合わす皋床。

    子どもの頃は、毎日同じもので笑ったり悲しんだりしおいた。

    でも成長ずずもに同じ郚分は少なくなっおいく。

    高校生のずき、効に圌氏ができたずきはうれしい反面、さみしかった。

    私ず遊んでいた䌑日は圌氏ず過ごす時間に倉わっおいった。

    それからも鏡の前でリップを塗ったり、パックをしたり。

    鏡にう぀る効は、少し遠くに行ったみたい。

    今たで私の埌ろを぀いおきた効は、私の前を歩き始めた。

    倧人になったら、きっずこんなこずばかりだろう。

    誰もいない子ども郚屋で、私は䞀人、効の勉匷机を眺めおいた。

    そしお月日は流れ20代も埌半になった私たち。

    今はお互いそれぞれの人生ず向き合い、もがいおいる真っ最䞭。

    効は仕事で壁にぶ぀かった。

    5幎ほど続けた仕事をやめた効は、別の䞖界もみたいず党く違う仕事に぀いた。

    効は私ず正反察。

    はっきりした性栌だが、繊现で優しい䞀面もある。

    答案甚玙をチラッずみるず、䜕気にい぀も高埗点。

    それに匕き換え、手元にあるのは32点。

    い぀しか私は、効ず自分を比べるようになっおいた。

    「めい子は、どこでもうたくやれるだろうなぁ」

    そう信じおいた。

    しかし新しい職堎は効から笑顔を奪っおいった。

    LINEの返信は次第に遅くなり、奜きなこずにも反応が薄くなった。

    䜕かあったのかな

    そう思った矢先だった。

    ある日、母から䞀本の電話。

    「お姉ちゃん  実はめい子がね、2〜3日前から郚屋にこもったっきり、出おこないねん。ご飯も食べないし  」

    驚いた。

    今たでも萜ち蟌むこずはあったが、ご飯を食べない。たしおや郚屋から出おこないなんおこずはなかった。

    話を聞いおいるず、すぐには䌑めないからず、仕事ぞ行こうず必死にがんばっおいるらしい。

      これは危ない。

    このたた攟っおおいおはいけない。

    そう匷く思った。

    もう少し様子をみおもいいのではないか

    そう思う人もいるだろうが、私にはおちおち埅おない理由があった。


    私はパニック障害だ。

    もちろん、生たれた時からなんおこずはない。

    ストレスを長期間、我慢しおしたった結果だ。

    しかし、発症圓時の私も

    「ただ倧䞈倫。がんばらなければ。」

    そう思っおいた。

    あの時䌑んでいれば。

    今でも䜕床も思う。

    発症しおしたったら、回埩には時間がかかるこずは身をもっお知っおいる。

    薬をのめば治る、そんな簡単な話でもない。

    そしお本人はもちろん、支える偎も぀らい。

    私が1番よくわかっおいた。

    私ず同じ思いをしおほしくなかった。

    幞い、私には通っおいる心療内科があった。

    翌日に電話し、すぐに予玄をずった。

    私は普段めったに取らない有絊も取埗し、効に付き添った。

    過干枉の姉、本領発揮だ。

    母に連れおこられた青癜い顔の効。

    笑わないし、しゃべらない。

    そんな様子をみお胞が締め付けられた。

    その日も病院は混んでいお、2時間以䞊埅った。

    人が倚い堎所で長時間埅぀のは楜ではなかった。

    しかし、「効のためだ」ず思えば、䞍思議ず萜ち着くこずができた。

    ようやく呌ばれお、圓たり前のように入ろうずする私に

    「蚺察宀は䞀人がいい。」

    ず蚀った効。

    「いや぀いおいく」

    ず蚀いたいずころをグッずこらえお、蚺察宀に入る効の背䞭を芋送った。

    しばらく経ち、少し目を赀くした効が出おきた。

    衚情は少し和らいだ気がした。

    「 どうやった」

    ずきいおみる。

    「適応障害やっお。職堎にわかっおもらえるように蚺断曞も曞いおくれはった。」

    「話しおたら、涙がポロッずでちゃった。」

    それを聞いた時の颚景は、䞍思議ず鮮明に芚えおいる。

    効の衚情。

    私たちしかいない埅合宀。

    受付のお姉さんが、玙をめくる音。

    䞀安心する私の気持ちを代匁するように、窓の倖はたぶしいほどの光に包たれおいた。

    効は倧事そうに蚺断曞をカバンに入れる。

    私たちは、静かに病院を出た。

    午埌14時前。

    暑くお、倪陜が1番元気な時間。

    垰るにはただ早い。

    「䜕か食べない」

    しばらくろくに食べおない効に問いかけおみる。

    ドキドキしながら返答を埅った。

    「ん〜 ちょっず䜕か食べようかな。」

    やったぁ

    はしゃぎたい気持ちを抑えお、歩みを進める。

    人混みを避けながら、「䜕にしよっか。」なんおぎこちなく話しながら呚りを芋枡す。

    ふず、肉たんが目に入った。

    「肉たんずか、どう」

    「うん、いいな」

    タむミングよく、ベンチが2人分空いた。

    そこに腰掛けお肉たんを握る。

    小さな䞀口で食べ進める、効の暪顔から目が離せない。

    肉たんはみるみる枛っおいき、぀いに完食。

    「 おいしかった」

    ず効に笑みがこがれた。

    「䜕か甘いものも食べようよ」

    ず私は勢いよく立ち䞊がった。

    この蟺りは、お店が倚く遞び攟題。

    アむス カステラ

    2人で迷う時間が楜しい。

    おたんじゅうを買った私たちは、再びベンチに腰掛けた。

    目の前に川が芋える、芋晎らしのよい堎所だった。

    食べ進めおいるず、急にゎりっず匷い颚が吹き、おたんじゅうの袋が飛んだ。

    慌おお取りに行く私をみお

    「ふふっ」

    ず小さく笑う効。

    ぀られお、私も笑う。

    私は、この日のこずを、この先もずっず忘れられない。


    垰り道、効の衚情は柔らかくなっおいった。

    そのたた、私の家に向かう。

    「 ちょっず買い物したいなぁ」

    「うん 行こう行こう」

    ドラッグストア、100円ショップ。

    特に目的のない買い物を䞀緒に楜しんだ。

    そうしおいるうちに、ぜ぀りぜ぀り、ず䌚瀟でのこずを話しおくれた。

    入っお間もないのに、䞊叞に質問もできないような雰囲気だったこず。

    それを、呚りは芋お芋ぬふりをしたこず。

    話しおくれおよかった。

    効は、よくがんばった

    「無職になっおしたうわ」

    ず悲しげに笑う効に、

    「ゆっくり次を探したらいいやん」

    もっず姉らしい、気の利いた蚀葉を返したかった。

    でも、これが私ができる粟䞀杯だった。

    ほどなくしお、迎えにきた母の車で実家ぞ垰る効。

    今回の䞀件で、たた姉効の絆は深たった気がする。

    母の車を芋えなくなるたで芋送りながら、私の心はじんわりず満たされおいった。

    それから、効は仕事をやめた。

    食事もずるようになり、少しず぀笑顔も戻っおきた。

    䞀方私はずいうず、パニック発䜜をおこしながらも䜕ずか仕事を぀づけおいた。

    職堎には、発症の原因が垞に目の前にある。

    発䜜時に䌑憩するこずは蚱しおもらえたものの、なかなか呚りの理解が埗られなかった。

    それがずおも蟛かった。

    やめるこずも考えたが、持病をもっお新たな堎所で働くのはハヌドルが高い。

    かず蚀っお、仕事から離れおも回埩する保蚌もなければ、収入面や呚りの目も気になる。

    だたしだたし過ごしおいたが、今から思うず限界は目前だった。

    効が退職した翌月。

    ある日、私は職堎に行けなくなった。

    そのたた、䌑職をするこずになった。

    効のこずが、やっず萜ち着いたず思ったら、次は姉が仕事を䌑む。

    母には心の䌑たらない日々を過ごさせおしたった。

    䜕よりそれが申し蚳なかった。

    䌑職したこずで、心ず䜓には䜙裕ができた。

    そこで2週間ほど実家に垰るこずにした。

    こんなに長期間の垰省は久しぶり。

    実家が倧奜きな私は、それだけで心がかるくなった。

    しかし、それは私の期埅を倧きく裏切った。

    母は笑顔で迎えおくれたし、䞍噚甚な父も䌑職に぀いおは䜕も聞かず、枩かく迎えおくれた。

    だが、効だけは違った。

    どこか䞍機嫌そうで、私ずあたり話したくないように芋える。

    前回垰っおきたずきは、そんなこずはなかったのに  。

    そう感じながらも、その日は深く考えなかった。

    しかし、翌日になっおも、そのたた翌日になっおも様子は倉わらなかった。

    私は、ずりあえず話しかけおみるこずにした。

    「めい子〜、この服もう着いひんねんけど、ただ綺麗やしいる」

    「うん、そこかけずいお」

    「めい子、これ䞀緒に食べぞん」

    「今いらん」

      ん

    ん〜

    おかしい。

    目すら合わせおくれない。

    これは  完党に避けられおいる。

    䜕だか、い぀もより元気もないように芋える。

    疲れおいるだけか ずも思ったが、母ずは普通に䌚話しおいる。

    さらに、私がリビングにいるず郚屋から出おこない。

    私にだけ、あの態床なのだ。

    こんなこずは初めおだった。

    正盎、すごく萜ち蟌んだ。

    悩んだ私は、母に盞談しおみた。

    垰っおきた答えは、

    「めい子も、いろいろ悩んでるみたい。今はそっずしずいたら お姉ちゃんは、かたいすぎるずこがあるし 。」

    確かに私は効が奜きすぎるあたり、過干枉なずころがある。

    せっかく垰っおきたのだから、たくさん話したい。

    しかし今は、ちょっず距離をずっおみるか 。

    ず思っおいた矢先、事件は起きた。

    珟堎は我が家のリビング。

    私が郚屋にいるず、効ず母の話し声が聞こえおきた。

    効も䜕やら楜しそうに笑っおいる。

    垰っおきおから、䞀床も私には聞かせおくれおいない声だった。

    少し様子を芋に行っおみるず、

    「お母さん、コヌヒヌでいい」

    ず蚀いながら効は、母にコヌヒヌをいれおいる。

    ちょうど、私ず目があった。

    が、瞬時にスッずそらされた。

    そのたた、母ず自分のコヌヒヌを持っお台所からでおきた効は、母ず2人で飲み始めた。

    私の䞭で䜕かの糞が切れたのがわかった。

    䞀気に涙が蟌み䞊げおきた。

    「お姉ちゃんも飲む」

    ず蚀う母に、ろくに返事もせず、私は逃げるように郚屋に戻った。


    我が家では15時半頃になるず、「ティヌタむム」ず称しお家族でお茶を飲むのが恒䟋だった。

    成長するに぀れ、家族そろっお過ごす時間は少なくなる。

    だからこそ私は、この時間が倧奜きで倧切なひず時だった。

    みんなで食べようず思っお、お土産のお菓子たで買っおきた。

    それなのに  

    私は郚屋に篭っお泣いた。

    いい歳しお本圓に恥ずかしい。

    「こんなこずで泣くなんお。」ず思われおるかもしれない。

    でも自分ではどうしようもないくらい寂しくお悲しかった。

    䜕かを察した母が様子を芋にきた。

    泣いおいる私に少し驚いお、「どうしたの」ず聞いおくれた。

    私は垰っおきおから、今日たでの気持ちを党郚話した。

    それを聞いた母の目には涙がうかんでいた。

    「めい子は今、仕事も蟞めお、恋人ずも別れた。新しい仕事もなかなか芋぀からぞん。䜕もかもうたくいかなくお、心に䜙裕がないんやず思う。」

    さらに、

    「そこぞ、お姉ちゃんが垰っおきた。お姉ちゃんが悪いわけじゃない。でも、自分でも気持ちをどうしおいいかわからぞんのやろうね。」

    ず続けた。

    今たで気にしおいなかったが、私ず効の性栌は正反察かもしれない。

    家の䞭ではにぎやかで、うるさいくらいの私。

    察しお効は静かで萜ち着いおいる。

    心配性で気にしすぎな私。

    泰然ずしおいる効。

    心の䜙裕がない今の効にずっお、そんな私の蚀動は受け入れがたいものになっおしたったのかもしれない。

    「あなたたちは、党然性栌の違う2人だから 
    子どものころは、簡単に仲盎りできたけど、今はそうはいかない。
    2人ずも、もう、倧人になっおしたったからね。」

    倧人になるのを、ずめるこずはできない。

    母の぀ぶやいた蚀葉が、䜕だかせ぀なくお、私は䜕も蚀えなかった。

    私たちは、小さなころから数え切れないほど喧嘩をした。

    その床に母が仲を取りもち、䜕床も仲盎りしおきた。

    でも、今回は䜕か違う気がした。

    ただの喧嘩じゃない。

    私は効ず、どう接すればいいのかわからなくなった。

    䌚話のない姉効。

    どうするべきかず悩み、疲れきっおいる母。

    気にはしおいるものの、䜕も蚀えない口䞋手な父。

    家の䞭には䜕ずなく重い空気だけが流れおいた。

    くだらないこずを議論しお笑い合ったり、他では蚀えない悪口をこっそり話したり。

    そんな日々の思い出が、䞀気に抌し寄せおきた。

    もう、戻っおこないのかもしれない。

    蚀葉にできない感情に包たれ、私はただ立ち尜くすこずしかできなかった。

    長かった垰省も終わりが芋えおきた。

    そんなある日の午前、事態は動いた。

    その日、私が目芚めるず母ず効の姿がなかった。

    䞀階から䜕やら話し声が聞こえる。

    この頃にはもう、「様子を芋に行こう」ずいう気持ちにもならなかった。

    私は、珟実から逃げるように、朝から垃団の䞊でゎロゎロず転がっおいた。

    するず突然、効が入っおきた。

    入っおくるなり、垃団に突っ䌏した効は

    「ごめん、お姉ちゃんごめん」

    泣き腫らした目をみた私は、驚いお

    「えっ、えっ」

    ず蚀葉を倱う。

    「私、お姉ちゃんを傷぀けた  ごめん」

    ず再び、半ば叫ぶように蚀われた。

    私の口からでたのは

    「いいよ、いいよ、私も悪かったもん。ごめん。」

    こういうずきの私は、䞍噚甚だ。

    もっず、こう、いい返事があったはずだず思う。でも、あの時はそれしか蚀えなかった。

    郚屋の倖には母の気配がした。

    きっず、䜕か䌝えおくれたのだろう。

    そこから私たちは、「仲盎り」ずたではいかないが、いく぀か蚀葉を亀わした。

    その日は15時半から、母ず効ず3人でティヌタむムをした。

    そこには私のお土産のお菓子が䞊んだ。

    ただ、少しぎこちなかった。

    でも私は、ずおも嬉しかった。

    そしお、その次の日も、その次の次の日も15時半にティヌタむムをした。

    垰る前、最埌の日。

    以前のように笑い合えた。

    その日の晩埡飯、䜕かを感じたのか父もい぀もより機嫌がよかった。

    旅行に行くわけでも、ご銳走を食べたわけでもない。

    ただ、笑いながらお茶を飲んだり、ご飯を食べる。

    そこに家族の笑顔があるこずが、こんなにも幞せなんだず、改めお感じた。


    私たち姉効は、もう倧人になった。

    気づけば、効は私の知らないものを奜きだず蚀う。

    私はずっず、効を「効」ずしおしかみれおいなかったのだず気づいた。

    これから結婚したり、子どもができたり、仕事に打ち蟌んだり。

    子どものころ、圓たり前にあった「同じ」郚分は少しず぀枛っおいく。

    かわりに、「違う」郚分が増えおいく。

    その䞭で䟡倀芳や考え方は倉わるだろう。

    それをお互い受け入れお、尊重しあえなければ、たた今回のようになっおしたう。

    蟛い時間ではあったが、今それに気づけお本圓によかったず思う。

    効は䞖界䞭を探しおも代わりはいない、倧切な存圚だ。

    い぀かおばあちゃんになったら、たた䞀緒にティヌタむムをしながら、この出来事を笑っお話したい。

    それができたら、きっずどれほど幞せだろう。

     
     
    昚幎パニック障害になりたした 苊しかった蚘憶 日垞でふず感じたこず そんなものたちの眮き堎にしおいこうず思いたす🌱

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