
かつてのともだち

小学校低学年の頃だったでしょうか。
アーノルド・ロベルト著の絵本『ふたりはともだち』に収録されている『おてがみ』というお話が、国語の教科書に掲載されていました。
「誰からも手紙をもらったことがない」とションボリしているガマガエルのがまくんに、アマガエルのかえるくんがこっそりお手紙を書き、知り合いのかたつむりくんに配達を頼んで、がまくんと一緒にお手紙を待つという話。
なんと愛らしく、ハートウォーミングなお話でしょう。
こんな話を手塩にかけて育てた娘か息子が、音読の宿題で私に披露してきた暁には、ティッシュ1箱など瞬殺するほど泣いてしまうかもしれません。
いや、泣きます。
確実に泣きます。
何なら、自分のお子でなくても全然泣けると思います。
全国の小学校低学年のお子さんを持つ方々におかれましては、ぜひ、お宅のお子さんの『おてがみ』音読をアタクシめに聞かせてくだ(お巡りさん、この人です)。
なんてことを言っておりますが
実はアタクシ、個人的にはこの『おてがみ』に、ちょいとばっかり苦い思い出がございまして…
時は遡りて、小学校低学年時代。
当時住んでいた家の近所には、私と同い年の女の子がいました。
彼女とは、小さい頃からのお付き合いで、それはもう がまくんと かえるくんのような仲良しさんでした。
私たちは保育施設も違えば、学校のクラスも違っていたので、田舎のゴリゴリ地域社会にしては、ちょうど良い距離感でいられた間柄だったように思います。
そんな彼女から、ある日、お手紙が届きました。
どうやら彼女のクラスでは、国語の授業の一環で「身近な人にお手紙を書いてみよう」という宿題があったそうで。
その相手に選ばれたのが、なんとアタクシ。
いただいたお手紙の中には「私と親友になりませんか」といった内容が書かれていました。
親友…
今の私なら、友人知人が絶滅危惧種並みに少ない今現在の私なら、家中をコンテンポラリーダンスで踊り回りながら喜びを表現していたことでしょう。
当時の私は、このお手紙に大変ぷんすこしたのです。
その理由は、10歳にも満たない未熟さに溢れたもの。
「彼女のことはとっくの昔から親友だと思っていたのに、彼女の中では私が親友ではなかったから」
恥ずかしすぎて、顔面が真っ赤っかのアッチッチでございます。
しかしながら、当時の私は「本気」と書いて「マジ」。
きっと、怒りよりもショックのほうが大きかったのだと思います。
なにせ、親友だと思っていた女の子から、このお手紙をもらうまでの間、親友だと思われていなかったのですから。
とはいえ、だ。
そんなショックをパチキレに変換させたうえ、あんなかたちにするのは良くなかったなあって、おばちゃんは思うけどな。
どんなかたちかってね、私は彼女にお手紙を出してしまったんですよ。
「あなたの親友にはなれません」というお手紙を。
今までずっと親友だと思っていたのに、親友じゃなかったのかとか、なんかそんないらねえことも書き殴った気がするんだよなあ…
ここら辺の記憶の曖昧さが「傷つけてしまった側の王道」らしくて最高に胸糞悪いですね。
兎にも角にも、私は彼女を深く傷つけてしまいました。
当時の私も、さすがにそのことには気づけたのでしょう。お手紙を出してから数日後、私は彼女のもとに直接謝りに行きました。
一時の憤怒に身を任せた文章を送りつけてしまったこと、心からの親友に「親友にはなれない」なんて心にもないことを言ってしまったこと。
もしも許してくれるなら、改めて、私の親友になってほしいこと。
彼女は私の非礼を許してくれました。
ああ、私はなんて恵まれた女の子なんだろう。
こんなに優しい女の子が近所にいてくれて、こんなに無礼で我儘な私を許してくれるなんて。
私はそのとき初めて、彼女からもらった手紙が特別でかけがえのないものだということを理解できました。
だから、私は決めたのです。
私は彼女と、彼女の隣にいる新しい親友の子の、ただのお友達でいようと。
お手紙事件以降、私たちは「ただのお友達」という新たな関係性で接するようになりました。
実際のところは、私が引け目を感じて、彼女からかなり距離を置いていたような気がします。
それでも細く長く続いていた私たちのお友達関係は、私の県外引越しを機に途絶えてしまいました。
今となっては「ただのお友達」でもなく「ただのかつてのご近所さん」…と言うのも忍びないほど、遠い遠いものになっております。
それでも
あのときの罪悪感は、今でもこうしてふとしたときにふわっと香ることがあるのです。
彼女がお手紙を書くキッカケとなった絵本『ふたりはともだち』を見かけるたびに。
あるいは、今では立派な表現者となっている彼女の名前や姿を見聞きするたびに。
もしも今、彼女にお手紙が書けるなら、私はどんなことを書くんだろう。
「親友になろう」という素敵なお誘いを無下に断わったことへの謝罪も、またお友達になりましょうなんてことも、きっと書かないと思います。
表現者としての活動を陰ながら楽しみにしていることも、あなたの活躍が私の背中をそっと押し続けていることも。
表現者としての夢を諦めきれなかった私が、映像化できる何かを創り出せた暁には、ぜひあなたにお力添えをいただきたいことも。
きっときっと、ずっと書くことはないと思います。
すみません、今むっちゃここに書きましたけども。
結局、何だかんだ考えて、私はこう書いてカタツムリさんにお手紙を託すんだろうな。
「私はあなたのファンになれて、とてもうれしいです」
って、ド新規ファンな面構えでね。