
ひとまず、ブロッコリーでも食べますか
去年のある時期、私は夜中に何度も目を覚ましていた。
ただ目が覚めるだけではない。
突然、強い空腹感に襲われるのだ。
お腹が空いた、というレベルではない。
気持ちが悪くなり、心臓がドキドキして落ち着かない。
横になっていても眠気は吹き飛び、このまま何か食べなければまずいような感覚に包まれる。
その頃の冷蔵庫には、いつもお弁当用の作り置きのブロッコリーが入っていた。
夜中にふらふらと起き上がり、冷蔵庫を開けてブロッコリーを食べる。そしてしばらくすると、不思議なくらい、すうっと落ち着いて再び眠れるのだった。
なぜブロッコリーなのかというと、うちの冷蔵庫に入っている食べ物の中で、1番罪悪感なく夜中に食べても太りにくいだろうと思ったからだ。
この頃ブロッコリーは、私にとっておまもりのような存在だった。
今思えば、あの光景はなかなか異様だったと思う。
真夜中に目を覚まし、ブロッコリーを食べてからまた寝る生活。
その頃、私は年末にフィンランド旅行を計画していた。
30歳になるまでに行くと決めて、パスポートを取り、ひとりでツアーにも申し込んでいた。
オーロラや北欧の景色を見てみたかったし、本場のサウナも体験してみたかった。
サンタクロース村に行って、サンタさんとツーショットを撮るのも夢だった。
ガイドブックを眺めて、胸をときめかせながら少しずつ旅の準備を進めていた。
けれど、夜中に何度も目が覚める生活が続くうちに、不安の方が大きくなっていった。
もし、飛行機の中で具合が悪くなったら。
もし、現地で夜眠れなくなったら。
もし、強い空腹感や動悸が出ても、すぐに食べ物を用意できなかったら。
旅行は楽しみなはずなのに、考えるのはそんなことばかりだった。
その不安は、日に日に私のときめきを押しつぶすようにぶくぶくと大きくなっていく。
そして最終的に、私はフィンランド行きを諦めた。
今思い返しても残念な決断だったと思うし、とても悔しい気持ちになる。
原因の分からない不調は、体だけでなく行きたい場所ややりたいことまで奪っていくのだと、そのとき初めて知った。
実は、不調の始まりは夜中に目が覚めることだけではなかった。
舌がちぎれそうなほど強い痛みの食いしばりや、寝汗、体の強張りも続いていた。
夕方になると急に胸がざわざわして、理由もなく不安感に襲われることもあった。
それに数か月前から、時々理由の分からない動悸が起きていた。
シャワーを浴びている最中に突然バクバクと動悸がしたり、眠ろうとして布団に入った瞬間に胸がざわついたり。
ある夜は、あまりの苦しさにパニックになり、生まれてはじめて救急車を呼んだこともあった。
なにか心臓の病気なのではないかと思ったし、このまま心臓が止まるのかもしれないとも思った。
まだ28年しか生きていないのに。
まだやりたいことがあるのに。
神様がいるのならば、どうにか助けてほしいと切実に願った。
そして救急車が来ると、次第に胸の苦しさは落ち着き、冷静さを取り戻した私は我に返った。
とてつもなく恥ずかしさと気まずさが押し寄せてくる。
心電図も特に異常なし。
なぜか熱が38度あったようで、ひとまず近くの病院へ行くことになった。
真夜中搬送された病院では、特に検査もしてもらえず、解熱剤だけ飲まされた。
「今のところ異常は見られませんね。もしまた同じような症状が出るようでしたら…心療内科を受診されてもいいかもしれません。」
と冷たい声で言われた。
何も知らないくせに。
精神的なものと決めつけられたような気分になり、なんだかものすごくもやもやした気持ちになったことを今でも覚えている。
たしかに当時は、ストレスや気持ち的なものか?と思ったり、貧血や自律神経の乱れかもしれないとも考えていた。
しかし後になって夜間の強い空腹感や血糖値について学ぶうちに、「あの動悸は血糖値が関係していたのだろうか」と思うようになった。
私は以前から栄養に興味があり、同じ年の夏に分子栄養学の資格をとり勉強を続けていた。
低血糖の講座で、同じような症状があげられていたことを思い出した。そこでノートを読み返し、資料を調べ、血糖値と睡眠の関係について学び直すことにした。
低血糖の乱高下で起こる心身の不調には、
・パニック発作
・頭痛
・ふるえ
・めまい
・動悸
・ふるえ
・イライラ感、不安感
・急激な疲労感
などの症状があり
夜間低血糖の症状には、
・夜中に目が覚める(交感神経が活発になる)
・くいしばりや歯ぎしり
・寝汗、ほてり
・悪夢
・顎関節症
などがあげられていた。
もしかすると、夜間低血糖なのではないか。
あの動悸は、パニック発作のようなことが起きていたのではないか。
確信はなかったが、私の症状には妙にしっくりきた。
もちろん不安になって病院にも行った。血液検査も受けた。
けれど結果は「異常なし」。
医師からは、「もし低血糖だとしても、症状が出ている瞬間でなければ血液検査では分からないことがあります」と言われた。原因ははっきりしないまま、結局その日は帰宅した。
異常なしと言われても、なあ。
夜中に起きる苦しさは消えないし。
治ったわけでもない。
私は朝までぐっすり、眠れるようになりたい。
ただ、それだけでいいのだ。
病院でなんとかしてもらえないのなら、自分でなんとかするしかない。
そこから、少しずつ生活を変え始めた。
私が低血糖を引き起こした原因として考えられるのは、その頃お昼休憩を摂るのが遅く、食事の間隔があきすぎていたからではないかと考えた。休日も朝食を抜いたり、お昼を食べず軽食で済ませたりと不規則な食生活だった。
そこで私は、できるだけ、食事の間隔をあけすぎないように気を付けた。
午後に適量の果糖を摂ると、血糖値の変動を比較的ゆるやかにすると知り、昼食後にバナナを食べるようにした。
バナナは、睡眠ホルモンであるメラトニンを作る過程で必要なL-トリプトファンが含まれている。血糖値も緩やかにしてくれて、睡眠もサポートしてくれるなんて。一石二鳥だ。
はちみつも効果的だと見て、寝る前にはちみつ湯を作って飲む習慣もつけた。
さらに、ドラッグストアで買えるブドウ糖を持ち歩き、夕方に強い空腹感が出そうな日は仕事中に少しずつ舐めた。
劇的な変化ではなかった。
けれど、少しずつ、少しずつ、夜中に起きる回数が減っていった。
いつの間にか、冷蔵庫のブロッコリーに助けを求める夜も随分と減った。
もちろん、私の場合は本当に夜間低血糖だったのか、今でも断言はできない。
睡眠の問題にはストレスやホルモンバランスなど、さまざまな要因が関わる。
それでも、自分の体の声に耳を傾けて、栄養について学び、試行錯誤した時間は無駄ではなかったと思う。
あの頃の私は、夜中に目を覚ますたびに「またか」と絶望していた。
だから今、もし同じように原因の分からない不調で悩んでいる人がいるなら伝えたい。
検査で異常がなくても、つらさがなかったことになるわけではないし、症状が改善するわけでもない。
身体はいつも、何かを伝えようとしているのだと思う。
そして不調には、必ず何かしらの原因があるのだと思う。
ほんの少し、食べるものを気をつけたり、習慣を見直すことで、身体が楽になるのなら
私はそこに丁寧に向き合ってあげたい。
そのためには、体の仕組みを知っておくことも大切だと思う。
「血糖値が急に上がると良くないので、野菜やお汁から食べて、炭水化物は最後に食べましょう。」
という話はテレビでもSNSでも何度も聞いたことがある。
けれど、血糖値が下がることでこんなに様々な不調が出るなんて、知りもしなかった。
自分の身体のことだけれど、きっとまだまだ知らないことはいっぱいあるのだろう。
朝起きた時に、すっきりと目が覚めて、
元気な身体で心地よく1日を過ごす。
私が1番大切にしたいこと。
私が1番幸せだと思うこと。
結局大事なのは、身体と心が元気なことだと思う。
そのためにもできるだけ、自分の身体や体調に寄り添って食事や生活を見直していきたい。
そうはいっても、まだまだ気が緩んでしまうと休日にお昼ご飯を食べるのが遅くなったり、パンで済ませてしまったりする日もある。
そんな日はやっぱり夜中に再び目が覚める。
そうだよなあ、と自分の行いに反省しつつ、私は心の中で、
「無理させちゃってごめんね、身体さん。」
と呟く。
今日はこのまま眠れるかな、と思ってもやはり中々眠れず、とてつもない空腹感がやってくる。
結局、のそのそと起き上がり冷蔵庫へ向かい、作り置きのタッパーを開ける。
ひとまず、ブロッコリーでも食べますか。