
【逢愛】第6話
第6話
-通知-
その日は、特に何もない日だった 。
大学の講義も普通に終わり、帰り道もいつも通りだった。
空は少しだけ曇っていて、春の終わりを告げるような匂いがした。
私はイヤホンをつけたまま、無意識にスマホを開く。
もはやただの、習慣にすぎない動作だった。
画面を開いた、その瞬間。
世界の温度が、一瞬で変わった。
―― 湊さんがあなたをフォローしました ――
呼吸が止まる。
すべての音が、消えた。
イヤホンから流れていたはずの音楽。
周りを走る車の音。
他人の話し声。
すべてが遠くのノイズのように引いていく。
指先が固まって動かない。
というより
私の脳が、目の前の現実を理解するのを拒んだのだ。
何かの間違いかもしれない。
アカウントの乗っ取りか、あるいは同じ名前の誰か。
そう必死に言い訳を探すのに、何度目を擦って見ても、
同じ文字列がそこに厳然と存在している。
混乱のあまり、無意識に一度ホーム画面に戻った。
そして、恐る恐るまたアプリを開く。
―― 消えていない。
心臓の音だけが、やけにうるさく耳の奥で主張し始める。
速いというより、重く、鈍いリズムで、胸の裏側を強く叩いている。
ちっとも落ち着いてくれない。
「……え?」
声にならない声が、唇の隙間から小さく漏れた。
誰にも届かないくらい微かな吐息だったのに
自分の鼓膜にはやけに大きく響いた。
震える指で、その通知をタップする。
目の前に広がったのは、彼のプロフィール画面。
『逢蘭』という二文字。
私の知らない、どこかの街の風景のアイコン。
でも、そのすべてが紛れもない現実としてそこにあった。
3年。
離れていたその月日の長さが
急に目眩がするほどの重さになってのしかかってくる。
ずっと止まっていたはずの時計の針が、
他人の手によって勝手に巻き戻され、動き出すような感覚。
私はしばらく、歩道の真ん中で画面を見つめたまま動けなかった。
どう反応していいのか、本当に分からなかった。
嬉しいのか。
それとも怖いのか。
自分の感情なのに少しも整理がつかない。
ただ一つ、確信を持って言えるのは。
もう、私は終わったままの綺麗事ではいられない。
ということだけだった。
スマホを握る手に、じわりと少しだけ力が入る。
外を吹き抜ける風が、さっきよりも一段と冷たく感じられた。
その夜を境に。
私を置き去りにしていた時間の流れが、音を立てて変わり始めた。