メむンコンテンツぞスキップ
芋出し画像

★わが心の近代建築Vol.1 旧安田楠雄邞庭園東京郜文京区

    みなさん、こんにちわ。
    本幎床から、初期に曞いた蚘事を線集しおいたすが、今回は、䞀版最初に蚘茉した旧安田楠雄邞庭園きゅうやすだくすおおいおいえんに぀いお再蚘茉したず感じたす。この邞宅は、Vol.10で蚘茉した旧朝倉家䜏宅ず同様、東京を代衚する和颚建築の぀で、東京メトロのカタログ、の朝ドラ「虎に翌」のロケ地などに䜿甚されたこずでも有名です。

    【呚囲の町䞊みに぀いお】
    ❏江戞期の状況
    安田楠雄邞庭園がある団子坂䞊界隈は、江戞期は寛氞寺かんえいじの薪堎たきばで、日に千本くらいの薪が採れたこずから「千駄朚」ず呌ばれた説。たた倪田道灌おおた どうかんが、センダンの朚を怍えたこずから呌ばれた説などがありたす。
    たた、この界隈は、江戞期はサクラの名所ずしお知られ、浮䞖絵垫 歌川広重うたがわ ひろしげの名所江戞癟景』にも描かれおいたす。

    画像
    歌川広重 名所江戞癟景 千駄朚団子坂花屋敷
    「キダノンプリンタヌで手軜に印刷」より転茉

    ❏䜏宅地ずしお
    明治期以降は、この雑朚林を切り拓き、巣鎚 染井の菊栜培の怍朚屋が移䜏し 、菊人圢ずしお移り、倚くの芋物客を集めたす。
    たた、閑静な䜏宅街ずしお成立するほか、地理的にも東京垝囜倧孊珟 東京倧孊や東京藝術倧孊などが近いこずから、倚くの文人、孊者が居を構えたした。
    特に、安田楠雄やすだ くすお邞のある団子坂䞊界隈は「銀行通り」ずも呌ばれ、銀行関係者の邞宅が倚かったほか、「新幹線の父」ず呌ばれた十河信二そごう しんじの邞宅などもありたした。珟圚で珟存公開されおいるのは「Vol.63で扱う旧島薗邞ずここ安田楠雄やすだ くすお邞のみずなりたす。

    画像
    颚俗画報「団子坂」
    Wikipediaより転茉

    【二人の斜䞻】
    ❏藀田奜䞉郎ふじた こうざぶろう

    この邞宅の圓初の斜䞻だった藀田奜䞉郎ふじた こうざぶろう1881〜1943は兵庫県明石垂に生たれ、1907幎に東京垝囜倧孊仏法孊科を卒業ののち、日本銀行に入行し、䞉十八銀行神戞支店支配人に就任し、1916幎には䞞の内にあった倧川田䞭事務所の総支配人に就任したす。
    1917幎に千駄朚5䞁目ず緎間城跡の広倧な土地を賌入したす。
    そしお1918幎にこの邞宅を賌入し、建築を請け負ったのは枅氎組珟 枅氎建蚭になりたす。奜䞉郎こうざぶろうは普請道楜ずしおも知られ、この邞宅が完成するたで玄2幎の月日を費やし、材や職人など厳遞されたものを䜿甚したした。
    が、この邞宅は手狭だったようで、居䜏しお即座に起きた関東倧震灜盎埌に、この邞宅を売りに出し、䞭野に移䜏したす。
    1224幎に「城南田園䜏宅組合」の䌚員ずしお郊倖開発に携わり、1926幎に「ずしたえん」を創業させたすが、193536幎ごろ、「ずしたえん」を手攟し、1943幎に倩逝したす。

    ❏安田善四郎→楠雄に至るたで
    第二の斜䞻 安田善四郎やすだ ぜんしろう氏は、安田財閥総裁 安田善次郎やすだ ぜんじろうの4女峯子ず結婚したのち、日本橋小網町に居を構えたしたが、関東倧震灜で被灜した埌、この邞宅を居抜きの圢で賌入したす。善四郎倫劻の長男 楠雄くすお氏が1929幎に結婚した際に、この邞宅を譲り受け、終生この邞宅で過ごし、楠雄くすお亡き埌は文化財ずしお残したいずいう幞子倫人の意向のもず、日本トラスト協䌚に寄莈ののち、庭園含め東京郜指定名勝に遞定され、2009幎より、䞀般公開されおいたす。

    画像
    最埌の斜䞻 安田楠雄 幞子倫人
    邞内展瀺パネルより転茉

    【建物メモ】
    旧安田楠雄邞庭園
    ●竣工功幎1920幎
    ●斜工者枅氎組(珟圚の枅氎建蚭)
    ●文化財指定など(庭園含め)東京郜指定名勝
    ●亀通アクセスメトロ千代田線「千駄朚駅」より埒歩分
    ●写真撮圱可(䜆しフラッシュ厳犁
    ●入通料(建物維持費ずしお)ï¿¥500
    ●公開日など毎週氎曜日、土曜日に公開
    ●参考文献
    ・たおもの応揎団著「千駄朚のお屋敷 旧安田楠雄邞ぞようこそ」
    など

    【平面図】
    旧安田楠雄邞庭園は、平面図で芋るように、正面郚分に比范しお、奥行きが長い、通称 りナギの寝床の配眮になりたす。平面図を芋るず分かるように、長廊䞋が特城ですが、これにより邞内を雁行型がんこうがたの配眮にしたす。
    もずもずは、奥に子ども宀ず板倉の棟、玄関郚分に䟛埅を配しおいたしたが、邞宅の保存工事で解䜓されたした。

    画像
    平面図
    「パナ゜ニックの文化゜リュヌション くらしは文化」より転茉

    【玄関郚分】
    ❏衚門

    衚門郚分は2009幎春に、ほが創建圓時の姿に埩元されたした。圓初からの朚材をできる限り䜿甚し、それに加えお新材を䌝統的技法で接いだものになり、邞宅に重厚さを䞎えおいたす。新材を圓時の䌝統的工法で接続しおいたす。
    巊偎に芋える朚は、旧安田楠雄やすだ くすお邞庭園でシンボル的なスダシむの倧朚になりたす。

    画像
    衚門を臚む


    ❏玄関倖芳
    深い庇ひさしを巡らせ、建物正面に突出した圢で蚭けられおいたす。
    玄関扉郚分には4枚のガラス戞ずし、倧正期になるず、和颚建築にも西掋建築の建具を積極機に導入するようになりたす。なお、右偎に芋える玄関は、家族甚の内玄関ずなりたす。

    画像
    衚玄関を臚む

    ❏残月の間 瞁偎から臚む
    残月の間の広瞁偎から邞宅を臚むず、庇ひさしを長く眮き、邞宅党䜓が邞宅党䜓が、雁行型雁が飛ぶような姿に配されおいるのがよく分かりたす。
    残月の間郚分の䞊郚に2階を配した造りになっおいたす。

    画像
    残月の間 瞁偎から臚む

    ❏茶の間郚分から邞宅を臚む
    茶の間郚分から臚むず、茶宀郚分は窓ガラスが蚭けられず、濡れ瞁になり、こちらも庇を長く蚭けおいたす。
    たた、障子は猫間障子ねこたしょうじになり、この窓から庭園を臚むず、たるで額瞁から庭園を抜き出したように映る、䌝統的な日本建築ならではの造りになっおいたす。

    画像
    庭園 茶の間偎から邞宅を臚む

    ❏2階から庭園を臚む
    2階客間から庭園を臚むず、瞁偎から池に黒那智石くろなちいしを敷き詰めた枯山氎が芋䞋ろせたす。春のしだれ桜、カ゚デの新緑、玅葉、冬の山茶花 
    季節折々の怍物を愉しむこずができたす。

    画像
    春のしだれ桜 2階客宀から庭園を臚む

    ❏衚玄関匏台郚分
    倧きな沓脱石く぀ぬぎいし、板敷の匏台しきだい、スギの柟目板たさめいたに挆塗りの暪桟を入れた舞良戞が目に぀きたす。
    倩井はスギの柟目板を垂束状に匵った䌝統的な歊家屋敷颚の蚭えになりたすが、前時代では特暩階玚のみ蚱された建築意匠が垂民も䜿甚できるようになりたした。

    画像
    匏台玄関から舞良戞を臚む

    ❏寄付
    匏台を䞊がった郚分で、か぀おは䞭倮郚分に衝立぀いたおが建おられおいたした。こちらの襖郚分には藀田家の家王にちなみ「䞋り藀」の暡様が金泥きんでいず胡粉《こぶん》を甚いお髪型で吞い䞊げ、襖や障子の瞁ふちは、蠟色挆ろいろうるしの「みがき」ず呌ばれる䞁寧な挆塗りで、壁郚分は聚楜壁じゅらくかべ土壁ずなりたす。

    画像
    寄付郚分を匏台から臚む

    ❏電話宀
    匏台玄関から芋お寄付右偎郚分には電話宀が残り、昭和初期のダむダル匏電話機が残されおいたす。
    こちらの電話機は1927幎に登堎した「2号自動匏壁掛電話機」になり、こちらを改良した23号匏電話機は戊埌たで䜿甚されたした。
    なお、既に倧正15幎の電話垳に、安田善次郎やすだ ぜんじろう名矩で小石川局に蚘茉されおいるこずから、この電話以前に別の電話機が付けられおいたず掚枬されたす

    画像
    電話宀郚分ずか぀おの電話機を臚む

    ❏応接宀前の廊䞋郚分
    応接宀前の廊䞋は、玄関の床の間が付き、壁には和玙が垂束状に貌られおいたす。玙の材料には雁皮がんびが䜿甚されおおり、粉末状にした岩石を混ぜお按すくため、防虫、防火の効果がありたす。
    幅広に玙をすくため、どこにも間に合うこずから、間䌌合玙たにあいしず呌ばれ、珟圚も兵庫県西宮垂名塩なじおに無圢文化財保持者がすいたものを䜿甚しおいたす。

    画像
    応接宀前の廊䞋を臚む

    ❏内玄関郚分
    先述の内玄関郚分に぀いおは、衚玄関は冠婚葬祭、や来賓があった際など、特別な時に䜿甚されたすが、脇の玄関は家族などが通垞時に䜿甚したした。
    小さいながら沓脱石く぀にぎいしず䞊がり段があり、障子䞊の棚には提灯箱が䞊び、安田家の家王 「䞃぀違い王」が぀けられおいたす。

    画像
    内玄関郚分を障子偎から臚む

    ❏長廊䞋
    内玄関から、応接間を尜きぬ根座敷たで、長い廊䞋が蚭えおいたすが、旧安田楠雄やすだ くすお邞庭園の现長い敷地を掻かしお、建物を雁行型がんこうがたに配眮する蚭蚈のために付けられたもので、これにより、邞宅のどの郚屋からも庭園の景芳を愉しめる造りになっおいたす。
    たた、この郚分は、東京メトロのパンフレットなどにも䜿甚された箇所になりたす。

    画像
    長廊䞋を臚む

    【応接間】
    ❏応接間党景

    この邞宅唯䞀の掋間になっおいたす。
    近代建築では、和通ず掋通を蚭けられたしたが、時代が経぀に぀れ、和颚建築の䞭に掋間を取り入れられるこずが倚くなりたした。
    安田邞は、建築構造材をツガ造りにしおいたすが、この郚屋にはクルミが倚く䜿われおおり、庭面にサンルヌムを蚭け、境目をガラス戞にしおいたす。
    この郚屋の長方圢のテヌブル、朚補の背もたれのある怅子、花台、2぀の手あぶり、廊䞋偎の曞棚は、最初の斜䞻 藀田家が賌入したもので、2段テヌブルずアヌムチェア4脚は1929幎の安田楠雄幞子倫劻が結婚したお祝いに賌入したものになりたす。

    画像
    応接間を臚む

    暖炉郚分はガスの暖炉になり、壁面䞭心からやや右偎に付けられおいたす。暖炉は蛇王岩じゃもんがんを貌り付け、䞡偎の倪い柱はシロクルミみなり、䞊郚にはクルミをかじるリス、フクロり、サルの3皮類が浮き圫りにされおいたす。
    暖炉䞊郚の絵は須田茝掲すだ きしゅうの䜜品で、黒田枅茝くろだ せいきず同時期に掻躍した画家になりたす。

    画像
    暖炉郚分

    宀内の絚毯はアキスミンスタヌ補になりたす。
    圓初のものは傷みが激しかったため、絚毯をサンプリングしお氎掗いしお䜿甚できるか怜蚎したものの、虫食いなどの損傷が激しく、囜内のアキスミンスタヌ織機で織りなおし埩原したした。
    埩元に際しおは、家具類の䞋にあった郚分が光が圓たらず創建時の色が残っおいたため、創建圓時の色を再珟できたした。

    画像
    絚毯郚分

    倩井郚分は癜挆喰で䜜られ、再床の花食りは石膏せっこうで䜜られおいたす。花食りを芋おいくず窪みの郚分に小さな気泡が郚分的に芋られたすが、花食り郚分は寒倩でかたられたものに石膏せっこうを流し蟌ん田痕跡になりたす。
    寒倩の型で花食りを䜜る方法は、型どりした雄型おすがたに枠を䜜り、固めに煮溶かした寒倩を流し蟌んで、完党に固たったずころで型から抜くず雌型めすがたができ、そこに石膏せっこうを流し蟌んで固たったずころで花食りが完成したす。
    寒倩の型は2〜3回䜿甚するず厩れおしたうので、再び煮溶かしお䜕床も肩を䜜りたした。

    画像
    倩井郚分の石膏花食りせっこうはなかざり

    応接間扉の扉の取手も竣工圓時のもので、錠前郚分は䞀芋するず芋倱っおしたいがちになりたすが、アメリカの゚ヌル瀟補のもので、「MADE FOR SHIMIZUGUMI」ずこの邞宅の普請に係った枅氎組の名前が蚘されおいたす。

    画像
    ゚ヌル瀟補の錠前

    ❏サンルヌム
    南西角の日圓たりのよいサンルヌムは、壁、倩井ずもに挆喰塗になり、造䜜材はクルミ材ずなりたす。この郚分から芋える庭郚分は奥行きの深さを実感でき、豊かな緑ず手摺を巡らせた2階郚分を芋る事ができたす。

    画像
    応接間偎からサンルヌムを臚む

    安田邞の殆どのガラスは建築圓初のものになり、今日たで倧切に䜿甚されたした。衚面がゆがんでいるため、光を受けお宀内に映し出されるシル゚ットは幻想的になりたす。䞊郚の芋虫が貌ったような暡様のガラスは、結霜けっそうガラスになり、摺ガラスの衚面にニカワを塗りこみ、也燥させるずニカワが収瞮しおできる暡様で、1枚ずお同じものは存圚したせん。これらはグルヌプチップず呌ばれ、倧正・昭和初期の近代和颚建築で倚数䜿甚されたした。

    画像
    サンルヌムのガラス郚分を臚む

    サンルヌムの床のゎムタむルは癜、赀、ピンクの3色が䜿甚され、厚さ5㎜で6㎝角を基本ずした雄型おすがたず雌型めすがたの2皮類がゞグ゜ヌパズルのように敷かれおいたす。
    ゎムタむルは圓時で最新の内装床材になり、同様のものが重芁文化財の日本銀行本通の゚レベヌタヌホヌルにも䜿甚されおいたす。

    画像
    ゎムタむル

    【座敷郚分】
    ❏残月の間

    応接間前の廊䞋を超えるず、座敷郚分になり、手前郚分が残月ざんげ぀の間、北偎に次の間がありたす。
    幅1間、奥行き1間の床の間は、京郜の衚千家の残月亭ざんげ぀おいを暡したもので、残月床ざんげ぀どこず呌ばれおいたす。床柱は北山杉の絞り䞞倪を䜿甚し、畳は京間寞法の備埌衚の最高玚品を氏よしおいたす。

    画像
    残月の間 党景

    床脇郚分は、圓初は炉が切っおあり、こちらの倩井郚分は、小さな栌倩井になり、違い棚ず袋戞棚を蚭け、文机は膝が入る本来の圢を残しおいたす。
    戞袋郚分に描かれた山の姿は林が切金现工であしらわれおいたす。

    画像
    床脇郚分

    照明のデザむンに関しおは、鋳物いもので䜜成されおいたすが、2矜の矜を広げた鳥が透かし圫りではめ蟌たれおいたす。
    巊右2本ず぀の玐で぀られお、内偎は電気コヌドになっおいたす。

    画像
    残月の間 照明を臚む

    ❏次の間
    次の間郚分は瞊に6畳間の宀内になりたす。
    こちらの襖の裏柄には金銀砂子きんぎんすなご现工が斜しおいたす。倩井郚分は座敷同様、スギの柟目板を䜿甚した竿瞁さおぶち倩井ずなりたす。

    画像
    次の間を臚む

    ❏入偎郚分
    入偎の倩井郚分は、スギの杢目を芋せた化粧倩井になり、写真巊偎の倩井郚分には網代あじろを垂束状に組んだものになりたす。
    内偎を畳み匏にしお、窓偎を板匵りにしおいたす。

    画像
    入偎を臚む

    この郚分には時期限定で公開される個所ですが、緊急時には地䞋宀に行ける階段が䜜られおいたす。こちらは、迫りくる空襲に備えおの防空壕になりたす。幞いなこずに、「銀行通り」だったこの地区は空襲を受けるこずなく終戊を迎えたした。

    画像
    防空壕ぞの階段

    防空壕郚分は、4畳ほどの広さになり、曎に奥偎には鐵壁が蚭けおあり、鉄の梯子が蚭けられ、庭園郚分に避難できる仕組みになりたす。
    壁は倧谷石補になり倩井郚分は、コンクリヌト造りになりたす。䞀般に土を掘り起こした防空壕が倚い䞭、きわめお頑匷な造りになりたす。

    画像
    防空壕 内郚

    ❏茶の間
    残月の間の奥偎にある郚屋になりたす。
    この宀内は家族団らんの堎ずしお䜿甚され、萜ち着いた雰囲気になりたす。
    床の間は畳面ず同じ高さの螏み蟌み床ずしお䜜られ、床柱はアカマツの皮぀き䞞倪を䜿甚しおいたす。
    猫間障子ねこたしょうじの先は濡れ瞁になり、眺めは庇濡れ瞁猫間障子ずなり、ほが正方圢になり額瞁から抜き出した絵を芋るような趣がありたす。

    画像
    茶の間 党景

    反察偎の降怅子間を開けるず氎屋になおおり、倩袋の桐の匕き戞は梅枝うめがえや鉄線おっせんの花が描かれおおり、氎屋をこちらに蚭けるこずで、日垞的にお茶を愉しむための郚屋であったこずが分かりたす。

    画像
    氎屋郚分

    【バックダヌド郚分】
    ❏台所

    安田邞で唯䞀改造が行われた郚分になりたす。
    こちらは安田楠雄 幞子倫劻が結婚したのを機に改造された箇所になりたす。倧正期に鈎朚商行がアメリカのキッチンに発想を埗お発案・販売したものからヒントを埗お改造されたした。
    働きやすさを重芖した蚭蚈になり、家庭甚ずしおは圓時最先端の台所ずなりたす。

    画像
    流し郚分を臚む

    戞棚郚分は、珟圚は食噚類をしたう堎垫ずしお䜿甚されたすが、元々は食べ物を保管する蠅垳はいちょうずしお䜜られおおり、䞡サむド時から開く非垞に䟿利な構造になり、壁際の配膳棚は䜿甚巊飛無際には折りたためる構造になっおいたす。

    画像
    配膳郚分

    レンガタむルの半円圢郚分は、ガスボむラヌが眮かれた堎所になり、ここから颚呂堎に絊油しおいたした。
    たた、台所郚分党䜓ずしお、床䞋郚分にコンクリヌトを打ち付けお、防湿効果を高めおいたした。

    画像
    ガスボむラヌを眮く箇所

    ❏化粧宀
    化粧宀は脱衣堎以倖にも、流し郚分においおは女性が髪を掗髪する際に䜿甚されたしたが、その際には女䞭の方が付き添ったそうです。
    欄間郚分は、氎の揺らぎをむメヌゞしたものになり、障子の向こうが仏間になっおいたすが、珟圚は非公開になっおいたす。
    なお、子の埡奥偎に、か぀おは2階建おの板倉、子ども郚屋が続いおたしたが、敷地の䞀郚売华に際し解䜓されたした。

    画像
    化粧宀郚分

    ❏济宀
    ゆったりした造りになっおおり、济宀脇には、竣工圓時よりシャワヌが぀いおおり、济槜はヒノキ補になり、小さく䜜り盎されおいるほか、建具の無双窓や倩井の換気口により、湯気を抜く構造になおいたす。

    画像
    济宀郚分

    【2階予備宀 氎屋】
    ❏予備宀

    奥偎の階段から2階に䞊がるず8畳間になりたすが、建蚭圓初、郚屋の甚途が分からなかったため、予備宀ず呌ばれおいたす。党䜓に華奢な造りになり雪芋障子が入りたす。
    抌し入れの襖は、束林の暡様ず雲母の粉末を䜿っお型抌しし、光が圓たるず柔らかな銀色に光りたす。

    画像
    予備宀

    反察偎の聚楜壁じらくかべの䞊郚に束の板を枡しお、竹釘を打ち、織郚床おりべどこにしおいたす。
    これは千利䌑の高匟 叀田織郚ふるた おりべの考案によるものになりたす。

    画像
    織郚床偎を臚む

    ❏氎屋
    こちらは2階で来蚪者にお茶を出す際に䜿甚された郚屋になりたす。倩井郚分は矢矜根やばねの網代、倩袋の小壁こかべは煀竹すすだけが䜿甚されおいたす。倩袋の匕き戞は、「氎ごろも」ず呌ばれる襖玙で、薄い絹をひっかいお柄を䜜り銀玙に貌ったものです。

    画像
    氎屋郚分

    【2階客間郚分】
    ❏客間

    安田楠雄邞で䞀番栌匏の高い郚屋になり、床柱には栂ツガの四方柟を䜿甚。右偎に倩袋付きの違い棚を。巊偎には、2畳の小間颚に付曞院が蚭けられ、瞁偎ずの境目には、火灯窓が付けられおいたす。
    たた、倩井も高く、郚屋䞭倮には和颚の照明が付けられ、倩井板は朚目の色違いの板目板が぀けられおいたす。

    画像
    客間党景を臚む

    座敷巊偎の欄間に関しおは、非垞に现かい仕事がされおおり、现かくタスキ状に入れた組子に花暡様の断片板を付け、組子の隙間郚分が花暡様に芋えるようになっおおり、花挟間欄間はなはざたらんたず呌ばれおいたす。
    写真巊偎は瞁偎になりたすが、こちらには寺瀟仏閣建築で倚甚される火灯窓が付けられおいたす。

    画像
    曞院の花挟間欄間を臚む

    ❏次の間
    座敷郚分の照明が埩元されたものになりたすが、次の間郚分の照明は竣工圓時からのものになりたす。欄間らんた郚分は、筬欄間おさらんたず呌ばれるもので、繊維を織り蟌む機織機で、糞を通す筬おさから名付けられたした。組子を瞊に现かく䞊べ、暪組子を䞭倮に3筋、䞊げ端に2筋蚭けられた構造になりたす。
    畳に関しおは、竣工時のものを䜿甚しおおり、修埩埀時の際に畳を䞊げた際「倧正八幎四月十二日 浅草寿町 柎厎垞䞃補造」ず蚘茉があり、安田邞は棟札以倖に畳の頭板の䞡方が珟存しおおり、建築幎代を明らかにするうえでも倧倉貎重な䜿甚になりたす。

    画像
    次の間 党景

    ❏廊䞋郚分
    廊䞋ず䌚談の間の扉を芋るず、䞊郚の欄間らんたは本来の「竹の節欄間たけのふしらんた」ずは違い、黒挆塗りの束の巊右に透かし圫りの桐板を嵌め蟌んだもの。桐他の透かし圫りには、倧黒だいこく様の袋、打ち出の小槌、扇面末広が描かれた、倧倉めでたいデザむンになりたす。
    たた、扉郚分は䞀芋するず䞀枚板のように錯芚したすが、合板によるものになり、圓時の新技術が䜿甚されおいたす。

    画像
    廊䞋郚分党景

    【線集埌蚘】
    旧安田楠雄邞庭園は、このnoteを蚘茉する䞀番最初に行った蚘事ですが、もずもずはFACEBOOKに蚘茉した建物探蚪を移怍するためず、障害雇甚枠を目指すため、タむピングのパ゜コンスキルを高めるために蚘茉したもの。
    今回改めお蚘茉し盎し、だいぶスキルは䞊がり、自身も幟ばくかは成長したかず感じたす。
    これからも、新蚘事を蚘茉しながら、過去蚘事も線集しおいければず匷く感じる次第です。

     
     
     

    3104

     
     
    近代建築に぀いおBLOG掲茉しおいたす。https://note.com/780210/n/n9c8150be33f2?sub_rt=share_sb タむトルは故 芝生將行氏が蚘茉された「わが心の飯田線」http://kokuden.org/から぀けおいたす。

    あなたぞのおすすめ