「もう二度としない」と思ったことを、もう一度
「この夏(残暑)にやってみたいこと」というお題をいただいたとき、ふと頭の中をよぎったのが、なんとスキューバダイビング🤿だった。
……なんで今?(笑)
もう何十年も前のことだけど、オーストラリアのケアンズに行ったとき、離島まで水上船で移動して、そこでスキューバダイビングを体験したことがある。
ところが私、船が苦手でして、揺れる船の中の空気と揺れに見事にやられてしまい、気持ち悪いのなんのって、やっとのことで風のあたる上のデッキまで逃げて「ここならなんとか耐えられる」と頑張っていたのに、「スキューバダイビングの説明をするので下に来てください」と言われ、「無理です」と答えたら、「もっとしんどい人がいるので下に来てください」と言われてしまった。
……いやいや、そういう問題?(笑)
仕方なく下に行って説明を聞いたら、当然のように気持ち悪さは倍増した。
気持ちの悪いまま下船し、「鼻呼吸してください」「耳抜きをしてください」と言われても、鼻呼吸ってどうやるのよ、耳抜きって何よ、そもそも今の私はそれどころじゃないんですけど!と思いながら、「潜るのなんて無理!」と心の中で叫んでいた。
それでも、潜った。
私、潜ったんですよ。
しかも、吐いた。
だから当時の私は、「もう二度としないだろうな」と本気で思っていた。
ところが何十年も経った今、そのスキューバダイビングが突然、頭の中をよぎった。
そして、もうひとつ思い出したことがある。
あれだけ気持ち悪くて、あれだけ「無理!」と思っていたのに、私は潜りながら「これ、パニックになったらどうしよう」と考えていたんだよね。
……って、パニックにはなってないんかい(笑)
そう、私はパニックになったわけではなく、むしろ「今の自分、パニックになりそうだな」と、自分の状態を冷静に見ていた。
何十年も経ってからそのことに気づいて、「人って不思議だな」と思った。
どんなにしんどいときでも、怖いときでも、その自分を見ている自分がいるんだよね。
そして今、私は「もう一度、潜ってみたい」と思っている。
あのときは船酔いして、説明を聞いて、呼吸に苦戦して、耳抜きに苦戦して、最後には吐いてしまったから、海の青さや魚たちを見る余裕なんてほとんどなかったけれど、今なら少し違う景色が見えるんじゃないかと思う。
ゆっくり呼吸して、海の青さを感じて、魚たちを眺めながら、今の自分は何を感じるんだろうと、ちょっと見てみたい。
もしかしたら、私が今「スキューバをやってみたい」と思ったのは、海に潜りたいだけじゃなくて、何十年も前の自分とは違う、今の自分でもう一度あの場所に行ってみたいと思ったからなのかもしれない。
ゆとりがあると、見えるものが変わる。
でも、ゆとりがないときでさえ、自分を見ている自分はちゃんといる。
だから、ふと頭に浮かんだことは、少し大切にしてみようと思う。
「なんとなくやってみたい」でいいのかもしれないし、理由なんて後からついてくるのかもしれない。
「なんで今さらスキューバ?」と聞かれても、知らん(笑)
でも、やってみたい。
今度は、吐かない程度に。
この残暑、もう一度、あの青い海に潜ってみようと思う。
