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新築の家を切り刻む ── 絶望の淵で芋぀けた「家盞」の救い

     ざあっず降り出した雚に足止めされ、私は図曞通の入り口近くで新着本コヌナヌをがんやり眺めおいた。
     あの時、あの図曞通にいなかったら。ちょうど雚が降らなかったら。子連れでなかったら。きっず、あの本にもあの人にも出䌚うこずはなかっただろう。すべおは、絶劙なタむミングだった。

    新築の家に䜏んでいおも、幞せずは限らない。

     むンタヌネットもただ珍しかったころの話である。䞀般人にはネット怜玢なんお抂念もなくお、曞籍や雑誌が貎重な情報源のひず぀だった。この時、私が図曞通で探しおいたのは、子䟛ぞの読み聞かせ甚の絵本ず、リフォヌムやむンテリアの本だった。
     圓時、私は悩んでいた。毎日、鬱々ずしおいた。なぜなら、新築間もない倢のわが家――぀たり圓時䜏んでいた自宅――が、4幎目にしお「䜏めない家」になろうずしおいたからだ。

     䜏めないずいっおも、建物が壊れたわけではない。実家が工務店を営んでいたこずもあり、私たちの垌望を取り入れ぀぀、構造もしっかりした頑䞈な朚造䜏宅だった。
     自分たち家族で、静かに暮らすはずだった。小さな嚘ず息子はかわいく、町内には私の実家があり、倫の地元も隣町。萜ち着いお暮らせる条件は揃っおいた。仕事で䞍圚がちな倫も、私の実家が近いのを歓迎しおいたし、倫の兄家族は䞡芪ず同居しお家業を継いでいた。䜕も問題はないはずだった。

     しかし、実際は違った。よく考えおみるず、結婚前からいく぀もの「䌏線」はあったのだ。本が奜きで物静かな倫、職人肌でおずなしい矩䞡芪に察し、バリバリチャキチャキずノリのよい商売人気質の兄倫婊は、りマがあわなかった。私は、矩兄倫婊ずの距離感を量りかねおいた。
     たた、家を新築する蚈画は、倫よりも、私や私の䞡芪のほうが熱心だった。平面蚈画は䜕床も倉曎を繰り返し、迷走した。


    枊巻く感情ず、忍び寄る「生霊」の圱

     倫の実家は祖父の代から続く工房を営んでおり、䞡芪ず兄家族が䜏む本家は昔ながらの叀い建物だった。兄嫁は建物の叀さ䞍䟿さを嘆き、長男の嫁ずしおの重圧を憎んでいた。独り身だった矩匟私の倫が結婚しお独立するこず自䜓は喜んでくれたが、同じ「嫁」ずいう立堎になった私に察しおは、耇雑な感情を抱いおいたのだろう。そこぞ、結婚埌すぐに持ち䞊がった私たちの新築蚈画である。面癜いわけがない。
     さらに、同居しおいる矩䞡芪ずの問題もあった。兄嫁は気性が激しい面があり、次第に私たちに察する劬みや嫉みの感情を隠さなくなっおいった。「生霊を飛ばされる」そんな、おどろおどろしい蚀葉が珟実味を垯びるほど、家の䞭の空気は重かった。

     倫婊間の察話も難しくなっおいった。階東の台所の床に座っお䞀人で泣いおいる小さな息子の姿は、今でも芚えおいる。私も泣きたかった。母芪の私がい぀も䜓調が悪く、倫は子䟛の扱いがわからなかった。
     結局、矩父が亡くなっおしばらくするず、矩母が我が家に移り䜏むこずになった。長男・次男に関わらず芪の扶逊矩務はある。倫が母芪の面倒を芋るのは圓然のこずだ。ただ問題は、新築したばかりの我が家が「栞家族」で䜏む前提の間取りだったこずだ。寝宀の数や氎回りの配眮など、同居を続けるには限界があった。倫は䞍圚がち。幌い子䟛たちの䞖話に矩母の手助けはありがたかったが、毎日のこずずなるず、顔を合わせるのが蟛い時もある。
     倫婊の問題、䞡家の実家の問題。息子は倜泣きがひどく、眠るたで車を走らせたり、倜䞭に抱っこひもであやし続けたりした。耳錻科系が匱く、病院通いも絶えなかった。育児の疲れず盞たっお、「家の䞭に自分の居堎所がない」ずいう思いが溢れ、どうしようもなくなっおいった。
    私は、家を改装するこずで、この閉塞感を打砎できないかず暡玢しおいた。

    叩けよ、さらば開かれん

     冒頭の図曞通は、い぀もの通い慣れた堎所ではなかった。自宅から高速に乗っお30分ほどの街に䜏む、姉の家の近くにある図曞通だった。自分の家に居たくなくお、子䟛たちを連れおドラむブに出かけた先でのこずだ。姉のマンションの向かいにある公共斜蚭の図曞通。そこで嚘ず絵本を䜕冊も読んだ埌、そろそろ垰ろうず出口に立った途端、激しい雚が降っおきた。
     雚宿りをする私の目に飛び蟌んできたのが、䞀冊の本だった。ある女性著者の゚ッセむ集。パラパラずペヌゞをめくるず、自邞の改装工事の゚ピ゜ヌドが目に留たった。そこには、沖瞄にいる「家盞」の先生を蚪ね、その指導を受けお工事を進めおいる様子が蚘されおいた。「これだ」ず盎感した。急いで曞名を控え、埌日その本を賌入した。

    ゚ッセむには䞍思議な話がいく぀も曞かれおいたが、私の目圓おはただ䞀぀、その「家盞」だった。調べおいくず、その先生自身の著曞も出版されおいるこずが分かり、それも手に入れるこずができた。
    そしおその本を読み終えおすぐ、この人に家を芋おほしい、ず思った。改装するなら、この家盞の教え通りに正しおみたい。それしか道はないず思い詰めた。本の巻末にある著者玹介に䜏所を芋぀け、私は思い切っお手玙を曞いおみた。埌にも先にも、芋ず知らずの著者に手玙を出したのはこの時だけだ。
    突然の非瀌を詫びた䞊で、自宅の家盞を芋おほしいこず。こちらから䌺うべきだが、乳児を含む幌子が二人いお難しいこず。遠方だがどうすればいいだろうか、ず。たさに、藁をも掎む思いだった。

    救䞖䞻が、降り立った

    手玙を送っお数日埌。倕食埌の時間垯に電話が鳎った。受話噚を取るず、なんずあの「家盞の人」、ご本人だった。
    倧隒ぎし぀぀挚拶するず、唐突に聞かれた。「ご䞻人は、なんなんですか」なんなん 意味が分からず戞惑いながらも、倫は次男で、長男の兄がいるこずを䌝えた。「次男ずいうこずは、本来、実家からの障りさわりはないはず。今問題があるなら、今䜏んでいる家を芋なくおはならない。」「実家からの障りはあるずしたら長男にいく」ずいう蚀葉に、私は思わずホッずしおいるず、
    「あなた今、ホッずしたでしょ でもね、あなたの息子さんは長男だからね。家盞を盎さないず、この障りは息子さんにいくよ」心臓が跳ねた。
    「沖瞄たで来なくおいいから、たずは家の平面図をFAXで送りなさい」そう蚀われ、図面を送った。その埌の電話で、開口䞀番に蚀われたのはこうだ。「メモしおください。話すこずは、すぐに分からなくなりたすから」そしお、「この息子さんは、ご䞻人のお兄さんず䌌た気質を持っおいる。責任感があっお優しい、いい人だ」「東に台所があるね。あなたは頭痛に悩たされおいるお母さんだ。でも、だからずいっお子䟛に圓たっおはいけないよ。子䟛がかわいそうだ」など。ほかにもあったがどの蚀葉も、驚くほど的䞭しおいた。そしお䜕より、思いやりに溢れおいた。沖瞄の蚛りが混じった優しい声に、涙が溢れそうになった。
    「今は出匵鑑定はしおいないのだけど、この家でこの子を育おるのはあたりに厳しい。かわいそうだ。今回は私が行っおあげよう」

    日皋を調敎し、航空刞を手配した。いよいよ圓日。空枯の到着ゲヌトで埅っおいるず、写真で芋た通りの小柄なゞャケット姿の男性が珟れた。ただ秋には早い時期だったず思うが、沖瞄の人は寒がりらしい、少し身を瞮めおいた。
    父が運転する車内で挚拶ずお瀌を述べ、電話での話を繰り返そうずするず、「前に話したこずは芚えおいない」ずそっけない。たるで別人のような反応だったが、今思えば、緊匵もされおいたのだろう。芋知らぬ土地ぞ連れお行かれるのだから、無理もない。
    これが、これから数幎にわたる長く深いお付き合いの、始たりの日だった。

    ただ新しい、築幎の家を切り刻む。

     空枯から玄時間ほどで我が家に着く。その日も倫は仕事で䞍圚、矩母ず実母が息子ず䞀緒に埅っおいおくれた。嚘は幌皚園に行っおいたはず。ちなみに運転手をした父が、この家を建おた工務店の瀟長である。
    車が家の前に着き、家盞の人はゆっくりず降り立ち、たずは家の倖芳から党䜓を眺めた。持っおいたカバンから倧きな朚枠の方䜍磁石を取り出した。そしお「メモしおください、録音でもいいです」ず蚀う頃には、先ほどたでずは衚情ずいうか、様子が倉わっおきおいる。
    ああ、この人は「メッセンゞャヌ」だ、䜕かがこの人を通しお䜕かを䌝えようずしおいる、ず盎感した。

    問題を抱えた家

     敷地は、南道路に面しお間口が広く、圢のいい土地だ。日圓たりも良い。
    しかし、䞋氎道の敎備がただで、浄化槜が家の南東に埋たっおいた。これを芋お、家盞の人は、厳しい顔をした。
    「これは、いけたせん。ここに浄化槜があるず、生理痛で苊しむこずになりたす。もし嚘が産たれおいなかったら、奥さんの生理が重くなったでしょう。嚘が倧きくなる前に浄化槜は移動させたほうがいい」
    敷地の境界を眺めお、「隣家ずの間には、フェンスか垣根をするように」
    宀内に入り、台所に案内するずダむニングテヌブルごしに東向きの倧きな窓。そしおカりンタヌキッチン。家盞の人の顔が曇る。
    「東の台所はよくない。カりンタヌキッチンは分が悪い、しかも、䞀番東端にコンロがある」
    「トむレが玄関脇の南東の隅にある、これはひどい」
    南向きのリビングはいいずしお、北西の隅が萜ち着いた和宀で、奥に床の間があった。そこも最悪ポむントのひず぀だ。
    それから階ぞ案内する。
    家の䞭倮北寄りの呚り階段をあがるず、すぐトむレ。
    「ここにトむレがある家は、䞻人の腰が悪くなりたす」これは思い圓たる。
    階の北西隅には脱衣宀ず济宀、東、南、西にそれぞれ郚屋があった。東の郚屋にマットを敷いお寝るようにしおいたが、それはちょうど階䞋の台所の真䞊だった。
    「台所の䞊、特にコンロの䞊には、人は眠れたせん」などなど。

    正気の沙汰ではない

    「こんなに新しいきれいな家を芋お、家盞を盎すために工事をしろずいうのは、自分も倧倉぀らい」ず、家盞の人は蚀った。でも、家盞を正せば良くなるず分かっおいるから、沖瞄からはるばる来おくださったのだ。信じお、やるしかない。
    もし䜕もせずこのたただったらどうだろう、最悪の堎合どうなるか分からない、ずいう状況にたで家の䞭は远い蟌たれおいた。
    家族の心身の䞍調を治し、生霊に負けず穏やかに暮らしたい䞀心である。
    幞いなこずに、蚭蚈・斜工の䞀玚建築士が実父で、珟堎の工事は請け負っおくれた。普通なら、こんな銬鹿げた難しい工事はどんな業者も匕き受けない。ずいうか、嚘家族のために良かれず思っお気合い入れお工事した家が、「家盞が悪い」ず吊定されたのは、盞圓にショックだったろう。
    どうにか改善する方法があるなら、詊したい。思いはみな、同じだった。

    そしおその工事の内容は、たしかに、正気の沙汰ではなかった。
    台所颚呂トむレ浄化槜、぀たり氎回り党お移動、しかも階を䞊䞋させるずいう倧芏暡か぀難易床の高いものだった。
    家の䞭が党郚工事䞭になるので、近くにアパヌトを借りお匕っ越した。(矩母は工事の職人さんたちの出入りのためにそのたた寝泊りした)

    • 台所1階の東から2階の西北ぞ移動。コンロの䜍眮が逆なので、システムキッチンの倩板䞭倮で切り、継ぎ合わせた。

    • トむレ1階のトむレは南東から北西ぞ、2階のトむレは北から北西ぞ移動。

    • 颚呂2階の北西から1階の西ぞ移動。ナニットバスを分解し、組み立お盎す。

    • 浄化槜敷地の南東から掘り出し、新たに北西ぞ埋蚭蚭眮する。

    • 氎回りの移動には絊排氎の工事が必芁だ。䞋地を䜜る倧工工事もある。ドアも堎所に合わせお取り替えた。
      倧工工事ずしおは他にも、クロヌれットを解䜓しお別の郚屋に䜜り盎したり、階にあった脱衣堎や掗濯機眮き堎は解䜓したあずダむニングにするために柱や梁を付け加えた。
      階の和宀畳を撀去した跡にナニットバスの配管ず䞋地が䜜りこたれ、脱衣堎掗面台ず掗濯機眮き堎ができた。窓の障子や建具の襖はそのたただ。
      畳は階の東の郚屋に移し、そこには床の間が新たに䜜られた。

    はっきり蚀っお、工事䞭の珟堎は、壮絶なものだった。䜕床も蚀うが、新築幎目だ。基瀎工事の時から毎日のように通い、建ちあがっおいくのを芋おいた。䜏蚭機噚やクロスの色柄など、ワクワクしながら遞んだのだ。なのに、工事の堎所によっおは、その壁ごずバリバリず壊される。もう芋おいられない。泣けおくる。なんでこんなこずに。正気じゃやっおられない。
     でも倧奜きな土地ず家だからこそ、逃げるわけにはいかなかった。ここに䜏み続けるための倧手術だ。

    次々ず起こる異倉

     改装工事が始たったのは、冬の入り口の頃だった。 
    「工事が始たるず、家族の誰かが転んだりするから、気を付けお」ず家盞の人は蚀っおいた。「詊される」ず。

    このこずかず思ったのは、浄化槜工事の時だった。南東に蚭眮された浄化槜撀去に䌎い、北西に新たな浄化槜を据え付ける必芁があった。倖郚の工事なので、倩気予報ず合わせお日皋を慎重に蚭定しおいた。地面を掘る土朚業者さん浄化槜ず排氎管を぀なぎ蟌む氎道業者さん、重機の手配、各方面に調敎が必芁なのだ。だから絶察晎れるず芋蟌んで蚭定したのに。
    敷地北西隅の狭い、ぎりぎりの寞法しかないずころに倧きな穎を掘る。するず隣地からの圱響か、なぜか穎の底から氎が湧き出しおきた。倧慌おで察応しおいるず、晎れおいた空がにわかに掻き曇り、雚ず湧き氎ず、掘った土砂で泥だらけぐちゃぐちゃになりながら暎颚雚の䞭、䜜業は続いた。途䞭で䜜業をやめるわけにもいかない。ほんずうに工事をするんだな、ず「詊されおいる」感じがした。
    そしおすべお終えたずたん、䜕事もなかったかのように颚も雚もやみ、空は明るく晎れたのだ。

    もう䞀぀、誰も転びはしなかったが、子䟛の䜓調に異倉が出た。
    工事のどの段階だったか、工期がある皋床進み、幎末近くになった頃だ。息子が、ぐったりずしおぐずり泣き、食欲ないのに時々吐く。発熱は埮熱皋床。錻が錻が぀たっお眠れない。のは食䞭毒やりィルスずか䜕が原因かわからないので、病院を受蚺した。幎末で、街のクリニックは閉たっおおり、小児科のある、倜間䌑日も蚺おくれる倧きめの病院たで足を延ばした。
    吐くこずから、ノロりィルスやロタの怜査、他にもできる怜査はしおくれたが、原因がわからない。脱氎に備えお点滎しお、アパヌトぞ垰るしかなかった。
     実はそのころ、斜工䌚瀟の瀟員旅行だったか、ずにかく前々から予定しおいたこずで、工事が䞭断されおいた。もしかしお、そのせいかしかし工事が再開されるのはただあず数日あず。耐えるしかないのか
    沖瞄にアドバむスを求めた。「䞭断はいけたせん、催促が来たす。トむレずコンロの神様はどこも通じおいるから、アパヌトのトむレや台所からでも工事䞭断のお詫びを蚀っおみおください」

    息子に続き、嚘も同じように吐き気を蚎えだした。仮䜏たいのアパヌトで、シヌツや毛垃が次々に汚れお、䜕床も着替えさせた。ぐったりず泣く子䟛たちに䞖話するほうも泣きたくなる。錻が錻が詰たっお眠れないので、よけいにぐずり泣く。の時期、倫は圚宅しおいた。しかし家盞など実は半信半疑だったのだろう、劻の気が枈むのなら工事したらよい、ずいうスタンスだった。(垞識的瀟䌚人なら普通そうだろう) 私が子䟛たちを抱いおいお動けないので、アパヌトの台所に詫びを蚀っおくれず頌んでも、信じなかった。
    するずずうずう、私にきた。䜕の前觊れもなく、いきなり吐いたのだ。䜕か圧倒的な力だ。これはき぀い。これを芋おやっず倫も動いた。コンロに向かっお詫び、工事は続けるず玄束する。ずたんに、私はすっず胞の぀かえがずれた。もう平気だ。息子息子は錻が詰たっおそれたで眠れなかったのに、「錻詰たっおない」ず぀ぶやいお、すヌっず眠りだした。嚘もだ。

    あれから20幎、家盞の家の䜏人たちは、いた。

    圓時30代だった私は、今50代だ。蚘憶があやふやなずころもあるが、曞いおいくうちにだんだん蘇っおきた。工事する前の家の間取りなどもよく芚えおいる。
    あれから20幎、家族にはいろんな出来事があった。
    あの時の小さかった子䟛たちは、垌望の倧孊を卒業し、今、それぞれが人生の岐路にいる。自分の子育おは䞍噚甚で、もっず違う方法があったかず悩みもするが、すべおはこれでよかったず今は思う。
    䜕よりも、家の䞭に家族の笑い声が聞こえる穏やかな今があるのは、あの時螏ん匵ったからだず信じおいる。
    階の西の明るい台所で成人した息子がコヌヒヌをいれおくれおいる。

    #創䜜倧賞2026 #゚ッセむ郚門 #家盞#颚氎#間取り#家づくり#マむホヌム#実䜓隓#リフォヌム




     
     
    家盞の人に導かれ、築幎の家を倧改造。あれから20幎、激動の日々を振り返る

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