【谷界】4-1.干拓期詳細 干拓とクラスターの成立(#016)
■干拓技術の確立とクラスターの誕生
干拓期の初期、人々は湖畔の肥沃な土地に散在し、小規模な農耕を営んでいた。湖岸の浅瀬を干拓する技術が確立されると、各地で同時多発的に干拓事業が進められ、これを中心としてクラスターと呼ばれる農業共同体が形成された。
干拓事業は指導者層と労働者層を生み、水利権を掌握した指導者層は次第に権力を固めていく。干拓に適した地域は五つ程度存在し、それぞれが独自の支配体制へと統合された。クラスター内では争いはあるものの、総体としては水利、文化を共有した強固な共同体であった。
■農業生産力と人口の限界
クラスターの農業生産力には限界があり、最大限に干拓を行った場合でも扶養人口は4万人程度の場合が多かった。湖の全周が干拓出来るわけではなく、多くの盆地では干拓適性のある土地は湖畔に間隔を空けて5区画程度に分かれていたため、五つのクラスターが成立した。よって盆地の総人口は20万人前後に収束するが、その人口に達するのは後の飛行期においてである。
気候は年間を通じて安定しており、稲作を中心とした通年農業が可能であった。不作に備え、農地は二群に分けて交互に耕作する輪番耕作が行われ、農地間での労働力の融通が制度化された。盆地毎の微妙な環境差は稲以外の作物に盆地毎に特色を与え、特に香辛料・茶葉などは、キャラバン交易での重要な交易品となった。
■湖と草原に広がる産業構造
湖では水産業が盛んに行われ、人々に貴重なたんぱく源を供給した。
湖畔から離れた草原帯では放牧が行われた。水場の偏在により農業可能地が限定的な盆地では重要な産業となった。家畜は主に爬虫類であり、一部の盆地でのみ哺乳類の家畜が利用された。放牧を生業とする者は、野生爬虫類との接触も多かったため、より勇猛な者が尊敬を集めた。

次項では干拓期の都市の発達と産業について述べる。