
釈放された名も無き女
10数年ぶりに釈放された
刑務所から出ると
社会の日刺しに
火傷した。
私は大学を卒業後、
創作活動に専念するために、
フリーターになった。
飲食店の清掃バイトをしている。
今日も今日とて、
外に出る準備をしたのに、
蹲っている。
いざバイトとなると、
すごく怖くなって
泣きそうになって。
頓服を呑み込んで、
”お金のために”と洗脳して、
なんとか頑張って出勤した。
バイト先に着いて、
着替えて、
お店に入った。
ガヤガヤ。
バタバタ。
ピリピリ。
大勢の感情たちが蔓延していて、
心が感染していく。
入社してまだ1ヶ月も経ってないので、
基本的に教育指導の時間が多い。
今日は、
ドリンクバーとビールの締め作業を
教えてもらうことになった。
いやいや。
もうキャパオーバーだよ。
出勤すること自体で、
私のHPはもう既に赤色に点滅している。
それに、
記憶力が悪いので教えて貰ったとしても、
1回じゃ覚えられない。
私の完璧主義と臆病が、
私を食いちぎる。
「キャパオーバーなので、
また今度教えてください。」
なんて言えなかった。
失礼だと思ったし、
使えないヤツだと思われたくなかったから。
教育担当者は、
毎回コロコロと変わる。
今日教えてくれてる人は、
大学生の女の子だった。
色々と教えてもらっている中、
突然、
雑談という名の戦闘を申し込まれた。
「巳月さんって高校生ですか?」
破壊力抜群。
効果的中。
私は20代半ばのフリーター。
今まで、
むしろ30代に見られることが多かった。
想定外の角度から喰らった。
カウンターの仕方が分からない。
どうすれば、
上手くこの攻撃を交わせるのだろうか。
ゲームオーバーになる前に、
こう繰り出した。
「フリーターです。
よく子供っぽく見えるんで…笑」
「あっ…、すみません。
失礼なこと言ってしまって…。」
「あ、いえ…。」
自虐という武器は、
諸刃の剣。
傷ついたのは
私だけでは済まなかった。
その子は私より若いのに、
教え方は上手いし、
こんな私とも
コミュニケーションを取ろうとしてくれるし。
それに比べて私は─────。
一通り教育指導してもらった後、
通常業務に戻った。
基本的に一人で店内の掃除をする。
一人で黙々と淡々と仕事をする。
自分のペースでできる快適さ。
汚いところが綺麗になる達成感。
ああ。
やっぱり1人が心地よい。
「巳月さーん!」
苦手な店長に呼びかけられた。
一気に戦闘モードに入った私。
頭の中が既に真っ白になりながら、
店長の元へ向かった。
シフトに関する話だった。
ここでまた、
私の完璧主義と臆病さが腹を空かせて
外に出てきた。
「もっと稼ぎたい!」
「もっとちゃんとしたい!」
「もっと!もっと!」
話の流れで、
店長にこう切り出してしまった。
「あの、シフトを増やしたいのですが、
お店としては可能ですか?」
ああ。言ってしまった…。
店長はすかさず、
逃がすまいというような気迫の笑顔で
こう応えた。
「全然おっけーだよ!
むしろありがとうだよ!」
ああ、良かった。
無理を言ってしまって、
嫌われたかと思った。
しかし、
ほっと安心している私を、
店長は置いてけぼりにした。
「シフト増やすとしたら、
キッチンの仕込みの仕事になるかな。」
それはキャパオーバーになりそうで、
不安に縛られた。
しかし、
キッチンは今までやったことがあるので、
まだ許容範囲かと判断した。
「それでも大丈夫です。」
私はイエスマン。
ノーが言えない能を察した店長は、
すかさず切り込んだ。
「1日何時間入れますか?
入れる時間帯はどうですか?」
お金欲しさに、
「1日4~5時間くらいですね。
時間帯はいつでも大丈夫です。」
と無茶なことを言ってしまった。
現在の私は、
1日3時間のみ勤務可能。
睡眠薬の影響で、
朝からは動けない。
後悔の味が口に広がる。
店長との話し合いが終わった後、
バッシングに駆り出された。
出勤してから2時間しか経ってないのに、
もう既に、
私の心は閉店している。
なんとかバッシングをして、
キッチンの洗い場に
食器を置いていたら─────、
「ここじゃない!あっち!!」
怒声で心を思いっきりビンタされた。
知らないパートのおばさんに、
怒鳴られたのだ。
どの食器をどこに片付けるのか、
まだ全てを把握していないので、
間違えて違うところへ置いてしまったのだ。
それにしても
言い方ってものがあるだろう。
防衛本能が、
怒りという武器を持って、
ズカズカと私の前に仁王立ちした。
あなた、
多分勤務歴が長いからって、
お店を自分のテリトリーにしているのだろ?
そのテリトリーに、
危なっかしい若造が侵入してきたことが
許せないんだろ?
いい歳して
公共のモノを私物化するなよ。
そう思った。
一通り仕事が終わり、
退勤時間になった。
この日、
一番の衝撃を喰らった。
清掃係はもう1人いる。
その人と副店長が話してるところに、
ちょうど遭遇してしまった。
その人が何かを持っていた。
チラッと見ると、
「退職届」だった。
そして、
話も聞いてしまった。
その2人がいる所が、
退勤業務をする場所の近くだったので、
どうしても離れられなかった。
しかし、
「なぜ辞めるのだろう?」
という疑問もあり、そこに居続けた。
全ての会話は聞こえなかったが、
ポツポツと聞こえてきた。
「厳しかったら、
今日いっぱいで辞めて大丈夫だよ?」
「制服はまた今度返してくれれば…」
メンタルや体調的な理由で退職なのだろうか。
その後もなにか喋っていた。
すると、
突然雷は落ちた。
「え、2人も要らなくないっすか?」
感電。
マイナス思考のエネルギー爆発。
私のせい?
私のこと嫌だったのかな?
「2人も要らない」というのは、
「掃除係は2人も要らないでしょ」
という意味だと私は解釈した。
その人とは事務的な話しかしたことがない。
シフトが被ったことも数回しかない。
何も嫌われるようなこと、
傷つけるようなことをした覚えはない。
けれど、
初対面の頃から、
なんとなく、
なんとなくだが、
表面上は愛想良く話してくれるけれど、
少し心の距離を取られてるなと感じていた。
それは、
その人が私に限ってではなく、
そもそも人が苦手だからとか、
話すの苦手だからとか、
だと思っていた。
けれど、
もしかしたら、
私のことが苦手だったのかもしれない。
私のことが嫌で辞めるという確証は無い。
けれど、
私が近くにいることを
分かっているはずなのに、
そういうことを
わざわざ言わなくてもいいじゃないか。
自責思考と他責思考の反復横跳びは
止まらなかった。
退勤して、
家に着く。
地球の重力はこんなにも重かったっけ?
そう思うほど、
今日は疲れた。
今日も始まる
定期開催の独り反省会。
大学を卒業して、
フリーターになって数ヶ月。
いわゆるモラトリアム期を過ぎて、
何も持たずに
社会に釈放されたような気分だ。
お金も、
メンタルも、
コミュニケーション能力も。
学生という名の刑務所に居て、
衣食住提供されていて、
ある程度の責任を免除されていた。
そこで、
私は学生というものに甘んじて、
何も社会に出る持ち物を用意しなかった。
いい歳して何も持ってない。
いや、
持っているのはただ1つ。
脆さ。
バイト先は学生が多い。
大学の授業の話や春休みの話。
そんなので盛り上がっていた。
その子たちの近くに居るのに、
遥か遠くに居るように感じた。
私は若くもないし、
歳を召しているわけでもない。
学生でもないし、
社会人でもない。
どこにも居場所がない。
だから、
学生の多いところにいると、
疎外感を感じる。
もう、そこに混ざれないんだと。
同じグループとして見なされないんだと。
今まで
「若さ」や「学生」というものに
助けられてきた、頼ってきた。
しかし、
釈放と同時に没収された。
社会に出れば、
「一個人」として見られるようになる。
なのに、
いい歳して
「一個人」が何も育ってない。
自由になりたくて
フリーターになったのに。
不自由の中に
自由はあるのだろうか。
ああ、
どうか檻で囲んでくれよ。
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