夜になると、ココに帰る。
吾輩は犬である。名はココという。名前くらいは初めから有している。どこで生れたか見当もつかぬ猫とは、この点において聊か待遇を異にする。
十二年も犬をやっていると、人間というものが、何によらず己の一存で決めたがる生物であると呑み込める。食物を決め、散歩の時刻を決め、出入り叶う部屋まで決める。その上主人、俗にパパは、綿入りの円座を床に据え、「ココのベッド」などと号している。吾輩はかかる契約を交わした覚えは毛頭ない。寝床くらいは自分で決める。
吾輩には十二年来、夜ごと帰参する領土がある。主人が両脚を開くと、その間に細長い谷が出現する。左右を肉の丘陵に囲まれ、冬は頗る暖かい。夏は聊か蒸すが、故郷を気温くらいで見限るほど吾輩も薄情には出来ておらぬ。
尤も、この土地は毎夜同じ地形を保っておるわけでない。吾輩は谷へ入るや、まず鼻を近づける。主人の加齢は腹の出具合より先に、その芳香の変遷で知れる。かつての鋭い野性は影を潜め、日向の埃を煮詰めたような穏やかな発酵臭が谷を満たしておる。
検分を済ませば岬の向きである。中央に鎮座する其れが、今宵はいずれへ靡いておるか。右なら左、左なら右。顎は空いた方へと据える。時には、常より匂いの濃厚な夜もある。主人は「ココ、やめ」と狼狽するが、吾輩に云わせれば情報量が多いだけの話である。
幸いにしてこの家には、今ひとつ別の谷がある。太君、乃ちママである。温度も肉質も申し分ないが、どうも落ち着かぬ。
主人の谷には中央に岬があり、その根元に二つの柔らかな宝珠がある。
太君には此れがない。
人間は低反発だ高反発だと大層な理屈を並べるが、吾輩には二つの拠り所で事足りる。尤も、それだけとも限らぬ。匂いか、温もりか、十二年という歳月がこの谷を覚え込ませたのか。近頃は布団へ上がるにも、一度前脚を掛けて思案する。昔なら考えるより先に、身体が上がっておったものである。
主人も変わった。谷へ至る道も、些か険しくなった。昔は朝になると、夜にはなかった隆起が谷の中央に忽然と出現することもあったが、ここ五年ほど、とんと見ぬ。この土地の変遷ならば、吾輩の方が精通しておるのだ。
それでも夜になれば、ここへ来る。人間は何につけ理由を欲しがるが、犬にはさほど入用でない。
今宵も主人が脚を開く。吾輩は鼻を寄せる。岬は左に靡いておる。さらば顎は右がよかろう。
夜になると、ココに帰る。
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