よるのこと #001 韓国の夜
真っ暗な夜の高速道路から見える高層ビル群が、僕の韓国で最も覚えている風景だ。
はじめての海外旅行だった。
9月の韓国の夜風はとても気持ちよくて、東京のまとわりつくような湿った夜とは全然違っていた。

まったく読めないハングルの標識と地面に設置された停止線のLED。
「サイバーパンク!」と独り言をいってると、奥さんが「歩きスマホが多いからだよ」と教えてくれた。一緒に来てくれた韓国に何度もきている妻の友人が、アプリで手配したタクシーの番号を教えてくれる。次々とやってくるタクシーの運転手の「おまえか?」という目線と、指定された番号を探す僕の目線が交わる事はなかった。というか目があったら乗せられそうだったので合わせなかった。深夜の工場バイトの如くやってくるタクシーを見ていたら、友人が先で「アニョハセヨ~」と別のタクシーの運転手に挨拶をしてスーツケースをトランクに乗せてもらっていた。わかっていたけど韓国とか関係なく僕は役立たずだった。
戻した目線の先にで別のタクシーとようやく「おまえか?」の目線と僕の目線はまっすぐつながり「すんません、違います」という情けない目線を投げかけた。
タクシーに乗り込むと「ホンデ」と行き先を告げる。村上春樹みたいな顔をした運転手だった。
若い女性に挟まれて、髭面のおじさんがハイテクタクシーで輸送される。
そんなに変わらないと思うけど、日本のタクシーよりも液晶が多かったり、スマホが二台あったりとさすがSamsungだなと感心してしまった。
仁川(インチョン)空港についたのが深夜0時を過ぎていた事もあって、ほとんど車のいない韓国のだだっ広い高速道路をタクシーは走っていく。映画で見たような風景に思わずこっそり一人で決め顔で道路の先を睨みつける。設定としては犯人の思惑に気づいて、一人で現場に向かうシーンだ。ルームミラー越しに目があった運転手も心無しか役に入っている気がする。

周りは真っ暗で、なんだか山梨あたりを走ってるようだなと思っていたら不意に左側からブルーのライトで装飾された高層ビル群が見えてきた。攻殻機動隊やらサイバーパンク2077のような迫力だったが、窓に明かりがない。その巨大さと存在感に対して人の気配の無さがなんともいえない。深夜とはいえもうちょっと起きてるだろうと思いつつ、しばらく進むと同じような高層マンションやらビルが暗闇のなから次々と現れてくる。しかし暗い。入居者は1割かと思うほど暗い。でも僕にはその風景がかなり強烈に印象に残った。旅の思い出は記憶と感覚で残すものだという誰かの言葉を思い出したけど、かまわず写真を撮った。この感覚は写真を手掛かりに思い出したい。



韓国の夜は本当に素敵だった。宿泊先の街でフラフラと歩く。飲食店も開いていて人もいる。深夜3時をまわってもお店は営業を続け、カップルや友人が楽しそうに歩いたり、座って話している。クラブがある通りなど中年にはだいぶ場違いだったけど、そのエネルギーみたいなものはどこか心地が良かった。長居は出来ないと思うけど。僕の前を歩く奥さんと友人にはひっきりなしに声をかけてくるのに、僕にはまったく声をかけてこないのでもしかして死んでるのかな?と訝しむ気持ちになるのは当然のことだろう。まあ日本にいると生ける屍みたいな顔で帰ってくるし。
夜中に窓全開の店でサムギョプサルを食べたり、屋台でスンデなるものを食べた。屋台のおばちゃんがお会計の時に何か言っていたので友人に聞いたら「ありがとうって言ったら、私も会えて良かった」と言っていたらしい。カムサハムニダ。
僕にとって夜はなんとなく静かなものだけど、異国である事がある種の隔たりとなって僕の周りに薄い静けさを纏わせていたのかもしれない。


二日目の深夜は一人で日本と同じように住宅街を散歩してみた。外国で死ぬほど怖かったので、常に宿屋の位置を確認しつつ、星で方角を確かめながら奥さんを中心に1キロ半径内を旅した。Tシャツ短パンだったので妙に不安感と高揚感が高まってモジモジしながら歩いた。

コンビニのGS25かCuを見ると安心する程度には韓国に馴染んだ気がする。途中でとても小さなBARがあって、店主と客二人がカウンターを挟んで話していた。出来ることなら入って見たかったがどう考えても会話が成立する筈もなく、なんとも言えない空気の中でマッコリだけが無言のまま進み泥酔して韓国のゴミ置き場に倒れている未来しか浮かばない。危ない危ない。


でもそんな散歩の中で感じたのは、韓国の夜の明かりがとても好みだということ。不意にとても懐かしいような感覚になる。日本と何が似ていて、何が違うのか。なんとなく夜の闇は深く、街灯の明るさがドラマチックな気がするけど、それは浮ついた僕の気持ちがそう見せているだけかもしれない。なんにせよその理由はわからない。わからないままにしておきたいな。



