
【#62】介護職20年の歩み|なんとなく始めた仕事が、一生の仕事になるまで
“命の現場”に向き合う中で、またしても激しい理不尽に直面する出来事があった。
看護師も看護助手も、口を揃えて平然とこう言ったのだ。
「あの人、“生保(生活保護受給者)”だから後回しでいいよ」
同じ病気に苦しむ「患者」であることに、何の変わりもないはずだ。その差は一体どこから生まれるのだろうか。
「生活保護に親でも殺されたんですか?」
あまりの理不尽さに我慢がならず、僕は相手に直接問い詰めた。もちろん、返ってきたのは「なんだこいつ」と言わんばかりの、冷ややかな視線だけだった。
「発言するからには、明確な“根拠”を持って発言するべきです。質問に対して論理的に返せる根拠がないのなら、そんな言葉は口にしない方がいいですよ」
これまではある程度、波風を立てずに穏便に仕事をこなしてきたつもりだった。だが、この時ばかりは絶対に許せなかった。
「あなたの“親”も生活保護を使えばいいじゃない。あなたの給料で養っているんでしょ? 情けないわね」
捨て台詞のように放たれたその言葉に、一瞬、手が動きそうだった。
どこにこの怒りをぶつければいいのか、目の前が暗くなるのを感じた。
なぜ、これほどまでに風通しが悪く、モラルが欠如した職場で、あの理想郷のようだった“前の施設”よりも長く勤務できたのか、今でも不思議に思うことがある。
片手で数えられるほどしかいなかった、同じ“軸”を持つ仲間がいたからだろうか。
それとも、この理不尽にだけは絶対に負けたくないという、意地があったからだろうか。
あるいは、“最期まで看取る”と決めた自らの目標に対して、納得がいくまで向き合いたかったからなのか。
この衝突を境に、職場での風当たりはますます容赦のないものになっていった。
「男のくせに、女みたいな顔をして情けない」
今であれば完全にコンプライアンス違反、一発アウトのアウトローな発言だ。顔を合わせれば悪口のオンパレード。時には、ロッカールームの床に僕の制服が投げ出されていることさえあった。
だが、たかが一日8時間の付き合いだ。60歳を過ぎたおばさんたちを相手に、本気で怒るのも馬鹿らしい。私の心は、誰よりも冷めきっていた。
そんな限界に近い日々の中。
“前の職場”の同期から、一通の連絡が届いた。
「もし暇だったらさ、納涼祭に来なよ。なんなら手伝ってくれてもいいし(笑)」
断る理由なんて、どこにもなかった。
私はすぐに「行く」と返信した。あの救いのような温かい場所へ、もう一度触れたかったのだ。