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二匹の猫と暮らして16年。今は老後のお世話をしている話。

今回はいつもと少し違って、我が家の猫の話をします。
二匹の猫と暮らし始めて、今年で16年になりました。

子猫の頃は家の中を走り回り、二匹で喧嘩することもありましたが、最近はすっかり大人しくなりました。とはいえ、階段は今も軽快に上り下りします。病院でも騒がず、注射をされるときまで静かなので、獣医さんには毎回驚かれます。

二匹とも穏やかになりましたが、人との距離の取り方はそれぞれです。タイガは人がいる部屋にいることが多く、ミルクは子どもがいると少し離れたところにいます。でも、子どもがいなくなると近づいてきて、すりすりと甘えてくるんです。

そんな二匹と出会ったのは、奥さんと結婚して約1年がたった2010年のことでした。

猫と暮らすための引っ越し

当時、僕と奥さんは賃貸アパートで住んでいました。いつか猫を飼いたいとは思っていたものの、その部屋では飼えません。猫と暮らすなら、まず家を変える必要がありました。

僕は、その約10年前に子猫を保護した経験があります。深夜に習志野市内を歩いていると、道端に生後一か月ほどの子猫がうずくまっていました。
体は震え、鼻水が出ていて、左目は傷ついて血が出ています。親猫から見捨てられたのでしょう。
この子を放っておけず家へ連れて帰り、翌日、動物病院へ行くと風邪だと診断されました。残念なことに左目は傷だらけで失明してしまいました。

一か月ほど世話をすると、子猫は元気になり、毛並みもきれいになりました。ただ、住んでいたのは猫を飼えない賃貸住宅です。里親を募集したところ、ネットで知り合った方が引き取ってくれることになりました。元気になった姿を見られたのはうれしかったけれど、僕の家で飼い続けることはできなかったんです。

預けた方とは連絡が取れなくなったけど、
25年くらい経っているし、猫はもう生きているかどうかギリギリだろうなぁ…

だから今度こそ、猫と暮らせる家に住もう。そう考えて引っ越したのが、ペット可の二階建ての一軒家でした。3DKで、家賃は7万5千円。
引っ越して生活が落ち着いた頃に里親募集サイトを見ていると、近所で子猫の里親を探している方が見つかりました。

一匹のつもりが…

募集されていた子猫は、生後一か月ほど。保護主さんに連絡して会いに行くと、そこには五匹の子猫がいました。僕たちは一匹を迎えるつもりだったのですが、「もう一匹どうですか?」と声をかけられます。

実は、以前保護した子猫を、風邪が治ったあとにまた風邪をひかせてしまったことが、ずっと心に残っていました。
当時会社から帰ってくると椅子の上に弱弱しく座っていており、猫はプルプル震えながら振り返り僕を見たんです。
「なんか体が寒いんだよ」とでも言わんばかりに。
角度と振り返るスピードは、バイオハザードの振り向きゾンビそのもの。
体は震え、カサブタ状だった左目からは汁が出ていました…。

二匹なら寄り添って過ごせるかもしれない。そう思い、奥さんとも話し、キジトラと茶白の子猫を迎えたいと伝えました。

ただ、その場ですぐに連れて帰れるわけではありません。保護主さんが自宅に来て、家の作りや僕たちの生活について確認してくださいました。当時、僕は会社勤めでしたが、奥さんは近所のファミレスでパートをしていました。家を空けると言っても数時間です。
確認を終えて譲渡していただけることになり、書類に記入して、晴れて二匹はうちの子になりました。

次は病院へ連れて行かなくては。
名前も決めました。体の大きなキジトラはオスだと聞いていたので「タイガ」、茶白のメスは「ミルク」です。病院で量ったとき、タイガは600グラム、ミルクは400グラムでした。

ところが診察で、二匹とも性別が逆だと分かります。「名前を変えますか?」と聞かれましたが、僕たちはそのままにしました。女の子のタイガ、かっこいいじゃないですか。『とらドラ!』にも、大河という女の子がいますしね。

心配した日々も、いっしょに過ごした日々

子猫との暮らしは、見ているだけで楽しいものでした。その一方で、心配事もあります。タイガは成長してから避妊手術を受けました。術後の姿を見るのは、やはりつらかったです。

2011年の東日本大震災の日、僕は帰宅できず、会社に泊まることになりました。翌日家に戻ると、本棚の本だけが床に散乱していました。奥さんと二匹にケガがなかったことには、ほっとしました。

ただ、その後も余震が数週間続きました。少し揺れるたびに、タイガとミルクがテーブルの下へ隠れるようになったのを覚えています。

ミルクは室内で飼っていて、当初はトイレ以外でおしっこをすることもなかったため、すぐには去勢手術をしませんでした。ところが二歳になる頃から、家の中でマーキングをするようになります。布団やビーズクッションにもしてしまい、悩んだ末に手術を受けさせました。

誤飲にも気を抜けません。あるときミルクが数時間おきに吐くので病院へ行くと、腸閉塞と診断され、数日間入院しました。当時、家で使っていたコルクマットの端を食べていたようです。

コンビニの袋にも、二匹は目がありません。うっかり置いておくと、シャクシャク噛んでどこかへ持って行ってしまいます。便の中にビニールを見つけたときは、ため息が出ました。

そして、一番長く心配したのはタイガの目です。片方の黒目だけが大きくなり、三か月ほど、数時間おきに目薬をさしました。効くかどうか分からないまま治療を続けても改善せず、原因も分からない。結局、眼球を摘出することになりました。あとから癌だったと分かり、摘出後は再発せずに過ごしていますが、先の見えない三か月は本当につらかったです。このときのことは、以前の記事に詳しく書きました。

こうして振り返ると、心配した話ばかりになってしまいますね。でも、ふだんの二匹は、ただただ可愛いんです。今は血圧や甲状腺の薬を飲ませながら、二匹の老後をお世話しているような毎日です。

僕が落ち込んでいても、じっとこちらを見つめて「にゃあ」と鳴かれると、「まぁいっか」と思えてしまう。16年間、そんなふうに何度も気持ちを軽くしてもらいました。


それでは、また!

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