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あの家にいたもの

    家の一階の窓辺に、家族がずらりと立ち並んでいます。
    青白い顔で、じっとわたしを見つめています。

    わたしは泣きながら何度も彼らのほうを振り返り、家から走って逃げ出します。

    幼い頃から、何度も同じ夢を見続けてきました。

    思春期になると、夢のシナリオが変わりました。

    あの家の中に、何かいるのです。

    その気配を感じると、考える間もなく足が勝手に逃げ出します。
    カチャリ、と背後で部屋のドアが開く音が聞こえるたびに、心臓が飛び跳ねました。

    大人になってから、また夢のシナリオが変わりました。

    わたしはいつも、見知らぬ場所にいます。
    暗くなる前に、あの家への帰り道を見つけなければいけません。

    だって、暗くなってしまったら――

    森を抜け、山を越え、川を渡りました。
    どの道を選んでも、あの家にはたどり着けませんでした。

    一度だけ見た夢もあります。

    わたしは、あの家の台所にいます。
    薄暗く、ぼんやりとした空気の中に、夫と友人がいます。
    彼らはそれぞれどこかへ出かけました。

    ひと眠りしようと階段を上がろうとしたとき、二階から誰かが下りてくる気配がしました。

    わたしは急いで身を隠し、息をひそめて様子をうかがいました。

    背筋をまっすぐに伸ばした見知らぬ女性が、玄関から出ていくのが見えました。

    「若い頃の母だ」

    なぜか、そう思いました。

    夢で見るあの家には、いつも得体の知れない何かがいました。
    見てはいけない。感じてはいけない。何かが。

    数年後のある日、ふと思いました。

    「今度またあの家の夢を見て、あの得体の知れない何かに会ったら、そのときは殺そう」

    自分でも、ずいぶん極端で物騒な話だと思います。
    けれど、そのときはなぜかそう思ったのです。

    そして、その日は間もなくやってきました。

    あの家の玄関から出かけようとしていたとき、二階から誰かが下りてくる気配がしました。

    あまりにも急で、胸がざわめく暇すらありませんでした。

    熱い鍋に触れると、思わず「あちっ」と手を引っ込めるでしょう。
    そんなふうに、足が反射的に逃げ出しそうになりました。

    けれど、じっと耐えて待ちました。

    階段から現れたのは、見知らぬ小柄な老婆でした。

    全身の毛が逆立つほど、全神経が老婆に集中しました。
    世界がすべて老婆に呑まれてしまったような、ひどく原始的な感覚でした。

    老婆は、当たり前のようにゆっくりとわたしに近づいてきました。
    彼女の顔が目の前に迫りました。

    わたしは一心不乱に老婆の顎を掴み、渾身の力を込めて握りつぶそうとしました。

    「お前がいるから、わたしはこの家から出られないんだ」

    めまいがするほど深い憎しみが、わたしの中から溢れ出しました。
    わたしという輪郭は霧散し、憎しみの渦になりました。

    老婆はびくともせず、じっとわたしを見つめていました。
    子供のように無垢な瞳が、ただじっと、わたしを見つめていました。

    夢から目覚めて、わたしは思いました。

    あの老婆は、いったい誰だったのだろう。
    あれほど強い憎しみを、誰かに抱いた覚えはありませんでした。

    ただ、あの無垢な瞳には、どこかで見覚えがありました。

    もしかして、あれはわたしの――

    その瞬間、なぜか涙が溢れ出ました。
    これほど激しく嗚咽したのは、人生で初めてでした。

    あの老婆は、憎しみを向けられているのに反発もせず、
    ただただ無防備にわたしを見つめていました。

    当時、わたしは二歳でした。
    詳しい事情を知ったのは、ずっと後のことです。

    あの頃、母は深い絶望の中にいました。
    信じていた人に裏切られ、どこにも逃げ道がなく追い詰められていました。

    幼かったわたしは絶望という感情を知らぬまま、
    ただ強くて怖い「何か」として受け取っていたのかもしれません。
    それは当時のわたしにとって、世界そのものだったのでしょう。

    この夢には続きがあります。

    わたしは、ある家の二階にいました。
    淡い日没のような色の内装。西には大きな窓があり、東には壁一面の本棚があります。

    見覚えのある光景でした。
    あの家の、母のアトリエと同じ内装だったのです。

    ただ、印象が違いました。

    蝋燭の明かりのように、部屋全体がぽうっとしていました。

    廊下に出ると、階段の脇に別の部屋の扉が見えました。
    これも、あの家と同じ間取りでした。

    けれど、やはり内装はぽうっとしていて、空気の密度が違います。
    息を潜める必要は、ありませんでした。

    わたしは、その家をその場で買いました。
    まるで、そうすることが当然であるかのように。

    そこで夢から覚めました。

    あれは、誰が見た景色だったのでしょうか。
    夢からの返事は、まだ来ていません。

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