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もう䞀人。

     母さん、俺はね、死にたくなったわけじゃない。ただ、生きるのに疲れおしたっただけ。
     父さん、匱い人間で、ごめんなさい。こうしおここから逃げたくなったこずを、どうか蚱しおほしい。
     マコトは虚ろな目で䞡芪を思った。
     アパヌトの二階、ベランダから芋える月は癜く淡くそこに圚る。静かで萜ち着いた倜の空気は、生き急ぐように远い詰めおくる昌間ずは違っお心地が良い。寄りかかった手摺がひんやりず気持ち良く、もうこの心地良さの䞭で終わっおしたえばいいず思った。
    「ねぇ、死ぬの」
     突然聞こえおきた柔らかな男の声。驚いお振り返ったが誰もいない。それもそうだ、なんせ䞀人暮らしの狭いアパヌト。恋人はおろか友達ず呌べる盞手だっお䞊蟺ばかりで、郚屋を蚪れる人間なんお誰もいない。少しだけ埅っおみたが、それ以䞊は䜕も聞こえおこなかった。
     空耳だったのか、それでもどこか聞いたこずのある声だった気がした。
     俺は遠く茝く星を眺めながら、居もしない男に向けおぜ぀りず呟いた。
    「そうだな。もういいかなっお」
     するず䞀拍空いお、たたあの声が聞こえおきた。
    「じゃあ、その人生、僕にちょうだいよ」
    「え  」
     その蚀葉にそれたでがんやりずしおいた芖界が䞀気に珟実ぞず匕き戻された。
     軜い口調で話す男に俺は䜕も蚀えずに固たった。
    「だっお、どうせこれから死ぬんでしょ」
     これは所謂、倚重人栌ずかむマゞナリヌフレンドずかそう蚀った類のものだろうか。過剰なストレスぞの防衛反応。それずも霊や悪魔ずいったオカルト的な䜕かだろうか。
     しかしその声は、自分の倖からではなく内に圚る感じがした。俺は怪蚝な顔぀きで男ぞず蚊いた。
    「 俺の人生をもらっおどうする」
     今曎こんな質問をしお䜕の意味があるのだろうか。ただどこか『生』にしがみ぀いおいる、そんな埀生際の悪い自分に嫌気がさした。
     俺の問いに男は明るく答えた。
    「そうだね、ただ僕の奜きなように生きおみたいだけ」
     俺が疲れお諊めた人生を、か。
     県前に広がる虚空をがんやりず芋぀めながらそう思った。
    「分かった、やるよ、俺の人生。奜きにしたらいい」
    「いいのありがずう」
     もうこれで俺はこの人生から解攟される。そう思うず少し気が楜になった。
     するず、男は続けお突拍子もないこずを蚀い出した。
    「ただ、その 奜きにしたいのは山々なんだけど、僕は身䜓からだを乗っ取ったりはできないから、僕の代わりに䞀緒に生きおほしい」
     俺はその申し出に思わず面食らった。
    「は お前の代わりに、䞀緒に俺が生きる 」
     この男はいったい䜕を蚀っおいるんだ。俺はこれから死のうずしおいるんだぞ。
    「そう、僕が望むように僕の代わりに生きおほしい。嫌になったらい぀死んでもかたわない。だから、少しだけ人助けだず思っおさ」
     人助け、たぁ、もう最期だし、い぀でも死ねるのなら――
    「あぁ、分かった。じゃあ、䞀緒に生きおやるよ」
     こうしお俺は自分の䞭に居る男ず䞀緒に生きるこずにした。
     男は名前をペりスケず蚀った。ペりスケは俺の身䜓は動かしたりはできないが、身䜓の感芚は共有されおいるらしい。
     この日からペりスケの人生が始たった。
    「それでペりスケは䜕したいの」
    「そうだね、たずは倜曎かしを止めお早く寝たい」
     ペりスケが初めに望んだこずは、ぐっすりず眠るこずだった。
    「そんなこずでいいのか」
    「うん。たずは眠らないず疲れはずれないから」
     そうしお深倜たでやっおいたゲヌムをやめお、早めに就寝するこずにした。そんな生掻を続けるうちに朝は自然ず目が芚めるようになった。あんなに起きるのが苊痛だったのに、今では少しだけ身䜓も軜くなったように感じる。
     ペりスケの日々の芁望はそれほど難しいものではなかった。その日の食べたいものだったり、着たい服だったり、やりたいこずだったり、少しだけ倀が匵るこずもあったが、生掻費が倚少かさむくらいで、生掻に支障が出るほどではない。むしろ、ペりスケの芁望はそのどれもが俺の奜みであり、俺にずっおも満足のいくものばかりだった。
    「僕ら䌌たもの同士だね」
     そういっおペりスケはクスクスず笑った。
    「でも、仕事だけが難点だよな。俺がやるしかないもんな」
     俺はがやくようにペりスケぞず蚀っおみせた。
    「それだけはマコトに頑匵っおもらうしかないからなぁ。じゃあ、終わったら矎味しいもの食べに行こう」
    「たぁ、仕方ないか」
     仕事は色々ず面倒だが、時には愚痎を蚀ったり、ペりスケに慰められたり。怒られた時は「あヌあ」ずペりスケの所為にしお、ペりスケは「えヌ僕」ず笑っお返した。
     そうやっおペりスケず二人なら乗り越えられた。昔の自分ずは違い、䞀人だけど独りではなかった。
     倜のBARやクラブなど、今たで勇気が出ず䞀人では行けなかった堎所もペりスケが行きたいからずいう理由で行くようになった。い぀の間にか、ペりスケに䟿乗する圢で俺は日々を楜しんでいた。
     そんな䞭、趣味でやっおいたボヌドゲヌムのオフ䌚で出䌚ったのがミサトだった。ミサトはい぀も自然䜓で楜しそうによく笑い、俺はその笑顔を芋るのが奜きだった。
     俺はミサトに少しず぀惹かれおいった。でも、この人生はペりスケのもので俺のものではない。奜きな人を奜きず蚀えないこずに少しだけ心が疌いた。
     それから皋なくしお、俺の気持ちを知っおか知らずか、ペりスケはミサトのこずを奜きだず蚀った。
    「そうなんだ。ペりスケも芋る目があるじゃん。もしかしお、ずっず狙っおたずか」
     なんお自分の気持ちを隠すように茶化しおみたが、内心は安堵ず喜びで倩にも昇る気持ちだった。
    「たぁね。それにマコトも奜きでしょそういうタむプの子」
     俺のこずなら䜕でもお芋通しずでも蚀うようにペりスケは埗意げに笑っおみせた。
     ミサトずはオフ䌚を通じお距離を瞮め、䜕床目かのデヌトで告癜した。ミサトず付き合い始めおからの日々は、それたで以䞊に楜しく充実したものだった。
     しかし、ミサトにずっお俺は本圓の圌氏ではなく、実䜓のないペりスケの代圹にすぎない。そんな小さな心のわだかたりを感じるこずも時折あった。それでもペりスケず趣味も奜みも同じ俺は、ペりスケの人生を生きおいるずいう感芚が段々薄れおいった。
    「僕ら䞀心同䜓で䌌た者同士だから、もう僕の人生かマコトの人生か分からないね」ず、ペりスケは笑った。
    「ペりスケはこの身䜓ず人生を自分で生きたいずは思わないのか」
    「んヌ、僕はマコトず楜しく生きられたらそれでいいかな。マコトはそう思うの」
     俺は――
    「 どうだろうな」
     そうやっお俺は分かっおいたはずの答えを濁した。
    「奜きなこずをできお僕は幞せだよ。だからマコトには感謝しおる」
     内偎にいるペりスケが埮笑んでいるのが分かる。俺だっおペりスケには感謝しおいる。生きおいなければ、呜がなければ、この幞せは感じられなかったのだから。
    「マコト、ずっず実家に垰っおないよね。そろそろ䞡芪に顔を芋せおあげた方がいいんじゃない」
     確かに俺はペりスケず出䌚った蟺りから実家にはなかなか垰れずにいた。それはあの時、自ら呜を断ずうずした負い目があったからかもしれない。
    「そうだな。もうそろそろ䌚いに行っおもいいかもな」
     こうしお久々に実家ぞず垰省した。その日の倕飯は、唐揚げにポテトサラダなど、俺の奜物ばかりが䞊んでいた。い぀もず倉わらない味がい぀も以䞊に身に沁みた。
    「元気にしおたのか」
     父はグラスに泚いだビヌルを飲みながらそう蚀った。
    「うん。最近はペりスケっおいう友達のおかげで楜しく過ごせおる」
    「ペりスケか 」
     父は䜕かを思い出したように、ふっず埮笑んで続けた。
    「実はお前の名前もペりスケだったかもしれないんだぞ」
    「え 」
     俺は食べおいた手を止めお父の方を芋た。
    「お前の名前を決める時にな、ペりスケにするかマコトにするかで母さんず揉めたんだ」
     笑っお話す父に、そんなこずもあったわねず母も笑った。
    「結局は母さんが折れおな、『名前は倧切な思いを圢にしおいるだけで、その倧切な思いはもうお腹の䞭で䌝えおおいたから倧䞈倫』っお蚀っお、呜名は俺に譲っおくれたんだ」
    「そうね。だから、もし私が付けおたらペりスケだったわね」
    「たぁ、぀たりお前はマコトでもありペりスケでもあるわけだ」
     俺はペりスケでもある ペりスケは俺で、俺達は二人で䞀人。ペりスケずのこれたでの蚘憶が思い起こされる。俺達の趣味や奜みが同じであるこずは必然だったのだ。
     倕飯を終えお自宀のベッドで暪になった。そうしお茫然ず朚目調の倩井を芋䞊げながらペりスケぞず蚊いた。
    「なぁ、ペりスケは最初からこのこずを知っおいたのか」
    「うん、知っおた」
     ペりスケはそう答えお、ゆっくりず話し始めた。
    「僕はね、マコトが自分の䞭で我慢したり、蔑ろにしおきた郚分だった。だから僕を通じお、マコトが自分を倧切にするこずで、人生は楜しく生きれるっお気づいおほしかった。䜕より自分の人生を諊めおほしくなかった。それはきっずあの時、母さんが僕に䌝えおくれたこずなんだず思う。マコトは倉わったよ。今のマコトなら、これからも幞せに生きられる。もうその方法を知っおるはずだから」
     この日を境にペりスケの声が聞こえるこずはなくなった。
     寂しさはあったが、きっず倉わらず俺の䞭にペりスケはいる。だから今の俺ならもう䞀人でも生きおいけるような気がした。




     
     
    たくらです。小説、詩、雑蚘、写真。地元はnoteの街の路地裏。できるできないは眮いずいお、やりたいこずをやっおいきたす。 #みのむし写真郚 玠人蕎麊なら打おたす。 第二回『最埌の䞀行小説倧賞』審査員特別賞ギリギリ受賞

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