
数秘5的「還暦」論
私は現在59歳。数えではとっくに還暦に突入している。
私が30代前半の頃のこと。
街中で私の前を歩いていた女子高校生二人組が、
「もし30歳になったらどうする~?」
「え~そんなババア無理。死ぬ」
みたいな会話をしていた。
私は能面のような表情でツッコんでいた(内心で)。
「もしじゃねぇわ。おめぇらも確実に30歳になるんじゃい!!!」
30歳が死にたいほどのババァであるならば、60歳はどういうものであろう?
私は少し楽しみな部分があるけどね。
還暦やで? 一回暦が還るんやで?
生まれ変わるも同然では?!
という気分なわけで。
数秘で言えば私は5で、これは「変化」や「冒険」というキーワードが真っ先に挙げられる性質をもつ数字。
実際の私は他の数字の影響やらHSP気質やらもあいまって、引きこもり気味の出不精のデブ症ではあるが。
まぁそれでも年齢のことは無視して、いろいろやりたいことは相変わらずやってる。
これも5の質の範疇ではあるが、収支も考えずに「やりたい!→やる」の生活だ。
今月からはボイトレにも通い出したしねぇ。
還暦前で一体何を目指してボイトレに通うわけ? などとは一切考えていないし、誰かに言われても耳も貸さない。
やりたいからやる、というそれだけ。
数秘5といえば「なんでも中途半端」がコンプレックスになりやすい数字で、私も数秘と出会う前の若い頃にはそう思っていた。
周りにも散々そう言われてきたし。
でも今は「中途半端、上等!」という気分。
「中途」まではやったんやからエライ!ぐらいの感じよ。
美味しいかどうか(自分に合ってるかどうか)は、齧ってみやんとわからんやん、と思うようになったからね。
そもそも「私が中途半端やったとして、それあんたの人生に関係あります?!」という気分であるし、今は。
「ほっといてくれや!」みたいな、数秘5の極致の心境に到達したハハ
オバハンになって良かったことのひとつには、この「開き直り」がある。
ぶっちゃけ人生の残り時間を考えたら、もう他人にどう思われるかとか忖度してる暇なんかないんよね。
大抵のことは「知らんがな」でスルー出来るようになったのは、大変めでたい。
ついでにこれもぶっちゃけて言うておくと、私は「年を取るのは素敵なことよホホ」みたいには全然思っていない。
残りの人生を好きな年代の自分で過ごせるなら、還暦前の今じゃなくて30歳前後ぐらいがいい。
見た目や体力的にも。
更年期もシワもシミも弛みも、股関節を筆頭としたあちこちの痛みも、殿方に一切ときめかなくなったこの心の在り様も、「そういうもん」やから受け入れてるだけで、全然好ましいなんて思っていない(あくまで「私」の話)。
まぁまぁいろんなことを「ま、しゃあないか」で受け入れての還暦前であるよ。
そして「しゃあない」ものならば、それはそれとしてどう毎日を楽しく過ごすか、と切り替えて生きている。
これは数秘を学んだおかげで、「そういうものなんだったら、その中でどうするか」とか「いいことも悪いこともあるならいいことに目を留めよう」とか、
いい意味で「よそはよそうちはうち」みたいな気持ちで生きられるようになったから、と言える(数秘エライ!)。
どれほど逃げても追いかけてくる自己否定の気持ちも、なぜか心の奥にねっとり沈殿してる謎のプライドも、60年近く生きてきてようやく薄れた。
「心の傷も時間が癒すよ」的なことなのであろうか。知らんけど。
まぁそういう意味では年を取るのも(時を経るのも)悪くはないかもね。
自分が20代の頃、30代で未だギャル心を忘れていない先輩が「うちら古いギャルと書いての『コギャル』やから~」と明るく言い放っていた姿は、今でも眩しい。
私もその心意気で、「還暦と書いて『リボーン』やで」ぐらいのことは言いたいと思う。
さぁ、『リボーン』の時は近いで!