不思議な体験をした日は、占い本を読みたくなる
人生には、ごくたまに説明のつかない出来事が起こる。
たとえば、何年も連絡を取っていなかった友人のことを急に思い出した日に、その友人からメッセージが届くことがある。
あるいは、道を歩いていたら、なぜか足が勝手に曲がるように知らない路地へ入り、そこに昔から探していた本が置いてある古本屋を見つけることもある。
もちろん、偶然と言ってしまえばそれまでだ。
人は都合のいいことだけ覚えていて、意味のない偶然は忘れてしまう生き物だという話も聞く。
普段の私はどちらかといえば現実派で、占いを積極的に信じるタイプではない。
朝の情報番組の星座占いを見ても、「今日はラッキーアイテムが黄色いハンカチか」と思う程度で、わざわざ黄色いハンカチを探しに行くことはない。
それなのに、不思議な体験をした日だけは違う。
本屋に立ち寄ると、なぜか占いのコーナーへ足が向いてしまう。
手相、四柱推命、タロット、誕生日占い。
昨日まで「人生は自分の選択の積み重ねだ」と思っていた人間が、「今年は転機の年です」と書かれた文章を真剣に読んでいる。
たぶん私は、占いを信じたいわけではないのだと思う。
ただ、「世の中には自分の知らない法則があるのかもしれない」と考えてみたくなるのだ。
毎日が予定通り進み、電車は時刻表通りに走り、仕事も決まった手順で進む。
そんな世界に慣れているからこそ、説明できない出来事に出会うと少し嬉しくなる。
世界はまだ全部解明されていない。
そう思える余白が残っていることが、なんだか救いになる。
だから私は、不思議な体験をした日は占い本を読む。
そして数ページ読んだところで、「まあ、たまたまだよな」と本を閉じる。
でも次に不思議なことが起きたら、きっとまた占いコーナーへ向かうのだろう。
人間は案外、理屈だけでは生きていけないのかもしれない。