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Photo bynoouchi

Writer is Dead

    ある企業の最終面接で聞かれた。「生成AIが台頭する時代に、あなたが文章を書く価値は何だと思いますか」。

    想定外の質問に狼狽えながら、私は「AIは相棒として活用したい」と答えた。AIにはまだ、情報を構成して意図を込めた文章を書くのは難しいから……。そんなことを、しどろもどろに付け足した気がする。

    あれは嘘だった。AIはもう、取材依頼書も、記事構成も、引きのある言葉選びもできる。知り合いの広報部長は、Claudeにインタビュー記事の執筆を任せたら精度の高い原稿が上がってきたと言っていた。外部ライターへの発注はやめたそうだ。誠実で、分かりやすく、読者に必要な情報をまとめる。それは私が「よい文章」と呼んできたものそのものだった。

    まずい、と思った。私の価値がなくなる、と。

    私はこれまで、文章を書くこと、整えることでお金を稼いできた。分かりやすく、誰かの参考になる文章を書くことを、価値ある仕事だと信じてきた。その「価値」を、AIが私より速く、安く、安定して出せる時代が来る。人間が文章を書く意味が薄れていく時代に、私は何ができるのだろう。

    だから転職活動を始めたとき、文章の仕事から離れようと思った。親しい友人からは「編集ライターの仕事に将来性はない」と言われた。夫は、noteやZINEで個人活動すればいいと言った。確かにそうだ。頭では分かっている。なのに、目に留まる求人票は「編集・記者・ライター」ばかりなのだ。

    どうしても書きたい。書かなきゃ生きていけない。

    「なぜそんなに書きたいの」と夫が言う。「個人活動じゃ満足できないの」と。三國えりかという何者でもない個人として発信するのは、嫌いじゃない。むしろ業務の制約から外れて、構成も言葉も好き勝手にできるから好きだ。でも、満足できない。仮にnoteの創作大賞を獲って、商業出版できたとしても、たぶん満足できない。

    本当は何が書きたいのか。改めて考えた。個人発信で何かを成し遂げたいわけではない。圧倒的なPVを叩き出したいわけでもない。では、何なのか。

    思い返せば私はいつも、普段の生活では到底会えない人から話を聞き、それを誠実にまとめてきた。誰かの参考になればと願いながら。決して、文章そのものを書きたかったわけじゃない。

    ああ、そうか。どうしても聞きたいのだ。聞かなきゃ生きていけないのだ。

    AIは、複雑な情報をきれいにまとめて誠実な文章を書ける。書く仕事だけで見れば、私の出番は減っていくだろう。けれどAIは、語り手が語りたいことしか聞き出せない。語りたくないこと、まだ言葉になっていないこと、本人すら気づいていない核心……。そこに踏み込めるのは、まだ人間だけだ。それを引き出すことが私の価値である。

    面接で聞かれた「文章を書く価値」に、いま答えられる。私の価値は、書くことの前にある。聞くことだ。

    書く仕事の終わりは、近いのかもしれない。それでも、聞くことで価値を出せる時間は、まだ残っている。AIが人にインタビューする日が来るまで、もう少しだけ。中学時代からの夢の続きを、見させてほしい。

     
     
    インタビュアー・ライター✍🏻️凡人が背伸びだけを武器にどこまで行けるのか実験中🧪いつの間にか昔の自分が羨ましがるような場所にいる。

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