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Photo bylikeabird

230121_階層が1つあがると見えてなかったものが見えてくる

    巨大迷路などのアトラクションがありますけども、あれは事前にアトラクションの全体像として【迷路である】という情報が与えられているので迷路とわかって楽しむことができます。

    では事前に【迷路である】という情報を与えられていない場合はどうなるのか?

    人生も似たようなところがありますが、そもそも入り込んでいる今の場所が迷路になっていることに氣が付かないわけです。【迷路である】ということに氣が付くには全容を知るポジションである1つ上の視点を獲得している必要があります。1つ上の視点を獲得するには絶えず異なる視点、考え方を得ておく必要があるのですが。だから似たような考え方の人ばかり接しないほうがいいのはこのためです。

    人間はまず人生という迷路に迷い込みます。さらに【お金に囚われる】という迷路の中の一部でさらに迷っていますよね。迷っていることも氣が付いていない感じになってますが、強く感じているのはお金の心配とか将来のお金の心配とか経営の心配とか老後のお金に心配という感じでお金に囚われるとさらに迷路の中で強力な催眠にかかるようです。強力な催眠にかかっているが故、危機察知能力も退化します。ビジネスの心配している人の顔しているとボケっーとしているなあという氣がしています。

    こういう状態になるのを避けるための1つの手段として、【お金とは何か?】と突き詰めていくわけですがお金に関することを追究していくといつの間にかお金のことを上から眺めれる意識状態になることがあります。富裕層と呼ばれる人たちはこういう意識状態を獲得している感じがありますが、兎に角、日々、意識を拡大していく努力なり、何かしらの行動が必要です。

    そして自分だけで拡大できる範囲は限られています。あるところまでは拡大できるのですが、次のステップに移るには外的なインパクトが必要になる時があります。外的なインパクトというのは大概、自分にとって未知なる出来事になります。【どうしていいかわからない】と思ってしまう事態ですね。そういう事態がやってきたとき、自分一人では辿り着くことが出来なかった領域に行ける可能性があるということです。

    もし無事に次の階層に辿り着けたら、今までいた領域が違う見え方をします。

    なので、〇〇が安全と言う人もいれば危険と言う人もいるのは個人が獲得している意識の領域が異なることから来ているものだったりします。そして自分が今までいた場所が迷路だったと氣が付くわけです。

    そしてわざわざ危険が待っている道を通ることもなくなるわけです。

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    クリスタル・フラーレン


     
     
     
    二十四節氣の秋分に入りました。 外出すれば様々な世界に出会うことがあります。 しかし本来の風光明媚な煌めき立秋は自分の心の方向にあり、それを自然と呼ぶのだと思います。 目で捉えることの出来る自然の景色は心の方向にある風光明媚な自分自身の姿の微かな煌めきでしかないものです。

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