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アンチ゚むゞングの本質は、没頭ずいう名の「時間圧瞮」にあるかもしれない


    私は昔から、実幎霢より若く芋られるこずが倚い。
    なぜだろうず考えたこずがある。遺䌝、玫倖線、喫煙や飲酒の有無、睡眠や栄逊状態、あるいは劎働環境やストレス。人間の芋た目を巊右する芁玠は数え䞊げればキリがない。それらが耇雑に絡み合っお「芋た目の幎霢」が䜜られるのは、玛れもない事実だず思う。
    だから、䜕が正解かなど䞀抂には蚀えない。だが、自分自身のこれたでの人生を振り返っおみたずき、それら数倚くの芁因の根底に、もうひず぀の隠れた芁玠があるような気がしおならないのだ。
    それは、数字ずしおの幎霢ではなく、「時間の感じ方」である。
    嫌なこずをしおいる時間は、恐ろしいほど長い。ふず時蚈を芋る。ただこんな時間か、ず息を吐く。しばらくしおたた時蚈を芋る。しかし、針はただ昌の手前で居座っおいる。䞀時間が䞉時間にも感じられ、䞀日が途方もなく長い。
    時間を長く感じるずいうこずは、それだけ「耐える時間」を匕き延ばしおいるずいうこずでもある。垞に我慢し、垞に時蚈の針を远いかけながら生きる。その心の重みこそが、人の身䜓を少しず぀摩耗させおいくのではないだろうか。
    反察に、奜きなこずに没頭しおいる時間は、驚くほど短い。
    か぀お私は、DJにのめり蟌んでいた時期があった。朝からタヌンテヌブルの前に立ち、䜕床も同じ緎習を繰り返す。気づけば、倖は倜になっおいる。ご飯を食べお少し䜓力が回埩するず、たた緎習を始める。しかし今床は睡魔が抌し寄せ、そのたた泥のように眠っおしたう。そんな生掻だった。
    その熱狂は、のちにのめり蟌んだ絵画でも同じだった。朝起きおキャンバスに向かい始めるず、気づけばお昌を過ぎ、倕闇が迫り、あっずいう間に倜になる。お腹が空いおいるはずなのにそれすら忘れ、フラフラになっお身䜓が悲鳎を䞊げおからようやく食事を手にする。道具がレコヌドから筆に倉わっおも、私は昔から、時間を忘れお䜕かに溶けおしたう人間だった。
    この極端な経隓を通しお、私はひず぀気づいたこずがある。あのずき、私の䞭を流れおいた時間ず、瀟䌚を流れる時間は、明らかに違っおいたのではないか、ずいうこずだ。
    倚くの人は、時蚈によっお䞀日を均等に区切っお生きおいる。朝食、仕事、昌䌑み、垰宅、倕食、睡眠。文字盀の針に埓いながら、芏則正しく䞀日を消化しおいく。
    しかし私の堎合、䜕かに倢䞭になるず䞖界から時蚈が消える。朝から倜たでが䞀瞬で過ぎ去る。たるで、時間そのものがぎゅっず圧瞮されたかのような感芚。完党に集䞭し、自分ずいう存圚も、時間の経過すらも忘れおしたう状態。私はこの、瀟䌚の枠組みから解き攟たれた時間を、䜕床も経隓しおきた。
    人間は、時蚈が刻む䞀埋の時間を生きおいるようでいお、実際にはそれぞれが固有の「心の時間」を生きおいる。
    同じ十時間でも、「早く終わっおほしい」ず念じながら過ごした十時間ず、時間を忘れお䜕かに心を奪われおいた十時間では、现胞が䜓隓しおいる時間の長さが、たるで違うはずだ。
    結局のずころ、若く芋える人ずそうではない人の違いは、実際の幎霢ずいう数字の差ではないのだろう。時間を意識しないで、ただ䜕かに深く没頭する。だからこそ自分の䞭の時間の流れが瀟䌚ずは倉わり、結果的に肉䜓の摩耗が食い止められおいるのかもしれない。
    時間を忘れるほど没頭できるものを心に持っおいる人は、どこか衚情が生き生きずしおいる。圌らは昚日ず今日ず明日の境界線すら曖昧になるほど、「今、この瞬間」だけに意識を泚ぎ蟌んでいる。日垞の䞭で自分の幎霢を考えるこずはあたりない。それよりも「今、䜕をしたいか」の方が、私にずっおは遥かに重芁だった。
    時蚈に远われる人生ず、時間を忘れる人生。どちらが良い悪いではない。遺䌝や生掻習慣が肉䜓に䞎える圱響に比べれば、これはただの䞻芳に過ぎないのかもしれない。
    だが、生きおいる時間の䞭で、どれだけ倚くの瞬間を「倢䞭」に捧げ、䞖界から時蚈を消し去るこずができたか。
    その「心の時間の密床」の違いが、巡り巡っお、私の䜇たいに静かに珟れおくるのではないか。
    今日も瀟䌚の針は進んでいく。けれど私は、私だけの濃密な䞀瞬を重ね、この時間を生きおいたいず思う。

    ⁠#創䜜倧賞2026⁠
    ⁠#゚ッセむ郚門

     
     
    旅ずペガが奜きです。 今はアシュタンガペガを孊びながら、 自分らしく、穏やかに生きるこずを暡玢しおいたす。 このnoteでは ・旅の蚘録ず情報 ・ペガずペガ哲孊 ・生き方の気づき などを曞いおいたす。

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