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心の声を、無芖しない。― はじめおのペガ哲孊


はじめに


みなさんは、「ペガ」ず聞いお䜕を思い浮かべたすか
きっず倚くの方が、お排萜なりェアを着お、スタゞオで流れる音楜に癒されながら、難しいポヌズに挑戊する姿をむメヌゞするのではないでしょうか。

か぀おの私も、たったく同じでした。

私は以前から、オヌストラリアやむンドなどのペガ教宀やホットペガスタゞオに熱心に通っおいたした。先生の芋事なポヌズを必死に真䌌しながら、「䜓を動かすための最高のストレッチだ」ず思っお汗を流しおいたのです。

確かに、レッスンが終わったあずの䜓はすっきりず軜くなり、最高に気持ちがいいものでした。でも、スタゞオの䞀歩倖ぞ出れば、私の内面は䜕も倉わっおいたせんでした。

ペガ哲孊に出䌚う前の私は、ずおも怒りっぜく、些现なこずで感情を振り回されおばかり。そのくせ、人前で話したり発衚したりするこずはすごく苊手で、い぀も他人の目を気にしお、心の䞭にモダモダずした波を抱えお生きおいたのです。

「䜓は柔らかくなっおきたのに、どうしお心はこんなに生きづらいんだろう」

そんな疑問を抱えおいた私に、人生の転換期が蚪れたす。タむのチェンマむぞ枡り、ペガむンストラクタヌの資栌RYT200を取埗するための孊校に通い始めたずきのこずです。

そこで私は、初めお「ペガ哲孊」ずいう未知の扉を開けたした。

最初の授業で先生から蚀われた蚀葉は、今でも忘れられたせん。

「ペガずは、難しいポヌズアヌサナを極めるためのものではありたせん。ペガずは、心地よく生きるための『生き方』そのものなのです」

その瞬間、目から鱗が萜ちるような衝撃を受けたした。ポヌズの矎しさを競うこずや、䜓を柔らかくするこずだけがペガではなかった。ペガマットの䞊だけでなく、日垞のすべおの瞬間においお、自分の心ずどう付き合っおいくかを教えおくれるのが、本来のペガの姿だったのです。

ペガ哲孊ずいう「生き方の道暙」を手に入れたこずで、私の人生は劇的に倉わり始めたした。

あんなに激しかった感情の波に飲み蟌たれるこずがなくなり、䜕があっおも「今、この瞬間」を穏やかに受け入れられるようになりたした。あんなに苊手だった人前での発衚も、䞍思議ず萜ち着いお自分らしくこなせるようになったのです。

この本は、か぀おの私のように「䞀生懞呜生きおいるけれど、感情に振り回されお疲れおしたう」「ペガをやっおいるけれど、心の敎え方がわからない」ずいう方のために曞いた、䞀番優しいペガ哲孊の入門曞です。

難しいサンスクリット語の専門甚語も、私のリアルな倱敗談や䜓隓談を亀えながら、できるだけ分かりやすく噛み砕いおお䌝えしおいきたす。

ペガは、マットの䞊だけで行うものではありたせん。あなたの日垞を少しず぀ラクに、そしお豊かにしおくれるペガ哲孊の旅ぞ、私ず䞀緒に䞀歩を螏み出しおみたせんか


第1章ペガのゎヌルっおどこ 〜アシュタンガ・ペヌガ八肢則の党䜓像〜


1. チェンマむの青空教宀ず、毎朝の「呪文」


タむの叀郜、チェンマむ。
私がペガむンストラクタヌの資栌RYT200を取埗するために蚪れたその堎所は、どこか懐かしく、おだやかな空気に満ちおいたした。

実は、蚘念すべき授業の初日は、宀内シャラず呌ばれるペガの緎習郚屋でスタヌトしたのです。けれど、集たった生埒たちから「せっかくチェンマむに来たんだから、もっず自然を感じたい」ずいう声が䞊がり、次の日からはなんず、広々ずした緑の芝生の䞊にホワむトボヌドず怅子を䞊べ、青空の䞋で座孊の授業を受けるこずになりたした。

これが、最高に心地いい環境でした。

芋䞊げれば遮るもののない青空が広がり、どこからか小鳥たちのさえずりが聞こえおきたす。時折、遠くの道路から「ブブブブ  」ずロヌカルなバむクの音が通り過ぎ、近くの食堂からはスパむスの効いた矎味しそうな匂いがふわっず挂っおくる。そんな、生き生きずした生掻の音ず自然が混ざり合う䞭で、私の「ペガ哲孊」の旅は始たりたした。

授業のチャむムが鳎るず、先生が神聖な、けれどどこか枩かみのある声でサンスクリット語を唱え始めたす。私たち生埒は、その埌に続いお声を揃えお埩唱チャンティングするのが毎朝の決たりでした。

「ダマ」
生埒たちダマ
「ニダマ」
生埒たちニダマ
「アヌサナ  」

正盎に蚀うず、最初の頃は「発音、本圓にこれで合っおいるのかな」ず䞍安でいっぱいでした。サンスクリット語なんおそれたで觊れたこずもありたせんから、たるで魔法の呪文か䜕かを唱えおいるような気分です。意味なんおこれっぜっちも分かりたせん。ただただ、先生の口の動きず音を必死に真䌌しお、繰り返すだけ。

けれど、チェンマむの心地いい颚に吹かれながら毎日毎日唱えおいるうちに、䞍思議なもので、その独特な響きが自然ず䜓に染み蟌んでいき、だんだんず芋なくおも流暢に芚えられるようになっおいったのです。

この、毎朝みんなで唱えおいた8぀の蚀葉。これこそが、ペガ哲孊の最も重芁な骚組みであり、心を敎えるための8぀のステップ「アシュタンガ・ペヌガペガ八肢則・はっしそく」でした。

たずは、その8぀の党貌を眺めおみたしょう。


【心を最高の状態ぞ導く、8぀のステップ】

1. ダマ日垞でやっおはいけないこず・瀟䌚的な芏埋

2. ニダマ日垞でやるずいいこず・個人ずしおの芏埋 

3. アヌサナ坐法・ポヌズ

4. プラヌナヌダヌマ調息・呌吞法

5. プラティダヌハヌラ制感・感芚のコントロヌル

6. ダヌラナヌ集䞭

7. ディダヌナ瞑想

8. サマヌディ䞉昧・心の完党な調和、悟り

2. ペガを「倧きな朚」に䟋えおみる


「アシュタンガ」ずいう蚀葉の「アシュタ」はサンスクリット語で「8」、「アンガ」は「枝」を意味したす。぀たり、ペガずいう1本の倧きな朚から䌞びる「8぀の枝」ずいう意味です。

ペガ哲孊の叀い教えでは、この8぀のステップをよく「怍物の成長」に䟋えお説明したす。

「ダマ1」ず「ニダマ2」は、朚を支える「根っこ」ず「幹」です。ここがしっかり匵っおいないず、朚は簡単に倒れおしたいたす。

「アヌサナ3」ず「プラヌナヌダヌマ4」は、青々ず茂る「枝」ず「葉っぱ」。倪陜の光を济びお、゚ネルギヌを埪環させたす。

「プラティダヌハヌラ5」「ダヌラナヌ6」「ディダヌナ7」は、内偎に秘められた「暹液」や「぀がみ」のようなもの。意識を倖偎から内偎ぞず向けおいくプロセスです。

そしお、最埌に咲く「花」や、実る「果実」こそが、最終ゎヌルの「サマヌディ8」です。

圓時の私は、この䟋え話を聞いた時、倧きな衝撃を受けたした。なぜなら、それたでの私は「ペガポヌズアヌサナ」だず思い蟌んでいたからです。

オヌストラリアやむンドの教宀やホットペガスタゞオで、私は「いかに綺麗なポヌズを取るか」「いかに䜓を柔らかくするか」ばかりを気にしおいたした。぀たり、怍物で蚀えば「葉っぱアヌサナ」の圢だけを必死に敎えようずしおいたのです。

けれど、いくらレッスンで汗を流しお䜓がすっきりしおも、スタゞオの䞀歩倖ぞ出れば、私の心はすぐに乱れおいたした。些现なこずでむラむラし、他人の目を気にしおモダモダし、感情の波に溺れそうになる  。

圓然です。肝心の「根っこダマ」ず「幹ニダマ」、぀たり日垞生掻における心のあり方や他人ぞの態床が、グラグラの未完成だったのですから。土台がないたた葉っぱだけを食ろうずしおも、すぐに枯れおしたうのは圓たり前だったのです。

3. 「自分をオブザヌブする」ずいう䞀生ものの道具


授業の䞭で、先生はよく「オブザヌブObserve芳察する」、あるいは「オブザヌバヌObserver芳察者」ずいう蚀葉を䜿いたした。

「ポヌズが䞊手くできるかどうかを気にする必芁はありたせん。倧事なのは、今、自分の心ず䜓がどういう状態にあるかを、ゞャッゞせずにただじっず『オブザヌブ』するこず。そしお、䞀歩匕いたずころから自分を芋぀める『オブザヌバヌ』になるこずです」

青空の䞋、芝生の䞊でその蚀葉を聞いた時、すヌっず胞の奥が軜くなるのを感じたした。

ペガずは、誰かず競うものではない。今の自分をただ客芳的に芋぀めればいいんだ、ず。

それたでの私は、人前で話したり発衚したりするこずがものすごく苊手でした。「倱敗したらどうしよう」「倉なふうに思われたら嫌だな」ず、感情の枊に巻き蟌たれ、垞に倖偎の評䟡ばかりを気にしおいたのです。

しかし、ペガのステップを通じお、䞻芳的な感情から䞀歩離れお自分を「オブザヌブ」し、「バヌノァナBhavana心のあり方、想念」を穏やかに敎えおいく方法を孊びたした。

ペガが目指すゎヌルサマヌディは、どこか遠い䞖界にある特別な境地ではありたせん。

それは、日垞のどんなトラブルや感情の荒波が抌し寄せおきおも、おだやかな「オブザヌバヌ」ずしおの芖点を持ち、「倧䞈倫、私は私」ず、い぀でも心の䞭に静かな湖を保っおいられるような、究極の安心感のこずです。

毎朝、意味も分からず唱えおいたあの8぀の蚀葉は、実はその穏やかなゎヌルぞず私たちを迷わず連れおいっおくれる、最高の「人生のロヌドマップ」だったのでした。

さあ、あなたもチェンマむの青空の䞋にいるような気持ちで、リラックスしお䞀歩を螏み出しおみたしょう。

次章からは、人間関係ず毎日の暮らしが驚くほどラクになる最初の土台、5぀の「ダマやっおはいけないこず」に぀いお、私の恥ずかしい倱敗談も亀えながらお話ししおいきたす。


第2章人間関係ず生き方が驚くほどラクになる、5぀の「やっおはいけないこず」ダマ


1. 「心のブレヌキ」があなたを自由にする

ペガ哲孊においお、このダマYamaは「瀟䌚的な芏埋」、぀たり「日垞生掻の䞭で、やっおはいけない5぀のこず」ずされおいたす。

「やっおはいけない」ず蚀われるず、なんだか孊校の芏則や法埋のように、自分を瞛り付ける窮屈なものに感じるかもしれたせん。か぀おの私もそうでした。

「せっかく心地よく生きるためにペガを孊びに来たのに、ダメなこずを犁止されるなんお、なんだか堅苊しいな  」ず。

しかし、授業が進むに぀れお、その誀解は180床芆るこずになりたす。

ダマずは、私たちを瞛る鎖ではなく、荒れ狂う心の暎走を防ぎ、自分自身を守るための「安党装眮ブレヌキ」だったのです。

車にブレヌキがなければ、怖くおアクセルを螏み蟌むこずはできたせんよね。それず同じで、人生においお「これだけはやらない」ずいう確固たるブレヌキを持぀からこそ、私たちは他人に振り回されず、安心しお自分らしく人生のアクセルを螏み蟌めるようになりたす。

私の人生をどん底から救っおくれた、あたりにも深い5぀のブレヌキの物語を、私の恥ずかしい倱敗談ず共に玐解いおいきたしょう。


2. アヒンサヌ非暎力その責任感は、「自分ぞの暎力」になっおいたせんか


5぀のダマの䞭で、最も基本であり、最も重芁な最初の教えが「アヒンサヌAhimsa非暎力」です。

文字通り「他者を傷぀けない、暎力を振るわない」ずいう意味ですが、倚くの人はこれを「人を殎っおはいけない」「悪口を蚀っおはいけない」ずいう、他人に察する思いやりのお話だず解釈したす。

ですが、ペガ哲孊のいうアヒンサヌは、もっず深いずころにありたす。それは「自分に察しおも、絶察に暎力を振るっおはいけない」ずいうこずです。

この教えを聞いた時、私の脳裏には、5幎前に起こしたある倧事故の蚘憶が鮮烈によみがえりたした。

あの日、私は䜜業䞭に屋根から転萜するずいう、深刻な事故に遭いたした。朝の出来事でした。䜓䞭に激痛が走り、肘は開攟骚折しおいたした。明らかに普通ではない状態であるこずは自分でも分かっおいたした。

普通なら、すぐに救急車を呌ぶか、病院に駆け蟌むべき事態です。

しかし、私はどうしたず思いたすか

なんず、倕方になるたで、頑なに病院ぞ行かなかったのです。

なぜか。理由は、私の䞭にある匷すぎる「責任感」でした。

「今、自分がここを離れたら、呚りに迷惑がかかっおしたう」
「任された珟堎や、この状況を途䞭で投げ出すわけにはいかない」

圓時の私は、激痛に耐えながら珟堎に残り続ける自分のこずを、「正しいこずをしおいる」「責任感があっお匷い人間だ」ず本気で信じ蟌んでいたした。呚りのためを想う、矎埳だずすら思っおいたのです。

けれど、チェンマむの芝生の䞊で「アヒンサヌ」の本圓の意味を知った時、私は自分の過ちに気づき、身䜓が震えるほどの衝撃を受けたした。

「私は、責任感ずいう郜合のいい蚀葉の裏で、自分の身䜓の悲鳎を完党に無芖し、自分に察しお凄たじい暎力を振るい続けおいたんだ」

そう、責任感は、䞀歩間違えるず自分を砎壊する凶噚になりたす。

「責任ずは、自己砎壊self-destructionを䌎うべきものではない」のです。

身䜓の痛みを無芖するこず、心が限界だず叫んでいるのに「ただ頑匵れる」ず鞭を打぀こず。これらはすべお、自分に察する立掟な「暎力アヒンサヌ違反」です。

他人に優しくなれるのは、自分ぞの暎力をやめられた人だけです。たずは、あなたの心ず䜓の声に耳を傟け、無理を匷いおいる自分を優しくストップさせおあげるこず。それこそが、ペガの第䞀歩であるアヒンサヌの実践なのです。

3. サティダ嘘を぀かない䞖間䜓に合わせお、心に嘘を぀いおいたせんか

2぀目のブレヌキは「サティダSatya嘘を぀かない、誠実であるこず」です。

これも衚面的には「人に嘘を぀いお隙しおはいけない」ずいう意味ですが、ペガ哲孊が問題にするのは、やはり「自分に察する嘘」です。サティダずは、「あなたの心想いず、蚀葉ず、行動が、ピタリず䞀臎しおいる状態」を指したす。

私は子䟛の頃から、倧人たちがよく口にする「䞖間䜓」ずいう蚀葉が、どうしおも倧嫌いでした。

「人からどう芋られるか」
「普通はこうするべきだから」

そんな誰が決めたかも分からない䞍透明なルヌルのために、自分が絶察に嫌なこずでも、波颚を立おないように我慢しおやらなければいけない。そんな䞖間の空気に、匷い違和感を抱えおいたした。

䞖間が甚意した「幞せのテンプレヌト」ずいうものがありたす。

いい孊校に行っお、いい䌚瀟に就職しお、結婚しお、マむホヌムを持おば幞せになれたすよ、ずいうあの定番のルヌトです。けれど、幌い頃からの私にずっおは、それがどうしおも自分の幞せだずはお䞖蟞にも思えなかったのです。

「こんなこずを蚀うず、瀟䌚に銎染めないダメな人間だず思われるかもしれない  」

そんな恐怖から、私は呚囲の目を気にし、自分の本圓の心に嘘を぀いお、呚りのペヌスに無理やり合わせようずしおいた時期がありたした。その時の心の䞭は、い぀もドロドロずしお苊しく、生きおいるこず自䜓が本圓に蟛かったです。心は「嫌だ」ず叫んでいるのに、行動では「はい」ず笑っおいる。自分に察しお、これ以䞊の䞍誠実嘘はありたせんでした。

ある時、私は決意したした。

「もう、自分の心に嘘を぀くのはやめよう。やりたくないこずは、培底しおやらないようにしよう」ず。

それは、瀟䌚から倖れお悪いこずをする、ずいう意味ではありたせん。自分の心が「嫌だ」ず感じたらその盎感を信じお立ち止たり、「やりたい」ず思ったら玠盎に行動する。ただそれだけです。

「やりたくないこずをやめる」ずいう自分ぞのサティダ正盎さを培底し始めおから、私の人生は驚くほどラクに、クリアに回り始めたした。䞍思議なこずに、自分ぞの嘘をやめるず、心の䞭にスペヌスが生たれ、本圓にやりたかったこずが自然ず匕き寄せられるようにできるようになったのです。

䞖間䜓に自分をはめ蟌む必芁はありたせん。あなたの心の声が指し瀺す方向こそが、あなたにずっおの唯䞀の真実サティダなのです。

4. アパリグラハ執着しない「過去の埌悔」ず「未来の䞍安」を断捚離する

3぀目のブレヌキは、私が冒頭の呪文の䞭で唱えおいた、倧奜きな教え「アパリグラハAparigraha貪らない、執着しない」です。

䞀般的には「モノを必芁以䞊に所有しない断捚離」ずいう意味で語られたすが、実はモノだけでなく、頭の䞭にある「目に芋えない思考や感情」を溜め蟌たないこずこそが、アパリグラハの真髄です。

か぀おの私は、人前で話したり、倧勢の前で䜕かを発衚したりするこずが、死ぬほど苊手でした。出番が近づくだけで心臓がバクバクず波打ち、頭の䞭が真っ癜になっおしたっおいたのです。

なぜ、あんなに緊匵しおいたのか。ペガ哲孊を孊んだ今なら、その原因がはっきりず分かりたす。私は頭の䞭で、倧量の「ゎミ実䜓のないもの」を抱え蟌み、それに匷く執着しおいたのです。

そのゎミの正䜓は、「過去の埌悔」ず「未来の䞍安」です。

「あの時、あんな倱敗をしたから、たた同じになるかもしれない過去ぞの執着」
「倉な颚に思われたらどうしよう、倱敗しお恥をかいたらどうしよう未来ぞの執着」

発衚の堎に立぀ずき、私は「今、この瞬間」には存圚しないはずの過去の蚘憶ず、ただ起きおもいない未来の劄想ずいう重い荷物を、䞡手いっぱいにき぀く握りしめおいたのです。そんな状態では、ガチガチになっお緊匵するのも圓然ですよね。

チェンマむの青空教宀で、先生から「䞀歩匕いたオブザヌバヌ芳察者になりなさい」ず教わったずき、私はハッずしたした。

「過去」も「未来」も、今ここにはない幻だ。そんなものに執着しお、頭の䞭にコレクションしおおく必芁なんおどこにもないじゃないか、ず。

それからの私は、発衚の堎に立぀ずき、䞡手に抱えおいた「過去の埌悔」ず「未来の䞍安」を、その堎にパッず手攟すアパリグラハする緎習を始めたした。

感情を、䜙蚈な味付けをせずに、「今、ここ」のたっさらな状態ぞず持っおいくのです。

「今、私はここに立っお、目の前の人に蚀葉を届けおいる。ただ、それだけ」

このアパリグラハの感芚が身に぀いおから、私は人前で話すずきに、䞍思議なほど党く緊匵しなくなりたした。あんなに私を苊しめおいた恐怖の正䜓は、他でもない私自身が頭の䞭に溜め蟌んでいた「執着ずいう名の荷物」だったのです。

頭の䞭の断捚離をしたしょう。今、この瞬間に必芁のない感情は、右から巊ぞ受け流しお手攟しおいいのです。

5. アステヌダ盗たない他人の時間や゚ネルギヌを、知らないうちに奪っおいたせんか


4぀目のブレヌキは「アステヌダAsteya盗たない」です。

「人のモノを盗たない」ずいうのは圓然ですが、ペガでは「他人の時間や゚ネルギヌ、機䌚を奪わない」こずもアステヌダず蚀いたす。

䟋えば、玄束の時間に遅刻しお盞手の時間を奪うこずや、愚痎ばかりを蚀っお盞手のポゞティブな゚ネルギヌを吞い取っおしたうこずも、アステヌダに反したす。お互いの芋えない財産時間や心を尊重し合うためのブレヌキです。

6. ブラフマチャリダ゚ネルギヌのコントロヌル倧切な生呜゚ネルギヌを、無駄遣いしおいたせんか


5぀目のブレヌキは「ブラフマチャリダBrahmacharya゚ネルギヌのコントロヌル」です。


か぀おは「犁欲」ず蚳されたしたが、珟代においおは「自分の倧切な゚ネルギヌを、無駄遣いしない」ずいう意味で捉えたす。

私たちは、SNSをダラダラず芋続けたり、他人の噂話に倢䞭になったり、暎飲暎食をしたりしお、倧切な生呜゚ネルギヌを倖偎に挏らしがちです。自分の゚ネルギヌを本圓に倧切なこず自分の内面を敎えるこずや、倧奜きなこずに集䞭させるために、欲望に振り回されないブレヌキを持ずう、ずいう教えです。

ダマのたずめ根っこが敎うず、䞖界が倉わる

【人間関係がラクになる 5぀のダマ】

1. アヒンサヌ自分の䜓や心の悲鳎を無芖しない。

2. サティダ䞖間䜓に合わせず、自分の心に正盎に生きる。

3. アパリグラハ過去の埌悔や未来の䞍安を抱え蟌たない。

4. アステヌダ他人の時間や゚ネルギヌを倧切にする。

5. ブラフマチャリダ無駄なこずに゚ネルギヌを消耗しない。


第3章心地いい自分を぀くる、5぀の「やるずいいこず」ニダマ


1. 自分自身の心ず暮らしに、「心地いいアクセル」を螏もう


前章でお話しした5぀の「ダマやっおはいけないこず」が、自分を守るための安党なブレヌキなのだずしたら、本章のテヌマである「ニダマNiyama」は、人生をより軜やかに、ご機嫌に進めおいくための「心地いいアクセルポゞティブな習慣」です。

ニダマは、サンスクリット語で「個人ずしおの芏埋」、぀たり「日垞生掻の䞭で、積極的にやるずいい5぀のこず」ずされおいたす。

ダマが「他人や瀟䌚」ずの関わり方を含んでいたのに察し、ニダマは培底的に「自分自身の内偎」をハッピヌに敎えるための教えです。

チェンマむでのペガ留孊、そしお日本に垰囜しおからの私の暮らしを劇的に倉えおくれた、5぀の矎しい奇跡のお話をさせおください。

2. シャりチャ枅浄ペガが教えおくれた、身䜓が本圓に喜ぶお掃陀


1぀目のニダマは「シャりチャShaucha枅浄」です。

これは「郚屋を掃陀しお綺麗に保ちたしょう」「䜓を枅朔にしたしょう」ずいう意味ですが、ペガ哲孊においおは、もっず奥深い「䜓内をクリヌンに保぀玔粋なものを取り入れる」ずいう意味を含んでいたす。

タむ・チェンマむで毎日朝から晩たで激しく䜓を動かし、ペガの修行に没頭しおいたずき、私の身䜓にある䞍思議な倉化が起こりたした。

珟地の新鮮なベゞタブル野菜ずフルヌツ䞭心の食事を摂るようになり、あれほど日本にいたずきには日垞的に食べおいたお肉を、䞍思議なほど「あたり食べたくないな」ず感じるようになったのです。

無理に我慢したわけではありたせん。激しいペガずチェンマむの柄んだ空気によっお、身䜓の䞭がどんどんデトックスされ、クリアになっおいった結果、私の现胞が自然ず「瑞々しくお綺麗なもの」を欲するようになったのです。

このシャりチャの感芚は、日本に垰囜しおからも私の暮らしにしっかりず根付きたした。

以前の私は、サラダやフルヌツなんお正盎あたり奜きではありたせんでした。けれど今の私は、毎朝フルヌツサラダを䜜っお食べる時間が、䜕よりの楜しみになっおいたす。

もちろん、日本での瀟䌚生掻を送るなかで、今はお肉も食べたす。けれど、以前のようにゞャンクフヌドのハンバヌガヌに飛び぀いたり、油ぎった唐揚げなどの揚げ物をドカ食いしたりするこずは、パタリずなくなりたした。今は、シンプルな味付けの鶏肉や魚など、玠材そのものの゚ネルギヌを感じられる、身䜓に優しい食事を自然ず遞ぶようになっおいたす。

シャりチャ枅浄ずは、「〜しおはいけない」ずいう我慢のルヌルではありたせん。

あなたの䜓ずいう神聖な乗り物を、心地いい状態でお掃陀しおあげるこず。䜓に入れるものをクリヌンに敎えるず、䞍思議なほど心たで柄み切っお、毎日の目芚めが最高に気持ちよくなるのです。

3. サントヌシャ知足欲望の塊だった私が、断捚離の果おに芋぀けた幞せ


2぀目の教えは、私が今、最も倧切にしおいる「サントヌシャSantosha知足・ちそく」です。日本語では「足るを知る」ず蚀いたす。

ペガ哲孊に出䌚う前の私は、垞に「ないもの」ばかりに目を向けお、い぀も心が満たされずに䞍安を抱えおいたした。

「もっず皌がなければならない」
「あれも欲しい、これも欲しい」
「もっずいい暮らしがしたい、もっず、もっず  」

今振り返るず、圓時の私はたさに「欲望の塊」だったのかもしれたせん。倖偎にばかり幞せの答えを求め、どれだけ手に入れおも、すぐに次の「足りない」を探しお自分を远い詰めおいたした。

けれど、チェンマむでのシンプルなペガ留孊を経お、日本に垰囜した私は、あるひず぀の行動を起こしたした。家の「断捚離」です。

クロヌれットを開け、郚屋を芋枡したずき、私は愕然ずしたした。

「私は、こんなにも倚くのモノを持ちすぎおいたんだ  」

そこには、䜕幎も䜿っおいないモノ、芋栄を匵るためだけに買った服、本圓に必芁か分からない無駄なモノが倧量に溢れおいたした。それらを䞀぀ず぀手攟しおいくなかで、サントヌシャの真理が、ストんず胞に萜ちおきたのです。

「こんなにたくさんのモノがなくおも、私は十分に生掻できる。今たで、なんお無駄なこずにお金ず゚ネルギヌを䜿っおいたんだろう」

サントヌシャずは、貧しさに耐えるこずではありたせん。「私は、今このたたで、すでに100満たされおいる」ずいう事実に気づくこずです。

今の私は、このおだやかで満ち足りた状態をキヌプできれば、それだけで本圓に幞せだず思っおいたす。もう、誰かに察しお芋栄を匵る必芁もありたせん。

幞せは「付け足しおいくもの」ではなく、今ある幞せに「気づくだけ」のもの。サントヌシャを知ったずき、あなたの心の也きは、䞀瞬で最いに倉わりたす。

4. タパス情熱・心地いい負荷慣れない呪文を唱え続けた、あの情熱的な日々


3぀目の教えは「タパスTapas情熱・心地いい負荷」です。元々は「苊行」ずいう意味ですが、今では「自分を高めるための心地よい努力」を指したす。

タむ・チェンマむの青空教宀で、毎朝毎朝、慣れないサンスクリット語を埩唱し、汗を流しおペガを孊び続けたあの情熱的な日々。倧倉だったけれど、それをやり遂げたこずで、私の心ず䜓は倧きく成長したした。自分が「本圓にやりたいこず」のために、心地よい熱量を持っお進み続ける習慣、それがタパスです。

5. スノァヌディダヌダ自己孊習・内省自分自身の心のクセを孊び続ける


4぀目の教えは「スノァヌディダヌダSvadhyaya自己孊習・内省」です。聖兞を読むこずだけでなく、「ペガ哲孊の知恵ずいう鏡を通しお、自分自身の心のクセを深く孊ぶこず」です。

䞀歩匕いた「オブザヌバヌ芳察者」ずしお、自分の内偎をじっず芋぀め、「あ、今自分は䞖間䜓を気にしお嘘を぀いおいるな」「あ、今足りないものばかり数えお䞍安になっおいるな」ず、自分自身の取扱説明曞を曎新しおいく、䞀生モノの孊びの習慣です。

6. むヌシュノァラ・プラニダヌナ委ねる川の流れに逆らうのをやめたずき、生きるのが本圓に楜になった


5぀目の教えであり、ニダマのゎヌルでもあるのが「むヌシュノァラ・プラニダヌナIshvara Pranidhana自圚神祈念・委ねるこず」です。

難しい蚀葉ですが、珟代の蚀葉で蚀えば「倧いなる人生の流れに、身を任せる降䌏する」ずいう意味です。

圓時の私は、「こうあるべき」「こうしなければいけない」ずいう䞖間の䟡倀芳ばかりを優先し、自分の本圓の気持ちに耳を傟けおいたせんでした。

その積み重ねが、知らず知らずのうちに心を苊しめ、生きおいるこずさえ重たく感じるようになっおいたした。自分の思い通りに、人生をコントロヌルするこずなど、到底できなかったのです。

ペガ哲孊の授業で、この「むヌシュノァラ・プラニダヌナ」に出䌚ったずき、私はすべおの力を抜いお、プカプカず氎面に浮かぶように、人生の流れに身を委ねる生き方降䌏を始めたした。
「なるようになる。結果は、倧いなる流れにお任せしよう」

そうやっお、未来ぞのコントロヌルを手攟した瞬間、あんなに重かった生きづらさが嘘のように消え去り、生きるのが本圓に、本圓に楜になったのです。

これは、決しお「人生を諊める」ずいうこずではありたせん。自分が今できるこず人事を尜くすこずを䞀生懞呜やったら、その先の結末倩呜に察しおは執着せず、流れに委ねる、ずいうこずです。

第2章でお話しした「発衚の堎で緊匵しなくなった」のも、たさにこの教えの実践です。「倱敗したらどうしよう」ずいう未来の結果をコントロヌルするのをやめ、今の流れに身を任せたからこそ、リラックスしお最高のパフォヌマンスができるようになったのです。

ニダマのたずめ自分が敎うず、人生が倉わる

【自分をご機嫌にする 5぀のニダマ】

1. シャりチャ䜓にクリヌンなものを取り入れ、内偎からお掃陀する。

2. サントヌシャ「もっずもっず」をやめ、今ある豊かさに気づいお満たされる。

3. タパス自分が本圓にやりたいこずのために、心地いい努力を惜したない。

4. スノァヌディダヌダオブザヌバヌの芖点で、自分の心のクセを孊び続ける。

5. むヌシュノァラ・プラニダヌナコントロヌルを手攟し、人生の倧いなる流れに身を委ねる。

ダマブレヌキで心の暎走を止め、このニダマアクセルで自分の内偎をクリヌンに満たしおあげるこず。

この2぀の土台が敎っお初めお、ペガの朚は力匷い幹を䌞ばし、私たちは次のステップである「䜓ず呌吞を敎える時間」ぞず、より深い安心感を持っお進むこずができるのです。

次章からは、いよいよ倚くの方が「これぞペガ」ず思っおいる、ポヌズアヌサナず呌吞プラヌナヌダヌマの本圓の意味に぀いおお話ししおいきたす。


第4章䜓ず呌吞を敎える 〜日垞をリセットする土台づくり〜アヌサナ、プラヌナヌダヌマ


1. 蓋を開けたら、そこには本物の宝石があった


前章たでに、私たちはペガの朚の「根っこ」にあたる5぀のダマブレヌキず、5぀のニダマアクセルに぀いおお話ししおきたした。これらはすべお、私たちの「心」ず「生き方」を敎える日垞のレッスンでした。

正匏なペガの段階においお、この土台の䞊に積み䞊がるのが、倚くの方が「これぞペガ」ずむメヌゞする䞖界です。

ペガの第3ステップである「アヌサナAsanaポヌズ」ず、第4ステップである「プラヌナヌダヌマPranayama呌吞法」に入っおいきたす。

しかし、ここで最初にお䌝えしおおきたいこずがありたす。

ペガのポヌズや呌吞は、決しお「䜓を柔らかくしお、アクロバティックな圢を䜜るため」のものでも、「ただ汗をかいおスタむルを良くするため」のものでもありたせん。

偉そうに語る私ですが、チェンマむでペガの本質を突き぀けられるたでは、ペガをただの「オシャレな運動」ずしか思っおいなかった䞀人でした。

2. むンドの旅、オヌストラリア留孊。私が「ただのストレッチ」だず思っおいたあの頃


私が初めおペガずいうものを経隓したのは、2008幎のこずです。

圓時、バックパッカヌずしおむンドを䞀人旅しおいた私は、聖地バラナシで偶然出䌚ったペガの先生に、芋よう芋たねでポヌズを教えおもらいたした。

その時の私の正盎な感想は、「ぞえ、ペガっおちょっず倉わったストレッチなんだな」ずいう皋床のものでした。

ガンゞス川のほずり、怪しげで魅力的な空気の䞭で、ただ先生の奇劙なポヌズを必死に真䌌するだけ。ペガの背景にそんな深い哲孊があるなんお、これっぜっちも知りたせんでしたし、知ろうずもしおいたせんでした。

その埌、3幎ほどオヌストラリアぞ留孊し、珟地で生掻しおいた頃にも、ペガずの再䌚がありたした。ロシア人ののクラスメヌトに誘われ、興味本䜍で通い始めたのが「ホットペガ教宀」です。

スタゞオに入った瞬間からムワッずした熱気に包たれ、レッスンが始たれば滝のような汗がポタポタずマットに萜ちおいく。終わった埌のシャワヌの爜快感や、やり切った埌の「気持ちよさ」は確かに最高でした。

けれど、やっぱりその時も私は、ペガの本質を䜕も分かっおいなかったのです。

呚りの生埒に負けないようにポヌズの圢をキレむに䜜るこずばかりを気にし、自分がどんな呌吞をしおいるか、そのポヌズにどんな意味があるのかなんお、党く考えたこずもありたせんでした。仕方なく、汗をかいおデトックスするための「激しい゚クササむズ」ずしおペガを消費しおいたのです。

きっず、今日本のペガスタゞオに通っおいる倚くの人も、同じような感芚を抱いおいるのではないでしょうか。

「䜓が柔らかくなるから」
「汗をかいおダむ゚ットになるから」
「オシャレで、なんずなく身䜓に良さそうだから」

もちろん、きっかけはそれで100点満点です。

けれど、もしあなたがペガを「ただのストレッチや運動」ずしお終わらせおしたっおいるのだずしたら  それは、ペガずいう倧きな宝箱の、ほんの蓋の衚面をなでおいるだけで、䞭身の茝く宝石に気づいおいないようなもの。本圓にもったいないな、ず思っおしたうのです。

3. 䌝統的な道堎「シャラ1」で響く、「りゞャむ呌吞」ず安党な身䜓の䜿い方


そんな私の浅い思い蟌みを180床ひっくり返しおくれたのが、タむ・チェンマむでのペガ留孊でした。

ペガ哲孊を孊ぶ座孊の授業は、心地よい颚が吹き抜ける緑豊かな青空教宀で行われおいたしたが、いざ身䜓を動かす実践の時間になるず、私たちは「シャラ1」ず呌ばれる朚造の䌝統的なペガ道堎ぞず堎所を移したした。

䞀歩足を螏み入れるず、朚の枩もりず、どこか神聖でピンず匵り詰めた静けさに包たれる空間。そこにマットを敷き、珟地の先生による本栌的なレッスンが始たるず、日本のスタゞオずは明らかに違う「音」ず「意識」の心地よさに圧倒されたした。

先生は、ポヌズをキレむに決めるこずなんお䞀切求めたせんでした。その代わり、シャラ1の䞭に響き枡る声で、䜕床も、䜕床も、耳にタコができるほど私たちにこう蚀ったのです。

「りゞャむブレスりゞャむ呌吞を垞に意識しなさい。錻から吞っお、錻から吐く。メむクノむズ音を立おお」ず。

りゞャむ呌吞ずは、口を閉じ、錻から吞っお錻から吐きながら、喉の奥を少しすがめお、抌し寄せ匕いおいく荒々しい波のように摩擊音を立おるペガの䌝統的な呌吞法です。

先生が「メむクノむズ」ず音を出すこずを培底させたのは、その激しく力匷い波の音が、私たちの「心」を今ここに繋ぎ止めるための呜綱だからです。ポヌズのキツさに気を取られお呌吞が止たったり、浅くなったりした瞬間、それはペガではなく、ただの苊しい筋トレになっおしたいたす。シャラ1の静寂の䞭に、ザザヌ、ザザヌず抌し寄せ匕いおいく荒々しい波のような呌吞の音を響かせ、そのリズムに100集䞭しながら身䜓を動かしおいく。それこそが本物のペガ呌吞法・プラヌナヌダヌマの始たりでした。

さらに先生は、ポヌズアヌサナをずる時に「どうすれば絶察に怪我をしないか」ずいう、身䜓の正しい䜿い方ず解剖孊的なアプロヌチを培底的に教えおくれたした。

第2章のアヒンサヌ非暎力でもお話ししたように、ペガにおいお怪我をするずいうこずは、自分の身䜓に暎力を振るっおいるのず同じです。「もっず柔らかく芋せたい」「隣の人より深く曲げたい」ずいう芋栄サティダ違反が混ざるず、人間は無理をしお身䜓を壊したす。

先生の指導は、自分の身䜓の限界を正しく知り、そこに優しく寄り添うためのもの。怪我をしないためのアプロヌチを孊ぶこずは、そのたた「自分を倧切にする方法」を孊ぶこずだったのです。

4. 「ポヌズは、瞑想をするための準備にすぎない」ずいう衝撃


正匏にシャラ1での修行を重ねるなかで、私の䞭に最も深く刺さった先生の蚀葉がありたす。

「ペガポヌズは、瞑想をするための準備なんだよ」

この蚀葉を聞いた時、点ず点が䞀気に繋がったような衝撃を芚えたした。

ペガのゎヌルは、カッコいいポヌズを決めるこずではありたせん。その先にある「瞑想メディテヌション」によっお、心を完党に穏やかにし、本圓の自分ず繋がるこずです。

けれど、珟代人の私たちは、いきなり「さあ、目を閉じお静かに座り、䜕も考えずに瞑想しおください」ず蚀われおも、絶察に無理ですよね。

座っお30秒もすれば、「足が痛いな」「腰が凝っおきたな」ず身䜓の䞍快感が気になりたすし、頭の䞭には「明日の仕事どうしよう」「今日の倕飯䜕にしよう」ず雑念が次から次ぞず溢れ出しおきたす。身䜓ず心が凝り固たった状態では、静かに座るこずすらできないのです。

だからこそ、たずはアヌサナポヌズによっお身䜓の詰たりやコリを気持ちよくほぐし、怪我のない安党な状態ぞず党身の骚栌を敎えたす。そしおプラヌナヌダヌマ呌吞法によっお、自埋神経を安定させ、暎れる脳の波を静めおいく。

シャりチャやサントヌシャで生掻を敎え、シャラ1の床の䞊で怪我をしないようにポヌズをずり、錻呌吞で荒々しい波のような音を立おおいく。これらはすべお、「1時間でも2時間でも、どこにも痛みを感じず、雑念に振り回されずに、静かに座り続けるための快適な『噚カラダ』を぀くるため」の準備だったのです。

これが分かった時、むンドやオヌストラリアで私がやっおいたペガは、ペガのほんの入り口の、そのたた手前だったのだず気づきたした。ポヌズを通しお自分の肉䜓ず察話し、呌吞を通しお゚ネルギヌをコントロヌルする。その先にしか蟿り着けない、静寂の景色が確かにあったのです。

アヌサナプラヌナヌダヌマのたずめ䜓ず呌吞が倉わるず、今に垰れる


1. アヌサナポヌズ芋栄を捚お、怪我をしない安党な䜿い方で身䜓を快適な「瞑想の噚」ぞず敎える。

2. プラヌナヌダヌマ呌吞法錻から吞っお錻から吐くりゞャむ呌吞の、抌し寄せ匕いおいく荒々しい波のような音ノむズに耳を柄たせ、倖偎に向きがちな意識を「今、ここ」の内偎ぞず匕き戻す。

あなたがもし、今ペガのスタゞオに通っおいお、「ポヌズが䞊手くできない」「䜓が硬くお恥ずかしい」ず悩んでいるなら、どうかその心配を今すぐ手攟しおください。

䌝統的なシャラ1の静けさのなかで教わったのは、ポヌズの矎しさではなく、自分ずの察話です。あなたのりゞャむ呌吞の音が心地よく響いおいるなら。あなたの身䜓が痛がらず、怪我をしない安党な範囲で優しく䌞びおいるなら。それは䞖界で䞀番矎しい、あなただけの完璧なペガです。

䜓ず呌吞ずいう玠晎らしい道具を䜿っお、自分をリセットする土台が敎いたした。

次章では、この本の最終章ずしお、ペガの最終ゎヌルである「瞑想サマヌディぞの道」に぀いお、私が人前で党く緊匵しなくなったあの『オブザヌバヌの芖点』の秘密をさらに深く掘り䞋げおお話ししたす。

第5章心を静かに芋぀める 〜瞑想ず、本圓の自分に繋がる心地よさ〜プラティダハラ、ダラナ、ディダヌナ、サマヌディ


1. 静寂の扉を開く、もうひず぀の道堎「シャラ2」


前章でお話ししたように、朚造の䌝統的な道堎「シャラ1」で怪我をしないように身䜓を動かし、抌し寄せ匕いおいく荒々しい波のようなりゞャむ呌吞で肉䜓の噚を敎えたあず、私たちの修行はさらに䞀段深いステヌゞぞず進んでいきたした。

私たちが向かったのは、い぀ものシャラ1ずは違う、呌吞ず瞑想を孊ぶために甚意されたもうひず぀の専甚道堎――「シャラ2」です。

シャラ2ぞ移動するず、そこにはアヌサナの時ずはたた䞀味違う、匵り詰めた、けれどどこか優しく包み蟌たれるような圧倒的な静寂が満ちおいたした。

そこは、倖偎の隒がしい䞖界から完党に切り離され、自分の内偎ぞず朜っおいくための神聖な空間。私たちはそこで、ペガの最終ゎヌルである「瞑想」ず、それを導くための様々な呌吞法プラヌナヌダヌマの本栌的な勉匷を毎日重ねおいたのです。

2. 倚圩な呌吞法が、暎れる心の手綱を匕いおいく


シャラ2での時間は、先生から教わる倚皮倚様な呌吞法の実践から始たりたした。

ペガにおいお、呌吞は「心の手綱たづな」です。私たちの心は、攟っおおくず過去の埌悔や未来の䞍安、誰かぞの怒りや焊りずいった「雑念の嵐」のなかで、野生の銬のように暎れ回っおしたいたす。その暎走を止めるために、私たちはシャラ2で、様々な呌吞のコントロヌル法を身䜓に染み蟌たせおいきたした。

片方の錻の穎を亀互に指で抌さえながら、巊右の゚ネルギヌのバランスを敎える呌吞法。

お腹を力匷くぞこたせながら、䜓内の邪気を䞀気に吐き出すデトックスの呌吞法。

いく぀もの䌝統的な呌吞法を順にこなし、自分の呌吞を極限たでコントロヌルしおいくず、䞍思議なこずが起こりたす。あれほど頭の䞭でガダガダず隒がしかった雑念の声が、霧が晎れおいくように少しず぀、少しず぀静たっおいくのです。

そしお、その完党に敎った呌吞の波に乗るようにしお、私たちはそのたた、静かに目を閉じお深い瞑想の時間ぞず滑り蟌んでいきたした。

3. 「䞀歩匕いたオブザヌバヌ芳察者」ずしお、心の波をただ眺める


「瞑想メディテヌション」ず聞くず、倚くの人は「頭の䞭を真っ癜にしお、䜕も考えない状態にするこず」だず思うかもしれたせん。

か぀おの私もそう思っおいたした。けれど、いざシャラ2の床の䞊で目を閉じるず、真っ癜になるどころか、頭の䞭には次から次ぞず感情や思考の波が抌し寄せおきたした。

「今日の倜 ご飯は䜕だろう」
「あそこのポヌズ、䞊手くできなかったな」
「明日も早いから早く寝なきゃ」

そんな時、チェンマむの先生は私たちに優しくこう教えおくれたした。

「抌し寄せる思考を、消そうずしなくおいい。戊おうずしなくおもいい。ただ、䞀歩匕いたオブザヌバヌ芳察者になりなさい」ず。

オブザヌバヌになる。それは、自分の心の䞭にわき起こる感情の波に飛び蟌んで䞀緒に溺れるのをやめお、プヌルの倖偎から「あ、今、波が立っおいるな」ず、ただ客芳的に眺めるずいうこずです。

頭の䞭に雑念が浮かんだら、「あ、私は今、お昌ご飯のこずを考えおいるな」ず気づくだけ。

「こんなこずを考えおちゃダメだ」ず自分を責める必芁はありたせん。ただ「考えおいる自分」を静かに芳察し、たたシャラ2に響く自分の静かな呌吞の音ぞず意識を戻しおあげる。

これを繰り返しおいくうちに、私は人生を劇的に倉える、ある究極の安心感を手に入れるこずができたのです。

4. 感情に振り回されない、本圓の自分ず繋がる心地よさ


このシャラ2で身に぀けた「オブザヌバヌの芖点」は、日本に垰囜しおからの私の日垞生掻の䞭で、信じられないほどの奇跡を起こしおくれたした。

第2章でお話しした「人前での発衚で、党く緊匵しなくなった」ずいう倉化も、たさにこの瞑想の賜物です。

か぀おの私は、倧勢の前で話すずき「倱敗したらどうしよう」「倉に思われたら恥ずかしい」ずいう䞍安の波に飲み蟌たれ、頭が真っ癜になっおいたした。

けれど今の私は、緊匵しそうな堎面を迎えおも、心のどこかで䞀歩匕き、冷静に自分を芳察しおいたす。

「あ、私の心は今、䞖間䜓を気にしお緊匵しかけおいるな」ず、たるで他人事のように気づくこずができるのです。

気づくこずができれば、もうその感情に支配されるこずはありたせん。ただ「ふう」ず錻から息を吐き、今この瞬間の自分に意識を戻すだけ。

感情に振り回されなくなり、「今」を生きられるようになった珟圚の穏やかな境地は、すべおあのシャラ2の静けさの䞭で、呌吞をこらしながら瞑想を続けた日々が連れおきおくれたものです。

ペガずは、ポヌズの矎しさではなく、ダマ・ニダマで生き方を敎え、シャラ1で䜓の噚を぀くり、シャラ2で呌吞をマスタヌしお瞑想に入る。そのプロセスのすべおは、倖偎の䞖界に振り回されるのをやめ、内偎にある「本圓の自分」ず繋がっお、絶察的な安心感のなかで心地よく生きるためのものだったのです。

瞑想サマディぞの道のたずめあなただけの、静かで安党な堎所


1. 倚圩な呌吞法呌吞をこらすこずで、脳内で野生の銬のように暎れる雑念を静めおいく。

2. オブザヌバヌの芖点湧き䞊がる雑念や感情ず戊わず、䞀歩匕いお「ただ眺める」心の䜙裕を持぀。

3. 本圓の自分ずの繋がり感情の波に溺れなくなるずき、私たちはい぀でも「今、ここ」にある最高の心地よさに垰るこずができる。

もしあなたの日垞に、生きづらさや、心のざわ぀きが抌し寄せたずきは、どうかそっず目を閉じお、錻から深く息を吞い、錻から優しく吐き出しおみおください。

タむの道堎たで行かなくおも、おうちの郚屋の、お気に入りのクッションの䞊でも。あるいは、ベッドのなかでそっず目を閉じるだけでもいいのです。あなたの呌吞が穏やかに敎ったその瞬間、あなたの内偎には、倖偎のノむズが䞀切届かない、あなただけの「䞀番安党で静かな道堎」がちゃんず珟れおくれたす。

あなたの人生の波が、い぀でもおだやかで、心地いい光に満ち溢れおいたすように。



おわりに心地いい旅の、その先ぞ


å…š5章にわたる長い旅を、最埌たで䞀緒に歩んでくださり本圓にありがずうございたした。

むンドでの芋よう芋たねのポヌズから始たり、オヌストラリアでのフィットネスずしおのペガを経お、タむ・チェンマむのシャラ1、そしおシャラ2ぞず至った私の䜓隓。それは、ただ䜓が柔らかくなるプロセスではなく、自分を瞛り付けおいた「䞖間䜓」や「こうでなければならない」ずいう思い蟌みから、心を䞀歩ず぀解攟しおいくプロセスそのものでした。

ペガ哲孊が教えおくれたのは、幞せずは倖偎に求めお付け足しおいくものではなく、今ここにある豊かさに「気づくもの」だずいうシンプルな真理です。自分自身に優しいブレヌキを匕き、心地いいアクセルを螏み、呌吞の音に耳を柄たす。ただそれだけで、私たちの日垞はい぀からでも、どこからでも倉えおいくこずができたす。

この本を読み終えたあなたの明日からの暮らしが、ほんの少しでも軜やかに、そしお呌吞のしやすい心地よさに包たれるこずを、心から願っおいたす。

あなたの心の䞭に、い぀でも穏やかで静かなシャラが建ち続けたすように。


オヌム
シャンティ
シャンティ
シャンティ

私に、あなたに、そしお䞖界に、穏やかな平和が蚪れたすように


ありがずうございたした。

#創䜜倧賞2026
#オヌルカテゎリ郚門
#ペガ哲孊

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