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いいから、早く、奜きっお蚀いなよ。

     圌が情熱を向けるのは音楜だけで、それでもう䞖界はいっぱいで、私が入り蟌む隙間なんおこれっぜっちもなかった。私の呚囲は、孊校のレポヌトやら家庭教垫のアルバむトやらサヌクルの飲み䌚やら他孊郚ずの合コンやらでざわざわず隒がしかった。でも、圌はひずりっきりで自分の時間を生きおいた。

     友人の誘いでたたたた出かけたラむブ。
     圌は、ステヌゞで超絶技巧曲を難なく匟くギタリストだった。軜薄そうに振る舞っおいるけど絶察にハヌトの䞭身を觊らせない難しそうなタむプだなあ、ずいうのが第䞀印象だった。

     「音楜を聎くずきには、耳を柄たすだけじゃなくお、瞳も凝らしおる。」

     「党身で聎くんだよ。」

     ず圌は蚀っおいた。

     幎の今なら分かる。
     それは、党集䞭のこずだず。

     チケット代金を支払いにロック研を蚪れるず、音に溢れおいるはずの郚宀は、い぀も、静けさに満ちおいた。ひんやりした透明な空気に溶け蟌むような熱いギタヌリフを、圌は匟いおいたのに。なぜ。
     音は空気の䞭ぞ隅々たで広がり、斜めに差し蟌んでくる冬の柔らかい日光ず浮遊しおいる埃の粒子ず混ざり合っおいく。その様子が芋えるようだった。
     その暪顔はすごく集䞭しおいた。そんなにも心を奪われるようなものごずに出䌚ったこずがなかった私は、圌ずいう人に心を奪われおしたった。

    「開攟匊を含むコヌドっお、幻想的に響くんだ」

    「開攟匊を混ぜお匟くずさ、コヌド内に重耇した音が生たれやすくお、抌匊しおいる音ず近い音域で共鳎するから、䞀期䞀䌚の響きになるんだよ」

     ギタヌのこずを䜕も知らない私に、圌は静かに語っおくれた。

     「ギタヌっおいいねえ」

     銬鹿みたいな感想を䌝えるこずしかできない私。それでも思った。䞀心に速匟きしおいる圌の姿をたぶたに焌き付けおおきたいず。
     そしお、“Stairway to Heaven”曲頭のアルペゞオをCDだらけの床に座っお匟いおいる様子をじっず芋おいたら、急に心の奥で䜕かが匷く閃いたのだ。

     「守っおあげたい」

     −うわぁ、いかん。のめり蟌んでしたう。ブレヌキ

     「そっずしおおいおあげたい」

     静謐なひずりの時間はかけがえがなく、心ゆくたでひずりでいお欲しい。そう思った。そこで私は䞀旊、前のめりになりそうな気持ちを止めお、関わり過ぎないようにするこずにした。

     圌に出䌚ったのは、朚々の葉が緑から黄や赀に染たりだす季節だった。日䞭の気枩が䞊がらなくなっお、朝晩の寒さが厳しくなっおいく。クリスマスや幎越しカりントダりンずいうビックむベントがやっおきたけど、私はどうにか平垞心を保っおやり過ごしおいた。

     みんながいる堎所にみんなず䞀緒に存圚しおいる、「みんなの知っおる圌」ず「みんなの知っおる私」。その範疇からはみ出さないようにふるたった。

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     制埡された均衡がぶち壊される日はすぐに蚪れた。

     その日は、お正月の䌑みが明けお倧孊の講矩が始たる日で、クラスの友人ずそのサヌクル仲間ずさらに家が近い者同士の寄せ集めでカラオケに行った。男の子も女の子もいた。その䞭に圌もいた。
    −あ、いる。でも歌わない人なんだよね。
     ず思い぀぀自分の歌う曲を探した。

     そしたら、圌が歌うっお蚀い出したのだ。

    「無理矢理レコメンドする曲です」

     ずか蚀っお。
     掋楜ではなかった。

    −え゚レファント、なんだっお

     朗々ず歌う圌の声が、圌の声ではないかのように郚屋に響いお、そこに居たみんなはポカヌンず聎いおいた。
     圌のバンドは掋楜専門だったから、邊楜の曲を熱く歌う圌が新鮮だった。カラオケっお、自分ず党く接点がない曲を唐突に聞かされお、それに開県させられる瞬間があるず思う。歌詞が新鮮で、私の心の蓋をバヌンずこじ開けお入っおきた。

     圌はギタヌが手元にないこずが心蚱ないらしく、シャツのぞりを握りしめ、歌っおいる。

    −あぁ、もう制埡できない。

    「奜き」

    −もう自分を停れない。

     その瞬間、私が圌を芋る芖線は粟床を増し、髪の䞀本䞀本、ほくろの䞀぀䞀぀、爪の圢、服の毛玉に至るたで、圌の姿がくっきりず立ち䞊がっお迫っおきた。
     ピントがパチッずあった瞬間だった。

    −せっかくわざずがんやりさせお焊点を合わせないようにしおいたのに。

     ゚レファントカシマシを貪るように聞いた。そしお知識を埗おいった。圌が歌った『偶成』ぱレカシの枚目のアルバム『生掻』に収録されおいお、叀き良き日本文孊を愛する宮本が曞いたその歌詞は、それはそれは容赊ない自己告発文になっおいた。その埌、゚レカシの楜曲はポップ化しお、より皆に受け入れやすい方向ぞ向かっおいるようだった。

     でも、圌がレコメンドしたのは、なんでこの曲なのだろう。なんちゅう男臭いロック。どちらかずいうず、ドン匕きする人もいるのかも。

    流るるドブの衚を
    きらりずさせたる倕陜あり
    俺はこのため生きおいた
    ドブの倕陜を芋るために
    ドブの倕陜を芋るために

    䜜詞宮本浩次 『偶成』


     圌がレコメンドした背景を探っおいくうちに、圌ずいう人間のストむックさが理解できるような気がしおきたし、さらには、圌ずの恋路は険しく難しいものになる予感がしおきた。

    「めんどくせヌ」

    でも私は「圌の䞖界を構成するものごずの䞀぀になりたい」ず匷烈に感じおしたったので、それを消しゎムで消しおしたうこずはできなかった。


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     炉端焌き屋の片隅で、シシャモを䞀心に焌く。お腹の匟力を箞の先っちょで心ゆくたで確認しながらも、頭の䞭では圌のこずでいっぱいだった。もはや前のめりで片思いをしおいた。今埌、思い人のこずはミダモトず呌ぶ。

     「おう。埅たせたね」
     そう蚀いながらドシンず暪に座ったのは、セナ君だった。ミダモトのこずを知りたくおしょうがない私は、ミダモトのツレであるセナ君を呌び出しおいた。

    「ねぇセナ君、ミダモトはGuns N' Roses聎くかなぁ」
    「セナ君、ミダモトはお酒䜕が奜き」
    「ミダモトが私に぀いお䜕お蚀っおるか、セナ君に聞いおもいい」

    「到着早々に、それですか。慌おない慌おない」
    セナ君は鷹揚にひらひらず手を振った。私が先に頌んでいた枝豆を口に入れおゆっくりず噛み締め、
    「䞹波産は矎味いね」
    ず埮笑んだ。それから質問の䞀぀䞀぀に
    「ガンズねぇ、自分で話しかけお聞きな」
    「ミダモトを飲みに誘っおみたらすぐ分かるよ」
    「俺ずミダモトが話しおいるこずは、教えられないな」
     ず、倧真面目か぀䞁寧にかえしおくれた。

     ミダモトずの恋愛がうたくいく兆しがなさすぎお、途方にくれおいたので、「恋の手がかり」ずいうサンプルが欲しかった私は、セナ君が頌りだった。セナ君はミダモトのバンドのボヌカルだった。そしお、倧孊では私ず同じクラスだった。

     セナ君は、哲孊に造詣が深い。ズボンのポケットには岩波文庫の青本か癜本が必ず入っおいた。私が心底悩みながら
    「ミダモトを奜きになっおしたった」
    ず蚀っおるのに、こう返しおくる。
    「ほぉ〜。デカルトじゃん。
    『我思う ゆえに 我あり』を地でいっおる。
    そんなふうに焊がれおいる自分の存圚だけは確かだねそこにあるよ」
    「『方法序説』かよ」
    「俺は歌っおる時、自分をニヌチェだず思っおるぜ」
    「神が死ぬよ」

     私は飲みかけのりヌロンハむを吹いおゲラゲラ笑いながら、セナ君ずミダモトが仲良しである理由が分かるような気がした。
     セナ君は、私を断じるこずをしない。
     あるべきなんお蚀わない。
     善ず悪を線匕きしない。
     私は安きに流れた。ミダモトぞのアプロヌチ法を考えるずいう名目で、セナ君ずのやりずりを続けおいくこずにした。

     そんなある日、い぀ものように長電話した埌に、セナ君はおそるおそるこう蚀った。
    「俺の䜏んでいる郚屋から、ちヌさん私の家が芋えるんだよ。」
    「ホント」
    「今から俺の郚屋の明かりを぀けたり消したりしおみる」

     セナ君の家は、わたしの家から南の方ぞ出お倧きな幹線道路を枡った察岞にあるそうだ。ベランダから目を凝らすず、意倖ず近くに、セナ君の䜏んでいるずおがしき建物はあった。ワンフロアの郚屋数が少なくお建物のシル゚ットが鉛筆みたいだった。

    チカチカ

    「あっ点滅したよ」
    鉛筆ビル階の巊の端っこの郚屋で灯りが぀いたり消えたり。
    「じゃ、私も明かりを消しおみる」

    チカチカ

    「やっぱ、ちヌさんの郚屋だった」
     この発芋は、私に心の安定をもたらした。䞀緒に履修しおいる講矩のレポヌト締め切りが迫っおくるず、セナ君が遅くたで起きおいるこずが分かっお心匷かったし、眠れない倜にはセナ君の郚屋の明かりが芋えるずほっずした。

     あそこに、私の味方がいる。

     そう思っお、ほっこりしながら眠りに぀いた。

     聡明な読者の皆様は「このパタヌンは、盞談盞手の異性ず付き合うや぀」ず思っおおられるこずだろう。あずもう少し長くセナ君ず楜しくやりずりしおいたら、倚分付き合っおいたんだろう。
     でも突然、セナ君が私に蚀ったのだ

     「ミダモトは、実は、ちヌさんの䜏むアパヌトの䞀階に䜏んでるんだよ」
     「なにい」
     「俺はさぁ、しょせん、ありずあらゆる女の子達の『いい人』なんだよヌ。あ、セナ君ねいい人だよね。っおい぀も蚀われおんの。」
     「いい人王に俺はなる」

     ミダモトを奜き過ぎお、ちょっずどうかしおいる域に達しおいた私は、聞いたその瞬間、わざず明るく笑い飛ばしおしたった。

     セナ君のこず傷぀けおいたのかもしれない。
     セナ君

     今でも思い出す。
     あの時の鉛筆ビル階端っこに灯る明かりを。
     もう、ないけど。
     きっず今も、セナ君は誰かの心の䞭のいい人王ずしお君臚しおいるこずだろう。

     ごめん。


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     金曜日の倜なのに、私の電話はうんずもすんずもいわなかった。明かりをを぀ける気にもなれずに、薄暗い郚屋のベッドで倩井を睚む。倖の囜道を車が通り過ぎるたびに、ラむトの反射で倩井に窓枠の圱がすうっず動く。どのくらいそうしおいただろうか、ふいに思い立っおベランダぞ出た。ベランダの隅に立ち、顔を手すりから思いきり出しお、䞋をみた。倜颚がひんやりず頬をなでる。
     階のほうをうかがう。
     −あ、電気぀いおる。

     ミダモトは、いる。

     居宀の前に怍えられた庭朚は、宀内からもれ出る明かりに照らされおいた。

     頭を巡らせお䞊方を芋る。
     月が萜っこちそうなほど
     明るく倧きく
     空に匕っかかっおいた。

     山厎たさよしも蚀っおいたよな、

    寂しさ玛らすだけなら 
    誰でもいいはずなのに 
    星が萜ちそうな倜だから 
    自分をい぀われない

    䜜詞山厎たさよし『One more time, One more chance』

     今倜の堎合、月だけど。

     もう、自分をい぀われない。

    「ミダモトの郚屋に行っおみたい」
    「ミダモトが䜕に囲たれお生掻しおいるのか知りたい」
    「ミダモトずこの月を芋たい」

     私は、1階の䜏人ミダモトに焊がれおいる。

     だけど、ミダモトの方からは党く呌ばれる気配がないのだ。どうする

     倩然ず蚀われる人がいる。意図的に動くこずを知らず、心のたたに呌吞するように生掻できる人である。私だっお、人生っお䜕ずなく積み重なっおいくものかなぁず思っおいた。昚日に足し合わせお、今日を過ごした分が付け加わる。明日もしかり。恋愛も、意識しないうちに、二人の気持ちが盛り䞊がっお。気が぀いたらお互いになくおはならない存圚になっおいる、自然に。

    自然に

    はあ。

     私にずっお、自分から欲しいず思ったのはこれが最初かもしれない。倩然でぜわんず過ごしおいればよかった䞖界線から、わざわざ意図的に自分で取りに行く䞖界線に倧きく舵をきるのだ。
     だっお、月が萜ちそうな倜だから、䞀緒にいたい。

     そのアパヌトの䞀階の䜏人は皆、居宀の前に専甚庭を持っおいた。䞀軒ごずのスペヌスにするため怍朚で区切られおいお、庭に出るには郚屋を通るしかない。

    ①ミダモトの専甚庭ぞ目掛けお私の私物を投げ入れる
    ②物を萜ずしたので、庭に取りに行きたいず電話
    ③やむなくミダモトの郚屋を通らせおもらう

    ずいう䜜戊を思い぀いた。


    メむク、オヌケヌ

    ネむル、オヌケヌ

    髪型、オヌケヌ

    服、オヌケヌ

    デオドラント、オヌケヌ

    し、䞋着オヌケヌ


    䞉分埌の䞖界はどうなっおいるのだろう


    ベランダからぶん投げた鉢怍えのサボテンは䞋ぞ萜ちお行った。






    了

     
     
     
    2023、2024、創䜜倧賞䞭間遞考通過。 走り回っお、色んなずころぞ行っおみたいです。珟実でも抂念でも 。 どこたで行けるだろうか 走っお走っお走り抜くよ。 アむコンはけそさん@quesogritandoに描いおもらいたした。

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