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老舗の菓子

秋読みコレクション🌙、企画参加いたします。



老舗の菓子


秋になると、ペンをとり、便箋に気取った文章を書き連ねたくなるのは、私だけだろうか。普段は聴かない、クラッシック音楽でもかけながら。

では、一筆献上です。

父さん。
長雨の後、湿った風が夏の熱気をすっかり追い払いました。
静かな秋の始まりです。

お元気でしたか?
長らく会っていませんね。
私?
私は、そりゃぁ、楽しくやっています。

この間、父さんの部屋に入りました。ロッキングチェアの背に水色のカーディガンが掛かったままでしたよ。皺になりますから、ハンガーに吊るしてくださいね。几帳面なのに、忘れるなんて、珍しいですね。
あのカーディガンは、私が父の日に贈ったものですよね。
入院の度に、病院に着て行ったのを覚えています。
なんだか、思わせぶりだなぁ、相変わらず、無口で照れ屋ですね。さりげなく、置いていくなんて。

父さんには参ります。居間に置いた、頂き物のマスクメロンに老眼鏡をかけたのは、父さんですよね。あの時は、爆笑しました。今でも、真面目な場所で急に思い出しては、吹き出してしまいます。

そういえば、老眼鏡が至る所にありましたよ。長靴の中、乾電池の箱、ワイシャツの胸ポケット、洗面所。その中でも、灯油缶の側に置いた、軍手の中に入れた老眼鏡には笑いました。気がつきませんでした。

私の娘が、食卓で「飛びます、とびます」と有名なコメディアンの手つきを真似ておどけていると、「俺は教えてないぞ」と可笑しさを堪えながら私に言いましたよね。喜びの顔、尖った口つき、それも思い出します。

全ては、過ぎ去ったことですが、思い出のかけらは、私を癒します。それらは、老舗の変わらぬ菓子のように、いつ食べても美味いんです。

父さん。
今は、苦しみも、痛みも無く、幸せとのこと、何よりです。
こちらも、気忙しい毎日ですが、頑張ります。

では、また、来年。


手紙を書き終え、散歩に出ました。優しい日差しに手をかざし、見上げれば、ソーダアイスのような青があります。
「ああ、やっぱり澄んだ空だなぁ」
私は雲の少ない空に目を細めました。
秋風が頬を撫でつけ、髪の生え際に、心地良い冷気をしのばせてきます。

木枯らしが吹く頃になると、この手紙は、心の郵便受けに戻ってきます。
宛先不明です。
それでも、私は今年も手紙を書きました。

父さんが、私に、さよならを言わないで逝った理由がよくわかります。

将棋好きな父さんへ。
  父、七回忌の秋。


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