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揺れるしっぽの尊さ

    あの日から、時間の流れ方が変わった。イーリスの命と向き合う日々は、私に生きることの意味を問い続けてくる。

    動物は生きていたいと願うことも、ましてや死んだ方がいいという思いもない。
    ただ毎日を一生懸命に生きているだけだ。
    病気になって初めて彼らの命についての重い決断を突きつけられるのは、紛れもなく飼い主だけなのである。

    抗がん剤治療。それを選択したのは私たちだ。
    2度目となる今朝は、張り詰めた緊張感の後ろ側に憂うつさが静かに滲んでいる。
    点滴で投薬が行われた後、様子を見て帰ってくる。その流れは分かっていた。

    病院に預けて帰宅すると、イーリスのいない部屋は空虚感しかない。そこかしこに残る痕跡が私を責めているようで辛い。長い一日をため息でやり過ごし、やっと夕方を迎える。

    今回もなんとか無事に自宅まで連れてくることができた。今夜は絶食。当然食欲なんてほとんどなく、ただただベッドで丸くなっている。夜中もほとんど水分をとらないので、顔を上げたタイミングで少しでも水を飲ませる。食べることはできなくても、せめて水分だけは取らせなきゃ。そんな思いで一晩過ごす。

    翌日は、朝から夕方まで何も食べない。それでもヤギミルクで作ったゼリーを少し、夜になって少しのフードを食べた。
    投与後3日目の夜には、呼びかけに反応しないほどの衰弱で緊張感が走る。夜間に病院で点滴を打ってもらい、翌日も病院で点滴を受ける。

    今後は家庭で点滴を打つことも視野に入れた診察となり、不安ばかりが募る。

    5日目には下痢がひどくなり血便となった。ゼリー状のものも混ざっていて、腸内膜壁が剥がれていることが分かる。何度も何度も下痢を起こすイーリスを見ているのが辛いが、血便は想定内ということだった。

    こんなに辛い治療を後4回も受けることができるのだろうか。どんどん衰弱していく姿は苦しい。

    そして外でしか排泄をしないイーリスを、夜中に何度も庭先に出すのは大変だった。朝方に起こされると、眠さもあって面倒に感じた。でも小さくなった後ろ姿を見てはっとする。辛いよね、痛いよね、苦しいよね。本当にごめん。これからは何度だって出してあげる。

    投与から1週間後に受診。体に一番影響している時期に血液検査を行う。今回は少し値が悪いようで、3回目の抗がん剤投与は2週間後の予定から3週間後へと1週間後ろ倒しに変更となった。

    やっぱり...という思いが順調にいかない今後を示唆しているようで辛い。大丈夫なのだろうか。

    丸くなって眠っている時間が増えた。きっと痛みやだるさと戦っているのだろう。何にも言わないけれど、少し浅くなっている呼吸と、ベッドにいる時間の長さが物語っている。

    水を飲むときもゆっくりとした動作で舌を動かす。食べ物を鼻先にもって行っても、動こうともしない時期もある。「ねぇ、どうして欲しい?どうしたらいい?どんなものなら食べられそう?教えてよ。」そんな言葉が頭の中をぐるぐる回る。

    そして、どんどん軽くなる体重が私を追い詰める。

    毎日が必死だった。何か口にしてくれるものがないか。口当たりの良いものはどんなものなのか。下痢の後片付けをすると、その度に腸粘膜が傷ついていることがわかる。泣きながら片付ける夜もあった。

    私自身関節リウマチを患っていて、癌治療にも使われる薬を低用量で服用している。もちろん人間の癌患者が服用する量はその数十倍の量であり、私はほんのわずかだ。それでも服用時には気持ち悪さによる食欲不振、だるさ、強烈な眠気に襲われるため日常の生活に支障をきたしている。

    イーリスは、その小さな体でどれほどの痛みと戦っているのだろうか。抗がん剤を服用することで起こる有害事象の下痢や倦怠感を、私の数十倍の痛みで受け止めていることが心底辛いのだ。

    イーリスが服用する下痢止めや整腸剤の匂いがきつくて、私まで気持ち悪くなることがある。薬をシリンジに入れて口元に運ぶと顔をそむける。絶対に苦い薬。何とかしてあげたかった。飲まなくてもいい時間を作ってあげられたら。そこで思いついたのがゼラチンでコーティングすることだった。

    ゼラチンで腸の内膜壁を守ってあげることができるのではないか。そんなことを考え出した。そこから少しでも痛みを分かち合える私にできることは何なのかを考え始めた。この小さな体から癌を追い出すためにできることは一体どんなことだろう。そのためなら何でもできる。そんな気持ちで調べ始め、痛みを分かる看護、そして何より日々の食事療法ではないかと考えた。

    痛みを分かりたい看護は、とにかく気持ちに寄り添いたいことだ。でも素人の私は看護のイロハさえわかってはいない。ただイーリスの一番そばにいる理解者として、優しさを持って接することを心がけよう。

    言葉は分からなくても私の気持の機微を感じて、大丈夫?って寄り添ってくれる優しい子だから。穏やかな気持ちで向き合うことが大切だ。食べてくれない日が続くと疲れもあってイライラすると思うが、なるべく寄り添う気持ちで接しなければと決意する。

    食事は糖質制限に振り切ろうと考えた。獣医師と相談しながらではなく、獣医学の専門文献や癌治療に関する複数の研究論文を読み、可能な限りの情報を集めたうえで、判断した。もちろんケトン食に切り替えるという選択が確立された治療でないことも理解している。それでも今できる最善を尽くしたいという思いからの決断だった。

    口にするものはすべて糖質や炭水化物の入っていないもの。つまり肉が中心だ。牛、豚、鶏、臓物のほかに馬、ジビエの鹿やイノシシ。そしてフードも見直した。野菜や果物を使用していないものに変えた。

    イーリスの体調が普段と変わらない元気を取り戻した時期には、長野県まで新鮮な馬肉やウサギ肉、クマ肉を求めて買いに行った。また自宅からそう遠くない場所に鹿やイノシシといったジビエの解体を行う店を見つけ、鮮度の高さで人気があることを知り足繁く通うようにもなった。

    抗がん剤投与1週間後のどん底を過ぎると、わずかながらに食欲を取り戻す兆しが見えてくる。どんな食べ物を鼻先にもっていっても、動かなかった鼻がひくひくと匂いを嗅ぐしぐさを見せてくれる。それでもイーリスの気分にピッタリな一品を見つけることは至難の業だ。

    その中で口を開けてくれる食べ物を見つけた時は、喜びで涙が出る。「あぁよかった。食べてくれた」それは命をつなぐことができたような、イーリスの生命力に感謝でいっぱいになる。そんな気持ちだった。

    鶏手羽元を圧力鍋で煮た後のスープはボーンブロスとして冷凍。鶏、牛、豚の臓物のほか鶏胸肉は自宅でジャーキーを作っておく。茹で卵の黄身も効果的だった。でも昨日は大好きだったものが次の日には見向きもしなくなる。

    本当に日々毎食何を食べてくれるか分からないので、さまざまな食材を用意する必要がある。

    最初は寝たままの体勢で食べさせていたものが、そのうち顔を起こして、そして立ち上がってお皿から食べてくれるようになっていった。ゼラチンが効果を発揮しているのかは分からないが、薬を服用する日が少なくなっていく。それが本当に嬉しかった。

    部屋の中を歩けなかった時間を取り戻すように、少しずつ、本当に少しずつうろうろと歩くようになる。今までの当たり前が全然できなかったんだという事実を突きつけられた瞬間でもあった。

    食事の準備を始めれば、キッチンにやってきて、背筋の伸びたとても美しい姿で座って何かもらえるかもと待ち続ける。そんな姿を一体いつから見ていなかったのだろう。ベッドにいる時間がどれほど増えていたのかなんて気にしたこともなかった。

    免疫の下がった体で散歩に出かけるのはとても怖いことだった。ちょっとしたことで引き起こされる感染症にかかるリスクへの不安。皮膚のバリア機能の低下など今まで気にしたこともなかった些細な行動の一つひとつへの心配が付きまとう。

    匂いを嗅ぐことで鼻からダイレクトに侵入するかもしれない草むらに潜むさまざまな細菌。アスファルトの上でもほかの犬の糞尿に含まれる微細な菌などをどう防げばいいのか。

    顔を一切地面に触れさせない、靴を履かせる、虫刺されから身を守る洋服の着用など、家を出る時には細心の注意を払うようになった。散歩の大好きなイーリスは、そんなこともお構いなしに外に出ると一気に元気を取り戻す。

    軽い足取り、ピンと伸びたしっぽの揺れるリズム、体全部で喜びを表現しているようだった。

    でもカレンダーを見ると、次の抗がん剤治療が近づいている。少しだけ軽くなった足取りがまた、ベッドで丸くなる時間へと変わるのだ。1回目より2回目、3回目へと治療が進むほど体内には抗がん剤が色濃く残るだろうか不安が大きくなる瞬間だった。

    「もっと酷い状態になってしまったらどうしよう」という気持ちが、常に脳裏をかすめる。こんな状態のイーリスを見ていると、治療が上手くいく気がしない。でも治療を進めなければ、この子のこれからがもっと不透明になってしまう。

    堂々巡りの思考が停止しそうだ。それでも私は一縷の望みをかけてこの子と戦う選択をしたんだから、と自分を奮い立たせた。

    どんな時も真っ直ぐに私を見つめている真っ黒で透き通った瞳は、何も答えてはくれない。でも私はイーリスの生きようとする力を信じている。

    まだ一緒にいたいから。まだ何にもイーリスに「ありがとう」を返せていないから。いつまで一緒にいたって、どれだけその温かさに触れていても全然足りない。

    この手からイーリスの温もりを忘れられなくなるように。できもしない誓いを心の中で叫ぶしかなかった。

    3回目の抗がん剤治療から先手を打って投薬翌日から下痢止めと整腸剤を服用することとなり、少し下痢の期間が短くなった。ゼラチンを使った食事も続けていた。ベッドでうずくまる時間が少し短くなったが、大変そうな様子は言葉がなくても分かる。

    食事もすべてイーリスが食べられる時間に食べさせるスタイルに変わり、一日に4回、少量ずつを食べている。もちろん食べないことも多い。その都度、口に合うものを探して少量でも食べさせている。

    我が家は3人の人間とイーリスという名前の4本足で歩き「ワンワン」とだけ話す4人の家族だ。

    新しく4人目の家族が増えたのは、もう14年も前のことになる。
    一人っ子の息子は与えられる愛情は知っていても、与える愛情があることを知らずに育っていた。そんな息子に少しでも「いとおしい」という感情があることを知って欲しくて、迎えたスタンダードプードルだった。

    名前は「イーリス」。ギリシャ神話の虹の女神様の名前にあやかって、息子が名付けた。だがイーリスは真っ黒で虹というよりは漆黒の被毛と白目のほとんどない真っ黒な瞳を持っている。それでも本当に我が家にとって光り輝く存在だ。

    私も夫も犬のいる家庭で育っていたため、可愛がることを知っている。だが息子だけは違っていた。イーリスをワシャワシャとなでる私をただ遠巻きに見つめていた。そんな息子も時間の経過とともに頭をなでること、ワシャワシャすることを覚え、イーリスの少し大きな体に抱き着いて遊ぶことを覚えていた。

    特に鼻の頭を触ることが大好きで、「されるがまま」のイーリスが可愛そうに思えることもある。少しずつであったが息子なりの愛情表現を覚えてきた。あれからもう14年の月日を一緒に過ごしてきた。

    2026年1月12日。2月5日の誕生日を目前にした成人の日。イーリスの血尿を発見し病院へ連れていくことになる。祝日ということもあり、いつも連れていく病院は休診日。馴染みのない少し大きい病院を受診した。

    結果は膀胱炎。ホッとしたのも束の間、エコー検査で脾臓に腫瘤が見つかったのだ。
    瘤?それは塊?腫瘍じゃない?
    いろんな言葉が私の頭の中をぐるぐると忙しく駆け回った。そして冷や汗が止まらなくなった。

    というのも私は持病のリウマチで服用している薬のせいで気分が悪くなり、先生からの話を聞きながら吐き気を覚え、話を中断してトイレで吐いてしまった。
    こんな大切な話の途中で体調を崩している自分が情けなくもあったが、倒れそうになっていたことは間違いない。

    膀胱炎よりも脾臓の腫瘤が破裂することが怖いという説明を受け、膀胱炎の治療と脾臓摘出の手術をするかどうかを決めることを促された。自宅に戻った私は何とかイーリスを車から降ろしたが、その後はリウマチによる体調不良と長時間の病院での待ち時間がストレスだったのか、動けなくなってしまった。

    その日から私たち家族の生活はざわつき始めた。先ずは全員の帰宅後に私が先生から聞いた話を伝えた。真剣な表情で聞く息子の顔は、今までに見たことの無いほど硬いものだった。

    詳しい説明を聞くために家族で病院に行き、その日のうちに手術を受けることを決意する。家族での話し合いの結果、まずは破裂を回避しないことにはどうすることもできないよねという結論になり、手術を依頼した。

    手術をするにあたりCT検査の日にちが決まっていく。
    しかし検査を待つまでの期間にイーリスはどんどん元気がなくなり、夜遅くに白目をむき喘鳴を上げ、夜間救急に運び込んだこともあった。その様子からCT検査の日程を早めてもらうことになった。

    CT検査は全身麻酔。老齢のイーリスに負担がかからないか不安もあった。そしてその不安は的中した。

    検査当日、夕方には病院から検査は上手くいったので迎えに来て欲しいと連絡があった。息子が休みを取ってくれていたので、一緒に迎えに行った。
    待っていると、少しよろよろとしながら歩いてくるイーリスがいた。

    全身麻酔なのだから、この程度は仕方ないのだろうと思いながら、温かい身体をなでた。「よく頑張ったね。」
    先生の話を聞いた後、診察室から待合室へ出た時のことだった。バタンと横に倒れてしまったのだ。

    驚く私と息子、そして一斉に待合室にいた他のオーナーの目が注がれる。あの子は相当悪そうだといわんばかりの痛い視線だったことを私は覚えている。

    麻酔の影響というよりは、イーリスの体調の問題だった。このまま入院させるかという話も出たが、無知な私はこの時初めて動物病院はほとんどが夜は無人になることを知ったのだ。

    まさかこの状態で一人にして何かあったらと考えると、とても置いていく勇気はなかった。先生には「一人で逝かせるわけにはまいりません」と伝え連れて帰った。

    家では立ち上がることもできず、水を飲みに行くこともできない状態だ。普段は2階で一緒に就寝しているが、1階にも置いてあるイーリスのベッドの隣に布団を敷き、寝ずの看病をした。

    夜中に首をもたげると直ぐに水を飲ませた。荒い息づかいが続く。真っ黒な瞳で見つめてくれても、何が必要なのか私には何一つわからない。ただ、水を飲ませて、優しく体をなでるしかなかった。

    長い夜が明け、うとうとしていた私の目を覚まさせたのは、イーリスがひょっこり起き上がって自分で水を飲みに歩き出したことだった。
    まるで昨日のことなどなかったかのように、部屋の中をすたすたと力強く歩き回っていた。

    その姿を見た瞬間「あぁ、良かった」と涙がこぼれた。

    それと同時に検査でこんなふうになってしまっているのに、手術は大丈夫なのか、不安と恐怖が押し寄せる。それでも脾臓が破裂してしまったらと考えると、その究極の二択ならば手術に頼るしかなかった。

    手術中に何かあったら、入院中の誰もいなくなった病院の夜に何かあったらと考えるだけで胸が痛い。それでも、それでも仕方ないことなのだと思い直すしかなかった。私にできることなど何もない。

    それでも、いてもたってもいられなくて手術前の週末には、毎年初詣に出かける神社に出向き、お参りをした。バギーに乗せたイーリスを連れて行っても良いか、許可を取って4人で手を合わせた。

    誰もがイーリスの無事を祈っていたはずだ。イーリス用のお守りを買い、絵馬も3人でそれぞれの思いを神様に届けた。どうか、どうか成功しますように…。

    手術前日の夜はイーリスの体の隅々までお守りを持った手で撫でまわし、神様にお願いした。

    手術当日がやってきてしまった。朝は皆で病院に行き、車を降りる前に皆の手と黒い手を重ねて活を入れた。「エイ、エイオー!イーリスファイト‼」と叫ぶ私の声は震えていた。

    その日の我が家は誰もが上の空の一日だったにちがいない。休日だったので皆家にいたが、ひとり欠けた家の中は寒々しく、その穴をふさぐことはできないと誰もが知っていた。あえて話そうともしなかった。

    いつもは夫を肴にしながら笑い声の絶えない明るい部屋なのに、皆がそれぞれに時計を眺める時間だった。こんなに時間が過ぎるのが長く思えたことはない。

    午後11時に電話のベルが鳴った時は、家族がまるで特殊部隊のように素早く用意を行い病院へ直行した。成功したという言葉は聞けても、顔を見るまでは心配だったから。

    先生から説明を受けた後、病室に案内された。イーリスの檻の前に来ると点滴につながれ苦しそうな顔で、それでも私たちを見つけると立ち上がろうとするその姿。顔を見たらなお不安が大きくなっていく。そしてあの時のイーリスの辛そうな目を私は忘れない。

    その日から眠れない夜を過ごした。ベッドに入ってもイーリスが苦しそうにしている様子が浮かんできて、もし次の朝病院から駄目だったという連絡が入ったらどうしようと言い知れぬ恐怖が襲ってくる。

    ドキドキしながら朝を迎え、病院に誰かがやってくるという午前8時を過ぎて連絡がないことにほっとする毎日だった。

    面会は一日2回まで。手術の次の朝一番で顔を見に行く。待合室で待っている時は、元気そうなわんこたちをたくさん見る。イーリスもこんなに元気だったなと見ている私に私がハッとする。

    「何いってるの、今も元気になるために頑張っているんじゃない」と別の私が私を律する。
    病室のドアを開けると、私を見つけて立ち上がろうとしていた。それと同時にハァハァと荒い息が聞こえる。

    自分の息で曇ったエリザベスカラーで耳の毛がぐっしょり濡れていた。想像もできないくらい痛いはずなのに、それでも私に向かって歩いてくる。

    スタンダードプードルは、気高き気品を持つという言葉がしっくりくると私は思っている。イーリスは決して媚びない。そばに寄って来るけれど、頭をなでれば尻尾を振ってはくれるけど、自分から抱っこをせがむことなどなかった。

    その彼女がエリザベスカラーを付けて点滴につながれながら、私のそばに来て抱っこしてという。どんなに心細かったのだろう。どれほどの痛みに耐えているのだろう…。

    それでも大きく切開したお腹の傷口が開くことを考えると抱っこさえできない。
    無力な私。辛くて涙が出る。

    面会1日目、午前と午後に面会できる。朝一番そして夕方一番遅い時間に会いに行った。毎日後ろ髪を引かれる思いで立ち去るのが辛い。重い足取りで車に戻ると涙があふれ、泣きながら帰った。

    2日目、ハアハアと苦しそうなのは変わらない。大丈夫なんだろうか。午後の面会で、担当医ではないほかの先生からも「大変な手術でしたね。」と声を掛けられる。そこで大きな手術だったことを初めて知ったような気持ちになる。

    3日目の朝の面会で少しずつイーリスの顔つきが変わってくるのを感じる。午後の面会後に担当医から「明日には退院できそうですね。」と言葉をかけられ、ほっとして力が抜けそうになる。

    4日目退院。えっもう?と思うほどの早さに驚きながら、なんでもいい、連れて帰れるのなら!と嬉しさしかなかった。3人で揃って迎えに行った。

    ピンク色の術後服を着て、私たちの方へ歩いてくるイーリスの足取りはゆっくりではあったが、決して弱弱しいものではなかった。元気ではないけれど、痛みは取れてきているのだろうと感じた。

    たった数日だけれど、こんなに長い間家を離れたことの無かったイーリス。車に乗せて帰宅したらどんな顔で喜ぶのだろうと期待した。

    イーリスはしっぽを揺らしながら玄関の階段を登っていき、部屋の中を歩き回る。そして自分の居場所であることを一歩ずつ確認していた。言葉はなくても「やっと家に帰ってきた!あー疲れた」と背中が語っていたと思う。

    そこから摘出した脾臓を病理検査に出し、結果が返ってくるまでの空白時間が何となく過ぎていく。イーリスの温かさがこれほどまでに心地よかったのかと、改めて彼女の存在の大きさに気づかされる時間だった。

    元気が当たり前だったほんの少し前を思い出す。今では少し面倒だった散歩の時間さえも愛おしく感じた。そこにいてくれることがどんなに当たり前になっていたのだろう。私はバカだ。

    なかなか結果が出ないなと思っていた頃、病理検査の結果が出たと連絡を受けた。先生は病名を「血管肉腫」と告げた。
    転移率80%、ここから抗がん剤治療をするかどうか家族で話し合ってくださいとのことだった。
    電話を切った後、少し頭が真っ白になり、立ち尽くした。

    皆が帰宅してから先生に言われた詳細を告げ、後日家族で先生から詳しい説明を受けた。今のところ転移は見られない。でも転移率は高い。人間でいうところのステージⅣが最も進行した状態を表すなら、ステージⅡになるらしい。

    私は不思議と目の前が真っ暗になることはなく、とても冷静だった。事前に調べた抗がん剤の薬の話や、今後の過ごし方などメモを取りながらしっかりと聞くことができた。自分でも不思議だったが、イーリスは大丈夫。まだ大丈夫なんだからと言い聞かせていたのかもしれない。

    家族で話し合った結果は、当然ながらできることは全部してあげたいという結論に至っていた。

    今年の初め1月から始まったイーリスの看病の日々は、私に季節の移り変わりを忘れさせている。桜が咲いたこと、ゴールデンウィークの到来、そして梅雨に入ったこと、そんな日常の些細な変化を感じさせる余裕を与えなかった。

    気づけばもう半年が過ぎている。現在はジメジメとした体感が彼女から食欲を奪ってしまわないように、部屋の温度と体温調整に細心の注意を払っている。最後となる6回目の抗がん剤治療を控えた現在、痩せてしまった体を優しくなでながら思うことがある。

    ここまで頑張らせたことは私たちのエゴだったのかもしれない。私は迷い不安になり、申し訳なくも感じる、本当にさまざまな感情と思考を巡らせて頭も胸も押しつぶされそうになった。涙にくれる日も少なくなかった。

    でもなかなか抗がん剤治療を計画通りに進められる子が少ない中で、イーリスは悲しいほど強い頑張りを見せてくれたのは、紛れもない事実だった。

    そして見つけた私なりの答えは、イーリスとの時間をもらったことだ。悲しくてもいつかはお別れの日が来る。命について何の意識もしていなかった以前とは違って、すべてのことに意味があり、そのひとつひとつをかみしめて大切にしていこうと思える時間をもらったのだと思っている。

    イーリスが命を懸けて一生懸命生きることの大切さ、私たち家族と過ごしたいと思ってくれている今を受け止めること、散歩で歩くことができる喜び、ご飯を食べてくれる嬉しさ、そんな些細なこと一つひとつがどれだけ幸せなのかを今かみしめている。

    辛いだけの時間じゃなくて、これからはどれだけ幸せな犬生を感じてもらえる時間にできるのかを今一生懸命考えたい。

    いつでも、どんな時でも伝えるべき言葉は「イーリス、ありがとう」だ。
    私たちのそばで生きてくれて、そのたくましく美しい生き様を私に教えてくれていること。そのすべてが私を虹の方へ導いてくれている。

    あなたは家族の誇りだよ。そして私は痩せた身体でもしっぽを揺らして、力強い足取りで歩くイーリスの隣を今日も胸を張って歩いていく。

    #創作大賞2026 #エッセイ部門


     
     
    静かな時間の中で生まれる言葉を綴っています。 香りや光、そして行間の余白を大切にしながら、 日々の中でふと立ち止まった瞬間を、そっと言葉にしています。 誰かの心に静かに触れる文章を。

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