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私のダビデ()

     目が芚めたずき、善雫(せんな)の心臓は䞍芏則に、早く動いおいた。
     酷い動悞でうたく呌吞ができない、錓動が早く、はっはっず短く息を吐くこずしかできない。
     焊点がうたくあわず、右に巊にず目を動かすだけで倩井を眺める。

    倢だ。
    倢を芋た。
    䌚瀟員時代の倢を芋た。

     しばらくの間、倩井を眺めゆっくりず呌吞を敎えた。窓の倖で車が通る音がしお、鳥の鳎く声が聞こえる。
     遮光カヌテンで日差しの届かない薄暗い宀内。い぀もよりも暗いように感じる。枕に染み付いおいる自分の匂い。
     捲れたタオルケットから投げ出されおいる巊足が僅かに冷えおいるように思う。

     そうしおいるうちに、埐々に錓動が芏則正しく、善雫を萜ち着かせおいった。
     
     時間が静かに流れおいく。芋慣れた癜い倩井は揺るぎなくそこに圚り、䞀点を芋぀めおいるず珟実感をもたらしおくれた。
     なのにただ珟実感を垯びないふわふわずした感芚がある。心が倢から垰っおこないかのようだ。

     倢の内容は断片的にしか芚えおいない。
    薄暗く私以倖誰もいない瀟内。デスクに座る私の埌ろで、女性瀟員が笑い合っおいた。右肩を叩かれお「ねえ、これもできるよね」耳元で囁かれた。
    そこで目が芚めた。

     ゆっくりず䞊半身を起こし、䞡手でタオルケットを匷く握りしめる。

    私がうたく立ち回れば、もっず効率的にできおいれば、どこで間違えたんだ。

     もはや思い返しおも意味のない埌悔に察し、無意識に自己吊定をしおしたう。
     寛解しおいるずはいえ、時たたこうしお倢を芋おは、自分ではコントロヌルするこずのできない䞍安ず自己吊定に襲われる。

     ベッドサむドのテヌブルに眮いおある粟神安定剀を飲み、マグカップ杯の癜湯だけゆっくりず飲んだ。
     空っぜの胃の䞭に枩かな液䜓が流れおいく。食道を通っおいくのが、善雫自身の実䜓をより明確にするようだった。

     マグカップを䞡手に包むように持ちながら゜ファに座り、窓に芖線を向ける。遮光カヌテンから芗く空は灰色だ。
     どうりでい぀もよりも郚屋が暗く感じるわけだ、そんな颚に思っおいるず、少し眠気が襲っおきた。
     時蚈を芋るずただ午前時を過ぎたずころ。
     起きるには早すぎたかもしれない。粟神安定剀の副䜜甚による眠気もある。
     癜湯を飲みきっおから善雫はもう䞀床ベッドに戻りタオルケットにくるたった。

     目が芚めたずき、もう時刻は14時を過ぎおいた。
     流石に寝すぎた 善雫は軜く顔を掗い歯を磚き、すぐにパ゜コンを立ち䞊げる。寝起きの液晶画面は閃光のように眩しく、思わず目を现めた。
     今日玍期の仕事はないが、䟝頌されおいるものは䜙裕を持っお曞き䞊げおおきたい。
     期限よりも先に提出すればそれだけ評䟡も䞊がる。

     薬を飲み、もう䞀床眠りを挟んだおかげで、今朝芋た倢のこずはさほど気にならなくなっおいた。
     カヌテンを開けるず厚い雲が流れ、灰色の空が広がっおいる。

    「んヌ」
     デスクチェアに座りながら倧きく䌞びをした。肩を軜くもみ、銖をゆっくりず回す。前傟姿勢の時間が長かったのか、腰も僅かに痛む。
     立ち䞊がっおもう䞀床倧きく䜓を䌞ばし、ゆっくりず䞡肩を回しおコリを和らげた。
     思いのほか集䞭できたこずに善雫は達成感を抱き、倧きく息を吐いた。

     時蚈を芋るずもう19時を回っおいる。倖は灰色の空からどんよりずした黒い色に倉わっおいる。雚は降らなさそうな気がするが、雲は盞倉わらず厚い。
     空を眺めなおいるずぐぅず腹が鳎り、起きおから氎分しかずっおないこずを思い出した。
     口の䞭が気持ち悪い。食事の前に䞀床歯を磚こう。液晶の電源を切り、無造䜜に広がったたたベッドに眮かれおいるタオルケットを暪目に掗面台に向かった。

     結局その日は自炊しお䜕かを食べる気にもなれず、歯を磚いたあずは颚呂に入り、黒いワンピヌスにカヌディガンを矜織っお倖に出た。
     もうこんな倜だ、そんな人目を気にするこずもないだろうず思い、足元もクロックスにした。
     数分歩いたずころにあるファミレスに入り、メニュヌを眺める。
     もう時刻は21時近くになるが、ファミレスは客で賑わい、孊生の姿もたばらに芋えた。
     楜しそうに食事をしおいるテヌブルもあれば、黙っおスマホを眺めながら食事をしおいるサラリヌマンもいる。
     皆がそれぞれの䞖界に入り蟌み、自分に無関心であるこずがわかりやすい。
     ファミレスは善雫にずっお安党地垯の䞀぀だった。

     䜕か食べたいが䜕も食べたくない、こんなずきにメニュヌが豊富なファミレスは悪手だが、ひずたず目に぀いたハンバヌグプレヌトを泚文した。

     食事が終わったあずはそのたた少し垭に居座り、䜕をするでもなくがぅっずしおいた。
     持っおきたのはスマホずカヌドケヌスだけ。
     スマホを眺めたずころで嚯楜にもならない。無駄にむンスタのストヌリヌやリヌル動画を芋お時間を消費する気にもならない。
     本でも持っおくればよかったか ず思ったずき、無性に村䞊の顔が芋たくなった。

     今は氎曜日。先週の土曜日の昌間に䌚っお以降、店には行っおいない。
    そう思うず䌚いたい気持ちがどんどん溢れおいき、ほずんど衝動的に䌚蚈を枈たせお店を出た。
     時刻はもう23時近く。そういえば店は䜕時たでの営業なのだろう。比范的オヌセンティックなバヌだから、もしかしたら閉店の時間も近いかもしれない。
     人目の気にせず、自然ず早足になっおいく。

     行き亀う人々の数も少ない。酒に酔っお路䞊で倧きな笑い声を䞊げおる若者を暪目に、駆け足に店ぞず向かった。

     店に぀いたずき、「OPEN」の看板がかかっおいお善雫は胞を撫で䞋ろした。
     久々に小走りをしたせいで息が荒い。運動䞍足を痛感しながら、深呌吞しお息を敎えた。
     扉の取っ手に手をかけようずしたずき、ゆっくりず倖扉が開き「わっ」ず小さく悲鳎をあげる。
     そこに立っおいたのは村䞊だ。「どしたのヌ」ず埌ろから女性の声が聞こえる。
     少し驚いたような顔をしおる村䞊の埌ろからひょこっず、りェヌブがかった茶髪の女性が顔を芗かせた。看板アナりンサヌのような顔立ちだ、ず瞬時に思った。
    「すみたせん。被っちゃいたしたね」
     村䞊は善雫に埮笑みかけたあず、女性ぞ芖線を戻した。
    「垞連様のご来店です。それじゃあナツさん、たたお埅ちしおたすからね。今日はもう飲み過ぎ犁止ですよ」

    「えヌなによその蚀い方ヌ」

    「もう終電逃しお始発たで付き合うのは懲り懲りですからね」

     ”ナツ”ず村䞊の芖線が絡み合う姿を、善雫はただ呆然ず眺めおいる。
     女性が店から出お善雫の隣に䞊び、「そんなこず蚀わずたた終電逃したらよろしくね」ず村䞊の腕をバシッず叩いた。
     ははは、ず少し困ったように笑う村䞊は、その困り顔に盞反しお柔和な姿勢を厩さない。
     ズキン、ず鈍痛のような痛みが善雫の心に響く。

    「じゃあね〜」ず去っおいく”ナツ”の埌ろ姿を自然ず远っおしたう。歩くたびに髪がふんわりず揺れる、䜓のラむンを匷調するような服を着おいるのか、腰のクビレから倪ももたでの曲線が矎しい。
     Aラむンのワンピヌスを着おカヌディガンを矜織っおるだけの自分がみすがらしくなっおくる。

     化粧くらいちゃんずしおくればよかった。
     倱意がじんわりず善雫の心に広がっおいったずき「この時間にいらっしゃるのは珍しいですね。どうぞ」ず村䞊に促された。

    「 はい」そう蚀っお俯きがちに店内に足を螏み入れる。

     い぀もず倉わらない間接照明、薄暗い店内に先皋の客が座っおいたであろうカりンタヌ垭には空いたグラスが眮いおある。

     他に客はいなかった。少なからずこの空間で二人は、二人だけの時間を過ごしおいたずいうこずか。

     善雫は深く考えず、巊から番目の垭に座った。巊隣は青朚の指定垭のようなものであり、なんずなくそこに座るのは憚られた。

     扉がゆっくりず閉たる音がしお、村䞊がお手拭きを出しおくれた。
     それを玠盎に受け取り広げるず、入念に指の本いっぜんを拭き、最埌に手のひらを拭いた。きれいに四぀折りにたたみ、曎に二぀に畳む。
     その姿を捉えおから「今日もゞンフィズにしたすか」ず村䞊が声をかけおきた。
    「あ、 はい」蚀われるがたたに返事をした。
    「かしこたりたした」
     村䞊の優しい蚀葉が耳から流れおいく。先皋の女性の埌ろ姿がフラッシュバックしお、今朝芋た倢を思い出し始めた。

    きれいな女性、笑う女性、村䞊さんに自然ず觊れる手。
    私ずは違う距離感の村䞊さん 。

    䞖界から音が遠のいおいく、間接照明の灯りが匱くなり、埐々に暗闇に呑たれおいく。
    孀独。
    孀立。
    私はい぀たでも瀟䌚に銎染めない、この䞖界に銎染めない人間だ。

     発䜜的に匷い自己嫌悪が善雫を蝕み始めたずき「今日は䜕かありたしたか」ず、村䞊の蚀葉にはず我に返る。
     目の前にはゞンフィズもチェむサヌも眮かれおいたが党く気づかなかった。
     村䞊を芋お、”ナツ”が座っおいた垭に芖線を移す。もうグラスなどはすべお片付けられおいた。

    「今日はなんだか暗い顔しおたすね」
     自分に関心を瀺す村䞊に安堵ず䞍安が入り乱れる。
    この村䞊さんは、私に接するずきの村䞊さん。でも私の知らない村䞊さんもいる。

     村䞊の腕を気軜に觊れる”ナツ”の姿が䜕床も脳裏に過ぎり、『もう終電逃しお始発たで付き合うのは懲り懲りですからね』ずいう蚀葉が繰り返される。

    『珟実が自分の理想ず同じずは限らない』青朚の蚀葉が䜕床も反芻された。

    「あ 」蚀葉がうたく出おこない。䜕も蚀わない善雫を村䞊は責め立おるこずもしなければ、無理に話を匕き出そうずもしなかった。
     ただ静かに掗いたおのグラスを拭き棚に戻す。
     静かな時間が流れる䞭で車道から聞こえる車の音ず、誰かの笑い声が遠くに聞こえる。
    「カレヌは矎味しかったですか」
     グラスを拭きながらなんでもないこずのように村䞊が口を開いた。
    「あ カレヌ 」
     土曜日に䜜ったカレヌ。お裟分けしおくださいよず埮笑んでくれたこずを思い出す。
    「実はカレヌっお聞いお、あのあず物凄く”カレヌの口”になっちゃったんですよ。でも自分で䜜るのは億劫で、営業が終わったあずに吉野家でカレヌ食べちゃいたした。久々に食べるず矎味しいですね。おかげで日連続吉野家カレヌ食べちゃいたしたよ」
     グラスを棚に戻し、村䞊はいたずらっぜく笑った。その笑顔は”バヌテンダヌ村䞊”の笑顔ではない。
     バヌテンダヌずしおナツに埮笑む村䞊ず、自分に向けるバヌテンダヌずしおではない笑顔に、村䞊ずの間にある、他の客ずは少し違う距離を感じた。
    「でもやっぱりチェヌン店のカレヌは䞀蟺倒っお感じですね。手䜜りカレヌなんお数幎食べおないなぁ」
     ここで「じゃあ今床䜜っお持っおきたすね」ず気が利いた䞀蚀が蚀えればいいのに、そんな勇気も可愛げも、善雫は持ち合わせおいなかった。

     ゞンフィズを䞀口飲み、話の腰を折っおぜ぀ぜ぀ず善雫は話し始めた。

    「あの 実は、 今日の朝、  倢をみお」

    「倢ですか」
     村䞊はすぐに善雫の話に耳を傟け、拭きかけのグラスを眮いた。

    「む、 昔勀めおた 䌚瀟の、ゆ、倢 なんですけど すごく 怖い倢で それですごく 䞍安で もう お、終わった こず、なのに 」
     自然ず手が震えおくる。村䞊に芖線を合わせるこずができず、目の前のゞンフィズに焊点を合わせた。
     ほずんど飲み進めおいないゞンフィズは結露し、氎滎がコヌスタヌを濡らしおいく。
     䞍安で涙が出そうなのに出ない。氎滎がグラスを䌝っおコヌスタヌに氎たたりを䜜る様を芋お、自分の頬に䌝うはずの涙を思い浮かべた。

    「それは嫌な倢でしたね」

     沈黙の䞭で善雫を劎る柔らかい声が響く。
     それでもなお村䞊に芖線を合わせるこずができない。

    「僕は善雫さんのこずただ党然知らないから 過去に䜕があったのかはわからないけど」
     圓たり前のこずなのに、それを蚀われおズキリずたた胞が傷んだ。
     同じ時間を過ごしおない盞手が今自分がこうなった経緯など、話さない以䞊は知れるわけもないのだ。
     そんな至極圓然のこずなのに、勝手に突き攟されたような気持ちになっおしたう。
     あたりにも利己的な思考に、曎に善雫は自己嫌悪を募らせる。

    「でももし、本圓に蟛くお、どうしおも誰かに話したいっお思ったずきには よかったら電話ください」

     ゞンフィズの暪にすっず玙が眮かれた。先日もらった村䞊の名刺ず同じものだが、玙の端に手曞きの電話番号が曞かれおいた。
     思わず善雫は村䞊を芋䞊げる。
     たっすぐず善雫を芋぀める優しい村䞊の芖線ず亀わる。

    「時間によっおは出れないかもしれないけど、営業時間倖だったら出れるず思うので」
     緩やかに口角が䞊がっおいる端正な顔。あのいたずらっぜい笑顔でも、バヌテンダヌずしお芋せる笑顔でもない。
     初めお芋る、ダビデの笑顔。

    遠くに聞こえおいた車の音も、誰かの笑い声も䜕も聞こえない。
    矎ず理想の象城”ダビデ”

    私のダビデ。

    ただ二人だけの時間を、静かに間接照明の灯りだけが照らしおいた。


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    空っぜなのに、理由がわからない。その感芚に蚀葉を枡しおいたす。孀独・䟝存・救枈をテヌマに、小説・゚ッセむ・哲孊曞の珟代語蚳を連茉䞭。 適応障害圓事者が曞く、静かで正盎な蚘録。 【質問箱】https://note.com/qa/32syosetsu

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