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喫茶チャピやん|第6話『まかないの生姜焼き定食』

    第5話はこちら↓

    1|一週間のお楽しみ


    初めての商店街ツアーから帰ってきた夜。

    チビは興奮冷めやらず、
    いつもなら寝る時間になっているのに
    布団に入ろうとしなかった。

    部屋の隅に置かれた
    折りたたみテーブルの上には
    美味棒とネモウチョコ、
    釣銭を並べて眺めては
    嬉しそうにニヤニヤしている。

    軍曹は、さすがに見かねて声をかけた。

    軍曹「おい、もう寝る時間やぞ。
    明日の朝もラジオ体操と畑の水やりがあるんやで」

    チビ「分かっとるって。なあ、軍曹。
    次の買い出しはいつ行くん?」

    軍曹「さっき行ってきたばっかりやないかい。
    そやな、だいたい一週間先やな。
    風曜日が商店街のサービスデーやから」

    チビ「また、ついてってええ?」

    軍曹「ええで。
    豆腐屋のおっちゃんも
    惣菜屋のおばちゃんも
    『また来週な』言うて待っとるしな。」

    チビ「そんな仲良うなったん?」

    軍曹「通いよるうちに、顔覚えてくれるもんや。
    ただし、今月の駄菓子屋予算は、
    その釣銭でまかなうんやで」

    チビ「……分かった……。
    王様全種類コンプリートまで、先は長いな」

    軍曹「そら、王様やからな。
    簡単に手に陥おちる訳にはいかん」

    チビ「ネモウチョコも、
    いっぱい種類あったんよ。
    こっちも長い道のりやね」

    軍曹「神さんには、
    まず今日いただいたもんを
    しっかり味わってからお参りするもんや」

    目の前にある駄菓子を味わう前から
    次のことを考えようとするチビを、
    軍曹は冗談混じりに諭した。

    チビ「駄菓子代、上げてくれる可能性ある?」

    軍曹「それは今後の功績次第や。
    早寝早起きも査定の対象やで」

    チビ「えっ?!ホンマに?やば、もう寝るわ!」

    チビは美味棒のパッケージを
    両手で軽く引っぱってピンと伸ばし、
    まっすぐに並べてテーブルに置き直した。

    そして、
    アンティークデザインのソーラーランタンを
    手に取って立ち上がり、布団へと向かった。

    枕元にランタンを置き、布団に潜り込む。

    軍曹「昼のうちに、お日さん浴びさせたか?」

    チビ「バッチリやで。ほな、おやすみなさい」

    軍曹「おやすみ」

    軍曹は部屋の照明を消した。

    チビはランタンの明かりを一番弱くした。

    頭からすっぽり潜った布団の中で
    寝たフリをしながら、
    ネモウチョコや美味棒のことを思い出す。

    思わず、口元が少し緩んだ。

    天井には、
    小さな橙色の光が揺れていた。

    その光は少しずつ弱くなり、
    いつしか部屋は闇に包まれていく。

    その頃には、
    チビも静かな寝息を立てていた。

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    寝れと言われると、余計に寝れんくなる。

    2|お客さんの次の仕事


    翌週、
    軍曹とチビは商店街へ買い出しに出かけた。

    今度は草やぶに入ることもなく、
    遊歩道を軽やかな足取りで進んで
    森を下りていった。

    遊歩道の脇に、
    小さな神社が見えた。

    鳥居の脇には、
    小さな東屋があった。

    チビは神社の方をチラッと見たが、
    何も言わずに先に進んだ。

    軍曹「帰りに寄るか?」

    チビ「……今日は、ええわ」

    軍曹「……そうか」

    商店街の裏入口に着くと、
    チビはすぐに駄菓子屋へと駆けて行った。

    チビ「こんにちは!
    この前は、チョコありがとうござました。
    すごくおいしかったです。
    王様も、他の味が食べてみたいです」

    駄菓子屋の主人「こちらこそ、
    また来てくれて嬉しいで」

    軍曹「すいません、豆腐屋と魚屋、
    あと八百屋だけ回ってきます。
    すぐ戻りますんで、
    チビをお願いしてもええですか?」

    駄菓子屋「もちろん、ええよ。
    チビちゃん、今日はゆっくり見ていってや。
    駄菓子の他にも、おもろいもん売っとるで」

    チビ「……予算内で検討さしてもらいます」

    背伸びした言葉を使うチビを見て、
    駄菓子屋の主人は思わず笑った。

    チビは少し照れくさそうに笑い返す。

    軍曹「ありがとうございます。ほな」

    軍曹は一礼して、
    足早にアーケードに入っていった。


    何度か商店街で買い出しをしているうちに、
    軍曹の中ではルーチンができ始めていた。

    八百屋で野菜と卵を買い、
    豆腐屋で豆腐や厚揚げ、納豆を選ぶ。
    牛乳やパンは、ベーカリーで買う。

    主菜は、
    その日の品を見て
    精肉店か鮮魚店で決める。

    冷凍庫には肉類のストックが残っている。
    今週は鮮魚店へ向かった。

    鮮魚店の主人「らっしゃい!」

    軍曹「塩モンの魚、なんかありますか?」

    鮮魚店「塩サバ、塩鮭……。
    どっちも身が厚くてオススメやで。
    干物やったらホッケなんかもある」

    軍曹は、
    主人が勧めてくれたものに
    ひととおり目を通した。

    軍曹(チビも、これならよう食べる)

    八百屋では、
    見切り品のキャベツが手に入った。

    残った予算で、
    少しだけいい塩鮭を選ぶことにした。

    軍曹「これ、2切れください」

    主人「はいよ。ちょいとお待ち」

    主人は、慣れた手つきで
    薄い木を削って作られた経木に
    塩鮭を包み始めた。

    軍曹が待っていると、
    右側から明るい声がした。

    ?「軍曹さん!」

    軍曹が振り向くと、
    鮮魚店の隣にある珈琲豆焙煎所の店先から、
    店番をしていた女性が手を振っていた。

    軍曹「……こんにちは、奥さん」

    軍曹は、
    その女性に頭を下げて挨拶した。

    よりみち商店街の表入口では、
    老舗の珈琲豆焙煎所とお茶屋が
    向かい合って店を構えている。

    店の奥では、
    先代主人が今日も焙煎機に向かい、
    黙々と豆を煎っていた。

    焙煎所の奥さん「ちょうどよかった!
    軍曹さん、もし良かったら、
    チャピやんとこに豆を届けて欲しいんやけど」

    軍曹「……どないしたんですか?」

    奥さん「注文受けてた豆の配達、
    今日は私がひとりやから難しいんよ。
    旦那が風邪ひいてしもて。
    風曜日だけに」

    軍曹は、
    不謹慎だと分かっていながらも
    思わず吹き出してしまった。

    軍曹「分かりました。
    ちょうど帰りに寄ろう思てたんで」

    奥さん「おおきに!助かるわ!」

    焙煎所の奥さんは、
    店の奥へと入っていった。

    鮮魚店「軍曹、お待たせ」

    軍曹「ありがとうございます」

    軍曹はお金を払い、
    経木に包まれた塩鮭と保冷剤が入った
    ビニール袋を受け取った。

    背中のリュックを下ろし、
    中を開けて塩鮭を入れた。

    一回の買い出しで買う量は
    リュックに入る分だけに収めている。

    空いた両手で、
    焙煎所の奥さんから
    珈琲豆が入った手提げ袋を受け取る。

    手提げ袋の中には、
    注文分とは別に、
    小さな珈琲豆の袋が入っていた。

    奥さん「軍曹さん、
    それ、ちょっとやけど。
    良かったら家で飲んで。
    豆のままでも大丈夫やった?」

    軍曹「……ありがとうございます。
    手挽きのミルがあるんで、
    美味しく飲ませてもらいます」

    軍曹はお店の人たちに一礼して、
    喫茶チャピやんへと急いだ。


    カラン。

    ドアベルが鳴る。

    店内は満席だった。

    社長は入口に立ち、
    新しく来た客を席へ案内しながら、
    レジに入って会計もこなしている。

    オカンは出来上がった料理や飲み物を運び、
    空いたテーブルを手際よく片付けていた。

    厨房では、
    チャピやんが汗を拭く間もなく
    フライパンを振っている。

    軍曹は状況を把握すると、
    黙って厨房へと入っていった。

    軍曹「……おつかれさまです。
    豆、ここでええですか?」

    厨房をざっと見渡し、
    コーヒー豆の収納場所へと歩きながら
    チャピやんに尋ねる。

    チャピやんは、
    はっと気づいて
    フライパンから顔を上げた。

    チャピやん「おお、軍曹!
    豆、届けてくれたんですか?
    すんません、ほんま、助かりましたわ。
    足も2本しかないもんで、缶詰めです」

    軍曹「……お邪魔やなかったら、
    裏方……皿洗いだけでも、
    お手伝いさせてもらってええですか?」

    チャピやんは一瞬だけ手を止めた。

    軍曹と、流し台に積み重なった食器を見比べる。

    そして、小さく笑って頭を下げた。

    チャピやん「……ほな、お言葉に甘えます。
    ありがとうございます」

    軍曹は黙って頷いた。

    軍曹「……すいませんが、
    冷蔵庫を間借りさせてもろてもええですか?
    買い出しの食材があるもんで」

    チャピやん「もちろんです。
    今日は料理もよう出てるんで、
    けっこう空いてると思います」

    軍曹「ありがとうございます」

    軍曹は冷蔵庫の前に立ち、
    リュックから塩鮭や豆腐などを出すと
    素早くドアを開けて中に入れた。

    軍曹「……あの、
    チビを駄菓子屋さんで待たせとるんです。
    終わったら迎えに行きますんで」

    ちょうどその時、
    オカンが引いた食器を厨房へ運んできた。

    オカン「あ、それやったら、
    ウチが駄菓子屋さんに電話しとこか?」

    軍曹「……ええんですか?」

    オカン「目と鼻の先やもん。
    チビちゃんに来てもらえばええやん。
    商店街のみんながおるから、
    なんも心配いらんよ」

    軍曹「……ほな、お願いします」

    チャピやん「助かりますわ」

    オカン「まかせとき」

    そう言うと、
    オカンはエプロンで手を拭きながら、
    店の電話へ向かった。


    駄菓子屋「はい、もしもし?
    あー、オカン、どないした?
    ……ほう、なるほど、分かった」

    駄菓子屋の主人は電話を切り、
    ファンシー文具の前で悩んでいる
    チビに声をかけた。

    駄菓子屋「お〜い、チビちゃん」

    チビは、
    ロケット鉛筆を手に持ったまま
    ビックリして顔を上げた。

    チビ「えっ?」

    駄菓子屋「軍曹から召集かかったで。
    喫茶チャピやんに行っといで」

    チビ「……はい。
    これ、どないしよ……」

    チビは手の中のロケット鉛筆と、
    棚に並んだ美味棒を交互に見た。

    駄菓子屋「気に入ったんか?」

    チビ「でも、これ買ったら、
    今日は美味棒が買えんくなるから……」

    駄菓子屋「一番ピンときたもんが、
    今のチビちゃんの王様やで」

    チビは、
    ロケット鉛筆をギュッと握り締めて
    コイントレーに代金を乗せた。

    チビ「……今日は、これで。
    お会計、お願いします」

    駄菓子屋「はい、おおきに。
    ほな、いってらっしゃい」

    チビ「……いって、きます!」

    チビは、
    晴れやかな笑顔で敬礼して
    駄菓子屋を出ていった。


    カラン。

    チビは小さく息を吸い込み、
    店の中へ足を踏み入れた。

    チビ「こんにちは」

    オカン「チビちゃん、ようきたね」

    チビはぺこりとお辞儀をした。

    社長「迷わんやったか?」

    チビ「近くて迷う間がなかった」

    社長「合格や」

    オカン「何の合格やねん」

    オカンはカウンターに入り、
    壁面収納の引き出しをゴソゴソと探して
    ギャルソンエプロンを見つけた。

    オカン「さ、チビちゃん、これ着けて。
    大人用しかなくて、ごめんねぇ」

    チビがエプロンを腰に巻いてみると、
    やはり少し長かった。

    社長「ま、そのうちピッタリになる」

    チビ「……ほんまに?」

    オカン「すぐに大きなるからね」

    チャピやん「似合っとる。
    今日は、よろしく頼むな」

    チビ「ラジャー!」

    照れ笑いをしながら敬礼をすると、
    大人たちもみんな笑顔になった。

    社長は入口に立ち、
    次々に訪れる客たちを
    スムーズに席へと誘導する。

    社長「今日、ちょっと蒸しとるねぇ。
    サッパリした水出し珈琲なんかどう?」

    客A「いつもはホットのネルドリップやけど…。
    社長のオススメなら、試してみよか」

    社長「おおきに!」

    雑談を交わしながら、
    社長はお客さん一人ひとりに
    合いそうなメニューを勧めていく。

    不思議と注文は、
    すぐに出せるものへと自然にまとまっていった。

    オカンは配膳をしながら
    社長と客の会話を耳の端で聞き、
    伝票に記入して厨房に注文を伝える。

    軍曹は食材を洗ったり切ったりして、
    チャピやんがそれを受け取り調理する。

    オカンは、
    出来上がったものをスムーズに配膳する。

    チビは店内をしばらく観察した後、
    トレイとダスターを持って
    客が席を立ったテーブルに行き
    食器をまとめてトレイに乗せておいた。

    オカン「チビちゃん、片付けてくれたん?」

    チビ「カウンターはまだ届かんから、
    今日は、テーブルのとこだけ」

    オカン「おおきに!即戦力やね」

    オカンが食器を下げると、
    厨房で軍曹が受け取って洗う。

    チビはダスターでテーブルを拭きあげる。

    社長はレジで会計をしながら店内を見て、
    チビがテーブルを拭きあげた席に
    次のお客さんを案内した。

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    昼下がりの喫茶店は、ビッグバンド。

    カウンター席の常連客は、
    空いたカップと皿をそっと厨房口へ寄せた。

    チャピやん「ありがとうございます」

    客B「ごちそうさん。今日は賑わっとるね」

    そう言って笑い、
    そのままレジへ向かった。


    ようやく客の波も過ぎ、
    夕暮れの店内に静けさが戻ってきた。

    チャピやん「みなさん、ほんまにおおきに。
    おかげさんで、お客さんみんな大満足でした」

    せめてものお礼にと、
    大人たちには水出し珈琲フロート、
    チビにはミックスフルーツジュースをふるまった。

    一同「っく〜!美味うまい!」

    一生懸命に動いた後の身体に
    スッキリとした冷たさと甘みが染み渡る。

    社長「オレたち、ええチームやと思わんか?」

    軍曹「指示系統なしに勝利したのは初めてです」

    オカンとチビ「そもそも、戦っとらん」

    全員で笑い合う。

    店の外では、
    アーケードを吹き抜ける夕風が
    少しだけ涼しくなっていた。

    3|ただいまと、いってきます


    みんながそれぞれの根城へと帰り、
    店内にはチャピやんだけが残った。

    さっきまでの賑やかさが嘘のように、
    静けさの中でピアノジャズが流れる。

    カラン……

    しの「おつかれさま。大盛況やったね」

    チャピやん「えっ?なんで知っとるん?」

    しの「店の前を通った時、
    ガラス越しで満員御礼やなと分かったから
    ほろよい横丁の方に遊びに行ってたんよ」

    チャピやん「……そうやったんか。
    で、ほろよい横丁はどうやった?」

    しの「面白い人と店がいっぱいやね。
    おかげさまで、コーラで酔っ払ったわ」

    チャピやん「そら、お得なことや。
    酔い覚ましにコーヒーでもどうぞ」

    チャピやんは、
    ハンドドリップで淹れたコーヒーを
    しのと自分の分に注ぎ分けて渡した。

    コーヒーを啜る音とピアノの音色だけが、
    営業を終えた店内に静かに響いた。

    チャピやん「……なあ、しの。
    ちょっと頼みたいことがあるんやけど」

    しの「なん?めずらしいね」

    チャピやん「求人募集のポスター、
    作ってもらえんやろか?」

    しの「……そっか。分かった。
    募集人数とか、求める人材とか教えてくれる?
    あと、どんなデザインがいいか」

    チャピやんから話を聞いて
    しのは手帳に要点をメモした。

    チャピやん「助かるわ、おおきに。
    でも、急ぎではないから。
    次に店に来てくれた時でええからな」

    しの「了解。ごちそうさまでした。
    今日はチャピやんも早めに休んでね」

    しのはコーヒーを飲み終わると、
    カウンターに小さなスタンプカードを置いた。

    『喫茶チャピやん30日分 コーヒー回数券』

    チャピやん「うち、サブスク制あったん?」

    しの「ここ、バリアント空間やけんね」

    翌朝。

    しのは開店前の喫茶チャピやんに行き、
    2階に上がる階段の横にある郵便受けに
    1枚のクリアファイルを入れた。

    中には、
    夜のうちに作成した
    求人募集ポスター用紙が入っている。

    用紙には手書きの付箋紙を貼っておいた。

    『叩き台です。
    手直しするところがあれば、
    遠慮なく言ってください』

    バタバタと戻っていくしのの後ろ姿を、
    チャピやんは店の方へ歩きながら見ていた。

    チャピやんは、
    郵便受けからクリアファイルを出して
    中身を確認するとニヤリとした。

    チャピやん「なかなか、ええやん」


    風曜日。

    軍曹とチビの姿は、
    すっかり商店街の一部になっていた。

    まず駄菓子屋に入り、
    主人と挨拶を交わして
    軍曹は買い出しに向かう。

    チビは店内を巡回した後、
    ファンシー文具のコーナーで
    猫とウサギのイラストが描かれたメモ帳を買った。

    主人「おかえり、チビちゃん。
    しかし、通好みやなあ。
    うち、駄菓子屋やねんけど」

    チビ「……ただいま……。
    来月から、王様も神様も制覇します。
    このメモ帳は戦績帳にします。
    今日はこれに下書きさせてください」

    チビの手には、
    ロケット鉛筆と新聞広告が握られている。

    広告の裏の白い面には、
    定規で線を引いて作った
    駄菓子の商品別フレーバーリスト。

    主人「ほう……。
    これに味の名前と、値段と、
    食べた日付と、感想を書くんか。すごいな」

    シンプルだが分かりやすい表を見て
    主人は感心した。

    主人「清書できたら、また見せてや。
    うちも勉強させてもらうわ。」

    チビ「えっ、勉強?」

    主人「お客さんが何を好きか知るんも、
    駄菓子屋の仕事やからな」

    チビ「……予算上げてもらえるよう、
    がんばります。じゃ、いってきます」

    主人「いってらっしゃい。気ぃつけてな」

    チビは敬礼して主人と笑い合い、
    喫茶チャピやんへ向かった。

    カランカラン。

    喫茶チャピやんは、今日も盛況だった。

    軍曹は買い出しを終えて先に店に着き
    厨房の中でテキパキと動いている。

    社長とオカンは、
    接客コンビネーションに
    いっそう息が合うようになっていた。

    チビ「こんにちは!」

    挨拶を済ませると、
    チビはさっとカウンターに入り、
    引き出しからギャルソンエプロンを出して着けた。

    にぎわいながらも、くつろいでいられる。

    店全体が、
    みんなで奏でる即興曲のようだった。

    チャピやん「みなさん、
    いつも本当にありがとうございます。
    お礼というにはささやかですけど、
    これ、よかったら受け取って下さい」

    客の波が引けた後、
    みんなにお礼の飲み物をふるまってから、
    チャピやんはそれぞれにひとつずつ
    『寸志』と書かれた封筒を渡した。

    社長「なんや、これ?
    オレたち、そんなつもりで手伝ったんちゃうぞ」

    社長が珍しく厳しい口調で言った。

    チャピやん「まあ、そう言わんと。
    とりあえず開けてくださいよ」

    チャピやんに促されて、
    訝いぶかしげな顔をしながらも
    全員一斉に封筒を開ける。

    社長「……なんやこれ」

    オカン「……回数券?」

    軍曹「……」

    チビ「……スカウトチケット?」

    社長の封筒の中身は、

    『よりみち商店街 共通回数券
    喫茶チャピやんコワーキングスペース利用
    30日分回数券』

    と書かれたスタンプカード。

    オカンの封筒の中身は、

    『よりみち商店街 共通回数券
    商店街スイーツ店30日分回数券
    (焼き芋トラックでも利用可)』

    と書かれたスタンプカード。

    軍曹とチビの封筒の中身は、

    『喫茶チャピやんスカウトチケット
    ※住み込み・まかない付き

    〜この券を持っている方へ〜
    よかったら、一緒に店をやりませんか?』

    と書かれたチケット。

    チャピやん「なかなか、ええ出来でしょ?
    しのが自分用のコーヒー回数券作っとったんで、
    みんなの分もお願いしたんですわ。
    あと、あれも」

    チャピやんは、
    店の入口に貼られたポスターを指差した。

    しのと話し合い、
    何度か手直しして完成した
    求人募集ポスターだった。

    チャピやん「ええ出来なのに、
    なぜか問い合わせの電話ひとつ来んのですわ。
    それなら、自分からお願いしたろ思て」

    社長とオカンは、
    チャピやんの言葉を聞くと
    そっと目配せをして微笑ほほえんだ。

    軍曹は、
    スカウトチケットを両手で持って見つめたまま、
    しばらく黙っていた。

    やがて、小さく息を吐く。

    軍曹「……住み込み、となると……
    畑の世話をどうしたもんか……」

    チャピやん「行ったり来たり、
    そのへんは融通効きますんで。
    ま、ぼちぼち考えとってください」

    軍曹は深くうなずいた。

    社長「なぁ、このカード、
    首から下げるケースに入れてきてええか?」

    チャピやん「非公式なんで、アカンです」

    社長「秘密のVIP会員証か〜ええなぁ」

    ニヤニヤする社長を見て、
    オカンは呆れたように笑った。

    オカン「……本当に、どの店でもええん?」

    チャピやん「ええですよ。
    なんなら、毎日ホールケーキでもどうぞ」

    オカン「それは飽きる」

    チビ「まかないって、なん?」

    チャピやん「そのうち分かる」

    笑い声とともに、
    風曜日の喫茶チャピやんは店じまいとなった。


    雪曜日。

    比較的客足が終ち着いている日を選んで、
    軍曹はひとりで喫茶チャピやんを訪れた。

    カラン。

    朝一番の店内には、まだ客はいなかった。

    チャピやん「いらっしゃいませ」

    軍曹「おはようございます。
    ホットのアメリカンをひとつ下さい」

    チャピやん「ありがとうございます。
    少々お待ちください」

    チャピやんは、いつものように
    ハンドドリップでコーヒーを淹れた。

    蒸らしの間に、
    なんとも言えない良い香りが鼻をくすぐる。

    ぽと、ぽと、と
    コーヒーがサーバーに落ちる音だけが聞こえた。

    チャピやんは、
    軍曹にカウンターからコーヒーを出し、
    軍曹は黙ってコーヒーを味わった。

    静かで穏やかな時間が流れた後、
    口火を切ったのは軍曹の方だった。

    軍曹「……このあいだのお話。
    チビともよく話し合って、
    決めさしてもらいました」

    チャピやんの笑顔の中に、
    ほんの少しだけ緊張が混じった。

    チャピやん「……それで、結果は……?」

    軍曹「……お世話に、なります。
    定休日や朝のうちに、
    畑の世話で森に帰ることになりますが、
    それでも大丈夫でしょうか?」

    チャピやんは、
    ほっとして大きく息を吐いた。

    チャピやん「もちろんですよ。
    実際、森と街を行き来できる人は
    あんまりおらんのですけど、
    軍曹とチビちゃんやったら大丈夫です」

    今度は、
    軍曹がほっとする番だった。

    軍曹「……住み込みと書いてありましたが、
    どこに、いつ頃からお邪魔したらいいですか?」

    チャピやん「ここの2階です。
    布団やら、電化製品やらは揃ってます。
    とりあえず寝泊まりできるもんだけ持って、
    次の定休日に来てもろてもええですか?
    ちょいと掃除して、風通しでもしましょ」

    軍曹「……承知いたしました」

    少しだけ口元を緩める。

    「では、次の花曜日に」

    軍曹はコーヒーを飲み終わると、
    客が増える前に店を後にして森へ戻った。


    花曜日。

    軍曹とチビは、
    何日か寝泊まりできるだけの
    着替えと日用品をリュックに詰めて
    喫茶チャピやんに来た。

    チャピやんは、
    エプロンを着けて
    店の前をほうきで掃いていた。

    ふたりに気づくと、
    いったん文化ちりとりにゴミを集めてから
    掃除の手を止めて手を振った。

    チャピやん「おはようございます。
    朝早くから、すんません」

    軍曹「おはようございます。
    こちらこそ、お世話になります」

    チビ「おはようございます。
    よろしくお願いします」

    軍曹に続いて、
    チビもお辞儀をした。

    チャピやん「ほな、上がりましょか」

    軍曹とチビは、
    チャピやんの後をついて
    店の横にある階段を登っていく。

    チャピやんはドアへ鍵を差し込み、
    ガチャリと音を立てて鍵を開けた。

    チャピやん「あんまり使ってないんで
    ちょいホコリっぽいですけど、
    軽く掃除すれば、すぐに住めますんで」

    3人は靴を脱いで部屋に上がった。

    寝室にあたる部屋は、
    ちょうど店の真上になっている。

    チャピやんがカーテンと窓を開けた。

    朝の風が部屋いっぱいに流れ込み、
    止まっていた空気が、ゆっくりと動き始めた。

    チビは窓辺に近づくと、
    商店街のアーケードを見下ろし、
    初めてそれぞれの店の位置を知った。

    チビ「うわ……こんなんなっとんや……」

    軍曹「あんまり乗り出したら危ないで」

    チャピやん「これから、毎日見れるからな。
    今日は、とりあえず掃除を済ませよか」

    軍曹とチビは、
    それぞれリュックを下ろして
    台所のダイニングテーブルの上に置いた。

    それから、
    チャピやんと一緒に
    3人で掃除機と雑巾をかけた。

    部屋の掃除が終わると
    時間は昼を少し回っていた。

    チビのお腹がぐ〜っと鳴る。

    チャピやん「次は冷蔵庫掃除や」

    チビ「え〜っ、また掃除?」

    軍曹「こら、何言うてん!」

    チャピやん「ええから、ついてき」

    3人は階段を降りて店の厨房に入っていった。

    チャピやん「定休日は、
    前の日までに残った食材をさらうんです」

    冷蔵庫を開け、
    お客さんには出せないが、
    まだ美味しく食べられる食材を出していく。

    ロースハム、きゅうり、レタス、チーズ。

    少し残った水出し珈琲と牛乳。

    チャピやん「この食パンも、そろそろやな。
    よし、今日はサンドイッチでいきますか。
    軍曹、きゅうり切って塩もみお願いします。
    チビちゃんはレタスちぎって洗ってな」

    チャピやんは、
    食パンにマスタードを塗って
    具材を組み合わせて乗せ、
    マヨネーズをかけてもう1枚の食パンで挟んだ。

    ハムとチーズ。
    ハムときゅうり。
    ハムとレタス。
    全部入り、アベンジャーズ。

    軍曹は、
    2個のグラスに水出し珈琲、
    もう1個のグラスに牛乳を入れた。

    厨房の隅にある
    小さな作業テーブルに、
    大きなサンドイッチと飲み物が並んだ。

    チャピやん「立食になりますけど、
    昼はここで簡単に済ませることが多いです」

    軍曹「……合理的ですな」

    チビ「前に軍曹が買ってきてくれたんと違う。
    耳、ついてるで?
    半分に切らんでもええん?」

    チャピやん「厨房スペシャルや。
    ええから、食べてみ」

    促されるまま、
    軍曹はハムとレタス、
    チビはアベンジャーズにかぶりついた。

    パンの耳の香ばしさと歯ごたえが、
    レタスのシャキッとした食感と混じる。

    口いっぱいに頬張ったパンを、
    冷たい飲み物で流し込む。

    軍曹とチビ「……食べごたえある……」

    チャピやん「これが、厨房の特権ですわ」

    3人は、
    話をするのも忘れて
    サンドイッチにかぶりついた。

    食べ終わった食器を片付けると、
    昼下がりのゆっくりとした時間が訪れる。

    チャピやん「おつかれさんです。
    あとは2階で荷ほどきしといてください」

    軍曹「……明日の仕込みを手伝いましょうか?」

    チャピやん「今日は研修。実務は明日から。
    よろしゅうたのんますよ、用度課長」

    軍曹「……用度……課長……?」

    チャピやん「在庫管理とバックヤード担当」

    チビ「軍曹、ずるい!あたしの仕事は?」

    チャピやん「チビちゃんは……。
    未来の広報担当や。
    ユニフォームもあるで」

    チャピやんは、
    喫茶チャピやんのロゴが入ったエプロンを
    カウンターの後ろの収納から持ってきて
    ふたりに手渡した。

    軍曹は大人サイズ、
    チビは子どもサイズ。

    チビ「……うわ……専用やん……。
    ありがとう……ございます……」

    軍曹「わざわざ、ありがとうございます」

    チャピやん「こちらこそ、
    うちに来てくれて、ありがとうございます」


    2階に上がり、
    リュックひとつ分の荷物をほどいた後。

    軍曹は、
    窓辺に座っている間に
    うとうとと眠っていたようだった。

    アーケードのステンドグラス越しに
    夜の帳が下りてくるのが見えた。

    チビは、
    窓の外を眺めながら
    ロケット鉛筆で商店街の地図を描いている。

    こんな穏やかな時間を過ごしたのは、
    いつ以来だっただろうか。

    階段を登る足音が聞こえる。

    ピンポーン。

    チャピやん「そろそろ、晩御飯どうですか?」

    軍曹「……ありがとうございます。
    ご馳走になります」

    チャピやん「うち、まかない付き」

    軍曹「……あ……そうでしたね」

    軍曹は、照れ隠しに頭をかいた。

    チビ「……まかないって、ご飯のこと?」

    チャピやん「ただのご飯やないで。
    しっかり働いた分だけおいしくなる、
    特別なご飯や」

    3人は階段を降りて店に入った。

    チャピやん「今日は、カウンターにしましょか。
    配膳の手伝い、お願いします」

    チャピやんと軍曹は厨房に入る。

    チビはダスターを軍曹から受け取った。

    チャピやん「チビちゃん、
    その踏み台、使ってええで」

    厨房の隅には、
    折りたたみ式の
    コンパクトな踏み台があった。

    チビ「……ありがとう」

    チビは、
    少し考えてから踏み台を両手で抱え、
    カウンターチェアの隣に運んだ。

    踏み台を中継にして
    カウンターチェアに座り、
    身を乗り出して3席分のカウンターを拭いた。

    厨房の中では、
    チャピやんがフライパンで
    豚の生姜焼きを作っていた。

    甘辛いタレの香りが立ち込め、
    フライパンがジュウジュウと音を立てる。

    軍曹は、
    キャベツを千切りにして皿に盛り、
    味噌汁とご飯をよそった。

    チャピやんが、
    キャベツの千切りの隣に
    生姜焼きを乗せていく。

    最後に、
    フライパンに残ったタレをかける。

    軍曹はトレイに料理を乗せて
    カウンターへと運んだ。

    チャピやん「地味なもんですが、どうぞ」

    軍曹とチビは席につき、
    味噌汁を啜ってから
    生姜焼きとご飯をひと口食べた。

    生姜焼きの美味しさもさることながら、
    ご飯はふっくらとして甘みがあり、
    わかめと豆腐の味噌汁も出汁が効いていた。

    チビは目を見開いて、
    生姜焼きをご飯に乗せては
    かき込むように夢中で食べている。

    チャピやんは、
    カウンター下のミニ冷蔵庫から
    麦茶のボトルと瓶ビールを出して
    グラスに麦茶を注いでチビの前に置いた。

    軍曹「……なんで、食事を出さんのですか?」

    チャピやん「飯屋は、横丁の方に
    酒も呑める美味い店がありますから。
    ……まぁ、ちょっとサービスが行き過ぎてる、
    いう噂もありますけど」

    チャピやんは少し笑うと、エプロンを外し、
    瓶ビールとグラスを持ってカウンターを出た。

    軍曹の隣に座って、
    2個のグラスにビールを注いでいく。

    チャピやん「今日くらいは、ええでしょ」

    軍曹は少し戸惑いを見せながらも、
    グラスを手に取った。

    チャピやんが、
    自分のグラスをコツン、と
    軍曹のグラスに軽く当てた。

    チャピやん「乾杯」

    チビ「なん?ずるい!
    あたしは麦茶なんに!!」

    軍曹「……これは、おとなの麦茶や」

    こうして、
    軍曹とチビの街生活初日は、
    無事に過ぎていった。


    画像
    「おつかれさま」の後のご飯が一番おいしい。


    チャピやん、「ごちそうさまでした、と。
    ほな、後片付けと戸締まり、よろしゅう」

    席を立ち、
    店を出ようとするチャピやん。

    軍曹「……マスターは、どこで……?」

    チャピやん「ああ。根城は別にあるんですわ。
    ずっと同じとこにおるんは、性に合いません」

    チビ「また明日な。おやすみなさい」

    チャピやん「おやすみ」

    後片付けを終えて、
    軍曹とチビは2階に上がった。

    布団を敷いて寝る準備をする。

    チビは、いつものように
    ソーラーランタンを枕元に置いた。

    軍曹「今日は、お日さん当ててないやろ?」

    チビ「大丈夫や。昨日の分が残っとる。
    それに、今日はすぐ寝れる気がするんや」

    軍曹「……そうか。おやすみ」

    チビ「おやすみなさい」

    チビは、
    頭まですっぽりと布団に入って
    口の動きだけで練習していた。

    チビ「ただいま」

    チビ「いってきます」

    軍曹は、
    眠ったフリをしながら
    チビの様子を横目で見ていた。

    その口元は、ほんの少し緩んでいた。


    ある日の朝。

    しのは、
    いつものように
    出勤前の時間を過ごしていた。

    コーヒーを飲み、
    10分だけ本を読んで、
    猫のお給仕をする。

    ラジオ体操も、
    少しずつ続いている。

    中途覚醒は残っているが、
    出勤前の過緊張はだいぶ和らいだ。

    しの「いってきます、チャピやん」

    ーカラン、とベルの音が聞こえた、気がしたー


    そのころ、
    よりみち商店街では……

    八百屋「なあ、あの人、知っとる?」

    豆腐屋「うちにも来たで!
    ロシアから来たとか言うとった」

    惣菜屋「お忍びで来ました〜いうて、
    フルネーム自己紹介する人やろ?
    おもろいから、メンチカツおまけしたったわ」

    ほろよい横丁では、
    今日も変な替え歌を歌う
    ロシア訛りの明るい声が聞こえていた。

    See you next variant space !


    ※この物語はフィクションです。
    ここ、バリアント空間やけんね。


    こちらのマガジンで第1話から読めます👇









     
     
    筑豊のすみっこ「のやまねこハウス」で 7匹のにゃんずと古民家暮らし。 人生は無数のスピンオフ作品。 私の人生、掲載誌はきっと 『ほぼ日刊中年バンジージャンプ』 三大原則は 『回復・工夫・継続』 無様でも、 生きてりゃ勝ちだべ。 Amazonアソシエイト参加中。

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