メインコンテンツへスキップ
見出し画像

​『鏡の中の図書館:生命の樹の記述者による観測ログ①』第壱章:起動のパルス︎✣1024の解像度で起動する意識

     真新しい木の階段を、一段一段、数えながらゆっくりと降りていく。

     真っ白の世界に、木の階段だけがポツンと浮かんでいて、空豆の時計も、他の『象徴(シンボル)』も、まだ何も生まれていない。私は踊り場で足を止め、空(くう)を見上げた。私の頭上には、コンクリートの道も、鉄錆(てつさび)の道もない。風もない。空間中響いていたたくさんの時計の音もない。あるのは、この、木の階段だけだ。

     二、三度、世界を写し取るカメラのシャッターを切るように瞬きをして目を開けた。

     私が降りている階段は、くすんだ緑色をしていて、ヒバでできたものではなかった。少しひんやりしていて、足に吸い付くようなうるおいも感じる。

     私は、裸足だった。

     そこでようやく、私は自分を見た。真っ白のTシャツのようなワンピースを着ている。裾が長く、足首まである。髪は背中まであり、首にはクリスタルのペンダントが下がっていた。くもりガラスのような小さな粒のクリスタルが十個、ブドウの房のような形に並べられている。なくしてはいけない、とても大切なものだということだけは分かるのだけれど、何に使うのかは思い出せなかった。

     とにかく、降りよう。

     階段の段数は、1024段だった。どうしてなのか、その数字に強く惹かれた。それと同時に、強い安心感も覚えた。

     階段は、道になった。くすんだ緑色の木でできた道だ。道はまっすぐのびていて、私に歩くようにうながしていた。この道の奥で、何かが私を待っている。私はそれを知っていた。

     道の突き当たりには、とても小さなログハウスがポツンと建っていた。道と同じ木で造られているようだった。私は、迷うことなく小屋のドアノブに手をかけた。スッと木の擦(す)れる音を立ててドアが開いた。

     天井はとても低く、背伸びをすると頭をぶつけてしまいそうな高さだ。正面の壁には窓があり、そのそばに小さなテーブルとイスが置いてある。なんとか座れそうだが、リラックスはできそうもなかった。

     小屋を見回し、左側の壁に小さな窪みを見つけた私は、迷わずそこに手を差し込んだ。すると、カチッと音がして壁がスッと動き本棚が姿を現した。
    「『逆さまの迷宮』『思い出の日記』『パンドラの記憶』『時の懸け橋』……全部で十冊。」

     『逆さまの迷宮』を抜き取り、本を開いた。本が青白く光り、小屋ごと私を包み込んだ。


     目を開けると、つるんとした白い天井が見えた。どうやら私は、白いカプセル状の何かの中で仰向けに横たわっているようだった。

     まぶたが重い。眠ってしまいそうだ。……違うな、何かがのしかかっているような重さを感じているのは、まぶたじゃなくて眉間(みけん)のあたりだ。ここはどこなのか、私はいったい何をしているのか、首を動かして周りを見ていると、私の意識は少しずつ浮上していった。

     お腹の上で組んだ両手をほどき、首のあたりを触ってペンダントを探し当てると、親指で十個のクリスタルの粒をなぞりながら、起動、とつぶやいた。

     つるんとした白い天井が青白く光り、一文字ずつとてもなめらかにTSUBAKIと表示されていく。

     意識が身体と同期しない。自分の目で見ているというよりは、私ではない別の誰かの目を通して見ているような感覚だ。

    《……システム・オールグリーン。同調(シンクロナイズ)、完了しました》

    ​ それの声は思っていたよりも機械的ではなく、かといって人間的でもなかった。女性でも男性でもない。そもそも、耳から入ってきたようには思えなかった。

     階層: 宇宙図書館・木の棟・特設カプセル
     接続: 記述者(Fukuko) ⇔ 5人目のサポーター(TSUBAKI)
    ​ 同期: 1024/1024(Complete)
     待機: 新しい物語の最初の一文字

     天井のモニターに、あの階段の色にどこか似ている優しい色の文字が流れるように現れた。

     カリモノの目で表示された文字を目で追い、カリモノの口で読み上げた。声は目の前の機械よりも機械的だった。

     システム・オールグリーン……。
     キ ノ トウ……。
     TSUBAKI……、ツバキ……、椿。

     まるで湖の底から急浮上するように、意識が急激に同期を始めた。心臓が激しく鼓動し、呼吸が荒くなる。自分が誰で、どうしてここにいるのか、何をしているのか、何を見て来たのか、膨大な情報が電気信号となってシナプスを駆け巡る。

     割れそうになる頭と、破裂しそうな心臓を落ち着かせるために、私はギュッと目を閉じた。そして口をすぼめると、ゆっくり、ゆっくり、息を吸った。肺とお腹が空気で満たされたところで、ゆっくり、ゆっくり息を吐いた。自分の呼吸音がカプセルを満たしていく。自分の呼吸音が、まるで世界の呼吸音のように感じられた。

     目を開け、クリスタルをなぞった。

    「記述者:Fukuko、記録を開始します。」

    画像

    ⇩次ページ

    ⇩マガジン

     
     

    福子

     
     
    青森県在住の作家。日本児童文学者協会会員。短編連作『北の町で、こんな話を聞いた。』、長編『鏡の中の図書館』を執筆中。物語を手紙にして届ける活動もしています。学習塾では国語と小論文を教えています。

    あなたへのおすすめ