
チェンジ2
<あらすじ>
地球とその大地で暮らす僕ら人間はもはや安定性を失っている。
人間が操作し狂わせた地球環境は自らも苦しめていた
それでも地球で生き続ける僕たちがいる。
ふとあの世の世界を想像する
あの世というここから逃げ出せる場所があるならならいってみたい。
でもよ、ちょっと待ってみ。あの世から聞こえるあの悲痛な叫びを。
結局僕ら人間は生きていても死んでいても未練タラタラなどっちつかずの生き物なのです。「それなら」と、どっちにでも行けるゲートをつくってあげました。条件は『チェンジ?』です。
あの世の世界とこの世の世界、あなたならどちらを選びます?
∇目次
チャプターA:lookinng for memory
チャプターB:ピアノオタクの忘れ物
チャプターC:来世の君に
チャプターD:持ち出しごっこ
両親の代わりに
恋人の代わりに
師匠のために
忘れられない人に会いにいく
誰だかわからない他人の為に・・
この地球上で常にチェンジは行われていた。
【チャプターA:looking for memory】
ふたり同時に亡くなった。
愛犬の手術帰りは雨だった。夏の暮れ夕方ともなると暗く雨が視界を遮る。信号は赤から青に変わり2つ歳下の母親が父親に信号が変わったことを伝える。
「ルーは老犬だけど手術は上手く行ったわ。私たちも負けられないわね」
父親はハンドルから母親の方に振り返り「ああ。良かった」と答える。
(何もふたりで出掛けることなかったじゃないか。どちらががひとりでルーの見舞いに行けば良かったんだ)
通夜の日に身内が集まった席で弟はそう言った。
(そう言ったってね、ルーは家族よ。私たちの見舞いにだって2人はいつだって一緒に見舞いにきた。今回だって同じよ)
姉が言い返すのを雨音が遮った。
外は雨が降っている。
(ルーだって最後に2人の顔を見れたんだ。嬉しかっただろうよ)
母の兄である。トミ叔父さんがそんな僕たちの苛立ちを抑えるように宥める。
起きたことは変わらない。あの日降り出した雨のように。
いつも通る隣町から家までの近道。雨が強く路肩が緩んでいたのだろう。両親の乗る車は大きな下りの左カーブを曲がりきれずにガードレールのない路肩から落ち、数メートル転がった。その衝撃で2人は、頭や身体を打ち致命傷となった。あまり人が通らない農道。発見も遅れていた。
通夜の席では訪れた訪問者が口々に不満の声を言っている。
「高齢者なのにまだ車を運転していたの?」
「あんな大雨の日に外にでるからよ」
「わざわざあんな日に犬の見舞いにいく?」
「これだから田舎は発見が遅れるのよ」
たまらず外に出る。
(焼香したらとっとと帰れよ。死んだ原因なんてどうでもいい。ここは最後のお別れを言う場所。もっと過去の楽しい思い出話などを語れよ!)
葬式や通夜って昔からこうだよな。しんみり暗くあまり喋っちゃいけないみたいなルール。
最後の別れはもっと明るくいけないもんかい!
例えばこうだ。
(おいおい、お前死んじまったのかい?あの時は楽しかったよなぁ。覚えているか?あの時の楽しい思い出。あの時は楽しかったよなぁ。笑)
みたいに。どうだ?いいじゃないか。
僕は一度だけそんな見送り方をした人を見たことがあった。たった一度だけ。それは母の祖父が亡くなった葬式の時だった。身内が揃って並び、お寺の本堂の正面で和尚が経をとなえていた時に祖父の親友だという人が現れ、本堂の真ん中にどかっとあぐらをかいて座り
「おう。とうとう死んじまったか。そのうち俺もそっち行ったらよ。また一緒に酒呑み交わそうじゃないか。楽しかった。おつかれさん」
そう言って盃を交わす仕草をしてこれまたドカドカと豪快に本堂を出ていった。
身内のなかでは(なんてマナーが無い人なの)と悪く言う人もいたが、母親や叔父は近所に住む吉蔵さんらしい振る舞いだと感謝して背中を見送っていたのを見て子供心になんてカッコイイ別れの姿なんだろうと感動したのを覚えている。
親戚が「まさか2人が同時に亡くなるなんて信じられないわ」と話すのを聞いてふと、幼い時に休日の茶の間でチャップリン映画を家族揃って観た時の事を思い出した。
はじめてチャップリン映画を観た時、僕は面白さがよくわからなかったが、両親の笑いのタイミングがいつもふたりは一緒だったのを覚えていて、次第に僕もその場面で笑えるようになった。
(笑いのタイミングが一緒だからって、死ぬタイミングまで一緒になる事ないっしょ)
チャップリンの笑いの場面を思い出し僕は悲しさを通り越し何故か笑えてきた。
(そうだ)
と一案思いつく。
席へ戻ると姉と弟と親戚は葬式の段取りを確認していた。悲しみの切り替えが早い兄弟たち。
しっかりしているのか情に薄いのかよく分からない。ふたりとも世間で言う大人へなってしまったということだろう。
僕はそんな空気を気にせずに思いついたことを話した。
両親はしんみりしたものが嫌いだった。(心がしょげてくる)そう言っていた。
どんなに悲しい嫌なことがあってもチャップリンの映画が始まるとそんなことは忘れてふたりともいつもと同じタイミングで同時に笑っていた。
僕はそんな昔の話を持ち出し
「葬式だって明るく祭りのように楽しくやったらいいのでは?」
と言った。
既に大人になったふたりはそんな僕の提案をバカバカしいと罵った。聞く耳さえ持たない。
説得しようと話を変え、例え話を持ち出してみる。
「いいかい。もし今日このタイミングで地球が爆発して人類皆滅ぶなら最後に何をする?」
すると大人になったふたりは答える。
「手を合わせ神に祈る」
「最後にすがるのは奇跡だけど、まぁその時はしょうがないお手上げだ」
ちゃんとした大人の答えはそんなもの。
その点子供に尋ねると具体的な正論を言う。
「最後だからね。大好きな女の子にお別れのキスをするよ」
「冷蔵庫に真っ先に走り、残しておいたケーキに食らいつくよ」
「お気に入りの歌を歌う」
などだ。
ほほーう、と子供の方が素直に最後まで生の喜びに執着しているのがわかる。
そうだよ。人生最後の瞬間こそ手に取り実感したい生きている感触をね。
結局、誰も賛同してくれないならと僕はその夜単独で巨大なモニターを借りてきてチャップリン映画ライムライトを両親の祭壇の前で上映した。楽しい夜の演出は138分の長編映画。
ひとたび上映すると姉も弟も顔をだしてくれた。最後に流れるエターナリーの曲が泣けた。僕ら兄弟は当時を思い出しエンエンと泣いてしまった。両親の笑いのツボは家族の笑いのツボになっていた。僕らは感謝の気持ちを込めて両親を送り届けた。気持ちよく送れた。僕らの気持ちの現れだった。
映画が終わり静かになった深夜
「映画キッドのように天国へ行く場面が朝起きると何もかもが嘘で夢の中だったという同じオチにならないのかな」
と姉が言うと
「朝になればわかるさ。もしかしたら朝になって普通に父さん母さんと再会するかも知れないし。キッドならそうだった」
僕は笑い
「キッドだった弟よ。幼きながらちゃんとストーリーを覚えているもんだな」
と弟を揶揄った。
その夜は両親が亡くなって数日ぶりに笑えた夜だった。
チャップリン映画は人の心を明るくする。そこには社会の現実を皮肉ったものが点在するが根本的な余韻には人間に対するLOVEが残る。
通夜の夜。
両親の遺影は喜んでいるように見えた。
夢。
両親が枕元に立っていた。
夢?随分とリアルな夢じゃないか
僕は起きあがり聞く
「どうしたんだい?」
母親が唐突に言う
「本当のこと‥」
「えっ?本当のこと?」
ふたりはそれ以上話さない。
大きな黒い猫が母親の隣に姿を現す。
「そろそろです」
僕は猫の方に特に驚いたがすぐにそれがこの世の猫じゃないというのに気がついた。
「待ってくれ。話がまだ途中だ。もっと話をさせてくれ。そうだ、そっちにいけばいいのか。そっちにはどうやったらいける?教えてくれ!」
黒猫は無関心な態度で髭を撫でながら答える。
「〇〇の期日に誰々が〇〇で亡くなる予定だ。そのタイミングでお前がその人の命を助けるのだ。そうすればお前はこちらの世界へこれる」
「死ねないとそちらの世界へ行けないのか?」
「当たり前だ。しかしチェンジ?という決まりがある。お前が本当にその日に相手を助けられたらチェンジ?ができる。まあ、あくまで出来たらの話だが」
両親は手を一度あげると、黒い猫と一緒に消えていった。
不思議な夢、出来事だった。
次の日の朝、夢だったのかと思いつつ床を見ると黒猫の毛が一本落ちていた。確かに黒猫が立っていた位置。黒猫はわざと証拠を置いていったに違いない。
(わかった。やるぞ)
ダイチは心を決めた。
昨夜の出来事を姉弟へ知らせようとしたがどうしても黒猫の化け物と言うと、うさんくさい。馬鹿にされるのは目に見えていた。葬儀は無事終わり、結局誰にも知らせずにその日を迎える。
〇月〇日金曜日。大学からはバスで約1時間の距離を目指す。
その日は大学の授業を休み、友達の横田に代返を頼んでおいた。横田はいつもダイチのうさんくさいスピリチュアルな話を適当に聞いてくれる。今回の話も横田にだけさらっと伝えていた。
「もし、僕に何かあったらすぐに姉か弟に伝えてくれ」
横田は姉と弟にも面識がある。田舎の実家にも一度来たことがある貴重な友達だ。夢の話を横田にすると
「またー。面白い話するなぁ。お前絶対小説か漫画書いた方がいいよ。ネタが新鮮だからな」
「じゃあ、お前は漫画絵の練習しとけ」
横田はNOと変顔で返す。
目的地に着いた。時間は30分前。湾内のカヤックフィッシングの男性を助ける。あの日夢の中で黒猫が言った通りになった。
死んでも自由であるようで自由じゃない。
暗いトンネルのような場所を歩く。どこまで歩けば良いのか先に何があるのかも分からない。早く歩こうが遅く歩こうが距離は変わらない。立ち止まって考えた。そうだ。黒猫だ。黒猫が迎えにくるはずだ。
ダイチは歩かず動かずジッとただその場所に居た。どのぐらいの時間が経ったのか。ここでは時間も分からない。
目の前にボワンと黒猫が現れる。
「ウワッ」
ダイチは驚いて声をあげる。
「もっと普通に姿みせられないの?こりゃキツイぜ」
「この反応がたまらないんだ。やめられない」
目の前にいる黒猫は悠長なしゃべり方をする。
「悪趣味なやつ。それで両親はどこにいる?」
「その前に予めここでのルールをお伝えします。まずチェンジするかどうかは自分でお決めになってください。チェンジをすれば元の世界へ帰りチェンジをしなければ、あなたはご両親と一緒。こちらの世界に留まることになります。返事は一度きり。言い直すことはできません」
悠長な言い回しがくすぐったい。
「チェンジをしなければ親とずっと一緒にいれるのか?」
「答えはNOです。ずっとがNOです。一緒にいる時間は限られる。お互い次の箱が見つかるまで。それまではいられるよ」
「次の箱。つまり生まれ変わりか」
「さぁ。どうします?」
ネコがじゃれ合うような喋り方がやはりくすぐったい。
「‥先に両親に会わせてもらえないか」
「‥まぁ賢いお人。何をそんなに迷っているの?帰りたいんじゃないの?」
「両親に聞きたいことがあるんだ。呼んできてくれ!」
「‥10分。これは特例よ。総代に知れたら私の髭が飛ぶわ。きっちり時間は守ってもらう。それとあなただけど、こちらにいる時間が長ければ長いほど現世に戻ると、寿命が短くなるから覚えておいて」
「ああ。、わかった」
黒猫は闇の空間に長方形の落書きをし、その扉を開けた。黒猫の黒い手で扉の中からダイチの両親を次々と引っ張り出す。
「ああ。父さん!母さん!」
「おやおや、わざわざここまで来てくれたのかい。ありがとう」
「母さん。この前枕元で僕に言いかけた(本当のこと)の意味を教えてよ。あれはどういう意味だったの?」
両親は顔を見合わせ父親が母親に向かって頷く。
「私たちは本当は当て逃げされたの。父さんのハンドルミスではないの。対向車がやってきて中央の白線を越えて私たちの車を押し出した」
「何?ほんとう?母さん達は殺された?」
「何が起こったのか最初は分からなかった。自分が死んだのも。気がつくとこの黒猫にあの世に案内されていたわ」
「黒猫から聞いた。うちらは死んでしまったのだと」
「そうなっちまったのはしょうがない。けどな、うちらを殺しておいて知らないふりをしている人はどうも許せない。うちらだって犬のルーより長生きするつもりだったんだ。頭にくるよな」
「相手の特徴を教えて。とっ捕まえてやるよ」
「思い出せるのは車のステッカーだな。黒のSUV。ダッシュボードにラッキーストライクのタバコ。ステッカーはモグラ」
「モグラ?ほんとかよ親父」
「10分経った。時間だ。さあどうする?」
黒猫が両親を落書きの扉の中へ押し戻した。
僕は答える。
「もちろんチェンジ!親の仇をうってやる」
死のタイミングは決まっている。ダイチはカヤックフィッシングの男性が死ぬ番だったのを助けてしまった。命の順番が変わってしまった。よってダイチにはチェンジ?の資格が与えられる。生き返ることができるが、そのまま死を受け入れることもできる。生か死か?一度に命の選択ができる。それがチェンジ?だ。
大学の授業は都市計画だった。
黒板一杯に横文字が並ぶ。横田が退屈凌ぎに話しかけてくる。こちらは授業についていくだけでいっぱいいっぱいだ。
「なぁ、この間の話どうなった?夢枕ってやつ。言われた所に行ってみたんだろ?」
ダイチは適当に答える。
「ああ。行ってみたけど何もなかったよ。それより面白い話があってさ。探偵やってみないか?」
「はーぁ?探偵?それガチか?お金もらえるやつ?」
「ガチというより遊びかな。お金はもらえないけど飯ぐらい奢ってやる」
「ふーん。ガチじゃないなら探偵って言わないでしょ。愛猫探しレベルか」
「おー。さすがー。横田くん。勘が冴えるねぇ。なぜ猫ってわかった?」
「だろー。お前とは気が合うんだ。だから言えっ。本当は何があった?言わないと付き合わねぇ。探偵ごっこは」
横田の勘の鋭さは女性遍歴にあった。いく度も女性に痛い目に合い培った能力。騙すor嘘の瞬間は感知できると以前言っていた。それは本当なのかも知れない。
ダイチは人を助け代わりにあの世へ行き、黒猫のガイド役に生き返らせてもらった話をした。そして両親は誰かに殺された事も。
横田は珍しく真顔になりそんな作り話のような話を真剣に聞いてくれた。
「よしわかった。これはガチもんだ。こんな話に首を突っ込むとうちらも危ない。ボディガードを雇おう」
「横田は極端な性格だ。どうやらスイッチが入ってしまったようだ」
放課後。横田と学校を出ると正門前に車が停まっていた。白のラウンドクルーザーに動物避けのブルーバーが付いている。サファリ仕様ってところか。
「みろよ。どこの金持ちだ?」
ダイチが言うと横田はその車にさりげなく近づき、後部座席のドアを開ける。
「は?」
「乗れよ。うちらの敏腕ドライバーだ」
「はん?」
ラウンドクルーザーは見た目よりも車内が広くシートの加減も良かった。やはり高級車。でも何でダサいブルーバーを付けているのだろう?
「こちらが我らを護るボディガード。台湾人のチャンスーだ。日本語も上手。特技は太極拳だ」
「リーホウ(こんにちは)」
「しぇしぇ」
「よし。これからお前の両親の事故現場へ向かう。現場検証だ」
「おいおい。ちょっと待て。とりあえず説明してくれ。チャンスさんとはどういうご関係で?」
「ああ。怪しいもんじゃないよ。俺らは卓球で知り合った仲なんだ。高校生時代は一緒にダブルスを組んだ仲。チャンスーはこう見えても台湾が誇るエリート育成選手、台南卓球館卒業なんだ」
「へぇー知らなかった。横田はそんなに卓球が得意だったなんて」
「そのうちわかるさ。うちらに敵うものはいないってこと」
チャンスーは運転席からグッとポーズを決めてこちらを振り返った。横田が話を戻す。
「両親の事故は起きてどのぐらい経った?」
「もう1週間になる。現場へ行っても何の証拠もないと思うよ」
30分で現場に着いた。3人は車を降りダイチが状況を説明する。
「雨が強く暗い夕方だった。両親の車は向こうからこちらへ降りてくるように車を走らせた。雨で視界は見づらかったと思う。速度は50キロって所かな」
「事故の破片やタイヤ跡はもう片付けたの?」
「あの日は大雨だったからね。殆どが流されて大きな車の残骸しか残ってなかった。それは警察が没収していったけど返された。もう必要ないからって」
「よし。両親が殺されたと言っているんだ。その残骸を調べよう。あと雨で流されたならこの農業用水路の底も調べると何か見つかるかも」
「おー。なるほどね。おそらく警察はそこまで調べてないよ。単独事故だと片付けたから」
「ほんと。田舎の警察はあまいよな。とりあえず処理したら終わり。何も疑わない」
「あれ?チャンスどうした?何か見つけた?」
チャンスーが突っ立って道路の中央から車の落ちた方向を見て何やら考えている。
「ご両親は対向車が‥って言ってたんだよね。でもおかしい。真横から当たらないとあそこには落ちないよ」
「えっ?」
ふたりも駆け寄る。
「もし対向車だとして、対向車は下から上ってくる。センターラインをはみ出しても、ほら。正面衝突かご両親の車は右後部に接触する。あの路肩下までそれも横転となると下る方向に対して真横から押さないと落ちない」
「相手はSUVで親父の車は軽バン。確かに下からぶつかったら力の法則は弱まる。あんな崖下まで転がる力は無い」
「だろー?これはおかしいよ。どう考えたって素人の見解でもはっきりわかるよ怪しいって」
「警察がグルだったりして‥」
「おい、嫌なこと言うなよ。そんな恐ろしい想像‥って、それもあるかもな」
「横から押した、となると何故?親父とお袋が何したっていうんだ?あり得ない。何かふたりは知られたく無いものを見てしまった?それとも何かを知ってしまった?はっ?そうすれば夢枕‥あの時母親は言っていた。
「本当のこと」
と。
何だ?本当のこととは?
親父とお袋は何を見ちまったんだ?
「おい。ここ。これタイヤ跡じゃないか?」
横田は道路から田んぼに入る草むらの道を見つけた。草の上を車が走ったような跡がある。
「車幅はちょうど。そしてここから茂みを真っ直ぐ抜ければ‥下ってくる車の側面に当たる‥」
一度車に乗り情報を整理する。
田舎の警察と言っても警察はプロだ。車の事故の不自然さに気がつかない訳がない。どうもそこが引っ掛かる。3人は警察を調べてみたかったが、具体的に策を練ってもどれも危険すぎた。警察は正義の法を盾に一般人を寄せ付けない。警察は何をしても警察の中にいる限り鉄壁な安全を誇る。もし本当に黒幕が警察なら世も終わりだ。
気を取り戻し地道に証拠探しをした。道路、農業用水路、草の中。どこにもそれらしい形跡はなかった。まるで誰かが全ての証拠をきれいさっぱり闇に葬ったようだ。ダイチは悔しかった。ふと鳥の声がして東の方角を見てみると不思議な形をした廃墟があるのを見つけた。現場から1キロ離れた小高い丘の山の中。3人は廃墟へ向かうことにした。日は徐々に暮れ薄暗くなった。
「これは?ピラミッド型‥」
その廃墟はわざと草に覆ったように見えた。その一体を手入れもせずに。隠してあるように。3人は廃墟の敷地に入った。
「おいおい。こりゃぁ人が住んでいる形跡があるぞ」
かろうじて人が住める程度。そのレベルの廃墟だった。
「おい。どうする?このまま入るのか?もうじき日が暮れるぞ危険じゃないか?」
「うん。せっかくここまできたんだ。もう少し探ってみよう」
チャンスーは怖がりなのか入り口から中に入ってこない。ふたりは廃墟の中に構わずに入っていった。敷地は広かったが建物は小さい。ワンフロアー10畳といったところか。フロアの中心の床がギシギシと鳴る。真上がピラミッド型の三角の頂点の所に来た。
横田は「下に何か隠してあるのかも」と言い床の敷物を捲り上げる。
埃と一緒に取り外せそうな床板が現れた。一枚一枚と長板を外していく。
「ほらな。何が出てくるのかお楽しみだ」
チャンスーが「もしかしてお宝?」と近寄ってきた。5枚ぐらい外したら中身が見えそうだった。3人の顔が床下に近づく。
「何だ?この匂い」
「生臭いイカを干したような‥」
ようやく全ての板が取り外せた。人がひとり床下に降りられるようになっている。
「よし。誰がいく?ジャンケンか?」
「何言ってんだ。俺が見つけたんだ。俺にやらせろ」
「お宝だったら3人分けを約束しろっ」
横田が床下に降りガバっと箱の中に被せてある布を捲る。
「ウワァー」
「ひャー」
「何だ!これは!」
チャンスが短距離選手のように駆け逃げる。一瞬で姿を消す。
横田は顔を覆っていたがダイチはしっかりとその正体を確かめたかった。外した長板でそれを突いてみた。柔らかい。人肌のようだ。でも人ではない。これは‥。
その時ふっと降りた。記憶。。あれっ、ルーが歩いている。
(これは‥感じる。父の記憶‥だ)
親父とルーの記憶がここに残っていた。それはダイチしか読み取れない置かれた記憶。
(親父とルーはここへきた)
そっか。ルーの散歩中にここへたどり着いた。ルーがこの場所をつきとめたんだ。
ルーが廃墟に気づいた。そして父親も。そして廃墟の中にはなにがあった?小さいミイラ。これはミイラなんだ。そしてモグラのステッカー。警察との繋がりは?なぜここにミイラがある?
その時車の音がした。
チャンスーがビビって逃げる。白いランドクルーザーに乗ってひとりで逃げてしまった。置き去りの2人。
「これだからなぁ。あいつがメダル取れないのああいうところなんだよなぁ」
ふたりが歩いて帰ろうとするとそこへ一台の車が。
「おっ、心入れ替えたか?あいつ」
「いや、あれは違う。誰だ?というかやばくない?」
どこかに感知カメラがついていたのかもしれない。タイミングが良すぎる。
ふたりは身を隠す。事によれば反撃も厭わない。武器らしい武器もないがとりあえず大きめな石を拾う。握りながら息をひそめる。
ガサガサ。男はライトもつけずに廃墟へ向かい一度辺りを見回して廃墟へ入っていった。
人の痕跡は肌で感じるものだ。男はおそらく誰かがここへ入ったことを知る。そして探し出す。どういう手段を使って?そう。どう探す?想像がつかない。廃墟から男が出てきた。そのまま物置へと向かう。おかしい。男は暗がりの中を物音も立てずに動き回る。あれはきっと暗視スコープのようなものを目につけている。姿を現したらダメだ。見つかる。
男は何かを手に持ちそれを回した。グィーンギュルル。何と草刈機だ。草刈機を振り回して草をバッサバッサと刈っていく。やばい。これは時間の問題だ。草があるうちに。草の丈で隠れるうちに逃げろ。逃げよう。
ふたりで一緒に合図を出した。ともに全力で走る。捕まったら終わりだ。両親に合わす顔もない。逃げろ生きろ。俺たちはまだ死ぬわけにはいかない。
ちょっと待て。車に誰かいる。黒のSUV。見張りだ。計算高い。あいつはおそらく警察官だ。プロのやり方?そのやり口に確定した。さぁ。どう逃げる?
車のフロントにはカンガルーガードが取り付けてあった。あれで親の車を押しやがったんだ。怒りがこみあげてきた。
父よ母よ力をお貸しください。
その時だ。ニャーという鳴き声と共に黒猫が現れた。数十匹いやそれ以上だ。
黒猫は草刈りの男の方と待機している車の方へ別れていった。様子をみる。すると車の男が叫ぶ。「こら!あっちへいけ!車へどうやって入ってきた!こら!うわぁ」
男の顔を動画で録画した。男は猫が嫌いだったようだ。車から出て廃墟の方へ逃げていった。その隙に僕らは逃げようとする。
いやちょっとまて。 車をさぐる。
そうだ。横田は機転が効く。恐れ知らずとも言える。きっとチャンスーと組まなければメダルを取れた男であろう。ダッシュボードを探り車検証とバックミラーから備え付けのドライブレコーダーのSDカードを抜き取る。容量の大きいカードだ。1週間前の動画が見れるはず。
車内の鍵も持ち出し農業用水路の中へ放り込む。全ては黒猫たちのおかげだった。
次の日。
僕らは1時間かけ県警察へ証拠品を備え出頭した。もちろんバックアップはとってある。警察はもう信用できない。
警察にも同じ言葉を発してきた。法的権利を盾に市民を寄せ付けない。ズルだってしても許せる組織。沢山毒を吐いてやった。
同じものを新宿警察署に持っていってもいいんだぜ。ともおどしてやった。
そしたらすぐに警察は動いた。あのピラミッド型の廃墟も調べがついた。地元の警察官の中にエジプト信者がいて自分はパラオの使者。この地に永遠なる命を与える神にもなれる。とし、犬や鳥を捕まえてはミイラ化にしそのうち本番である人間でもやろうとしていたそうだ。
都会ではできずに人通りがない田舎で堂々とやる。それに気がついたのが我が家の優秀な老犬ルーだったわけだ。ルーが気づき両親に教える。両親はミイラまでには気が付かなかったが、おそらく廃墟の存在を知ってしまった。奴らはミイラも見られたと思ったんだ。そして消される。宗教や思い込みとは怖いものだ。自分を神だと信じ何をやっても許されると言う。そんなのが警察官だぜ。終わってるよな。この世の中。
事件を解決しても親は戻ってこない。世の中の濁った俗世の中に犠牲になった者たち。その犠牲があるから僕らはこうして生かされているのかも知れない。
僕らがいる世の中はこんなだからあの世へ行きたがる若者が急増。
次はそんな話をつづけよう。
【チャプターB:ピアノオタクの忘れ物】
小さい頃からピアノが友達だった。
兄弟の名前には全て音という字がつく。僕にもだ。それは宿命。もはや生まれて死ぬまで僕らは音から離れられないのだ。
僕は自分の名前を書く時、音の文字だけを小さく書く。誰にも気づかれないように。音がならない、聞こえないようにその音を鳴らす。自分の心拍音として。
僕の名前は江戸詩音(エドシオン)兄弟の中で音を〇ンで終わるのは僕だけ。それはなぜか?僕は3番目に生まれ親もケジメをつけたかったのだろう。打ち止めの「ん」として。
「ん」がつくからなのか五十音終わりの平仮名。しりとりだって「ん」がつく言葉で終わる。なら僕もそろそろ終わりにしようか。人生を。
もう十分生きたよ、とは言えない。けどこれから先の人生はとても生きたいとは思えない。何十年我慢して生きてきた。これからも同じなのはわかっている。我慢の人生それがこの江戸詩音(エドシオン)という人間だ。
僕を形作るもの。それはピアノを弾くエドシオンだ。僕の形はその形からは変わらない。永遠に同じ形なのだ。一度有名になると終わりだ。僕を知る人たちのイメージは離れない。僕はいつだってピアノ弾きの詩音だ。
変えたくっても遅い。僕を知る者たちがそれを許さないからだ。
期待、憧れ、尊敬。人間が持つ縛りの手錠。僕はその鍵を失くしてしまった。これからもずっとピアノを弾いてお人形遊びをしてやり過ごす城の中のお姫様だ。
唯一の楽しみは公演先での独り歩き。朝起きて散歩に出かける。そこにはピアノじゃ表せない天然の音が溢れている。鳥の声、花びらを揺らす風の音、虫の音が季節を知らす。早起きの音たち。
本当の音楽というのはこういう音をいう。ただそれをピアノで表現しようとするから難しくなるのだ。僕ら音楽家は本来要らない。世の中には雑音が増えそれを打ち消すかのように僕ら音楽家は必要になった。朝の生まれたての音を聴こうとしない現代人。聴こうと思えば身の回りに癒される天然の音楽なんて溢れている。耳から取り入れ脳で解釈する。その音の変換。それが音楽なのだから。
父は皇室お抱えの音楽家。いつも家にはいない。皇室に朝の音楽を奏でるために全国を飛び回った。皇室の気分に合わせいつでも弾ける準備をしていた。傍を離れられなかった。
その代わり母は専業主婦で僕らの身の回りの世話をべったりと張り付いてしてくれた。ピアノの練習も。家にいる時はほぼ母親とピアノを弾いていた。それが家族の会話だった。
ある日1番目の兄さんが全国年代別コンクールで優勝した。兄は真っ先に父親へ報告したが父親の言葉は「そんな小さなコンクールで満足するな。喜んでいる暇があったら一音でも音を鳴らせ」
と兄を褒めることもなかった。兄はいままで父や母のためにピアノを弾いてきた。自分のためではない。兄は次第にピアノを弾く意義を追求するようになった。
「演奏家は音のクオリティを常に意識しないといけない。指の感覚一音‥」
兄はそこから音楽家として伸びることはなかった。親のために弾くのは限界がある。兄は親から褒められて伸びるタイプだった。
結局兄弟3人いていまだに音楽活動を続けているのは2番目の兄丸音(マルネ)だけだ。何も考えずただ流れる時間を音を鳴らすだけに生きている。丸音(マルネ)はそれを宿命だと言った。
宿命とは自分で決めることなのだろうか?違う気がする。兄はそれを宿命と言い換えることで毎日を生きれたのではないか。そんな気がする。
この2番目の兄の屋外演奏会に僕は呼ばれた。そこでまさかのサプライズがあった。丸音(マルネ)の演奏のアンコール曲「境界」。そこに何と僕がステージに呼ばれたのだ。逃げ場がなかった。その一曲で僕の知名度は爆上がりしたが、ステージに上がった僕は丸音(マルネ)に対する怒りの対抗意識で胸がはち切れそうだった。
ステージから降りた後
「2度とこんな真似するな!」
といきりたった。丸音(マルネ)との最初で最後の連弾演奏。僕はマルネを食う勢いで必死で演奏した。
マルネは僕をスターダムに押し上げようときっかけをくれたんだと思う。しかし僕には逆効果だ。余計なお世話。そのたった一回の演奏で兄は評価を下げられ僕は評価とは逆にピアノから離れることになってしまった。
演奏家ってのは拘りの塊だなぁ。しょっちゅう家に出入りしていたプロデューサー吉木が言っているのが聞こえた。母親は何も言わなかった。
そんな時父の耳にある情報がはいる。
父が珍しく姿を現した。
「えっ、僕がですか?」
皇室から僕の演奏が聴きたいとの申し出だった。父が生涯捧げてきた面子もある。断れなかった。その日に向けて父親の指導が始まった。久しぶりの家族勢揃いの家の中1番目の兄と2番目の兄は僕に嫉妬の目を向けるようになる。
演奏会の日。準備は万端だった。ふと演奏時間の直前に2人の兄の声が聞こえた。
「これでシオンが皇室に認められたら俺らは用無しだな」
それを聞いたシオンは演奏会でわざとらしい演奏をする。
兄たちの顔を立てるが為に。父は個室にシオンを呼ぶ。
「なんだあの演奏は!」
シオンは兄たちのことを説明する。僕ら兄弟は皆一緒。気持ちがわかる。僕の兄はずっとこれからも僕の兄たちだ。自分と同じく兄も大事。兄たちの気持ちもわかってほしい。
そういうと父は無言で部屋を出ていった。
シオンはビルの屋上へ駆け上がる。
ビルから見える夜景は綺麗だったが音が汚れていた。
この高さから落ちたら一瞬であの世に行けるのだろうか。一瞬なら痛くはないだろう。僕の人生は一体誰の為にあった人生だったのか。親でもなく自分自身でもない。ただ。生活の中にはいつもピアノ(音)があった。ジッと手を見る。ピアノを弾く為に指にも気を使った。爪を強くする為にまめに爪を切り指を強くする為に指立て伏せをした。ピアノではお金が稼げない。最近はYouTubeでピアノだって弾けるようになる。ピアノを教える仕事もそのうち無くなるだろう。かと言って夜のバーラウンジで弾くピアノなんて格好だけ。パティというメーカーは?弾くふりをして音源を流す店だって今はあるそうだ。
飾りだけの音。ビジュアルだけのピアノ演奏。
ピアノで死を止めることはできるだろうか。もしこの場所から身投げしようとする人がいるとして僕が弾くピアノを聴き命を捨てることをやめる音なんてものはこの世にあるのだろうか?
そんなことを考えると散々に自分の人生が嫌になった。風は冷たい。このまま固いアスファルトに転落したら迷惑だよな‥。血溜まり、警察、通りがかりの人、家族。ああ、死ぬことさえ面倒くさい。
階下を見るのをやめフェンスに背中を付け寄りかかる。屋上なんて小学生以来だ。
タバコが似合うタイミングだな。そんなことをイメージしていると人影が。
「お前が演奏屋か?」
「誰だお前」
「ここで何をしている?」
「は?」
「どうせ死ぬこともできないくせに」
「‥」
「生まれ変わりたいか?」
「‥」
「もう一度人生やり直す方法があると言ったらどうする?」
「‥」
「まぁ、俺からしてみればお前の人生羨ましい限りの栄光の人生だと思うけどねぇ。何の不満があるのやら」
「ちぇっ。人の気もしらねぇで」
「人生生まれ変わりたいと思うなら俺を助けろ」
「はぁ?」
「今から俺はここを飛ぶ。当然落ちたら死ぬよな?そこでだ。俺を助けお前が犠牲になれ。そうしたらお前は生まれ変われる」
「はぁーっ?はっはー(笑)。お前イカれてるなぁ。そりゃそうだろ。お前に変わって俺が死ぬ。死ぬのは俺だ。死んだら生き返る。次の別人の人生がな。生まれ変わるってのは=死ぬ。ってことだ。死んだら今までの人生をやり直せる。なんてあり得ないだろ」
「‥。僕はやり直せる。って言っているんだ。別の誰かに生まれ変わるんじゃない。今の。自分の人生をやり直せる。そう言っている」
「‥。おいおい。いきなり現れて知らない他人に。はいそうですか。と信じ、はいお願いします。なんて言えるわけがないじゃないか。お前は一体誰だ?何でこのタイミングなんだ?」
「あなたが僕を呼んだんだ。あなたの叫びが僕を。僕はあなたを救いにきた。あなたは信じないかもしれない。僕は来世からやってきた。あなたの次の生まれ変わりなんだよ」
「はぁーはっは(笑)へぇ、ほんとに面白いなぁ。だから何度も言っている。お前マジで言っている?そんなの信じたやついる?他あたっても同じだぞ」
「‥。ちょっとこっちへ来て」
「何だよ」
青年は屋上の裏手へシオンを連れていった。驚いたことにそこにはグランドピアノが置いてある。
「えっ?何でここにピアノが?それもグランドピアノ。こんなのここへ運べっこない」
「これも来世から持ってきた。このピアノよく見て。あなたが残してくれたものだよ」
シオンはそのピアノをじっくりと見定める。上手く弾けず鍵盤を引っ掻いた傷は同じファの音。ペダルを斜めから押す癖がついて曲がったペダル。そして兄弟3人でこっそりつけた天板(屋根)裏の3人のサイン。シオンは驚いた。これは二つとない江戸家のグランドピアノ。
「なっ。なぜ!なぜこのピアノがここに!」
「だから言ってるじゃない。あなたを救いにきた。こうでもしないとあなた。納得しないでしょ」
そう言って男は椅子に座りピアノを奏でた。
「この旋律‥。この音は俺の音」
夜景をバックに「境界」の旋律が風に流れていく。
5分の演奏が終わりその場の空気がすっかり変わっていた。
「君の才能だけはこうして姿を変え来世でも受け継がれたみたいです」
シオンは涙が溢れた。自分の音は途切れず来世でもこうして鳴り続けている。
「なぜお前が死なねばならない?他に方法はないのか?」
「残念ながらありません。僕が犠牲にならないとあなたは死んでしまいます。あなたはこのままだと過去のストレスに侵されて病気になってしまうんです。原因は皇室での演奏会。あの時誰かがあなたの未来を変換した。本当の現実は兄弟3人で皇室の演奏会に呼ばれるのです。そうして江戸家は兄弟仲良く音楽の世界で名が知れ上手くやっていくはずだった。誰かはまだわからない。おそらく僕と同じ未来人かも知れない。あなたに言っておく。兄弟はバラバラになってはいけません。必ず兄弟仲良く音楽を通じ一つになること。それが来世へつながる道となります。あなた達江戸家は兄弟3人揃ってはじめてひとつとなる。バラバラになっては支えあうことができない。」
「何も君が犠牲になることはない。事情は何となくわかった。一緒に変わればいいじゃないか」
男は首を横に振った。
「未来人は前世と接触すれば消されるのがルール。どちみちこのまま生きられないのです。それにあなたが死んでしまうと今後私は生まれない。それが一番困ります。いいですか?これからの説明をします。私はこのビルから階下へ飛び込みます。それをあなたが阻止してください。あなたは私の代わりにビルの下へ転落し死亡。あなたはあの世へ行きます。
死ぬタイミングには順番があり、予定より早い順番で死ぬとあの世でチェンジの資格を与えられます。あなたはチェンジを選べばいい。拒めばもうこの世には戻って来れない。あなたの命を救うにはこの方法しかないのです」
「よくわからないが、チェンジを選べば君はどうなる?」
「チェンジです。私があなたとすり替わる」
「つまり君が死ぬ。ということ」
「そうです」
「気にしないでください。私はあなたを助けることであなたは来世に生きられる。あなたさえ生きていればまた私も生まれる」
「それほんとうか?」
「ああ。ほんとうだ。あのピアノに誓う」
ガチでやってくれ。事故はつきものだ。気をつけろ。よし、いくぞ!
落ちてゆく数秒。こんな事を思った。
ほんの1時間程度。その短い時間に来世の自分と会えた。
幸せだ。
俺の人生ってほんとは自分では気がつかないうちに本当はものすごい人生だったのかも知れない。
俺は立派だった。そして新しい自分よ生まれ変われ!
気がつくとシオンはあの日の皇室の演奏会の日にいた。普段着慣れない服を着て皇室の演奏会に参加している。1番目の兄と2番目の兄と父親も一緒だ。家族揃っての華やかや誇らしい記念の日。
メディアやカメラマンも大勢。その空気に押され来世の男の存在はすっかり頭から消えていた。兄弟3人の演奏は息がピタリと合っている。お互い顔を見合わせて笑い合う余裕さえある。
本当の音とは笑顔が絶えない笑いの音なのだ。
【チャプターC:来世の君に】
あの世には死人の記憶を本のように借し出し一編の映画のように見れる穴蔵(あなぐら)と呼ばれる地下室がある。一時利用許可証を発行しそれを受付に出せば番号を渡され穴蔵へ入館できる。
入館ゲートに渡された番号を打ち込み中へ入ると奥行きが果てしなく長いワンフロアにはびっしりと死人の記憶データーがショーケースに並んでいた。ショーケースを覗くと記憶データーが入った手のひら大の球体(通称:ボール)が1区画ごとに分けられボールスタンドに乗った状態で並んでいる。球体(ボール)に顔を近づけるとボールが反応しおぼろげな灯りがスノードームのように記憶をプレビューする。
一羽(イッパ)は気にいった球体(ボール)を見つけ、受付の真っ黒な猫に
「視聴したいんだがどうやったら視聴できる?」
と聞いてみた。受付の真っ黒い猫はチェッと舌打ちし、目の前で受話器を取り出し誰かに内線をかけた。
「おい、チャンス!新入りにはちゃんと説明してやれと何度も言っているだろ。こっちの負担が増えるんだよ!」
と大きな声を出して自分のストレスを発散した。
「すいません。うちの説明が足りませんでした。えっと、簡単に説明いたしますと、記憶を借りたいときは、ショーケースの左下に付いている赤いボタンスイッチを押します。するとガコンッ!と自動販売機と同じような排出口からボールが転がって出てきますので、あとはそれをお持ちになってあなた様の番号の部屋(個室)に入り、備え付けの投影台(乗せ台)にボールを乗せると再生。あとは好きなだけ他人の記憶を鑑賞なさってください」
「なるほど。ありがとう」
一羽(イッパ)はさっそく言われた通りの手順を踏み個室に入った。
(なるほど。素晴らしい)
投影台に乗せるととボールが光りだしそれがディスプレイになる仕組みだ。
記憶の投影には長編もあれば短編もある。その記憶の長さは生命の長さに比例した。記憶の内容は球体(ボール)ひとつひとつ違う。同じ内容は皆無である。人の人生とは個々独立している。だからこそ覗き見たくなる。他人の記憶ほど関心の高いものはない。
彼は20代の青年で名前を一羽(イッパ)と言った。イッパは死んだその日のうちに穴蔵(あなぐら)の存在を知った。すぐに他人の記憶探しをする。見覚えのある記憶があるはずだ。他人の記憶を利用して確かめないといけないことがあった。
穴蔵(あなぐら)はあの世に最近できたばかりのトレンドスペース。現世と繋がる情報源だ。言い換えると過去を知るタイムマシーン。出来た初日に入蔵率は1000を超え総代はひとり当たり1奉仕or手数料を取ればよかったな、と嘆いた。このままだと死人の数ほど入蔵数はバカ上がりだ。毎日のように人が死に人の記憶が集まる。総代は振り返る。このアイディアを出したのは、とある中高年の画家だった。イッパは聞き耳を立てる。
「人間は非常に美しい記憶を持っている。死んだからといってそのまま記憶を消失させてしまうのは勿体無い。消失する前に是非記憶を取り出して後世に有効活用して死人にも生きた証を」
とその画家は言っていた。
死人から記憶を引き出すのは簡単だった。死人が生まれ変わるまでの時間を利用して鏡に顔を写すように死人の記憶を球体(ボール)に移しこむ。球は特別なもので総代がつくった。この世からあの世へ渡る道をつくり、死人に対して現世に残された者が流した涙が蒸発した気体。
このお別れの感傷(気体)がその道を転がって球体(ボール)ができる。総代はそのボールの形が崩れないように固めるだけ。そうして球(ボール)ができたら死人から記憶を移行し、記憶の入ったボールを穴蔵のショーケースへ保存する。
死人は記憶の移行についてこんな感想を言っている。
「痛くもないし痒くもない。時間だってぜいぜい15秒だ。自分の一生が15秒でコピーされる。そんな薄っぺらな人生だったかと、若い人は言いそうだ。しかし人間の人生とはたかが15秒の人生に省略されるほど無価値だったとは言わない。価値があるものとはその時間の長さや値段ではなく自分の心が決める」
試しにその中高年の画家の記憶を覗いてみる。画家の言う自信に満ちた記憶とはどんなに羨ましいものだったのだろう?
総代が一番乗りで覗いてみたが結果、中高年の画家が言うほど彼が持つ記憶は大した功績を持った記憶ではなかった。ただの、地球上の美しい風景を絵画で写し取るだけのものであった。世界中を旅してまわるわけでもなく、ただ身の回りの花や植物、風景や人物を自分独自の手法で切り取るように絵画で綴って生きた人生の記憶だった。その中で総代が唯一気になった一枚の絵がある。
タイトル:愛しの妻
その妻を写し取った絵は正面から自分を見据えているが肝心の鼻から額までがZ色で塗り潰されている。愛に包まれているどころかまるで正面で顔をつきあわせているが目は合わせられない不動の彼女に対する不信感に包まれていた。
一生を過ごす伴侶。夫婦とは信用してこそ他人が血縁者となる。疑えばきりのない闇となる。総代はすぐにその絵から発せられる匂いに敏感に反応した。実に人間臭い匂いに。
記憶のロケーション。
それは時に目を背けたくなる現実だ。人間の価値観はさまざまで他人が共感するものもあれば、しないものもある。記憶のどれかに通じるものがあるとしたら人間は誰もが皆不完全で死ぬ間際でさえ完全体にはならぬ、ということ。結局万人が認め拍手喝采で迎える記憶とは0(ゼロ)なのかも知れなかった。
つい先日分かったことがある。それは人間の記憶同士との繋がりだ。一度も会ったこともない人間と記憶を分かち合っているケースがある。奇跡的に最近ここ(あの世)で発覚した。記憶はひとりだけのものではなかった。同じ時間を過ごすものにとってはある程度の範囲内で記憶は共有物だった。
穴蔵(あなぐら)にはそういった発見もある。懐かしい思い出の音楽を聴くように記憶を視聴する。死人にとってここは癒しの場所でもある。死人になっても癒されたい。それは生きていた時の感覚がまだ残っている記憶のデジャブ(嘘)だ。
イッパはようやく、穴蔵(あなぐら)でとある記憶を発見した。5年前に死んだ彼女シオリの記憶だ。懐かしく愛おしいシオリの記憶を視聴する。
58番の個室でイッパは号泣していた。将来を約束していたシオリ・・。シオリは絵画が好きだった。そんな彼女がある日、地元の個展のボランティアをした時にその絵と出会ってしまった。
作品名:「鑑賞」。
徹底した対象物の観察から生み出される単純化された線と鮮やかな色彩は外国画的ともいえる独自のスタイルで人気を施していた一枚の絵。彼女はこの絵と出会ってから作品名:「鑑賞」の画家のアトリエに通うことになった。
「私も先生のような絵を描いてみたい」
彼女は頑固な性格で一度決めたことはどんなことがあってもしがみつき離さなかった。彼女は画家の言うことに素直に答え従順に学んでいた。画家名はTOKI。本名の時男(ときお)からとったペンネームだ。彼は彼女に対して絵を教えるどころか掃除に洗濯。ご飯まで作らせる始末。まるで使用人として扱った。僕はそんな彼女の様子を知り彼女を守るために同じくTOKIの弟子入りを志願した。TOKIの作風なんて興味はない。世間の評価だって一部に知られているだけだ。しかし次第に風向きが変わった。TOKIは彼女の描く絵より僕の絵の方を気に入ってしまった。彼女は僕に嫉妬した。そしてあの日がくる。
〇月〇日。からりとした天気の良い晴れ晴れとした日だった。TOKIは家の敷地内を全く飛び出さない画家で有名だった。それなのに急に山の絵が書きたい。そう言って僕とシオリを連れて自宅から数時間かけて電車やバスを乗り継ぎ標高1800mの八願山へ登ることになる。シオリと僕は始めての登山だった。山の怖さを知らない。僕らは登山用の装備品は少なく絵を描くための画材ばかりを入念に背負っていた。二時間歩き、急に足元が変わった。急坂のガレ場(岩場)になり足元は悪く風も強い。急坂を上る鎖を握る彼女の手元も力が入らなくなっていた。
頂上の手前9合目付近で彼女は休憩をしたかったのか、突然トイレに行きたい、と言い出した。TOKIや僕はもうすぐ頂上だからと言いなだめても我慢できない。と言う。しょうがないからと彼女は自分の意志で茂みに向かっていった。そして事件は起きた。彼女は崖から滑落。TOKIは僕にその場を離れるな、と言い残し自分でロープつたいに崖を降りて行った。
そこから長い時間が過ぎた。
TOKIと彼女の姿は見えない。ぼくはただ何もできず震えながら二人をじっと待っていた。長い時間が過ぎTOKIが僕の所へ戻ってきた。
言葉を失った、TOKIははっきりと言った。「彼女は死んでいた」と。
シオリの記憶は短くそこで途切れていた。死因は確かに滑落が原因だ。
僕は58番の席でしばらく確かに存在した自分の過去を思い返していた。
シオリが亡くなった後の自分。
それから1年か経ったが、どうしても僕はあの日の違和感が拭えない日を過ごしていた。
(彼女が滑落した後の時間は2時間は経っていた。TOKIは滑落した彼女を発見し一体何をしていたのだろう。時間の余白。真っ白な僕の知らないキャンバス)
翌年の個展。僕はTOKIの個展の準備に誘われ何気なく飾り付けたその一枚の絵に驚愕した。
作品名「祈り」。
TOKIの描いたその絵はシオリそのものだった。
(これは!)
イッパはTOKIにつめよる。
「この絵はシオリだな。これはどういうことだ!なぜシオリを描いた?」
TOKIはただ何も言わずにその場をやり過ごした。そしてこの絵はTOKIを代表する一枚に評価された。絵画評論家を前にTOKIはマスコミに向かいコメントした。
「私は人間における生命の光りと影をずっと追い求め描いてきました。列車に飛び込み自殺した女性や暗闇に灯る蝋燭。月明りを歩く亡霊などが過去の作品です。そしてようやくたどりついた。命の輝きは死の瞬間にこそ発せられる光だと。この一枚を通し見る人がそう感じ取れたらと思います」
この瞬間にイッパは恐ろしい光景を想像した。
(この男はあの時、シオリの死を目の前に絵を描いていたのではないか)と。
個展が終わってからの数日、僕はTOKIに対する怒りで覆われていた。おそらくTOKIのしたことは間違いない。いくつか思い当たる節がある。シオリが亡くなった夜、TOKIの画材は使用した痕跡があった。TOKIもどこかシオリの悲劇には無関心さを漂わせていた。そしてあの一枚の絵を完成させた後のような満足げな表情‥、僕は知っている。彼が仕事に満足した時は余韻に浸る事を。そして数日間毎日描いていた絵の手が止まる。そんな彼の癖がピタリと重なっていた。
シオリの仇をとらねばならない。
彼に僕は復讐をした。些細な復讐だ。彼の妻を誘惑し数年期間、彼の妻と不倫をした。TOKIは作品つくりに没頭するあまり妻には何の関心事も無くほったらかしだった。そんな彼の妻の懐に僕はピタリと嵌ったピースだった。今考えるとなんて姑息で幼稚な復讐だったのか。
まめに妻に気遣うタイプではないそんなTOKIも妻を愛していたのだろう。悔しさのあまりに晩年に「愛しの妻」を描く。
画家TOKIの人生は作品「祈り」以降名声とは裏腹に確実に不幸の道に迷い込んだ。それはシオリの魂が導いた祟りだったのではないだろうか。
そんなTOKIも病気には勝てずに数年後には他界。
亡くなる数日前には
「俺な。あの世に行ったら閻魔さんに頼み込んでみる。あの世にも記憶のレンタル屋が必要だ。つくってくれ。とな」
いつもの冗談だと思って聞いていた。まさかこうやってあの世に来てみると驚いたよ。本当にTOKIの言った通りに記憶のレンタル屋があるんだものな。
TOKIが亡くなった後、僕はTOKIの妻に頼みTOKIのアトリエを使いTOKIの様に画家を目指した。最初はTOKIの一番弟子という話題性もあり好評だったがTOKIには敵わず次第に話題性も薄れ僕の名前は知られなくなった。そして僕は落ちぶれた。性欲をTOKIの妻に吐き出し、TOKIの絵を勝手に持ち出しては売りに出してお金に変えた。
ある冬の寒い日の午後だった。僕は数回目のTOKIの絵を持ち出そうとしていた。TOKIの妻にそれが見つかってしまう。TOKIのアトリエで彼女と口論になり小競り合いになる。彼女はデザインナイフを取り出し僕を許さないと言った。その彼女の必死な怒りを目の前に僕は勘違いをしていたことに気づいた。
(TOKIの妻はTOKIが死んだあともTOKIの妻だった。身体の関係はあったからといって全てが僕の思い通りだったわけではなかったのだ)
彼女に問いかける。
「今でもTOKIを愛しているんだね」
そう言うと彼女は
「TOKIの絵の中にTOKIは居る。誰にも触らせないわ」
殺すつもりはなかったはずだ。彼女はデザインナイフを持ったまま僕に近づいた。その時に足場の画材に躓いた。彼女はそのまま僕の胸に倒れ込んできた。僕のどこからか血が噴き出る音がした。出血は止まらなかった。そして僕は今あの世へいる。
願えば通じるもの。穴蔵には何十万という記憶のボールがある。その中で奇跡的にも見つけてしまった。今度はTOKIの記憶。
赤いボタンを押し記憶のボールを持って個室58番に入る。シオリの滑落した日の記憶を辿る。
見つけた。そして僕の思った通りだった。
滑落したシオリを救助する為TOKIはロープを使って岩場を降りていく。シオリを見つけるのは早かった。意識はない。TOKIは岩場に引っかかった彼女をどうにかして外そうとする。しかし一人ではどうする事もできない。諦めて救助隊を呼ぼうとする。その時だ。雲間からの一筋の光の帯が彼女全体を写した。
「おお」
その姿はイエスキリストのよう。息絶え力尽き項垂れているが自らを犠牲に民を救った栄光の姿。彼女は女神の様に光っている様に見えた。
「なんて美しいんだ」
TOKIは我を忘れて彼女が背負っていた画材を取り出した。絵の具を広げ無我夢中で彼女のその最期の姿を絵に描いた。今すぐに彼女を助ければ間に合ったのかもしれない。それなのに男は彼女を放置した。ただ何かに取り憑かれた様にひたすらに絵を描いた。彼女の息はそうして止まりTOKIの作品「祈り」は生まれた。
イッパは悔しかった。なぜあの時、自分もシオリのもとへ助けに行かなかったのか。今更後悔したって何も変わらないのはわかっている。しかし思った通りの証拠が分かり、彼女が気の毒で申し訳なかった。八願山はそんなに標高が高くない。救助連絡さえすればすぐに救助隊がきたはずだった。
TOKIの記憶を最後まで見ずに中断しようとした時にふと気になるものを発見した。
シオリの絵だ。
TOKIはシオリの絵には冷たかった。褒めることは一度もなくアドバイスさえなかった。TOKIはシオリを相手にしていない。そう思っていた。それなのにシオリは一生懸命に絵を描いた。TOKIのように人を感銘させる絵を描く。そう決意した日からずっと描くのをやめなかった。
TOKIの記憶は僕に見せた。シオリの絵を度々手に取っては自分も真似をする。TOKIの目線だ。TOKIはシオリの才能を認めていた。シオリを失い一番悔しかったのはTOKIだった。
ハッとした。
(そうか!)
イッパはシオリが亡くなってからTOKIの作風は変わったと思っていた。その本当の理由は盗作‥。それまではシオリの作品の真似をして評価されていた。それがシオリが死んでからは評価がガタ落ち。唯一自分が描いた作品:「祈り」を除いて。
イッパはあの世にまで持ってきた苦い記憶をTOKIの記憶を覗くことで答えを見出すことができた。死ななきゃわからない事もある。胸につかえていたものがスッキリと取れた。清々しい気分だ。イッパは総代に聞こえるように言った。
「あの世の仕組みは大体わかった。数ある記憶の中からわざと僕に手に取るように仕向けた。あなたはやはり魂を支配する総代だ。これだから死人は成仏できる。もしかしたらこの記憶の貸し借りもあなたがつくった幻か?今となればそうとも思えるよ。それじゃあ。いつでもいい。導いてくれ」
総代が一段高い奥の部屋で誰かに手招きするのが見えた。そして背の高い黒い猫が正面から向かってくる。イッパの前で立ち止まると片手を差し出してきた。
イッパは導かれいよいよかと腹を括った。
(もう思い残すこともない)
背の高い黒猫の手を借りて立ち上がる。
背の高い黒猫が後をついてこいと言っているような気がした。
しばらく暗い闇のトンネルを黒猫に先導され歩く。この先には何があるんだ?次の生まれ変わりなのか?そのまま闇の中へと煙になって消えてしまうのか?そう思っていたら歩く先に薄らといやボンヤリと光のようなおぼろげな球体が見えた。
(ん?)
と不思議に思ったがその球体は近づくたびに大きくなっていった。大きさは手のひらサイズから背丈ぐらいそして2階建ての家のように見えた気がした。あれは家だったのか?
背の高い黒猫はこの家の中に入れという仕草をして立ち去ろうとした。
黒猫の残念そうな素振りを見てようやく勘づいた。
僕は戻れるのだと。
最後に黒猫を呼び止め、はっきり聞いておきたかった。
「なぁ。なぜ僕はまた戻れるんだ?」
黒猫は柔らかく首だけで振り返り答えた。
「チェンジ?だよ」
「チェンジ?」
「あぁ。そうだ。君は分かっていないがTOKIの妻が画材で躓いた時、本当はそのまま転び持っていたデザインナイフが倒れた時に胸に刺さって死ぬ運命だった。だが君は咄嗟に彼女が転ばないように身を挺して彼女を受け止めた。死ぬ順番はその時に変わった。だから君にはチェンジ?の資格がある」
イッパは考えた。このまま現世へ帰って満足な生涯を残りの人生として送れるのだろうかと。
背の高い黒猫はイッパへ体を向け直して言った。
「聞くまでもないと思ったが一応聞いておく。チェンジ?はするか?しないか?」
「チェンジならTOKIの妻はここへ来る?なら伝えてくれ。TOKIの記憶のボールナンバーを。彼女は必ずそれを見なければならない。僕がここへ来た意味がはっきり分かったよ。そしてこれからの僕の道筋もここへ来てはっきりした。
僕はシオリの描く絵をそのまま受け継いでいく。僕が彼女の手になり彼女の描きたかった絵を描いていく」
チェンジ。と答えた瞬間
次第に体がその球体の中へ溶け込んでいく。
昇華された。次の生まれ変わりへと。
【チャプターD:持ち出しごっこ】
ある事件が起きた。ひとりの少女が記憶のボールを持って現世へ戻ってしまった。
少女は一度死んであの世の世界へ入り込みチェンジですぐに現世へ戻った。はじめてここへ来た割には手際が良すぎた。記憶のボールは現世にいる者には知られることはない。いや知られるとまずい。記憶の持ち出しは現世の未来を変える事にもなりかねない。なぜ少女は記憶のボールを知っていたのか?少女が持って行った記憶は誰のものなの?どんな記憶なの?記憶は自身に関係のあるものに違いない。いや待てよ。自身の記憶だとして一体どうやって穴蔵に入り、数ある中からそれをすぐに選び取れるのか?謎に包まれた事件。これは計画的犯行だ。
少女が持ち出した記憶物を取り返すため数人が下界行きに選抜された。どれも下界に未練があるがために生まれ変われない者たちらしい。大丈夫か?
総代の腹の中はよくわからないがただの記憶物を取り返すだけの任務ではないのは役人であるチャンスにもわかった。それと同時に選抜者は久しぶりに現世へいくわけだ。現世に未練がある者たちの行動にも関心があった。任務に忠実であるか?そのまま現世に逃げだすのか?
現世に選抜されたのは3人。
元爆弾製造者
元マラソン選手
元自称革命家
「死んだ人の記憶ってそんなに大事なものなの?奪われたって当の本人はもう消滅していることだし別にかまわないんじゃない?取り返す必要あるの?」
元爆弾製造者が役人チャンスに愚痴をこぼすが役人チャンスは丁寧に受け答える。
「死んだ者の記憶の影響力って大きいんだ。当の本人は死んでいるからな。ゼロになったものがゼロじゃなくなる。それは過去を掘り返しゼロがイチになってしまうこと。未来を変えてしまうことにもなる」
「死んでいるのに未来を変えてしまうのか?なんだよそれ。記憶ってすげえな」
「誰の記憶が盗まれたのかわかるもんなのか?」
元自称革命家が続く
「ああ。それはすぐにわかる。あの世は現世の出来事を順序立て時代通りに把握する為にも存在する。莫大な歴史のデーター量だ。まあ、簡単に言って人間記録館みたいなもんかな。なので個人のデーターも全て裏の裏まで把握している。あの世だからな」
「笑。ほんと?嘘くさい。そんな個人の膨大な情報をどうやって管理するというの?あり得ない。僕は信じない」
元マラソン選手は偏屈だ。
「へん。お前たちは何にも知らない。呑気なもんだ。まぁお前たちレベルはその程度でいいのかもな。俺たちもそっちの方が関わり合うのにラクだ」
ここで役人チャンスは元マラソン選手へ例え話をなげかける。
「あっそうそう。君の顔の右側ほうれい線辺りにある傷は8歳の時に2階から落ちてできた傷だ。お前は誰かに背中を押されて2階から落ちた」
「‥え?なぜそれを。背中を押されて?いやあの時は周りに従兄弟がいたけど誰も押した人なんていなかった。いや押せなかった。2階の窓下にすっぽりと隠れるぐらいまだ小さかった。それを持ち上げる力なんて誰も持っていない。だから謎だった。なぜ僕は窓から落ちたのか」
「お前は知らなくても俺は知っているぞ。お前を2階の窓から突き落とした犯人を」
「えっ!本当か?それは誰だ?」
「・・・(チャンスはジラし、しばらく黙る)、バカやろう。本当に教えるわけないだろ。ほらなこっちの世界の者は本人よりも詳しく過去を知っている。だから色んな事を信じた方がいい。それが賢い選択だ」
役人チャンスは話が上手い。人間の意識を任務に忠実に向ける術を心得ている。
「けち臭い。教えたっていいじゃないか。どうせこれから生まれ変わるわけだし」
「えっ。私たちって生まれ変われるの?」
元爆弾製造者が前のめりに食いついてくる。
「そうだ。現世にはそのままでは行けない。身体が必要だ」
「おおー。久しぶりの現世だ。当時つきあった彼氏はどうしてるかな。会ったら驚くだろうなあ」
「よしっ。ここからが指示事項だよーく聞け。
元爆弾製造者のユーリは東京都銀座にあるやくざ事務所へ、元マラソン選手のタンクトップは大阪府吹田市の文化会館、元自称革命家のブシは北海道の旭川へとそれぞれ向かってくれ。それぞれの場所で肉体を与えられる。そこから本格的に活動開始だ」
「えええ?元の身体に戻れるわけじゃないの?」
「ばか。お前たちの身体はすでに消滅しているじゃないか。もう何年も前になる」
「そうか。あれからもうそんなに経つんだ」
「お前たちだけじゃない。あの世には何かしらの理由があって生まれ変われない者がいる。それはどうやら現世への執着がそうしている。魂の一部が現世に執着という形で残っているから生まれ変われない。だから執着を打ち消す必要がある。
あの世で執着のことをジシバリと言うが。これはお前たちにもチャンスだ。記憶のボールを探しながらジシバリという花も探すんだ。その花を現世から引き剝がし、あの世へ持ち帰る。そうすれば執着は打ち消され、お前たちも来世へ生まれ変わることができる」
「俺って現世へ執着があったっけ?」
「そういえば私もあった気がする」
「・・・」
「タンクトップには付け加えておく記憶がある。君が知らない記憶だ。さっき君に伝えた傷の話には続きがある。君と同じ場所に同じ傷を持つ者は世界で他に2人いる」
「は?それが何か特別な意味でも?」
「ああ。ある。特別なつながりがね」
「何だ。そこまで言っておいて。どんな繋がりだ?」
「これは答えてもいいだろう。それは、力を持った人間の特徴だ。隠されたメッセージのように傷はこっちで付けた。見分けがつくように」
「このやろう。わかったぞ。俺のこの傷は2階から落ちた時にできた傷。お前たちの仕業だったのか。こそくなことを」
「大丈夫だ。力を持つ者は2階から落ちた程度じゃ死なん。こっちだってそれを承知でやっているんだ。しかしなぁ、結局お前は持っている力の殆どを使わずに死んでしまった。勿体無い。なぜ使わなかった?鈍感だねぇ」
「何をわけがわからない。一体僕たちの何の力のことを言っているんだ?」
「まぁいい。済んだことだ。君にはジシバリを見つけてもらって生まれ変わった時に期待しよう」
「こっちが済んでいないわい」
「よし。説明は終わりだ。これから各方面に飛ばす。それぞれ肉体を受け入れたら今から念ずる遊園地へ来てくれ。そこが現世での我々の活動拠点となる」
元爆弾製造者のユーリは銀座にいた。彼女はその一部始終を見ていた。引き金を引く音、薬莢の匂い。ユーリは元爆弾を扱うことからその抗争に使われた銃の仕組みや構造を思い出す事ができた。銃が打ち出す銃弾の距離や威力。硬いものに当たり弾き飛ぶ角度。薬莢の匂いは一部どことなく甘い匂いが混じっている。あれはニトロセルロース?甘苦い。まるで人生の香り。
やくざの抗争に巻き込まれ20代の青年が救急車で運ばれる。この青年はよく戦った。しかし銃の選定があまい。連続発射機能に特化した自動銃は軽く扱いやすいが薬莢を込める手間がその分遅くした。無駄に多く発砲しその分の弾を込める時間ロス。青年が打たれたのも薬莢をこめている時だった。
攻撃力に特化したものはその分護りが手薄になる。それはどんな武器や爆弾にも通じるところがあった。
病院のベッドで数人の事務所の人間に見送られ青年は亡くなった。すると青年の魂が力強く上昇し病院の屋上を突き抜け天へ昇っていった。ユーリはその光景をただずっと眺めていたはずだった。
いつの間にそうなったのか。次に目覚めると顔に白い布がかかっていた。ハッとして、布を払いのけると病院の天井が見える。誰もいない。ここは霊安室か。彼女の魂はやくざの青年の身体の中に入っていた。
(こういうことね)
もぞもぞと起き上がり懐かしい身体の感覚を実感する。
(生まれ変わるとこんな感覚なのかね)
なぜか匂いがしない。身体をつねってみたが痛みもない。何か不完全さを感じる。あたりまえだが自分の身体そのものじゃない気がした。
とりあえず言われた遊園地へ向かおう。その場所は地図が頭の中に埋め込まれたように自然と場所がわかった。
元マラソン選手という肩書は薄い肩書だ。誰よりも走ることが好きだった。近所の友達は最新の自転車に乗り雨の日は車で送り迎えをしてもらっていた。我が家には自転車を買う余裕もなく雨の日はいくらでも服を濡らさないように速く走って帰った。人にはいつも走っているやつだと言われ、おかげで僕の足は誰よりも速かった。大会は万年陸上部。大会で結果を出すたびに僕は学校へも家へも通学路の距離をわざと遠回りして足を鍛えた。親も安心しただろう競技にかかるお金はマラソンシューズ一足とランニングシャツと短パンだけで済む。高校生ぐらいになるとそんな陸上部もおしゃれに目覚めた。同じチームメイトでは服装にこだわり練習用のシューズだとか、リカバリーシューズだとか言って一足持ちの選手は僕だけになった。そんなある日の夜
いつものように遠回りをしていた帰宅途中にアパートに忍び込む人影を目撃した。こっそりとあとをつける。その人影は手際よくアパートのベランダ2階から室内へ侵入した。今思えばそこで警察に電話をかけておけば良かった。怖いもの見たさというのか、それなのに僕はその不審者への興味が勝り一緒になってベランダへと侵入してしまった。不審者は女性用下着数枚を盗み表玄関から僕が知らない間に逃走。残された僕はベランダに居たせいで通りがかりの誰かに動画を撮られ犯人にされてしまった。
僕の選手生命はこうして絶たれた。箱根駅伝では注目選手の1人。そして区間記録は間違いないと評価されていた頃の出来事だ。それでも僕は走るのをやめなかった。大会にでれなくても走ることしかできない身体だ。走らないとダメになる。走っている間は無心になれる。何も考えなくていい。ただそこにあるのは自身の歩音と吐き出す息づかい、そして背中を押してくれる風だ。もはや誰にも評価されず記録も無い。それでも僕は走ることで生きていられた。
そんな早朝の出来事。6月の霧の濃い朝だった。新聞配達の車に僕は轢かれ死んでしまった。
あの世の役人チャンスは言った。僕は選ばれた人間だと。今当時を振り返ってみるがこんな地味な僕の人生に何の力があったというのか。
左顔のほうれい線にある傷を触りたくても既に肉体や顔面も存在しない。その傷や傷の感触は覚えているのに。
大阪府吹田市文化会館では日本ボディビル選手権が行われていた。客席からは33番!24番!と番号を叫ぶ声が飛び交う。
(なんで俺はここにいるのか?)
タンクトップは疑問に思いながらも少しだけならと、熱気にまみれたステージのパフォーマンスを眺めることにした。
それにしても人間の身体というのは不思議だ。鍛えれば鍛えるほどあんな筋肉だらけの巨体に変化するのだから。
ポーズをとるパフォーマーの顔は皆辛そうだ。食事や水を抜き極限状態のなかで筋肉を膨張するポージングをとる。マラソンに例えるならラスト3キロといったところか。
ひとり気になるパフォーマーがいた。12番。12番は相当きつそうだ。汗も出切った血の巡りが止まったように顔面蒼白でようやく息をしているようだ。
タンクトップは会場に届かなくても12番!と叫んでみた。
(12番!もう十分!もうやめろ)
そう言ったつもりが次の瞬間に12番は頭から倒れてしまった。口からは泡が出ていた。もはや排出されただろう生理的現象も反応していない状態だった。救急車が来る。
(なぜあそこまで自分をおいこむ?命あっての自分だろ!)
タンクトップはそう言ってみたが、その後でなんとなく12番の心理が理解できそうな気がしていた。
(あいつもボディビルでしか生きる道がなかったのだ。自分の命を削ってまでもしがみつくもの)
死因は極端な減量と高強度の運動による心臓突然死。筋肉増強剤の乱用による心血管の負担も原因だった。
12番の筋肉の塊は霊安室の白いベッドからはみ出している。関係者は帰ったが恋人らしい女性がまだ側を離れない。女性はようやく涙が止まり立ち上がった。手からメダルを取り出し12番の太い首にぶら下げた。女性が12番の身体に覆いかぶさりキスをする。
(最後のお別れだろう)
ふと女性がなにかに気づく。
12番の股間だ。12番の股間部分か盛り上がっている。女性はまさかと白い布の中に手を入れると死んでいる12番のペニスが勃起し反り立っていた。
「あなたは・・死んでまで私を愛しているのね」
彼女は白い布をはがして12番の上へ跨る。今夜もいつもと同じように私を抱いてくれたはずだった。彼女はパンティをおろし固く反り立った12番のペニスを膣内に挿入した。一度奥まで押し込みじっと動かず亀頭の先を奥壁に当てたままにする。彼女もまた濡れていた。
「あんっ。いいわ」
ゆっくりゆっくりと動き出す。前後に大きく、そして徐々に上下に淫らに速く小刻みに腰を振っていく。この部屋には監視カメラがあるかも知れない。しかし彼女には恥ずかしさや、はしたない感情は無かった。ここは霊安室ではない。彼と自分自身だけの特別なLOVEな空間なのだ。誰にも邪魔はされないわ。と。
彼との快楽に歯止めが利かなくなった。彼女は上半身のシャツを胸まで捲りブラジャーを除け乳首を露出させる。次に12番の男の重い右腕を抱え自分のバストを乳首ごと揉み上げると自然と声が出てしまった。
「いいわ。最高よ私のチャンピオン」
同時に腰の動きが激しくなる。腰の動きは止まることは無かった。そして信じられない。彼は射精したのだ。彼女は余計に興奮しビクンと反射し何度もイってしまった。12番の大きな巨体に覆い被さるように力尽きる。股間は接続されたまま。彼のペニスは射精後も勃起したままだった。
タンクトップは偶然にもその場を目撃してしまった。目を背けたくても無理だった。その光景は非常にいやらしく、そして美しすぎる二度と見ることのない神がかった場面だった。
どのぐらいの時間が経ったのか、気が付いた時には彼女はいない。タンクトップは12番の男の中に居た。
(まじかよ。この身体。でかいし重いし動きづらいな)
起き出し、走ってみたがこの男は遅すぎる。脚の筋肉は見た目だけだった。
(そうだ。遊園地だったな)
タンクトップもこうして遊園地へ向かった。
北海道は紅葉が美しく動物は長い冬に備えて秋の実りを蓄えるように胃の中を膨らませていた。元自称革命家のブシは旭川のはずれにある田舎の小学校にいた。
「さあ、それでは音楽の授業をはじめます。来月の合唱発表会まであと20日をきりました。限りある時間を有効に練習していきましょう。
練習曲は<この星にうまれて>それではいきます。はいっ。夢は捨てないで 必ず叶うから~♪」
現世はいろいろと懐かしいものばかりだ。秋の紅葉の色、高い空に響く歌声。ブシはしみじみと現世の懐かしさを肌で感じていた。
(それにしてもなぜ旭川なんだ?そして魂は音楽の授業から離れない)
「歌は何度も歌ってもうまくなりません。それは何故か分かりますか?はいキョウコさん」
「何度も練習すれば上手くなるんじゃないでしょうか」
「いいえ。なりません。人間は練習し過ぎるとマンネリ化してしまい何度も練習することに慣れてしまう。そうなればレベルは止まってしまうんです。それ以上の高みにはいけない」
「じゃあ、どうすればいいんですか?」
「そんなときは見方の角度を変えるの。例えばね」
先生はCDをかけはじめた。
「この曲を聴いてみて。ショパンのノクターン第20番よ」
静かな教室に奏でる音、哀し気な静かなメロディが流れる。
「どうですか?簡単な感想をお聞かせください」
「人間の感情のようです哀し気だけど次には転調して」
「身体のそばにいるような近しい曲に思えました」
「何なんでしょう。とても何百年前の音楽とは思えません。昔から知っているような、はじめて聞いた曲なのに誰でも知っているかのような」
「うん。いいわ。その感覚よ。音楽というものはね、心の音なの。今の気分、昨日の悲しみ、昔嬉しかった記憶そのものなの。だからね合唱もそう。発表会の為に、じゃない。歌えることがゴールじゃない。歌う人それぞれの心を表現する景色なのよ。今言った感覚をそのまま歌にしてみなさい。上手くなくていいの。自分をだせばいい」
ブシは授業を見ていて自らも感心した。
(なかなかいいことを言うじゃないか。この先生。いたか、こんな田舎の小学校にも。革命家だ)
先生の名前はサキと言った。
過去に存在した自分を重ねる。ブシが生きた時代は幕末時代。名を奉庵(ほうあん)とし、貧しくも心は熱く国の未来を案じて尽きない未来への思想を思い描いていた。
ブシが営む剣術道場には時代の先行きが不透明で不安な心定まらない若者がよく訪れた。剣道場は建前。本当の思惑は世直し討議だった。様々な人間が出入りする中ある日、ひとりの若者が道場を訪ねる。密偵だった。
「先生。私には生まれ持った信念があります。剣で世直しをすることです」
「生まれ持った?とは?」
「へぇ。私の家柄は歴代に渡り剣使いであります。剣と共に生きる。それを生まれながらにして叩き込まれてきました」
「しかし、剣を使った世直しとは‥。まさかお主‥」
「そうです。世の中の邪魔者は成敗しないといけない。世の中に悪い奴がいたら私が成敗します」
「そんなことを言ったって、お前悪い奴の見分け方ってのがあるじゃないか。一体どうやってそれを見分ける?」
「見たら分かります。悪い奴は顔に出る。そんな奴と目の前で出くわしたら刀は許さない」
「ふふ。若いなぁ、お主。なぜここにきた?お前の家の方はちゃんと極めてからここへ来たんだろうなぁ。中途半端はいけないよ。ここへ来たいならしっかりと終えてから来い」
「何を。ここの道場は人を拒みよるか?」
「ああ。君はまだ若い。物事には順序ってのがある。剣術に近道ってのは無いんだ」
「おのれ。私を侮辱しおって!」
「わからんやっちゃな」
力の差は大きかった。青年は呆気なくねじ伏せられ奉庵は示しとして青年の手首の骨一本を折る。
「手首の骨はゆっくりと元通りになる。その時間を精神の美化へ使い心改めよ。せっかく生まれ持った剣の家柄ならもう逃げ出してくるな」
青年の家柄は歴代に継ぐ密偵の家柄だった。じきにお庭番と呼ばれ影の任務で食い継いでいく悲しき家柄であった。
「幸助よ。はじめての任務ご苦労であった。して、手首一本で帰してもらったとなれば兼継家の恥。そのままでは終われぬ。仕返しをせねばならぬ。幸助よ覚えておけ。仕返しというのはその何倍にも返してならねばならんという事を」
次の日、兼継家は数人の密偵を引き連れ奉庵の道場を襲い火を放ち奉庵は焼き殺されてしまった。建前でつくられた道場主に歴代の密偵家に敵うわけがなかった。この様な容赦ない悪行家がその後、お庭番の名前を有名にし恐れられ殿様が抱え込むぐらいの組織になっていく。
この時からブシの魂は何百年もあの世に残り漂っている。何に未練がまだあるのか自分でもわからない。執着はなんなのか。
合唱コンクールの日は快晴だった。1年生から6年生まで各クラスごとに歌声を競う年に一度の文化の大会だ。父母も校舎に招きいれ合唱を鑑賞できる為会場となる体育館は隙間なく人で溢れていた。毎年この行事の昼食は父母の会と町内会で軽食をつくり生徒と先生方に日々の感謝を込めてふるまっていた。この日の昼食メニューはサーモンサンドと野菜たっぷりのきのこ汁だった。昼食も終わり午後の部が始まる時間帯の出来事だった。
「キャー」という悲鳴と共に人がパニックになっている。見る目を疑った。体育館の玄関から熊が侵入したのだ。熊は人間の多さに驚いて興奮しているようだ。匂いにつられたのか昼食のあまった食材を片付けている職員につめよる。その時校内アナウンスが流れた。
「生徒はすぐに自分の教室に戻り指示があるまで教室から出ないでください」
その音に熊は驚き興奮してしまった。逃げている児童にむかって突進していく。サキ先生は咄嗟の判断でピアノの鍵盤を叩いた。すると今度はサキ先生に方向を変えて先生は襲われてしまった。生徒をかばい熊にやられ、結局それが致命傷となりサキ先生は亡くなってしまった。
(先生よ立派でした)
ブシはこうして女性の身体を借りた。
先生の身体を借りるとふと昔の記憶を思い出した。過去にこの女性の様に私を庇った女性がいたな。と。奉庵はその時
(もしかしたら私の執着はその女性なのかも知れない)
そう思った。
遊園地へ向かう。
あの世から選ばれて来た三人はこうして肉体を手にいれた。各地方はばらばらだがそれぞれの場所に存在する移動用のトンネルを抜けると集合場所である遊園地にすぐに移動できた。規模の割には人ひとりいない寂しい遊園地。
「こんなに広い遊園地なのに俺ら4人だけってのもったいなくね?」
「そうよ。なんで活動拠点が遊園地なのよ」
「ってか。女性のあなたは誰ですか?」
役人チャンスが話をまとめる。
「はい。それでは皆さんそれぞれ身体を手に入れたわけで誰が誰だか分からなくなったと思いますので自己紹介といきましょう。はいそれでは、やくざさんからお願いします」
やくざの青年が答える。
「ああ。俺はやくざの身体を借りました。元爆弾製造者のユーリです。やくざの身体を借りて言うのもなんなんですが、やくざの世界って映画のイメージそのもので驚きました。以上」
「元マラソン選手のタンクトップです。僕は見てこの通り筋肉もりもりのボディビルダーの身体を借りてます。元がマラソン選手なので動きにくくてしょうがないっす」
「こりゃあおもしれえ。ランニングシャツから今度はタンクトップかよ。お前の人生は袖がいらねえなぁ。笑」
やくざが早速からむ。
「最後は私ね。身体を借りたらこの通り性別も変わってしまったわ。元自称革命家のブシです。おてやわらかに」
「この通り身体の存在はタイミング次第なので選べません。各自不満はあると思いますが記憶のボールを探し、取り戻すまではこの身体のお世話になりますので大事に使ってください。なにか質問のある方?」
「この身体を借りるということはこの身体の本当の人物は現世ではまだ生きている。という扱いで良いの?」
「そうです。各自の現場では一旦死んだ者が生き返った。ということになっていますのでそれなりの対処をお願いします」
「めちゃ難しいけど、まぁなりなりにやってみるわ」
「はい。僕も質問」
「どうぞ。タンクトップさん」
「今身体を借りている当の本人は死んであの世にいるんですよね」
「そうです。当の本人はあなた達が身体を借りていることも知らないし、もとに戻ることもありません。あの世で次の生まれ変わりを待つだけです」
「そうですか。なんかさ、いざこうやって身体に入ってみると情がわくというか、その人間に興味をもってしまうんだ」
「それは危険です。その身体はあくまでも借り物。その人物になりきってはいけません。あなた達の本来の目的は・・」
一同
「記憶のボールを探し取り返すこと。そして記憶のボールを探しながらジシバリを探しあの世へ持っていくこと」
「そう。そういうこと。ジシバリの花の特徴は黄色い花と深く張る根です。執着期間が長い人ほど花は大きく根は深い」
一同
「ラジャー」
その時一陣の風が吹きチケット売り場の三角屋根に設置された風速計の風見鶏がくるくると唸った。役人のチャンスが言う。
「ちょうど今あの世からのメッセージが届きました。伝えます。
誰の記憶が持ち出されたのかわかりました。記憶の持ち主はスズキ電気技術戦略部長堀内まさき。スズキ電機というのは表企業。裏では宇宙部門の企画と製造をメインで扱っている企業だ。そしてこの企業は各外資大手企業から出資され極秘で開発を進めていた分野があった。UFOの製造だ。調べてみるとNASAがスズキ電気を推薦し開発を任せ極秘にすすめていたようだ」
「堀内の死因は?」
「海から死体があがったそうだ。こういう極秘関連は不審死が多いからな。ちなみに堀内も君らと同じまだ生まれ変われていない。未練を現世に残してきているようだ」
「それなら堀内をここへよこした方が話がはやいのでは?」
「ばか。記憶の当事者を現世へ呼び寄せるやつがいるか!余計にややこしくなる。こういう時は部外者が解決するのが近道なのさ」
「へえ。そういうもんかねぇ」
「ねぇ。あの世からのメッセージっていつ受け取ったのさ?」
「ああ。あれね。君らもそのうち解読できるようになる。メッセージは風の音や虫のさえずり、木々のこすれる音に暗号化されて届くんだ。さっきは風が吹いて風見鶏が回った。その音をあの世からのメッセージとして解読したんだ」
「なるほど。僕ら4人が離れていてもメッセージを受け取れるようになっているんだな」
「メッセージを受け取るごとに事件解明へのチャンスが到来」
「よし。今日はここまで。また明日ここへ集合してくれ」
一同
「ラジャー」
なぜここまで忠実に従って行動するのか。なぜ数ある人間の中から僕ら3人は選ばれたのか。あの世に対する謎は相変わらず多い。しかし考えている暇はない。とりあえず記憶のボールは今どこにあるのか?探さないといけない。
3人の行動は偶然にも一致した。次の日スズキ電気浦州工場へ3人がいた。
「どう見てもここの工場はダミーだよ。こんな分かりやすい場所でUFOなんてつくらないでしょ」
「そうだな。じゃあ他に考えられるところは?」
「場所はわからないが海じゃないかな」
「ええ?海?」
「堀内は海で亡くなったんだろ?だから単純に海だ」
「単純ねぇー」
「・・・いや、それもあるかもよ。もし自分があやしい誰にも気づかれたくないものを持っているとして、どこに隠す?」
「・・・」
「だろ。海なら探せないだろ。広すぎて」
「確かに。地球は3割が陸で7割が海。どちらかを探すなら7割の方だろう」
「おい。お前たちまじか」
その夜明かりがついた観覧車の下で3人は海の話を役人チャンスにしてみた。
役人チャンスはなかなか鋭い見解だといい早速あの世に報告をした。
壮大に広い海の中から一部を特定する。そんな神がかりな、しぼりだしは同じく壮大で計り知れない存在のあの世でしかできないはずだった。メッセージを待とう。
メッセージを待つ間3人はそれぞれが持つ現世の執着ジシバリを探すことにした。
ジシバリを探すということは過去と向き合わねばならない。少しだけ勇気のいることだった。
元爆弾製造者のユーリは仕事上火気厳禁の一日中暗い地下部屋にいる事が多かった。環境がそうだったからか自然と口数が少ない寡黙な性格へと変わっていった。毎日毎日どこからか運ばれてくる不発弾を解体してはどこへ届けるのか知らされない新しい爆弾を製作する。壊してはつくりの繰り返しの毎日だった。
ユーリは手先が生まれつき器用だった。それがまさか爆弾をつくる仕事をする事になるとは過去の自分が知ったら悲しむ事だろう。この仕事は給料面で選んだ仕事でユーリにはどうしてもお金が必要だった。日々我慢をして毎月の支払いのために仕事をする。彼女の身体には幾つものタトゥーが彫られていた。背中には右肩から左肩までいっぱいに羽を伸ばしたように背負った十字架を。身体の表面には過ちを許すマリア像を、両腕には聖書の言葉を引用したセリフ。ほぼ身体全部を神に捧げ許しを乞うように痛みに耐えタトゥーを彫り刻んだ。全身ににタトゥーがあることで彼女の爆弾に対する後悔の念は一時的に癒やされた。
(私がつくった爆弾で誰かが命を落としている。それは私が誰かの命を奪っているということ)
人殺しの手伝い。いつしか彼女は自分の仕事をそう認識するようになった。そしてある日のこと。
ユーリは爆弾をつくる過程で幾つか不良品をわざとつくるようになる。最初は100個のうち1個だけだった。それが2個になり30個になった。彼女は1個不良品をつくれば1人助かる。そう思い不良品の数は増えていった。
それから半年が過ぎ彼女の元へ1人の軍人が現れた。名前をジュンヤと言った。聞くと半年前の戦闘で負傷。生死を彷徨った後命は助かったが、歩くのが不自由になり爆弾製造班に転属されてきたと言う。
「戦況はこちらの隊が有利でした。しかし仕掛けていた爆弾が次々と爆破せず、流れが変わり僕らの隊は呆気なく潰されてしまいました。その現場で仲間を2人亡くしてしまいました。私の責任です。もっとしっかり爆弾の管理をしていれば。爆弾は湿気に弱い。もしかしたら水分の影響でしけていたのかも知れない」
ユーリはその話を聞いて青ざめた。人を救おうとしてやった事が逆に人を危険に晒すどころか命まで奪ってしまった。
(私が不良品をつくったせいで人が死んでしまった。
一部隊でこの有様だ。他にも次々と同じ事が起こるはずだ。私は一体何をしているのだ!)
しばらく休暇を申請した。
自分の人生を考え直そう。そう思って大好きなオートバイで旅に出た。今思うとその場所からすぐにでも逃げ出したかったのだろう。
休暇後。仕事に復帰した日に同じ製造班のジュンヤがひどい喧騒でやってきた。
「あなたがつくった爆弾に不良品が見つかりました。何個の話じゃないです。この半年間の間で不良品番号から製造者を特定して驚きました。あなたわざと不良品をつくったでしょ。そうとしか考えられない。きっと私の部隊が扱った爆弾もそうだと思う。なぜだ!なぜこんな事をする!君は敵国のスパイなのか!それともお金か?お金で買われたのか!このやろう」
なるほど。ジュンヤがここへ来た理由が分かった。自分で志願してきたのだ。不良弾があってはならない。自分の命を守る為にも同じことは起きてはならない。身体が不自由になっても彼は根っからの正義感を持った国に尽くす兵隊だった。
ユーリは責任を取り会社を辞めた。何十年も嫌々ながらも続いた爆弾製造班。今更新しい人生の見つけ方なんて億劫で探したくもない。ただお金は必要だ。頭と生活がバラバラで一致しない。どうしようか考えるだけ疲労する。考えたくもない。
爆弾製造者は会社を辞めても行動を監視される。国の法律に定められている。それはそういう仕事だった為に避けられない。これからも自分の行動は監視され続ける。
何十年勤めてできるようになった技術は爆弾の取り扱いと解体とつくり方。
ユーリは材料を集め自分で爆弾をつくってみた。
何十年もつくってきた彼女にとってそれは簡単な事だった。
ひとつインターネットを通じて売りに出してみると想定外に高く売れた。返品不可。インターネット回線は様々な公共施設の物を使い自分のパソコンに履歴が残らない様にしたが、取引口座は足がつく。お金の回収が一番難しかった。ユーリは徐々に悪い組織と爆弾を通じて親しくなっていった。お金を稼ぐ為には仕方がない。そのうちに彼女は脅され指定された日までに何百という個数の爆弾を頼まれた。材料費含めての資金はもうすでにもらっている。間に合わないと何をされるかわからない。彼女は焦っていた。製作期間を短くする為に新しい部品の一部にプラスチックを使ってみた。それがいけなかった。
そして製作途中にそれは暴発した。ひとつの暴発は複数の爆弾に引火しユーリは家ごと吹き飛んで死んでしまった。
残された家族は2人いたが何も知らない。
「残された家族はどうなったの?」
「わからない。怖くて確認していないよ」
「なら、あなたの執着はそれね」
「‥」
「見に行こう」
「えっ」
「皆んなで見に行ったほうが心強いだろ?」
「まぁ、」
「よし行ってみよう」
そこは郊外の古い病院だった。意識はなく何年も寝たままの延命治療を受けている患者が多い。
ユーリは20歳からここへ通っていた。
いつもの部屋に行くと両親の姿がない。
「どういう事?」
「君がいなくなって何年経った?」
「約4年よ。3年と7ヶ月」
「自宅に行ってみないか?」
「えっ?自宅は吹き飛んだから形はないわ。ただの更地があるだけ」
「それでも行ってみよう。せっかくここまできたんだ。君の知る場所を巡ったらきっと何か見つかるはずさ」
ユーリの自宅があった場所へ行くとそこには小さな家が建っていた。庭には美しい花々が咲いている。その庭先で水をやっているお年寄りがいた。
「ああー。あれは!」
彼女の母親だった。
その時草花が風に吹かれざわついた。あの世からのメッセージだ。
(君の両親は君が亡くなったのを察知した。寝たきりの状態でも君の生命はずっと感じて生きていた。感謝している。こんな姿だけど生かせてくれてありがとう。そう言っていた。そして君が亡くなったのを知り父親は母親にこう告げた。
俺はもうそろそろ行くよ。ユーリが心配だ。父親らしいことを最後にさせてくれ。俺たちの命は今半分ずつだ。その俺の半分をお前にやる。お前は生き続けろ。今からその命をやり直すんだ。彼女の為に。俺の分まで。宜しく頼む)
そう言って母親は目覚めた。
母親には父親とユーリの死亡保険金が入ったので野ざらしになっていた土地に家を建てふたりの墓も建て静かな余生を過ごしていたのだった。
母親は花への水やりの手を止めた。こちらに気づいたようだ。
「まぁ。ようこそいらっしゃいました。ここがユーリの家よ。お帰り」
ユーリの涙は止まらない。なぜ他人の身体を借りているのに母親は彼女だと気付いたのか。
いや母親だから気付いたのだ。
「どうぞ。どうぞ皆さんもあがっていってください。ユーリがお世話になっています」
母親が手入れする庭の片隅にはジシバリが黄色い花を開き咲いていた。はじめてみるその花はたんぽぽに良く似ている。おそらく本人にしかわからない執着の姿だ。根は深いが簡単に取れた。おそらくこの花はたんぽぽのふりをしている。
その夜の遊園地。ひとりが成仏され居なくなったのをチャンスは知っていた。
「ねぇ。任務の途中にひとりかけるのおかしくない?ひとり減ったら仕事が捗らないじゃない。優先すべきはジシバリじゃなくて記憶のボール探しでしょ?」
「まあまあ。そう言ったってジシバリが見つかる方もなかなか難しいんですから、これはこれでしょうがないんです。ちゃんと増員申請はしてきましたから大丈夫です」
「それより海の話だけど進展はあった?」
「ええ。スズキ電気は社名のついていない船に従業員を乗せ毎日朝と夕方に行き来している場所があったよ。それにしても資金がある会社だ。移動には小型のジェットフォイルを使用している」
「へぇ。あの海上から浮かせて走るやつか。小型でも100人は乗れる」
「場所は?」
「内之浦宇宙空間観測所から置久島へ向かっている。きっと置久島にUFOを製造する基地があるのかも知れない」
「おそらくそうかもな。よしそこへ行ってみよう」
役人チャンスと元マラソン選手のタンクトップ、元自称革命家のブシは置久島へ向かった。
屋久島は日本初となる世界自然遺産に登録された島。樹齢1000年の縄文杉や白谷雲水峡など壮大な光景が広がるパノラマ地帯だ。とパンフレットに書いてあるが着いてみると島の全体は深い森林に包まれ険しい山だらけ。それが余計に人を寄せつけない掴みどころがない印象を受けた。
森の入り口には有刺鉄線のフェンスが張られ立ち入り禁止区域と書いてあるゲートには鍵がかけられてあった。ゲートの幅は大型車両が通れるぐらい。鍵つきのゲートがあるという事は鍵を開けて入れるという事でもある。おそらく度々このゲートは開かれている。ゲートには監視カメラ、フェンスには人感センサーが取り付けられ警備にはコストがかかっている。なぜへんぴなこの山奥にここまでする必要があるのか。観光地という割には島全体の雰囲気は人を拒んでいる。さてどうやって敷地内に潜入しようか。
あの世3人組はこのゲートが開くタイミングを待つことにした。開いたタイミングにあやかって潜入する単純な作戦だ。何の根拠もなく待つというのはしんどい。いつでも来た時に動けるようにしなきゃならないし、かと言っていつになるのか分からずにその場で待ち続けるのは無駄な時間のようにも思えた。元マラソン選手のタンクトップはジッと我慢できずにフェンスの周りをウロウロと歩き回るようにジッとしていられなくなった。
「おい。あんまり遠くへ行くなよ。ゲートが開くタイミングは今かも知れないんだから」
元自称革命家のブシが気遣う。元マラソン選手のタンクトップは身体を動かさないと気が済まないようだ。いつの間にか木片を使ってフェンス下をせっせと掘っている。
「おい。何をしている」
「待つのが嫌いなんでねぇ穴を掘ってる」
「穴なんて簡単に掘れるか、お前の身体がデカいのを忘れたか?」
「今こそ、この馬鹿力を活かす時だ」
「何をわけわからん」
馬鹿力は功を制した。タンクトップはフェンス下を潜れる穴を掘ってしまった。フェンスの向こう側から手を振っている。
「馬鹿力は本物だ」
「ああ。見かけ倒しでは無いようだ」
森の中は道がなく歩きづらいが臆せずに深い山の中へ進んでいく。暗く深い森の中を数時間歩くと偶然にも明るい光が刺す開けた場所に出た。
「どう見てもこの場所に違和感を感じる」
「そうだね。不自然に開けた場所。人の手が加えられている」
「しっ。誰か来たぞ」
音と共に山の一部が割れランプウェイが出現した。そこにキャタピラで走る車が現れた。パキパキと草木を踏みつけ颯爽とランプウェイを渡っていく。ジェットフォイルからこの車に乗り換えたのだろう、山の内部へ消えて行った。
(あの山の内部が製造倉庫になっているんだな)
(見る限り怪しい。手がこんだ隠し砦。そんな印象だ)
チャンスが指示を出す。
従業員をおろした車が戻ってきた。
「よし。タンクトップはあの車を追跡。ブシは俺とランプウェイを渡り潜入捜査開始!」
車両と運転手は特定できた。車両は佐々木電気名義のサンバ38。運転手は名前も顔もない。自動運転車両だった。
潜入した山の内部は思った通りの製造倉庫だった。何百人もの作業員が働いている。そこに連行された男が入ってくる。タンクトップだ。
彼の筋肉隆々な大きな身体は目立った。サンバ38の監視カメラに映っていたようだ。早速捕まっている。チャンスたちはこっそりと彼を追った。
この基地の管理者らしい男がタンクトップに質問をしていた。作業員は彼のことをゴーストと呼んでいた。
「ここで何をしていた?この基地に何の用がある?」
「ええ。私もここで働けやしないかと思って皆んなの仕事ぶりを観察していました」
「なぜここでの仕事を知っている?」
「へぇ。港で、はぶりのいい仕事があるって噂を聞きましてねぇ、本当かどうかこの目で確かめたかったんですわ」
「誰かがこの場所を話したとでも言うのか」
「そりゃぁ港ではその話で持ちきりですわい」
(なんだ?あの喋り口調)
(びびっている証拠でしょ)
(口からでまかせってやつか)
(うんうんと頷くタンクトップ)
ゴーストは表面的にはいいやつだった。彼をそのまま作業員として使ってくれると言う。が監視人付きだ。
「いいんですか?誰かわからないやつを使って」
「ああ。やつの腹の中を知りたい。港でこの場所のことを喋るやつなんていない。なぜかわかるか?」
「ええ。喋ると消される。それは誰もが知っていますから」
「やつは何かを知っている。しっかり見張れよ」
「わかりました」
タンクトップはUFOどころか倉庫の中で不要になった廃材やゴミを片付ける仕事を与えられこき使われた。
どうにかしてUFOを製造している場所を突き止めたい。彼は働きながらはわずかな隙ができるのを狙っていた。そんな何日か目の作業中。
ゴーストが作業の配置換えを指示してきた。
「これから向かう場所は極秘で進められている現場だ。見たこと聞いたことは他言無用。誰かに言ったら消される。そんなレベルの現場だ。作業が遅れている。人手が必要だ。信用できないお前を特別に連れていく。覚悟はいいか?」
タンクトップは大きなリアクションで反応した。
「これはまたと無いチャンスだ」
ゴーストはあえて彼を誘い出した。なかなか手の内を見せない彼を極秘任務に就かせ本性を暴こうという狙いだった。
彼はUFOの存在を知っている。UFOを見たら必ず尻尾を見せるはず。ゴーストはそう思い込んでいる。
タンクトップには追跡装置が内蔵されていた。チャンスとブシはタンクトップの行動を全てお見通しだ。呆気なく向こう側に捕まっておきながら流れ的にはいいチャンスだ。よくやった。
チャンス一団の目となり鼻となる。良い情報を提供してくれ。
そうしてUFOの製造現場に到着した。
タンクトップの目隠しを取る。
彼は驚き
「これは何かの兵器ですかい?」
とおちょくってみた。
ゴーストは
「お前はこれが何に見える?」
と聞いてきた。タンクトップは機転を効かせる。
「大きな爆弾だ。これひとつあれば国の三分の一は消し飛ぶだろう」
ゴーストが答える。
「それも悪くなかろう。しかしこれは爆弾では無い‥UFOだ」
タンクトップは言葉を失った。ゴーストは自分で正体をばらしている。これはまずい。
チャンスたちはUFO製造基地へ向かった。途中何人かと遭遇したがスズキ電気の制服は入手し易かった。更衣室のロッカーには鍵もかかっていない。その制服に着替えると誰も気がつかなかった。チャンスは何かあった時の為に警察を動かしていた。
(屋久島の山の中に怪しい爆弾製造社が潜んでいる。)
警察は半信半疑だったが、山の内部に人が潜入するのを見て、警戒体制に入りその人数を増員していた。真夜中を狙って動き出す。敏腕刑事が張り込みをしている部下にメッセージを送る。
「班を突入させろ」
こうして警察もスズキ電気製造倉庫に侵入。警察は証拠を押さえるまでは派手に動けない。立ち入り許可も証拠がないまま暴れまわれば逆に訴えられる。警察の足取りも同じくUFO製造基地へ向かっていた。
「UFO?まさか?そんなものがこの世でつくれるわけないっしょ」
「信じないのか?まあそれも無理はない」
「おいっ。こやつを連れていけ」
タンクトップはゴーストの部下に連れられUFOらしき製造物に乗せられた。
「これはまだ試験用のUFOだが試運転はできる。君はラッキーだ。こんな経験はなかなかできないぞ」
ウィーンとも鳴らずにUFOは発進した。座席に座ることもなく立ったままで、どこかに掴まらなくてもいいしシートベルトも無い。揺れることが無い信じられない乗り心地だった。そして長い距離を数秒で移動できる。
一瞬の移動が遥か彼方まで行ってきた様な感覚だった。タイムマシンのように。
「どうでしたか?UFOは存在する。納得できたでしょう」
「ええ。恐ろしいぐらい納得しました」
「しかしそれでも私たちが目指す所はもっと先なのです。今の試乗船はUFOもどき。本物とは言えない」
「えっどうして?これはどう見てもUFOでしょう」
「いいえ。このままだと動力は数分でエンプティになる。宇宙へ飛び立っても宇宙に取り残されてしまう。動力の維持装置に不具合がある。どうしてもそこがクリアーできないのだ」
「技術開発部部長の堀内に聞いたらどうだ?堀内なら答えを出すだろう?」
「フフッ(笑)なぜそれを?やはりお前は何かを知っていてここへ来たんだな。お前の言う通りだ。堀内は動力を維持し安定させる技術を見つけた。しかし今となってはそれも白紙。堀内は頭の中にそれをしまったまま死んでしまった。自分で命を絶ったのか誰かに断たれたのか、それさえもわからずに。お前はそれを知っているのか?知っているならぜひ教えてくれ。この通りUFOは君次第で完成する。とうとうこの日が来た」
「‥それだ。それだよ。原因は」
「ん?原因?」
「ああ。堀内はUFOを完成させる鍵を持っていたから死ぬことになった。UFOなんて最初からつくらなければ良かった。堀内はそう言っている」
(むむっ。おい。何だかタンクトップの様子がおかしいぞ)
(ほんとだ。まるで誰かに乗り移られたようにペラペラと本当らしいことを喋り出した)
「ん?お前は誰だ?人間の身体を借りている、お前は誰だ!」
ゴーストが問い詰めるとタンクトップの後ろの影から宇宙人が現れた。
「おい。今回の堀内の件でわからないのか。次はお前だぞ。もうUFOをつくろうなんざ考えないことだ。UFOは我々の乗り物だ。誰にも真似させやしない。約束しろ。もうUFOを開発しない。そう断言しろ!」
そのやり取りを見ていた役人チェンジは察した。
宇宙人とゴーストの前に姿を現し駆け寄る。
「これはたまげたね。記憶のボールを盗み出したのはこの宇宙人だ」
隣で話を聞いたブシも驚いた。
「ほんとかよ」
宇宙人は頷きタンクトップと役人チェンジとブシを連れてUFO製造基地から外へ出た。テレポート(瞬間移動)ってやつだ。
屋外へ出ると真上に本物のUFOが宙に浮いて待機していた。一瞬のうちに今度はそのUFOの艦内へ移動する。
宇宙人は言葉を発しないが、我々の頭の中に一瞬で脳に説明をし始めた。
『記憶のボールはこのままの姿では取りにいけない。私の過去の姿を借りてあの世へ取りに行った。我々は過去や未来を行き来できる宇宙人だ。この姿は未来の人間の姿。堀内はゴーストに脅されUFO開発技術に携わっていた。優秀過ぎてもう少しで本物のUFOが出来上がる寸前だった。しかし、それはいけない。人類にとってUFOをつくることは他の惑星を知ることになってしまう。我ら未来人にとってそれは阻止しないといけない重要任務だった。いいかよく見ておけ。UFOが開発され宇宙を自在に行き来できるようになればそこには何があるか?この姿だ。人間は宇宙人になってしまうのさ。水も食べ物も汚染され地球は滅んでしまう。そんな未来をつくらない為に我らはこうやってブレーキをかける』
「随分と強制的だなぁ。違うやり方はないのか?堀内は犬死にじゃないか」
『ひとりの命と地球全体の命、ひとりの犠牲で多くの命が救われる。簡単なことだ』
「それは違うだろ。君だって過去にはあんなに可愛い少女だったのだろう?人間には同じ人はふたりといない。その時代に生まれ出た人間は自分自身ひとりだけ。それは人類の歴史上類稀な貴重な存在なんだ。それを簡単に死なせるなんて、持っての他だ」
『これだから人間は滅んでしまうんだ。自分のことばかり。もっと地球全体のことを考えるべきだ』
「生命は短い。地球全体の事より短い命を全うするのがなぜいけないんだ。人間は命に忠実なんだ。それを君は容易く放り投げた」
『話をしてもお前たちにはわからん。なぜ人間が最終的にこんな形になってしまったのか。未来を覗いてみないとわからないんだ。まあ、いい。お前たち3人は人間の身体を借りているが人間ではない。あの世の者だ。少しだけ未来を見せてやろう。そのまま目を閉じろ』
役人チャンス
ブシ
タンクトップ
の3人は恐ろしい未来を見てしまった。人間の身勝手極まりない欲望が美しい地球の資源を奪い取り枯れてゆく地球を見殺しにしていく毒と化してゆく模様を。
「あなたの言う意味がわかりました。しかし記憶のボールは返してもらう。それはあの世のものです」
『わかった。返すが、この前みたいに簡単に盗まれちゃこまる。地球の未来がかかっている記憶だ。絶対に盗まれないところへ閉まっておけ。そのうち君らが忘れた頃に確かめに行くからな』
こうして役人チャンス一同は無事に記憶のボールを取り返しあの世へ帰ってきた。
今回の件があり、記憶のボールはトップシークレットメモリーとして総代にしか開けられない黒箱に封印した。
記憶のボールはこうして今回だけに留まらず徐々にトップシークレットメモリーの扱いも増えていった。
ジシバリを見つけられなかったブシとタンクトップのふたりは今でもたまに下界に降り執着を見つけに出掛けている。
屋久島のゴーストUFO製造基地はあの日警察に調査され無許可での景観破壊罪として撤収。ゴーストはあともう少しの所でUFO製造革命の実現を閉ざされたことになる。
宇宙人とあの世の関係。宇宙人でさえあの世には近づけない事がわかった。あの世には人間しかいない。そう考えると下界の方が多種多様な生命体が入り組んで存在しているような気がする。
宇宙人も過去は人間だった。
幾つもの生まれ変わりを重ねて最終的にはああなるのだ。
ユーリが成仏され借りていた身体の持ち主の
やくざの魂はあの世に置かれっぱなしだ。これからどうなる?生まれ変わる為にジシバリを見つけに行くのか?同じくタンクトップが成仏したらボディビルの魂は?女性教師の魂は?
顔の傷のふたりは?力の使い方とは?
あの世のストーリーは無限に広がる。
ここは命を失った後の世界。壮大な命の終い方の世界である。
チェンジ?II fin
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