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ほくろ

    隣駅の改札を出て、足を止める。目的地はタワーマンションの4階にあるらしいが、そもそもどのタワマンの、どこから入ればいいのか、スマホの地図ではわからない。北へ歩いて間違いに気づき、西へ向き直し、高架をくぐって大回りした末に、ようやくそれらしい一棟に辿り着く。地階はスーパーで、入り口に低層階専用のエレベーターがある。これだ。先客のおじいさんと乗り込むと、おじいさんが俺の目的階のボタンを押した。

    4階に着くと、広い空間が広がっている。どうやら薬局があるようだ。4階は医療エリアになっていて、クリニックと薬局が一体になっているらしい。俺の目的地はその奥にあった。皮膚科に入り、受付を済ませる。手術同意書をチェックしながらフロントの待合室を眺めてみる。そんなに広くはないが、タワーマンションの一角のクリニックとしては立派すぎるほどだ。美容的な処置も行っているこのクリニックの内装は、白地に一部だけ薄紫が差している。中待合に通された後、名前を呼ばれるまで、読書しながら待つ。緊張していた気もするが、思っていたよりは落ち着いた心持ちだった。

    名前を呼ばれた。診察室で医師が軽く処置対象箇所を観察した後、俺のほくろは三つとも7mm前後とそれなりに大きいので皮膚を切開して取り出す旨の、あらかじめ聞いていたのと同じ説明をした。再び診察室を出て中待合に戻り、手術室が空くまでまた少し待つ。

    再び、名前を呼ばれた。手術室は6畳ほどの小さな空間でありながら、医療用の器具や大型の空調を備えており、門外漢からみると手術室としての体裁を確かに保っている空間で、タワーマンションの一室を無理やり手術室にするとこうなる、という回答例を提示している。中央の寝台に仰向けに寝ながら少し待っていると、看護師二名と先ほどの医師が入ってきた。再び、処置内容の軽い説明を受けてから、では始めますねという声と共に、俺の顔に薄く青い布が被せられる。

    まずは額のほくろから取るようだ。額の右上端の生え際のあたり、ほくろの真下あたりに麻酔注射の針が入る。間をおかずに麻酔薬が注入されるのを感じる。針よりも、麻酔薬が入ってくる方が痛い。顔をしかめるほどではない。麻酔が入って数十秒ほど経つと、医師が患部を触りながら、これは痛いですかと聞いてくる。痛くないです。実際、何をされているのかもわからない。では切りますという声にやや遅れて、さくっという音が入る。俺の皮膚が切られている。しかも、それなりに深く。感覚はないが、音でわかる。水がしたたるのを感じる。血だろう。紡錘形にメスが入ったのを感じた後、何か引っ張られているような感触がある。対象部位を引き抜いているのだろう。根が抜かれるような感覚がある。ほくろの神経が根深かったのだろうか。対象部位はおそらくいま空洞になっていて、今までの人生で感じたことのないような欠損を、室内の微風で感じている。縫合するようだ。皮膚が引っ張られているのを感覚ではなく動きで感じる。

    続いて、右耳下のほくろを取る。右耳が上になるように、顔を左に向ける。先ほどと同じように麻酔が入り、耳の下にメスが入る。ざくっ。さっきよりも耳に近くて音がよく聞こえる分、今行われている処置をありありと理解し、少し鳥肌が立つ気がする。耳の下を微量の水が流れるのがわかる。ざく。ざく。さっきと同じことをやっているはずなのに、ちょっと怖い。対象部位が引っこ抜かれ、縫合される。さっきは気づかなかったが、ジジジと何かを焼くような音がする。縫合糸を焼いているのか、それとも俺を焼いているのか。匂いは強くないので前者かと考えていたら、終わったようだ。耳に近い部分を切るのは、怖い。

    最後に、唇の左下、左頬の右下あたりにあるほくろを取る。左耳が上になるように顔を右に向ける。ここは耳が近くないので、額のほくろと同じように済んだ。処理の間、右耳下のほくろを取ったときの感触、感情を思い返していると、あっという間に終わった。

    病理に回されるそうで、取ったほくろと対面することはできなかった。抜糸の予約をして、薬局で抗生物質と痛み止めを受け取る。痛み止めということは痛いのか、と構えたが、幸いそれを使う機会は結局なかった。タワーマンションを出ると、青空が広がっている。行きは空を見上げる余裕もなかったのだと、いまになって気づく。俺の顔でいっしょに育ってきたものが、いなくなった。ガーゼだらけの顔で、少し恥ずかしく、少しさみしく、空が広い。

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