
いまだにお片付け中①〜記憶の海を渡る
「まだ片付けしてるの?一体どんだけ物があるの?」って一緒に退職した元同僚からのメール。
”w”返信で誤魔化したけど、量じゃないんだ、深さなんだ、私の「物」には思い出がたくさん詰まってるから時間がかかるんですよ、と言ったらわかってもらえたかどうか。
早く次の仕事を探さなきゃと焦る気持ちもあるけど、ここまで来たらもう途中で終われない。現在の進捗状況は自分に課したミッションの8合目くらい。あと一息。そして物にまつわる思い出も煮詰まってきた感があるので、ここらでちょっとガス抜きすることにしました。
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先日ようやく写真を整理しました。昭和生まれの方はお分かりでしょう、あのずっしりと思い布張りや革張りの表紙のご大層なアルバム。私が生まれて以来のものが何冊もあって、押入れの奥から出すのが重くて面倒でつい後回しになっていました。でもうっかり遺ることになったら息子に迷惑がかかるし、まだ体力のあるうちにやっつけたほうがいいってことで勇気を出して引っ張り出すことに。
いざ処分となると、市の資源ごみの分別マニュアルでは表紙は廃プラスチック、台紙は雑紙、写真は焼却ごみとかなり面倒な解体作業が要ります。うへ〜って思いましたが、無職の身ではお金をかけて業者に頼むなんて無駄使いはできないので、仕方なく自分に発破をかけて作業に取り掛かったのでした。
何枚もの写真を台紙から剥がしていると、次々と記憶が甦ってきます。そして子供のころ父と一緒に写った写真を見てびっくり!なんと私は満面の笑みを浮かべている。父の肩に頭をのせちゃったりなんかして。一人で写っている写真だってカメラ越しの父に向かって笑っている。
あれ?私は父が嫌いだったはずなのに。
父は亡くなるころには別の家庭ができていて、わが家はほぼ壊滅状態。当時10歳の私もなんとなくわかっていて、父が亡くなったときは素直に悲しむことができませんでした。やがて人並みにいろんな経験をして大人になって、なんとなく父を許せるような気持ちになりようやくトラウマが解消できて今に至る⋯
なーんて思っていたのに、アルバムには父と一緒に嬉しそうな自分がいる。そしてそう気がついた途端、突然記憶の波が押し寄せてきました。
父の抱っこでヒコーキブーンって宙を舞ったり、寝転んだ父の足で高い高ーいって持ち上げられたり、あぐらの中で抱っこしてもらったり、枕元に発売日の「りぼん」や「なかよし」が必ず置いてあったり。
嬉しさや笑い声も確かに記憶の中にあった。
私はいつの間にか泣いていました。
父はじゅうぶん私を可愛がってくれていたみたいです。
本当は父が好きだった。でも最後に見捨てられた悲しさを打ち消すために、父を嫌いなんだと思うことに決めた。そうすれば傷つかずに済むから。父を嫌いだったと思い込んだカラクリはおそらくそんなところでしょう。写真を見返すこともなく業者に依頼していたら気が付かなかったかもしれません。節約してよかった。
もし今父に会えたら、まず「大好きだよ」って言いたい。
愛されたいと願う素直な自分に戻りたい。
人生も終盤のこんな歳になって父親への思いを綴ってるなんてかなり恥ずかしい話ですが、生きている間に気がついてラッキーでした。あとどれくらい生きるのかわからないけれど、このことがこの先の人生を楽にしてくれるような気がします。
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今回のお片付けはまるで記憶の海を渡るようなものです。思いがけなく日数がかかっているけれど、次のステージに漕ぎ出すために自分を見つめ直すこの時間は絶対に必要だったと感じています。
記憶の海の中には母との特別な時間もありました。それはまた別の機会に吐き出そうと思います。
とりあえず今日はここまで。

子どもだった私の
忘れていた記憶
それに再び出会うことの意味
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まだまだ隠された記憶に
これからも出会うんだろうか?