
「凡庸なる者」 全てのクリエイター達への応援歌
友人が目隠しして幻想即興曲を弾いているのを見て、映画アマデウスを思い出した。その人は子持ちなのでパパデウスである。
映画アマデウスを見ていると、mediocritiesという単語が出てくる。
凡庸なるもの、という意味だ。
天才モーツァルトに相対する単語が必要とはいえ、ひどい単語があるもんだ。
「普通」をディスってる単語である。うるせーマジで埋めるぞこのヤロー。
と同時に安心もする。
わざわざ「凡庸なる者」を単語にしないといけないくらいそういう風に悲しんでいる人がたくさんいるのだ。
私だけが凡庸なのではない。赤信号みんなで渡れば怖くない。
もう一点このmediocritiesという単語が長いことにも注目すべき。
「長い」ということは最近作られた単語ということである。
昔っからある単語は短い。米、犬、山、川、吾。猫は1000年くらいに日本に来たらしいがそれでも短い。仮借のせいだろ知らんけど。
それに比べて、スリ・ジャワワルダナプラ・コッテ(1985年遷都)バンコクの本名168文字(1782年遷都)の長いことよ。
最近発明されたものの名前は大体長い。
スマートフォン、リモートコントローラー、今や無くてはならない物達も皆20世紀に降臨した。だからその一般名称は長い。
凡庸なる者、mediocritiesも最近発見されたのであって昔っからあるものではない。
昔は生きているだけで偉かったのだ。だってペニシリンも無痛分娩もねーからな。8人生まれて4人死ぬ。だから昭和一桁は丈夫だ。
筒井康隆はまだ生きてるけど、いのまたむつみは一昨年死んだのだ。
今だって、相変わらず生きているだけでも偉いのだ。
便利な発明のおかげで必死に生きる必要がなくなった結果、幸福を解析したり自分を過剰に分析したりして、結果俺凡庸とか嘆息してテンション下がってるだけだ。
そんなの、石油燃やしてでかいマシンを動かして楽してる代償にもならない!余った時間で嘆息してるくらいなら、石油となった恐竜達の塚でも作ってご真言でも唱えた方がいい。Say南無阿弥陀仏!
余裕があるからしょうもないことで他人や自分を見下して勝手にテンションが下がるのだ。
斯く言う私だって映画アマデウスが全編英語なのを馬鹿にしたりてたるする点を反省しないといけない。
「モーツァルトが英語しゃべるかよ、英国に異世界転生して大成功したハイドンじゃあるまいし」
そんな細いところ詰めれちゃう奴が、自分を分析しだしたりしたら、ボロ丸見えでテンション下がるに決まってる!
幸福とか自分とか評価とか考えたらあかん。
ただ自分の好きなものを作り続けろ。
ここは戦場や!凡庸なる者の!
汝人民行けよ良し悪しの彼岸へ!