ハッピーライティングマラソン#65|批判されるのが怖くて、やめていることはありますか?
回答🗣️「たぶん、ない。」
最初にそう答えてみた☺️
2025年元旦からnote街に住民票を移して、
毎日この街を散策しながら、言葉を紡いできた。
哲学を書いたり。
哲学をやめてみたり。
科学と哲学を混ぜてみたり。
AIと一緒に創作してみたり。
数字を詩にしてみたり。
ときには、
よく分からないことまで書いている🤣
だから、
「批判されるのが怖くて、やめていること」
と聞かれても、
うーん……思いつかない。
……と思った。
でも、少し考えてみると🤔
「やめてはいないけれど、薄めていること」
なら、あるのかもしれない。
──たとえば、
もう少し無難な言葉にしておこう。
誤解されないように説明を足しておこう。
強く言い切らないほうがいいかな。
こんなことを書いたら、
「何を言っているんだ」と思われるかな。
そんな小さなブレーキ。
完全に止まるわけではない。
でも、アクセルを少し緩める。
そんな瞬間は、きっとある。
そして、ここに
ちょっとした矛盾がある。⚔️🛡️
批判されないように言葉を薄めれば、
確かに批判されにくくなる。
でも同時に、
誰にも批判されない言葉は、
誰の心にも深く届かないかもしれない。
もちろん、これは
「批判されれば偉い」という話ではない。
批判されることを目指す必要もない。
ただ、
誰かにどう思われるかを
完全にコントロールすることは、
できない。
『他人の課題』だから☺️
だったら、
自分の言葉まで、
他人の反応に合わせて
変えてしまわなくてもいい。
そう思うようになった。
ぼくが大切にしている、
「異質なものとの調和力」
も、ここにつながっている気がする。
調和というと、
みんなと仲良くすること。
誰ともぶつからないこと。
自分を相手に合わせること。
そんなイメージもあるけれど、
ぼくが考えている調和は、
少し違う。
違うまま、
一緒にいられること。
自分の色を消さない。
相手の色も消さない。
それでも、
一枚の景色として眺めてみる。
──そう考えると、
今回のお題は少しだけ
別の問いに変わっていく。
批判されるのが怖くて、
やめていることはありますか?
ではなく、
批判されるかもしれないけれど、
それでもやめたくないことは何ですか?
と。
ぼくの場合は、
たぶん、
言葉を紡ぐこと。
note街を歩くこと。
異質なものと出会うこと。
「こんなこと、書いていいのかな?」
と思いながら、
それでも、
「まあ、書いてみよう🤣」
と投稿ボタンを押すこと。
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ハッピーライティングマラソンとは?
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思考を鍛える現代版の寺子屋🎓
健さんから届く問いに向き合うたび、
いつもより少し高い視座から
自分自身を眺めることができる。
日常では得にくい、自己観察の時間。
そして、
2026年8月25日(火)
第65回目のお題が出た☺️
《A Drop Remains.💧》
