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地方創生は、健康か -発達心理学から読み解く「移住」と「暮らし」-

    ※本記事は、連載記事「地方創生は、健康か」の完全版です。スマホでの読みやすさを優先した連載版(各記事約2,000字)とは異なり、本記事では思考の流れをできるだけそのまま残した約8,500字の全文を掲載しています。じっくり読みたい方は、こちらをご覧ください。


    地方創生は、健康か
    -発達心理学から読み解く移住と暮らし-

    1.移住者というラベルのもたらす歪み

    「移住というか、ただの引っ越しなんだけどな」

    あの日、役所からの帰り道、私は少し高揚した中に、変な孤独をかき混ぜたような気持ちを抱きながら帰路についた。

    今、各地で移住推進策が展開され、「移住」という言葉は一種の希望や戦略の象徴になっている。

    だが、実際に山間のこの地域で生活してみると、その言葉と日々の感覚との間には、僅かなずれがある。

    ここのような山に囲まれ、外界から切り離されたような地域は、よそ者に対する目が冷たいというのが通説だ。
    しかし、人口過密地域から転入した私は、移住相談窓口などで相談すると、それだけで歓迎ムードで受け入れられた。
    ある方が、移住者であるという立場や肩書きに甘えている自分もいるとおっしゃるのを聞いた時、私は深く共感したものだ。

    今、人口の過疎化に伴い、人口過密地域から引っ越してくるということ自体が、 ただそれだけで地域に貢献している人、という価値を伴う。

    変な話だ。

    とはいえ、移住、というキーワードに関して、私は曖昧な立場でもある。

    私は以前、人口過密地域に暮らし、都心に通勤していた。この場合、都他県の過疎地域に引っ越すと、移住支援金がもらえる立場だ。
    しかし、私の引っ越したこの地域は同県内の転居のため、移住支援金の対象にはならなかった。
    それはこちらで結婚をし、出産をし、結果的に多少なりとも人口の増加に寄与していても関係ない。
    つまり、自然に人口増に寄与している人であっても、転入前後の居住地域が県内外という一線により区別され、支援対象から外れていく。

    地縁がないという点においては共通であっても、一度移住者としての支援対象から外れると選択できる制度メニューは格段に減少する。一方で、支援金を目当てに来たわけでなくても、制度上「移住者」と認定される人には名誉的ラベルや金銭的価値が付与される。かくして移住者としてカテゴライズされなかった者は、自分をどこに当てはめれば良いのか見えにくくなり、同時に地域での存在意義や地域への貢献度に疑問を抱きやすくなる構造になっている。

    元を辿れば、引っ越しをしてきた、ただそれだけの同じ人間に対して、地方創生の名のもとに妙な付加価値がこじつけられている。
    そしてそれ自体が、転入をしてきた人間に多少の認知の歪みを持たせる。
    そしてこの妙な歪みは、地方に移住する人たちの 属性にも影響しているようにも見える。

    仕事や人間関係、つまり結婚であったり介護であったり、そういった人生の中で自然な形で引っ越してきた人たちと、移住支援金や地域おこしなどを「目的」にした移住者とでは、集団内で行動パターンや心理的動きが異なるようだ。

    前者は引っ越しは仕事や家族など、社会•心理的居場所と連動した「移動」だ。故に、足場となる「居場所」がある前提で、いかにそれを囲む「新たな地域」に適応していくかが課題となる。
    しかし後者の場合、社会•心理的居場所と移動が連動しない場合も多い。むしろ今までの生活でそれが得られなかったからこそ無意識に新天地を求めた人もいる。つまり、単に地域での役割以上に心理的な居場所を求め、引き寄せられる人が少なからず存在するということだ。
    その自己価値の確認や自尊心へのこだわりが強くなると、地域内の関係に影響を与えやすい。
    過疎地の山間部では、「よそ者への目が冷たい」と語られることもある。そのような環境では、この心理的力動がより表面化しやすい。

    地方の人はあたたかいという。
    私自身、その温かさに何度も救われてきた。
    ただ一方で、それだけでは語り切れない側面もある。

    地方ほど、地域を守り生活を維持するために群れの中に留まる文化的背景がある。そしてそれは、地方創生の取り組みとはまた別の世界線で、今も空気として存在している。
    この「群れを重んじる空気」は、マズローが示した安全への欲求や所属への欲求が、地域という共同体の中で具体的な文化として表れたものとも考えられる。所属しうる集団が、より限定的な地域ほど、その空気が重たくなることは、想像に難くない。
    その結果、この群れから離脱しない、あるいはさせないために、同調圧力が増す。集団内の役割と秩序を安定させるための古典的ヒエラルキーへの意識が強くなる。

    移住者という制度上のラベルが、この地域の既存のヒエラルキーや心理的安全性の構造と関わることで、自尊心が刺激され、心理的課題の解消やトラブル化といった地域の力動の増幅につながることがある。

    結局、移住支援制度は「地域創生」という大義名分の下に設計されているが、個々の現実の生活や社会的貢献と必ずしも一致していない。
    制度が形式的になればなるほど、移住者の自己認知や地域との関係に「歪み」は深まっていく。


    2.地域おこし協力隊と、静かな「いい隣人」

    例えば、メディアで見る限り地域おこし協力隊をはじめとした地方創生の取り組みは、華々しくすごく映える。
    しかし実際に暮らしてみると、それが果たしてその地域のニーズに即しているのか、という点では曖昧に見える。

    私は福祉の現場経験から、地域おこしの活動も根元が個人の情熱やスキルに依拠する形で動くと、成果が個人の達成感や承認欲求に偏りがちで、地域社会全体の利益や持続性には直結しにくいことが背景にあるのではないかと感じている。

    また、個人で活動を展開すると、自然にヒエラルキーや勝者・敗者構造が生まれることは、想像に難くない。
    その縦軸の関係性そのものが、本来移住者という同じ属性をまとっていた集団を安全なまとまりとして機能することを阻害する。
    その中に居場所を求め、その中での位置どりを巡った抗争は、地域貢献という大義名分を肥大化させていく。
    この膨張した架空の大義名分を背負い、なんとか個人で課題を達成しようとしすぎる。それが、更に地域の循環と活動とを乖離させていく。

    私は地域の様々なイベントに足を運ぶが、同じまちなのに、集まる人が違う。
    例えば、地域の祭りでは見かけない顔が、地域おこしのイベントには並んでいる。逆に、ここで幼少の頃から暮らしてきた人はあまり見かけない。
    最初は偶然だと思った。けれど何度か足を運ぶうちに、それは偶然ではなく、二つの地域社会が静かに並走しているように思えた。

    このように、私の見聞きした範囲では、地域おこしの活動は、地域社会既存のネットワークや相互扶助の構造とは別軸で動くことがあり、結果として地域としてのまとまりを妨げることがあるようだ。組織化するとなると、気の合う身内で起業という話になりやすく、地域や社会にある既存資源をつなぐ新たなネットワークの醸成にまでなかなかつながらないと聞く。

    すなわち、制度や外部支援によって「移住者」として特別な価値が与えられることにより、地域内での心理的立場に差が生まれる。
    それによって、地域社会の協働・相互信頼・ネットワーク形成が阻害されることがあるということだ。

    その結果、任期を終えた時に、きちんと地域に根付いた人にならずに活動を閉じていく人も少なからずいることに、この制度の脆弱さを感じる。

    本当はこの制度の一番大切なことは、「ここの人としての暮らし」をこの地域の中ですることなのではないだろうか。
    挨拶をして、ゴミ置き場を整え、雪かきをする。
    そんな地味な積み重ね。その連続的な関わりが、地域のネットワークや相互扶助の中で自分の位置を確立し、結果的に地域の信頼関係や心理的安全性を生む。

    実際のところ、地域を活性化する上で、生活者としての切実な望みは、「いい隣人」に増えてほしい、ということだ。
    そして重要なことは、「新たな地元」として地域に根付いた生活をしている「いい隣人」は、移住者の顔をしていない。
    移住者支援や地域おこし協力隊の制度は、「外から来た人」「特別枠で参加する人」に外的な焦点が当たるが、地域の中で日常的に関わり、信頼関係を築く人は、表面的には華やかさや外からの注目がないからだ。
    結果として、そのような地味に生活を通じて地域に貢献している人の存在や価値が見過ごされるのは、皮肉なことだ。

    目立つ活動やプロジェクトをする人ではなく、「いい隣人」として日常生活で地域に溶け込み、信頼を築く人を増やすことが、地域の心理的・社会的安全性を支え、その地域の持続性につながる。

    これは決して地域の街おこし協力隊をはじめとした一連の地方創生政策とその取り組みを否定しているのではない。
    地域おこし協力隊や移住支援制度自体は価値ある魅力的な取り組みだ。問題は、魅力的な制度であるからこそ、行政も制度利用者も、運用方法や期待する成果を取り違えることが起こりえるということだ。

    取り違える、とはどういうことか。
    人は、進学や就職、結婚や介護など、必然の流れがあれば勝手にその地域に来る。
    しかし、その必然的な移動や定住を無視して、この制度そのものを「人を呼ぶこと」に焦点を当てると、制度の効果が限定的になるということだ。
    本来は、行政が積極的に「人材」を呼ぶ以上、誰に、どのような成果や循環を期待するのかを明確にした上で呼ぶ必要がある。この「人材」の定義が、地域特性やニーズと乖離した、一般化された「増えてほしい住人」となると、より深刻だろう。

    例えば、よく若い人に来てほしいと聞く。
    だが、この地域の中にも若い人が当然存在する。その人たちをいかに地域の愛着を育てるか、ここに長く住みたいと思ってもらうか、あるいは外の世界を見た後に、この地域を充実させるために、本人が希望して戻ってくるという循環を作ること。その方が、地域の持続性を鑑みると、ずっと大切なことだ。
    そして、そのような地域の循環や持続に関わる人を支援対象にするのは理にかなっている。
    ただ、こういう人は制度に積極的に乗っかるタイプではないことが多い。

    一方で、制度目的だけで来る人は、「若い人」であったとしても、地域の持続的な循環には必ずしも寄与しにくい傾向があるようだ。
    つまり制度は「人を呼ぶ」こと自体が目的になってしまうと、地域への愛着や定着、人が育ち戻ってくる循環といった、本質的課題に寄与しにくいのだろう。
    結果として、制度の運用によっては、移住支援と地域の持続可能性の間にズレが生じる。 


    3.発達課題による新たな戦線

    この制度のもう一つの課題は、移住者が行政や世論の煽りを受けて、「やってあげてる」「もっとやらなきゃ」という感覚に取り憑かれやすいことだろう。

    私は長年、児童福祉の現場で人の発達と支援を見続けてきた。その視点から見ると、この現象には一定の共通した心理的な背景があるように思える。

    例えば、エリクソンによると若年成人期は、親密性と孤独の葛藤にある。親密な関係を得られるかどうかが、より切実な問題となる世代にとって、その時に所属意識を持った集団からの評価は時に死活問題だ。

    また青年期は、アイデンティティの確立と拡散という葛藤を未解決なまま抱えていることがある。この段階にある人は、自我の確立そのものが発達途上であるため、自分が主体的に関わっているのか、それとも誰かに支えられているのかが曖昧になりやすい。

    実は、このやってもらう、つまり支援を受け取るということは、支援を提供する以上に高度なことだ。
    背景として、差し出されていることに気がつける認知能力以上に、人からの支援を受け取るに足る自分であるという自己肯定感と、同時に支援が必要な自分の「弱さ」といった、相反する2つの側面を受け入れる必要があるためである。

    むしろ、積極的移住促進の対象となっていない壮年期は、生産性と停滞の葛藤がテーマとなる世代だ。
    就労や家庭、社会活動を通じ社会に対する役割を全うする事で次世代を育むことが重要な時期であり、地域への還元をいう視点に立つと、この世代の移住は十分に期待できる。
    一方で、このテーマが充足されないと、「このままで良いのだろうか」という停滞感や、その不安を埋めるための自己中心的な思考に陥ることになる。
    だからこそ、活動に対する評価の積極的なフィードバックはこの時期の発達課題の達成に有効と考えられる。

    これらの各発達段階における課題を踏まえる事なく行政が人を呼び寄せ、制度利用者が制度をそれぞれの発達課題達成のための媒体に使うと、時に地域に過度な期待や歪みによる負荷を生むことがある。
    例えば、「成果」や「地域貢献」に対して過度に期待すると、当人はその期待に応えようと無理をしてしまう。
    それが制度利用者の「やってあげてる」という感覚を強化し、固執させ、本来受けている支援や関わりの恩恵に気づけなくさせてしまうことはないだろうか。
    つまり、この深刻なところは、制度や外部支援がこの無意識の発達プロセスを理解せず、「成果だけ」に焦点を当てると、逆に個人をその発達課題の達成から遠ざける危険があるということだ。

    重要なのは、地域で成果を出すことではない。地域で暮らし、人と出会い、支えられていることに少しずつ気づいていくことだ。その積み重ねが、結果として個人の成熟にも、地域の持続性にもつながっていく。

    とは言え実際のところ、制度利用希望者がどの段階にあるのかを第三者が見抜くことは非常に困難だ。
    そのような中で、地域おこし協力隊などの制度は、ある種の心理的居場所として機能するため、単に地域での役割以上に心理的な居場所を求める人を引き寄せるのが、難しいところだ。

    地域おこし協力隊には、地域に根付き生活しながら地域へ良い影響を与え、人間関係や自身の課題もある程度調整していくことが期待される。しかし、それらを同時に満たすことは容易ではない。それにもかかわらず、行政の制度運用では「来てくれる人」自体を歓迎するあまり、そのハードルの高さと現実の課題を見落としがちなのだろう。

    制度は「短期成果」ではなく、長期的な地域との関わりや生活に伴う自然な成熟プロセスを支える形で運用されるべきであり、その前提で人材の登用を検討されることが望ましい。

    私は長年、児童福祉の現場で里親認定にも携わってきた。制度では入口での適性評価と継続的支援が不可欠である。同じことは協力隊制度にも当てはまる。

    必要なのは、
    1. 入り口での適正評価(能力・成熟度・課題の把握)
    2. 地域の求める具体的な役割の明示
    3. 過程での適切なサポート・フォロー
    ではないだろうか。

    そして、その先に目指すべきなのは、制度が人を成果で評価することではなく、人が地域の中で成熟していく過程を支えることである。
    そのような視座に立つと、地方創生は「人を集める政策」から「地域との関係を育てる政策」へ転換する必要があると考えられる。


    4.呼吸を続けるということ

    では、そもそも地方創生とは個人の発達課題を乗り越えるための支援政策であったのだろうか。

    そうではない。
    私たちが制度に踊らされているだけだ。

    地方自治の持続性を保つこと。
    そのヒントは、実は日常生活の中で地域に溶け込み、地味に貢献している人たちから学ぶことが重要だ。
    つまり、表面的に「目立つ人」に注目するだけでなく、目立たない生活者たる転入者に着目し、彼らの動きや関わり方を観察することで、どんな人が定着しやすいか、どんな関係性や生活が地域に貢献するか、それが自然な人口流入や循環をどう生むか、というヒントが得られる。
    それを制度設計や人口流入策に反映させることが、地域創生の本質に近い。

    実際、私は「意識的に」移住した人間だが、ここに至るまでにいくつも、いわゆる判断の「分岐点」があった。その分岐点は大きく① 愛着的接点、②継続的再接続、③持続的定着に分けられる。
    ①はその地域を知り、愛着を感じること、②はその愛着の地点に継続した接続を持つこと、③は結果としての将来に渡る定着だ。

    具体的に、私自身の体験をその視点から振り返ってみる。
    一つめとなるこの地域との「愛着的接点」は、私の幼少期の体験だった。父の仕事の都合で、私は3、4歳の頃をこの地域で過ごした。この頃にここをすごく好きになったのは、理屈ではなく体感的体験であった。
    例えば、山の広大さ。川の流れがとても美しいこと。夏の蛍が舞う姿が幻想的なこと。
    大人になってわかることは、こういうことの一つ一つの背景にあるのは、目立たない形で山や川を手を入れる方々や、蛍をはじめとした生き物を保存しようという取り組みをされている人たちがいるということだった。そして、その方々の取り組みが途絶えなかったから、大人になってからも「変わらない風景」に安堵し、子どもなど次世代へ紡いでいく体験となる。
    つまり、最初にして最大の分岐点となる地域の価値や魅力は、実は目立たない人々の、日々の積み重ねによる成果であることを示している。

    二つめの接点となる「継続的再接続」。それはこちらに暮らす夫との出会いに他ならない。
    私と夫が知り合った地元イベントは、条件主義のマッチングではなく、町の雰囲気や余白を感じられるものだった。
    しかし、後に担当する職員さんに聞くと、この婚活イベントで10年ほど続けてきて、成婚の報告が私たちが初めて。それは数値として評価されると、必ずしも芳しいものではないかもしれない。実際に、このような自治体での取り組みは縮小傾向にあるそうだ。

    しかし、当事者たる私たちにとってそんなことはどうでもよいことなのだ。 少なくともそのイベントを続けてくれていなかったら、私たちは出会えてなかった、という事実が大切なことなのだ。
    そして、この継続的再接続により、この地元と行き来する中で私たちは結婚し、結果的に子どもを授かることになる。

    子どもを育てていく前提に立ったときに、果たしてどこで育てていくか。つまり、将来に渡った「継続的定着」先をどうするかは、今多くの子育て世代にとって切実な問題だ。学習の機会や子育て資源という「インフラ」を評価軸にすると、圧倒的に都心近郊が有利であることは否めない。実際私も最後までそこは懸念であった。私だけでも都心近郊に足場を残すべきか。この判断は子どもの将来性を縮小しないか。しかし、私たち夫婦は違う評価軸で秩父地域で育てると判断した。

    それはあまりにささやかなきっかけであったかもしれない。
    ある日、私たちはイベントを主催したセンターへ、結婚と出産の報告に伺った。
    正直、たった一度のイベント参加で伺った場所へ、個人的な報告のために行くことは、躊躇もあった。
    だが、私の心配をよそに、職員さんも結婚相談員さんもとても暖かく迎え入れ、祝福してくださった。
    お会いして本当に感じたことは、結婚相談員さんたちの喜びであった。それは、私たちが結婚したという「成果」でなく、私たちが幸せそうであることに対する喜びだった。

    この地域には、私たちの幸せを、自分たちの幸せとして感じてくれる人がいるのか。
    そう、実感した。

    きっとここに暮らす事で、私はたくさんの地元の方々と出会い、話し、笑う。人が人の幸せを喜ぶ。そして大切に差し出された物を受け取り、自分も大切に差し出し返し、想いが循環する。それらが全て、この子の中で当たり前の社会モデルになる。

    社会的参照、という言葉がある。
    子どもは生まれた時から、周囲の大人のやりとりを感じ取り、それを社会とつながるモデルとする。
    ここで我が子が見るこの優しさの循環は、決して数値化できない。だけど人生の根底に影響する、最重要な「質的子育てインフラ」である。

    この日のできごとは、自己責任化する社会において、何よりも温かく感じられた。同時に、この地域で生活を続けていくことのあらゆる理屈上の不安を覆す、最も根底的な安心の基盤となる体験であった。
    これが三つ目の「持続的定着」に続く分岐点である。

    これらは個人的な理由であり、制度や外からの誘導とは無関係な話だ。
    しかし、この個人的判断の積み重ねが、結果として 地域に根付く力、人口定着、文化や暮らしの継承 につながっていることも事実だ。そして私自身の体験から見えることは、住まうことには「安心」であることがとても大切な判断軸となっており、そして「安心」とは、物理的条件や制度ではなく、体験として実感する温かさや信頼に由来するということである。
    そして、地元の方々が長年続けてきたこと自体が、地域や個人の人生に 潜在的な影響を与えているということ。形式的な「コスパ」や成果指標だけでは、この価値は見えない。
    続けること・存在し続けることそのものが、地域の豊かさに寄与する。そしてそれは、今日も無名の誰かの誠実の上に、静かに、確かに、息づいている。

    そうだ。
    前を向いて、この地域の中で、呼吸を続けていくこと自体に、意味があるんだとお互いに認め合うこと。
    それが最も、私たちが愛したこの地域を、未来へ紡いでいく確かな道筋ではないだろうか。
    だから、今日も私たちは大いに語り合い、笑い合おう。


    今ここで
    改めて、問いたい。

    「地方創生は、誰のものか」

    ここで私たちは、生きていく。

     
     
    子ども、親、家族、支援者、地域、社会。 時に生じる葛藤は、はたして「対立」なのでしょうか。 人と人との「あいだ」にある関係を見つめ、誰かを置き去りにせず、誰か一人に背負わせない。 そんな養育と社会のあり方を考えています。 ※所属とは無関係の個人の見解です。

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