
家族の余白に消えた、見えない一億円の話。|移住・地方子育てレポート⑦
あなたが40年のローンを組んで、
家族が安心して暮らすための家を買うことで
家庭の安定を支えてくれているように、
私も今後の25年で
得られるはずだった一億円を手放して、
職場を離れここで家族と一緒に過ごすことで
親子3人の余白のある穏やかな生活を支えている。
そう話したら、
夫はハッとした表情になった。
我が家は夫婦関係が良い。
喧嘩らしい喧嘩はほとんどしたことがなく、
日々も穏やかにすぎていく。
それは子どもが生まれてからも変わらないし、
むしろ子どもが生まれたことで
より一層、お互いよく笑うようになった。
ただひとつ、気にかかることがあった。
家計と、私の働き方について。
日々の何気無い会話の中に、
時折チラつく、違和感。
夫も、悪気があるわけではない。
だから私も、強く言い返せない。
違和感が鬱積し、形になったのが、
冒頭の言葉だった。
一億円は、
私がこのままフルタイムで
定年まで働き続けた場合に得られる収入と、
今後この地域に転職して
子育てと両立しながら働いた場合の収入の
少なくとも生じるであろう大凡の差額だ。
都心の公務員として、
私は経済的に安定した働き方をしていた。
離婚して仕事一途。
30代後半にしても、女性の年収としてはそれなりの額を稼いでいた。
夫と付き合い出し、結婚を考えるようになった頃、どこに暮らすのかが大きな問題になった。
夫は仕事柄、そこまで職場から遠方に暮らすことができない。
私もまた、夫の暮らすこの地域に移り住むことは、今の仕事を将来的に離れなければならないことを意味していた。
お互いに話し合い、私たちは、「お互いに支え合い、笑っていられる家族」になりたいと至った。
夫が話したのはもっと具体的で、「行ってきますとおかえりを交わす家庭」。
そんな家族になりたかったし、子どもが生まれてからは、子どものためにもそんな家庭に整えることが、大切だと思った。
そのためには、「支え合える距離」にお互いがいることが大切だったし、「支え合えるだけの余裕」を、お互いに持ち続けることが必須だった。
そして。
私たちはそんな家庭を築き、
そんな家族になった。
だけど、夫と「そのためにお互いがどんな形でどれだけのコストを払う必要があるのか」を、改めて話すことはなかった。
そして実際の生活が回りだしてからも、「誰がどれだけコストを払っているのか」が見えることはなかった。
結果として、夫から見えていた世界線では、
私はこちらに引っ越してきて共に暮らし、
妊娠出産に伴い休みに入って以降子育てのために休職中。
よくある話だ。
育休中だけあって
その分多少多く夫が出資しながらの生活。
とはいえ、家族になったのだから家族のために必要なものは基本的には2人で買えるとよい。
お金が足りないなら働けばいい。
だから、私が今後の働き方や、どうやって復職するかを、なぜ悩んでいるのかよくわからない。
悩むくらいなら悩まなくていいところに転職すればいい。
そもそも、お金がないなら働かざるを得ない。
最近では、そのためには家族の余裕とか言ってられないんじゃないの?という発想だった。
一方私は、見えているものが違う。
私は、「お互いに支え合い、笑っていられる家族」として過ごして行くために、こちらに引っ越すことを決めた。
そして時点で、
既に一億円を手放したことを自覚していた。
言うなれば、私の感覚としては、
一億を「先行投資」してここに暮らしている。
となれば、労働とは「お互いに支え合い、笑っていられる家族」でいられるための収入を得る手段。
家族の余白を侵食してまで働くことは本末転倒となる。
そして幼子を抱えながら余白を守るためには、
結構働き方が限られてくるのが、現実だ。
だから、悩む。
だけどその前提が共有されていないから、
夫は当たり前のことを諭すように、
「稼がなきゃいけないなら、家族が多少我慢するのは仕方ないじゃない」と言う。
その「当たり前」さは夫の意図しないところで
私に「家族の余白は、その程度の価値」であり、
同時に私が手放してきた「これまで長年培ってきたもの」も、「その程度の価値だった」と容赦なく突きつける。
どんな想いで手放し、
この生活を「選択した」のか。
それが見えにくい構造は、恐ろしいほど単純だ。
家のローン、車、家電。
そのような「もの」は、具体的だ。
そして「負担している」ことが支払いなどにより現在進行形でわかりやすい。
だけど、「場を整える」ということは誰がどれだけ負担しているのかを具体化することは難しい。
ましてや、
キャリアを離れたとか、
将来得られたはずの収入を手放したとか、
人生設計を変更したということは、
毎月の家計には現れない。
しかし、「現れないこと」と、
「存在しないこと」は別だ。
一昔前、家事を労働に換算した場合の費用が打ち出されたことがある。
それは、家庭を整えるということに、経済という視点から価値をわかりやすく示す事に繋がった。
しかし、それは一般的な家事を労働として換算した話だ。その事と、家庭を整えるという役割を負う人物が、「本来社会にどれだけの価値を生み出せる力があるのか」は、全く別次元の話である。
もちろん、資本主義に則った価値だけではない。
仕事には、キャリア、経験、人脈、信頼関係といった、資本化できない価値が同時にのっているし、
家庭を整える事には、健康、地域、子育て、といったやはり資本化できない価値が同時にのっている。
だからこそ、一概には言えない。
しかし、一概に言えないからこそ、「働く」ということを話す時に、「自己実現」的な要素が目を引く語りになり、結果として問題が「個人的な価値観の問題」として収束され、その人が家族のためにしてきた、「仕事やキャリアについて大きな選択」と、それに伴う負担やリスクが認識されないままになっている。
少なくとも、
私たち夫婦は話し合いの結果、
家族のための最適解として
私が都心から地方へ移住した。
それ自体は本来夫婦の問題であったはずなのに、
それに伴う収入確保の問題は、夫にとっては私の個人的な仕事の問題として認識された。
しかし私にとっては、私の今後の働き方は夫婦の問題として認識されていた。
共働きを維持するための家事育児の協力体制というよりも、もっと手前にある、「家族として何を大切にして、そのために今お互いがすでにどれだけの負荷を背負っているのか」という前提。
そこが食い違ったままでいたことが、夫婦間のコミュニケーションを阻害する大きな一因になっていたことは否めない。
私はこれまでそのことを、
現在の職場を定年まで続けることの難しさや、
そこで培ってきた諸々とどんな関係として再構築するかの葛藤、
現在の住まいを拠点にしながら働く方法の検討を夫と話すことを通じて、
夫と共有できていると思い込んでしまっていた。
仕事観も、キャリアも、関係性も、
すべて抽象的なものだったけれど、
単純にお金ではくくれない
仕事をすることの意味が、
全部そこに内包されていたからだ。
しかし、実際には、夫には伝わっていなかった。
そして、
一億という具体的な数字を聞いて
夫が言ったことは、
この生活が、とてつもなく大きな
「私の犠牲の上にある」ということだった。
結婚して1年半。
夫にとっては、
考えもしなかった事との直面。
私にとっては、
伝わっていなかったという事実との直面。
どちらにとっても、
それなりにショックなことだった。
だが、これは果たして、
私が被った「損失」の話だろうか。
そして、私は「犠牲者」なのだろうか。
私がこの現実に直面した時に最初に思ったことは、夫にその損失を補填してほしい、ということではなかった。
そんなこと、実際どうでもよくて。
ただ、どこかの誰かにはわからなくても、
せめて人生を預け合うパートナーには、
私の手放した「これまで積み上げてきたもの」を
軽く扱わないでほしいということ。
同時に。
いまここにある、何気無い穏やかな日々に、
私は一億円以上の価値があると思ったから
ここに来て、今日もここで生活している。
そのことをもっと信頼してほしいということ。
そして、だからこそ、
この日々を大切にしてほしいということだった。
失われた一億を、機会損失と見るか、
ここから続いていく未来に対する投資と見るか。
それによって、世界の見え方は180度変わる。
例えば、育児休業。
一年を超えた今、私は無給だ。
それを、損失と見ると、
なんとか補填しなければと気持ちが急く。
だけど、
私はこの子の将来にわたる
人格形成の土台を築くことに、
一年分の収入を「投資」しているのだと考えると、
一日一日がとても貴重なものに感じられる。
同じように、
この穏やかな日々を過ごすことに、
私たちは一億先行投資しているのだと思うと、
この日々が当たり前なものから
かけがえのない大切なものに
捉え直すことができる。
お金だけで物事の価値ははかれないけれど、
お金は時に、わかりやすい指標になる。
普段見えにくくなっている物事の価値の輪郭を、
時々なぞるために使う分には、
良いのではないだろうか。
そんなことを話した、夜。
なんか、なんとなくで流してきたけど、
そこまで大きなことだったんだ、って
びっくりした、と笑う夫。
そうだよ、私たちは、
びっくりするくらい価値のある生活をしてる。
一億投げ打って来た女なんだから。
家族になると色んなお金に不安をかられるけれど、
本当に大切なものだけは取り違えないで、どっしり構えて隣にいてね、と思いながら
お互いが見る異なる世界線を
わかり合おうとする姿勢を手放さないこの人と
一緒に過ごせるという幸せは
やっぱり、
お金なんかじゃはかれない、と思う夜だった。