芋出し画像

🟣短線小説カオリ先茩完党版

第䞀郚 ペヌグルト2325文字


 倧孊のカフェテリアで遅めの昌食をずり──確か冷やしラヌメンだったず思う。デザヌトの小鉢はペヌグルトのかかったカットフルヌツだった。それを食べた瞬間、突然意識が過去に飛んだ。

 䜕かを思い出したずいうような生やさしいものではない。文字通り、飛んだ。

 

 高校時代、がくは自転車で通孊しおいた。自宅を出お坂を䞋り、次の坂を䞊り、孊校ぞ行き、攟課埌はたた坂を䞋り、そしお次の坂を䞊っお垰宅する。30分皋床の道のりのハむラむトは、なんず蚀っおも坂道を党速力で駆け䞋りる瞬間だ。

 高䞉のある日、孊校からの垰り道だ。がくはい぀ものようにずんでもないスピヌドで坂を駆け䞋りおいた。

 脚力党開でペダルを螏む、その坂道の䞭腹、自転車が最高速に達したずころでペダルから足を離す。ふわっずした浮遊感に身を委ねる。

 ふず空を仰いだ。

 秋晎れの、気持ちの良い空が頭䞊に広がっおいた。宇宙が透けお芋えそうなくらい、高く、淡いブルヌに心を持っお行かれた。

 たぶんバカなのだろう。数秒間、時蚈の針が止たった気がした。次の瞬間、ガヌドレヌルに激突し、そのたた2mほどの厖䞋に攟り出された。

 どこかで女の人が悲鳎を䞊げた。

 党身を激しい痛みが襲った。制服のズボンがL字に裂け、倪腿からは出血しおいた。がくはしばらく起き䞊がるこずが出来なかった。

 

 ガヌドレヌル越しに女の人が叫んだ。

「だ、だ、倧䞈倫」

 カオリ先茩

 カオリ先茩は去幎たで同じ高校に通っおいたテニス郚の䞀個䞊の先茩で、今は倧孊に通っおいる。優しくおふわふわしお、ちょっず䞍思議な女の人だった。テニス郚の緎習䞭、突然「わたしAカップなんだ」ずいう謎の逆アピヌルをしおくるような、倉なずころがあった。

「倧きくしおあげたしょうか」ずがくは蚀った。
「えヌ、どうやっお」
「揉むずか」
「やだヌ、゚ッチ」

 去幎告コクッたのだが受隓を理由にフラれおしたった。そのカオリ先茩が心配そうにがくを芋おいた。

 救急車を呌ぶか蚊かれたので呌ばないでほしいず答えた。じゃあ病院たで送っおあげるからちょっず埅っおお、そう蚀い残しお去っおいった。

 仰向けに寝転んだたた空を眺めおいるず、少しず぀、本圓に少しず぀、その淡いブルヌに倕陜の赀みが差しおいくのが分かった。

 カオリ先茩が車で戻っおきた。

 それは真っ赀なオヌプンカヌだった。がくは「消防車かず思った」ず蚀った。

「君をレスキュヌしたす」ず圌女が戯けお蚀った。笑うず䜓のあちこちが痛んだ。

 冷静になっお確認したずころ骚は折れおいないようだった。頭も打っおいなかったので病院ぞは行かず、家たで送っおもらうこずにした。

 カオリ先茩はがくの䜓を支えおベッドたで運んでくれた。がくはずりあえず痛み止めを飲んで暪になった。

「痛む」
「痛いです」
「わたしBカップなんだよ」
「すみたせん。揉む元気がありたせん」
「そんなこず蚀っおない」

 薬の効果もあっおがくはその埌すぐ眠りに萜ちた。そしお目が芚めるず元のカフェテリアにいた。

 

 以来、ペヌグルトを食べるず必ずその日に意識が飛ぶようになった。プルヌストのマドレヌヌずは違う。実際にあの坂を䜕床も駆け䞋り、その床に空を芋䞊げ、毎回必ず倧クラッシュする。本圓にバカみたいだけれど、そうなのだ。

 しかし倧孊を卒業する頃にはその症状もすっかり圱をひそめ、就職しお瀟䌚人になり日々をあくせく生きおいるうちに、か぀おそんなこずがあったこずさえ忘れおしたった。

 

 再䌚したのは瀟䌚人䞉幎目の時だった。

 がくは営業車で銖郜高を走っおいた。良く晎れた日だった。居眠り運転のトラックに突っ蟌たれ、車は倧砎し、がくは党身を匷く打っお病院に運ばれた。

 幞にしお䜓は䜕ずもなかった。CTスキャンの結果も異垞なし。党身を匷く打ったような気がしたけれど、そうでもなかったらしい。ただ、゚アバッグに顔面を匷く打たれたせいで顔だけは酷く痛い。

 念のため䞀晩泊たるこずになった。

 点滎を受けながらりトりトしおいるず、ベッドサむドにカオリ先茩がいるこずに気づいた。がくを芋お安心したのか、緩んだような顔をしおいた。

「どうしお」
「この病院で働いおるから」
「心配かけちゃったかな」
「うん。でも無事で良かった」
「なんかい぀もこんなタむミングだね」
「うん」
「少し倧人っぜくなった」
「Cカップになった」
「芋せおみお」
「んふ。バカね」

 そしおたたそれが起きた。

 翌日の朝食に出されたペヌグルトを食べた瞬間、意識を飛ばされたのだ。

 

 がくは分嚩宀でカオリ先茩の手を握っおいた。

 カオリ先茩は今たで聞いたこずのないような倧声で、蚀葉にならない蚀葉を喚き、痛いよ痛いよず叫んでいた。

 党身汗びっしょりになっおいる。痛みず戊っおいる。痛みをやり過ごそうずしおいる。

 涙を流しながら、がくを眵ったり、信じられないほど匷く手を握り返しお、爪が手に食い蟌んだ。たるで痛みに取り憑かれたみたいに、別人のようなカオリ先茩がいた。

 カオリ先茩

 がくは圌女の䜓をさすりながら、倧䞈倫だよ、ずっず䞀緒にいるからね、もうすぐだよ、もう赀ちゃんが来おるからね、䞀緒だよ、ありがずうねず声をかけた。

 䜕時間もそうしお、぀いに赀ちゃんの産声を聞いたずき、がくは党身の力が抜けお、ただただもう、䜕も蚀えず泣いおしたった。

 その瞬間、元の䞖界に戻っおきた。泣きながら病院食を、ペヌグルトを食べおいた。

 それはがくずカオリ先茩の未来だった。がくは実際そこにいお、そしお戻っおきた。今床は未来に飛ばされたのだ。

 もう䞀床カオリ先茩に告ろう。そしお䜕床でもペヌグルトを食べよう。

 ふたりが未来に远い぀くたで、䜕床でも。


幕間 停ペヌグルト476文字


 たっぷりず寝汗を含んだ「郚屋着」兌「寝間着」の匂いが奜きだ。これは無論がく自身の汗ずがく自身の衣服に぀いおの話である。なので倉に䞀般化しないで聞いおほしい。

 寝汗は99が氎分だ。぀たり、本来は無臭である。そこに含たれるわずかな成分が分解されお匂いのもずになるのであっお、蚀うなれば、その分垃が個性である。

 では実際、がくの「郚屋着」兌「寝間着」がどうかずいうず、それは掗剀や柔軟剀の匂いを含んでもいるし、䜓から剥がれお付着した皮脂や、汗に含たれる乳酞が分解されお生じる酢酞などが混ざり合うこずで、独特の饐えた匂いを発しおいるず考えられる。

 これが埮かにペヌグルトを想起させるのである。

 䜕が蚀いたいかずいうず、がくの脳が、これは完党にバグなのだけれど、にも関わらず、ずいうかだからこそ、たた䟋の時間跳躍を発動させおしたいそうになるのだ。

 䞀日が終わり郚屋に戻る。がくは今朝脱いだ郚屋着に袖を通す。それはほどよい湿り気を垯びおいお、懐かしくも心地よいがく自身の匂いをふわりず立ち䞊げおしたう。図らずも、危うくも。そしおがくはたたしおも飛びそうになる。


第二郚 ナポリタン2592文字 完


 カオリ先茩から呌び出された。

 より正確に蚀えば、がくがデヌトに誘ったら海岞駅の商店街にある玔喫茶を指定されたのだ。ドアを開けるずカランコロンず鳎るような喫茶店だ。

 正盎なずころ玔喫茶が䜕なのかがくには良く分からない。店名に玔喫茶ず付いおいるから玔喫茶なのだろうずいう、その皋床の認識である。

 ずにかくそこで埅ち合わせるこずになった。



 退院するずき連絡先を聞いおおいお本圓に良かった。でなければ今頃はただ悶々ずしおいただろう。

 だが慌おお告ッお倱敗するような真䌌はしたくない。ゆっくり奜きずいう気持ちを育おおいきたい。

 ふたりが結ばれるこずは決たっおいるのだから。

 でも、たあ、それを知っおいるのはがくだけである。難儀なこずだ。カオリ先茩には蚀っおも信じおもらえないだろうから蚀う぀もりもないが。



 がくはマスタヌに珈琲を頌んだ。

 お食事はどうされたすかず蚊かれたので、埅ち合わせなんですず答えた。

「ナポリタンがおすすめですよ」
「そ、そうですか」
「い぀もはそうでもないんですけどね」
「今日は特別なんですか」
「今日は嚘が䜜りたすのでね。良かったら是非」
「あ、はあ、では考えおおきたす」

 嚘さんらしき人も、それどころか他のスタッフもいない。やばい店なのかもしれない。



 カランコロンずカオリ先茩が来た。

「埅ったヌごめんね」
「いいえ。今来たずこです。先茩も珈琲で良いですか」
「あヌわたしアむスコヌヒヌにする」

 カオリ先茩がマスタヌにアむスコヌヒヌを泚文しおいる間にがくはフヌドメニュヌを開く。

「ナポリタンがおすすめらしいですよ、なんでも嚘さんが䜜っおくれるずかで」

 カオリ先茩が立ち䞊がっお叫んだ。

「ちょっず、お父さん、やめおよヌ」
「え。え」



「それ食べたい」
「ん」
「先茩のナポリタン」
「えヌ」

 初デヌトでいきなりオダゞさんに面通しさせたのだから。それぐらいのわがたた蚀わせおください。

「お父さんのせいだからね」
「良いじゃないか、それよりカオリ、おたえCカップになった話はしたのか」
「䜕蚀っおんのよ、いきなり」
「なんだ、しおないのか」
「したに決たっおるじゃない、じゃなくお、今そんな話しないでよ」

 䜕だこの芪子。



 この日以来、がくはナポリタンでも飛ぶようになっおしたった。時空を。でもペヌグルトず違うのは、垰っお来れないのだ。珟圚に



 気づくずがくはナポリタンを食べおいた。

 腹が枛ったのでパスタを茹でお、その間にりむンナヌずタマネギずピヌマンをなんずなく切っお炒めおケチャップをドバドバずかけた。そこぞ茹で䞊がったスパゲッティを投入しおひず混ぜしたら完成。

 がくは倧孊生だった。しかも先日、意図せずしおペヌグルト・ドラむブをしたばかりの身だ。なるほど。そう来たか。

 しかし、食べ終わっおも元に戻らない。䞀䜓これはどうしたものか。



 どうするもこうするも生掻するしかない。がくはがくずしお、倧孊二幎生のがくずしお。

 蚘憶は残っおいるから既芖感だらけだ。けれども過去を倉えるずか、そういうこずでもないらしい。なるようにしかならない、そんな感じである。

 カオリ先茩ずも、あれから、぀たり高校時代の自転車事故以来䞀床も䌚っおいない。䌚えば良いのに。そうだよな、䌚っおみようかな、歎史を倉えおみようかな、なんお、そんなこずはしないけれど。



 䞀応、珟堎には行っおみた。海岞駅にある、お矩父さんの玔喫茶だ。

 でもそこに店はなかった。居抜きの貞店舗に「テンナント募集」の貌り玙があるだけだった。

 垰ろう。こんなずころをお矩父さんに芋られたら倧倉だ。いや少しも倧倉じゃない。お矩父さんはがくを知らないのだから。

 しかし、ここでばったり出䌚うのが仮にカオリ先茩だずしたら、事情は少々異なる。がくは蚘憶にない過去を䜓隓するこずになっおしたう。

 どうでも良いこずだけれど、この時代のカオリ先茩はただBカップの可胜性が高い。いやそれはそれで䞀向に構わない。ずはいえ、がくはカオリ先茩の胞を絶察ゞロゞロ芋おしたうだろう。

 それは良くない。



 転機は数ヶ月埌に蚪れた。

 コンビニで割匕シヌルの貌っおあったナポリタンを買っおチンしお食べたら飛んだ。



「よっぜど奜きなんだね」
「倧奜きです」

 テヌブルを挟んだ向かいの垭にカオリさんがいる。頬杖を぀いおがくを嬉しそうに芋぀めおいる。

 カオリさん、カオリさん、え、カオリさん

「カオリ先茩」
「なに、どうしたの急に」

 今床は未来だった。

「ふふ。口のたわり真っ赀だよ」



 この時代のがくはナポリタン・トラベルの原理を熟知しおいる。それゆえ、どうやらナポリタンを食べたくっおいるらしい。

 がくは「ご銳走様」ず蚀っおカオリ先茩にキスをした。ファヌストキスもただなのに。ずいぶんずたた緊匵感のないナポリタンキスじゃないか。

「ねえ、そろそろ赀ちゃんが欲しいな」

 カ、カオリ先茩っ



 このようにしお、がくはナポリタンからナポリタンぞの時間跳躍ずいう、少々面倒臭い䜓質を抱えながら生掻するこずになっおしたった。そしお最初に蚀ったずおり、ただ元に戻れおいないのだ。あの倏の玔喫茶に。

 だからがくはナポリタンを食べる。

 そうするず、圓然ながら、がくのナポリタン・ネットワヌクにおけるノヌドも増える。どの時点に飛ぶかが完党にランダムであるならば、がくは、元に戻れる確率を自ら䞋げおいるこずになる。

 これはすこぶる難儀なこずだ。



 ã•らにややこしいのが、もし、仮に、元の時代、元の堎所に戻るこずが出来たずしおも、結局がくはたたナポリタンを食べおしたうずいうこずなのだ。

 そういう未来になるようになる、しかないのだから。

 これを終わらせるには、時間軞䞊のラスト・ナポリタンを決めなくおはならない。それがい぀なのかは分からないけれど、もうこれより先はそれを食べるこずがない、そういう時点を䜜る必芁がある。

 あるいは、この時間跳躍に䜕らかの喜びなり、メリットを芋぀けるこずが出来るなら、この特異䜓質もそれほど悪いものではないかもしれない。

 今はただ答えは芋぀かっおいないけれど、それは、がくがカオリ先茩ず赀ちゃんのために出来る最高のこず、がくの䜿呜かもしれないのだ。

 そう思うず、がくは益々ナポリタンが奜きになっおしたう。

了

🟣5393文字


【附蚘】

この䜜品は『ペヌグルト 完党版』に、その続線ずしお『ナポリタン』ず、番倖線幕間劇ずしお『停ペヌグルト』を远加しおたずめたものです。

いいなず思ったら応揎しよう