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Photo bydongmu

🔵掌編小説|くノ一

    適温より1℃低め

     手裏剣シュシュシュ煙幕どろん
     火遁の術でござるは山火事注意

     私は忍者として育てられ産業スパイとして雇用された。普通の人生を歩みたかったけれどその夢は永遠に叶わない。

     私は多くのものを盗んだ。盗めないものはなかった。精鋭の忍者だから。私の前に機密情報などない。すべて丸裸だ。

     いいえ。

     あたしはくの一。ホルモン注射の副作用が辛いけれど。胸の先がチクチク痛い。ただあなたの命令を待つだけの影。

     手裏剣シュシュシュ煙幕どろん
     水遁の術でござるは水漏れ注意

     あたしは捕えられ縛り上げられ丸裸にされた。刑事部長はあたしを服従させていたぶりそれを愛だと信じ込ませた。

     涙は涸れず胸の先はチクチク痛い。この役立たずめお前はお払い箱だと毎日毎晩罵っては裸に口づけの雨を降らす。

     あたしの指を舐めながら娘からメールだ今夜は妻の誕生日だから家族で食事なんだと言った。あたしはまた泣いた。

     手裏剣シュシュシュ煙幕どろん
     土遁の術でござるは泥汚れ注意

     私は立ち上がり熱いシャワーを浴びてノリの効いたシャツに袖を通した。そして仕立ての良いスーツに身を固める。

     刑事部長がこの私に盗ませた全てのものはもうもとには戻らないけれど。部長、次はあんたが泥をかぶる番なんだ。

     今夜あんたの悪事を世界中が知ることになる。時限装置はもう止まらない。あたしはもうこれ以上なにも盗めない。

     手裏剣シュシュシュ煙幕どろん
     雷遁の術でござるは憤怒の裁き


     恐喝、横領、贈収賄、児童売春、殺人教唆……部長の罪状は数千に上る。背徳の上に築いた城は脆くも崩れ去った。

     拳銃自殺を図ったが死ぬことは出来なかった。顔の半分を吹き飛ばして生き延びてそして死の拘置所に収監された。

     死刑執行までの十二年を生かされ続け、その間に両眼と右手と精巣を失った。最後は電気椅子で震えながら死んだ。

     手裏剣シュシュシュ煙幕どろん
     風遁の術でござるは無風の暴風


     くの一の存在は知られることがない。誰も彼女を知らないし、誰も彼女を思い出せない。生きているかどうかさえ。

     そう。

     ただ一陣の風が吹くだけである。

    (了)

    🔵865文字


    【附記】

    本作は『私、どろんします』に結末部を加えて完全版としたものである。

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