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作家タイプ診断をやってみた結果と、自分の創作姿勢への負い目について

    note上で見かけた『作家タイプ診断』を面白そうだからやってみました。
    結果は『メッセンジャー』とのことで。

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    解説文を読んだ感じ、割と心当たりがあります。
    例えば……確かに私は“計算づくで書く”ということができなくて。
    湧いてきたコレを頭の外に出したい! という衝動が書く原動力になっている感じです。
    とはいえ、この説明文が例示するほど創作パワーにあふれている感はなかったりする。

    メッセンジャーのひとりごと、言語化がとても精妙で美しい。

    物語が迎えに来る、って良い表現だなぁ。
    ……良い表現、なんだけど。

    物語が迎えに来ない限り書けないということは、安定して執筆を続けられないということ!
    そして、衝動的に・キャラクター先行で書くということは、ロジカルに、計画的に物語を構築できないということ!
    (※あくまで私の場合は、です。衝動に突き動かされつつも理性的な物語作りをできる方や執筆を習慣づけられている方など、たくさんいらっしゃると思います)

    作家タイプ診断の話とはだいぶずれますが。
    私がいかに自創作をふわふわと進めているかの一例を挙げてみます。
    私の創作キャラクターの中に大人気少年漫画の主人公……という『設定』の子がいます。

    上記の過去記事で語っているところの②の作品の主人公……と位置付けた子です。
    しかし、ですよ。
    現実世界に彼が主人公の一次創作――少年誌の連載漫画があったとして、本当に大人気になれるのか?
    打ち切られずにアニメ化イケるのか??
    ……キャラもバックボーンも薄くて、説得力なくないか???

    輪郭が、物語がふわふわしてようが、約20年脳内で熟成した可愛い我が子には変わりありません。
    実際にこの子たちのストーリーを掲げて商業の舞台に討ち入る気もありません。
    でも……。
    創造主であり、彼を、彼らを外界に繋げてあげられる唯一の存在である私が、そんな侮ったような気持ちで彼を扱うのは――他ならぬ私が侮ってしまうような存在に甘んじさせるのは、とてもひどい仕打ちなのではないか。
    今になって急にそう思い始めたのです。

    きっかけの一つは多分、鬼滅の刃・無限城編の映画を観たことでしょうか。
    その熱いこと。真摯なこと。登場人物が生きて強く邁進していくこと。
    鬼滅の刃に限らず、呪術廻戦も、チェンソーマンも、もちろんそれ以前のジャンプ名作や他誌の名作も……。
    たくさんの『ホンモノ』の少年漫画を、今浴びて、かつて浴びたことを思い返して。
    例え妄想の中でも、私は自キャラをそこに並べることに思い上がりを感じてきたのです。

    もちろん、私はプロ作家ではありません。
    『客観的に、他人から見て』これぞ魅力的な冒険物語、青春物語だ! という物語、それを織りなすキャラクターを紡げるとは到底思いません。
    でも、少なくとも自分の中で納得はしたい。
    私が少年漫画に触れた時に感じた輝きや熱、魅力と同じ色の力を宿らせてあげたい。

    加えて、noteでたくさんの一次創作者さんの文章――熱と誇りと誠実さがこもった強い文章を読んだこともきっと影響しています。
    自分の創作物に深く向き合う方。世界観や人物像をとことん煮詰める方。技術を高めるために――思い描く世界をより美しく具現化させるために努力する方。とにかくひたすら歩みを留めずに作品を創り続ける方。
    そんな方々に比べて、自分はなんていい加減な向き合い方をしているんだ……という気分になっていたのです。
    趣味の領分だから、怠惰も曖昧さも別に罪にはならないのですが……そうやって本気で向き合える方々への羨望に改めて気付いたのです。

    長い。『オリキャラを掘り下げたくなった』で伝わります。

    で、当該キャラの基本設定に対して「だとしたら、どうなる? 彼はどうありたい?」といくつか自問自答した結果、以前よりは納得感の持てる方向性を見出せたのですが……それでも充分には程遠いでしょうし、いつも通り愉快なサブキャラ仲間が増えるだけの結果に終わりそうな予感もしている。

    私はキャラクターの基本設定を固めるまでのアイデア出しの過程に快感を覚えている節があり、ある程度固まったらそこで『飾って愛でるだけ』に移行してしまいがちです。できたキャラクターをとことん深掘りしたり、具体的な言動をもって肉付けすることを怠りがちなんですね。
    でもエピソードの概要を考えるのは好きなので、そこに必要なサブキャラが生まれ、サブキャラをふわっと固めた段階でそこに関わる新キャラがまたふわっと生まれる……みたいにキャラの総数だけが増えていきます。
    またそのルートに入っていきそうな予感がしています……。

    20年ものの愛着もある意味枷となっていまして。
    商業の、本物の少年漫画の主人公たちと違い、うちの当該キャラはそもそも『物語の主人公』として形作られていなかった。
    キャラカタログの一部として生み出した子に後付けに物語を与えていったような感じなんですよね。
    つまり、本当は土台からして少年漫画的存在にはなれない造りなのかもしれない。

    よりヒロイックな新キャラクターと新規の物語を別途創ることは理論上可能でしょう(自分に作れるとは言っていない)。
    でも私が報いたいのは20年間こねてきたこの子であって……。新規の物語を創ることでは代替できなくて……。
    ふわっとしているといっても、その輪郭を20年間可愛がってきたのだから、そこまで変えてしまうのなら意味がない。

    と、結論の出ないまま現状の思いを吐き出し切ったところで今回はお開きです。
    ただ私は、それでも自分の脳内ワールドを愉しんでいますよ、ということで。

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    あまり上手に生きられていない、ぬるいオタクな一般人の心情置き場です。 創作活動、同人活動、お人形に関する話題が多いです。

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