メインコンテンツへスキップ
見出し画像
Photo bywaraineko

愛した人 (短編小説 5 )

    1976blue

    【 あらすじ→ 5年前に亡くなった恋人、隼人がかつて住んでいた住居を訪れると、隼人そっくりの住人がいた。イヤ、隼人本人にしか見えない。亡くなったのは、何かの間違いだったのか? それとも隼人の幽霊なのか?
    その後、2人はお互いの愛を確かめ合った。美紀が未来に希望を持ち始めた矢先……。 】




    「天気もいいし、海でも見に行こうか」
    隼人の提案に、美紀は二つ返事で同意した。

    海岸線に沿って、隼人は車を走らせた。
    久しぶりに乗る隼人の車。包み込むようなシートの感触が心地良い。
    陽の光を受け、きらめく水面を眺めながら、美紀の顔が自然と綻ぶ。昨日、隼人とお互いの愛を確かめ合い、心が満ち足りていた。

    不意に隼人が手を伸ばし、美紀の手を握った。
    隼人を見つめ、美紀も握り返す。

    (もう、1人じゃない。未来には隼人がいる)


    海辺の公園に車を停めると、2人は手を繋いで散策した。
    頬に当たる海風が心地良くて、美紀は目を細めた。
    隼人が隣にいる今、生きてるって素晴らしいと
    心からそう思えた。

    (自暴自棄にならず、今日まで何とか生きてきて
    本当に良かった)

    しばらくして、2人はベンチに腰を下ろした。

    美紀は霞む水平線を眺めながら
    「気持ちいいわね。あっ、そうだ。夕食、私が作るわ。隼人、何が食べたい?」

    美紀の問いかけに、隼人は無言でいる。
    不思議に思い目を向けると、隼人は少し思い詰めたような顔をしている。心なしか、青ざめているようにも見えた。

    「隼人、どうしたの? どこか具合でも悪いの?」

    少しの沈黙の後、
    「ごめん……」

    「ごめんって、何が? 何で謝るの?」

    「もう、行かないと」

    「行くって、どこに行くの?」
    美紀は不安になった。

    「そろそろ、さよならの時間だ……」

    「隼人、何言ってるの? さよならって、どういうこと?」

    「もう、ここにはいられないんだ」

    「隼人、どうしちゃったのよ」
    美紀は隼人の手を取り、握った。途端に、ゾクっとする冷たさが伝わってくる。

    美紀は驚き、
    「隼人、ホントにどうしちゃったの? やっぱり具合悪いんじゃないの?」

    「イヤ、何ともないよ。さよならの時間が迫ってるんだ。美紀、会えて良かった……」

    隼人は寂しさと愛しさが入り混じった眼差しで、掬い上げるように美紀を見つめる。

    「さよならなんて、イヤよ。隼人、一緒に住もうって言ってたじゃない」

    「うん、ごめんね。無責任なこと言って。でも美紀のこと、忘れないよ。愛してる……」

    隼人の様子が、何だか可笑しい。
    体が輪郭だけを残して、次第にぼんやりとした色彩になっていった。

    「隼人、何か変だわ。どうしちゃったの?」

    隼人の体が透けて見えた。半透明になっている。言いようのない不安と焦りを感じた。

    「もう本当にさよならだ。美紀のことは忘れない。愛してる……」

    「隼人、私も愛してる。死ぬまで、ううん、死んでも忘れない。ずっと愛してる。だから行かないで!」

    もう、ほとんど隼人の姿が見えなくなっていた。

    「隼人、隼人!」
    (こんなこと、受け止められない)

    「さ、よ、なら……。美紀……」

    隼人の声だけが、辺りに響く。

    「隼人、愛してる、愛してる、隼人、行かないで!」

    最早、隣にいた隼人の痕跡はなかった。
    手を伸ばしても、空を掴むだけだ。
    ただ、隼人の残り香だけが漂っている。

    辺りは何事もなかったかのように、規則的な波の音だけが響いている。風が少し冷たくなってきたようだ。
    美紀は泣きじゃくっていた。

    (隼人がいない人生なんて、生きる意味がないわ。
    私もこのまま消えてしまいたい……)


           つづく


















     
     
     
    人生の折り返し地点を過ぎ、今後 ますます後悔しない選択をしていきたい。愛読書は渡辺淳一、連城三紀彦の作品。知、意より情が大事。空虚より傷心を望んでる。過去に自費出版しましたが、なかなか売れず、在庫山積み状態です。趣味でベリーダンスを始め、定期的に発表会やイベントで踊ってます。

    あなたへのおすすめ