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Photo bybetalayertale

愛した人 (短編小説 1)

    1976blue

    その家の門の前に立つと、妙な違和感があった。
    空き家にしてはそう古びた雰囲気がしない。
    よく見ると、出窓にかかるレースのカーテンは真新しい白さだ。僅かに開いた窓から吹き込む風を受けて、軽やかに揺れている。

    (新しい住人が住んでるのだろうか?)

    その家は平屋建てで、玄関は引き戸だ。
    グレーの壁は、さほど色褪せてはいない。
    ふと、家屋に隣接するガレージに目を向ける。
    シャッターが空いていた。中を覗いてみたい衝動に駆られ、そちらに近づく。
    美紀はドキリとした。そこにあったのは、紺色のインプレッサだった。隼人が乗っていた車種と同じだ。
    恐る恐るナンバーを見ると、97……

    (合っている。最初の二桁しか覚えていないから、後の二桁は合ってるかどうか分からないが。偶然の一致なのか、それとも、隼人の車?)

    美紀は、じっとナンバープレートを見つめていたが、首を左右に振った。

    (隼人の車であるわけがない。だって彼は、死んだのだから……)


    もう、ここを訪れることはない。
    イヤ、もう二度と来ないと決めていた。
    隼人の思い出がある場所を訪れても、ただ悲しみに暮れるだけだから。
    だから、隼人が住んでた街の近くには寄り付かないようにしていた。見慣れた街並みを見るのさえ嫌だった。だけど、どうしても外せない用事ができて、
    隼人の家の近くを車で通り過ぎることもあった。そんな時は周りには目を向けず、ただひたすら前方だけを見てハンドルを握っていた。
    だが、近寄りたくないということは、逆に気になることでもあった。
    隼人の両親が亡くなった後、彼が一人で暮らしていたあの家は、どうなったのだろうか? と。
    築40年は経っていると聞いている。売却するとか、そのような話しは聞いていない。親族が管理する予定だったのかどうかも分からない。
    いずれにしろ、新しい住人が住んでることは確かだろう。

    その時、かすかにピアノの音が聞こえてきた。
    美紀は耳を澄ました。
    この家の中から聞こえてくるようだ。
    聞き覚えのある旋律だ。そう、隼人がよく聴いていたピアノ曲。ショパンのピアノソナタ第3番だ。
    以前は美紀もこの曲が好きだったが、隼人の死後は聴く気分になれなかった。彼を思い出してしまうからだ。

    第1楽章の軽やかな旋律に、じっと聴き入っていた。

    (どんな人が聴いてるんだろう?)

    にわかに気になりだす。
    美紀は家の裏側へと歩き出した。居間がある方向だ。

    (住居侵入罪で訴えられるかしら?)

    少し心配になったが、好奇心が押さえられなかった。足音を立てないよう、慎重に歩いた。
    裏側には小さな庭がある。きちんと除草はされていた。特に何も植えられてはいない。隼人の両親は生前、色とりどりの花々を植えていたらしい。両親が亡くなってからは、隼人は特に庭造りには興味を示さなかった。今の住人も、そのようだ。
    第1楽章が終わり、第2楽章のちょっと明るい軽快な旋律が流れ出す。
    美紀は住人に見つからないよう、そっと居間の窓際へと近づく。カーテンは開けられていた。
    男性と思われる住人が、ソファーに座っている。
    横顔しか見えないが、どことなく隼人に似てるような気がした。眼鏡のフレームが、隼人がかけていたものと同じようなタイプに見える。そして、少し長めの前髪。それらは隼人を彷彿とさせた。
    美紀は金縛りにあったかのように、身動きできなかった。

    (まさか、そんな、隼人は死んだのよ。きっと、隼人のそっくりさんよ。世の中には似てる人、1人くらいいても不思議じゃないわ)

    その時、男性がこちらに目を向けた。

    (えっ、私の視線を感じたのかしら?)

    ソファーから立ち上がり、窓際へと近づいてくる。

    (えっ?!)

    美紀は腰を抜かしそうになった。
    なぜなら、男性は隼人に酷似していた。
    イヤ、隼人本人? にしか見えない。


          つづく






     
     
     
    人生の折り返し地点を過ぎ、今後 ますます後悔しない選択をしていきたい。愛読書は渡辺淳一、連城三紀彦の作品。知、意より情が大事。空虚より傷心を望んでる。過去に自費出版しましたが、なかなか売れず、在庫山積み状態です。趣味でベリーダンスを始め、定期的に発表会やイベントで踊ってます。

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