
名もなき左官職人が後世に残した壁画
これは、母から聞いた母の父、つまりは私の祖父の話です。
「○○町の会社に大きい壁画があるじゃない?
あれって私のお父さんが最初に作ったんだよね。写真撮れないかなぁ」
母が何気なく話した祖父の話だった。
そこの写真はちょっと撮るのが難しい。
もしかしたらGoogle Earthに載ってるかもしれない。
検索してみると、写っていたのでそれをスクショして母に送った。
結構立派な壁画。
これを自分の祖父が作ったと聞くと、祖父が立派な人に聞こえるが
よく聞かされていた祖父の話は違った。
戦後、家を建てる人が増えてきた時代。
祖父は割と大きな会社に就職していたが、家を建てる人が増えてきている背景に、
「これからは左官の仕事が儲かるぞ!」
と左官職人に転職したのだそうだ。
左官職人になったものの、思い描いたようには儲からず、家計はいつも苦しかったという。
妻と子供三人の五人暮らし。少しでもお金を増やそうとパチンコに手を出したのが間違いだった。
せっかくもらったわずかな賃金も家族の元には届かなかった。
妻がお金を持って帰らない夫にしびれをきらし、左官の親方の家に給料をもらいにいくと
「昨日旦那に渡してるだろうが!」
おっかない親方の奥さんに追い返されたという。
家族のためにお金を増やしたいと思うのはわからんでもないが、やり方を間違えていたようだ。
親戚にお金を借りるために頭を下げたりと一家は貧しい日々を過ごしたという。
ある日の雨の夜、警察官が家を訪ねてきた。
「旦那さんが交通事故にあって××病院にいます。着替えを持って行ってください。」
着替えを持って妻子が病院につくと、もう帰らぬ人となっていたそうだ。
ここまで聞くと、転職に失敗し、家族を幸せにできぬまま亡くなった残念な男の話でしかないのだが、その男が後世に残る仕事をしていたことがわかった。
あの「○○町にある会社の壁画」である。
母から聞かされる祖父の話は貧乏で生活が苦しくとても褒められる人ではないと思っていたし、印象も薄かった。
けれど、あの壁画を造った人と聞くと職人としてちゃんと仕事をしていた人なんだと思えてきた。
私が子供のころからある壁画なので、それこそ7〜80年はずっとそこにあるのだと思う。
左官の技術を使って立体的に造られた立派な壁画。
海が描かれているのだが、波の部分に針金を使ってとても立体的に表現してある。
何十年と経っているので何度か別の人によって塗り直しはされたようだが
あの壁画が残っている限り、祖父は
『家族を幸せにできぬままこの世を去ってしまっただけの男』
ではなかったのではないかと思う。
作者の名前は残っていない。
だから、本当に祖父があの壁画を手掛けたことを証明するものはない。
母の記憶だけが、その事実を知っている。
それでも私は、家族の中では伝え続けていきたい。
「あの○○町の壁画には、おじいちゃんが関わっていたんだよ」と。
人生は決して成功だったとは言えない人だった。
それでも、名前は残らなくても、仕事は残った。
あの壁画が、この先も町の景色として残り続けてくれたらいいなと思っている。