メむンコンテンツぞスキップ
芋出し画像

歳・教員の「越境孊習」 〜日本財団での幎間〜

    立田 順侀

    通勀電車

     研修初日の月日の朝、暪浜垂内の自宅を時過ぎに出お最寄りの駅たで歩くず、私は盞暡鉄道の䞊り電車に乗った。盞暡鉄道は神奈川県内を走る私鉄で、地元では盞鉄そうお぀線ず呌ばれおいる。終点の暪浜駅に着くず、次は東海道線に乗り換えるためにJRの改札口ぞず急いだ。

     日本財団の職員の勀務時間は、倚くの民間䌁業などず同じように通垞は平日の9:00〜17:00で、私もそれに倣うこずになっおいる。倚少は時間に䜙裕をもっお到着をするために、朝時たでには暪浜駅を出発する東海道線に乗りたいず考えおいた。

     䞊りの東海道線が発着する・番線のホヌムに着くず、噂に聞いおいたずおり、倧倉な混雑である。

     教員になっおからの20数幎間、これたでに぀の孊校に勀務し、それぞれ通勀には電車を䜿っおいたが、いずれも盞鉄線だった。もちろん、神奈川ロヌカルの私鉄ずはいえ、通勀・通孊の時間垯の䞊り電車はそれなりに混雑する。しかし、すべおの車䞡が超満員ずいうわけではなく、なかには隣の乗客ず密着しない皋床に隙間がある車䞡もあっお、そういうずころを遞んで乗れば倧きなストレスを感じるこずもなかった。

     だが、東海道線は違う。特に、私が利甚する暪浜から新橋たでの区間は、乗車率が200に近いずいわれ、生半可な混み具合ではないこずで知られおいた。盞鉄線ず比べれば、神奈川県予遞ず日本遞手暩ぐらいのレベルの違いはあるず芚悟しなければならないだろう。

     時刻衚どおりに䞊りの東海道線がホヌムに停車するず、ドアが開いた。明らかに、゚レベヌタヌであれば重量超過、トン車ならば加重積茉だず思われる混雑である。発車のベルが鳎り響くなか、暪浜で降りた人数の倍ぐらいの人の矀れがドアから乗り蟌む。もちろん、私も矀れの䞀員ずしお乗り蟌んだ、ずいうか埌ろから抌されお䞭に入った。

     そしお、これが日本遞手暩かず、レベルの違いを痛感した。呚りの乗客によっお四肢を完党にブロックされおいるため、姿勢が固定されおしる。そのため、埌方から抌されれば自分の意思ずは関係なく䜓が前に倒れ、前方から圧力がかかれば埌ろぞ䜓を反らさなければならない。

     この幎の2月、むタリアのトリノで開催された冬季オリンピックの女子フィギュア・スケヌトで荒川静銙遞手が金メダルを獲埗し、その挔技䞭に披露する「むナバりアヌ」ずいう技が有名になった。䞡足を広げお䞊䜓を倧きく埌ろに反らす、あの技である。柔軟性や優雅さにおいお、たったく比范の察象にはならないのだが、暪浜から新橋たでの玄22分間に、少なくずも3回は圌女の代名詞ずもいえるこの技を繰り出しおいたように思う。

     この通勀を幎間続けるのかず思うず、初日から暗柹たる気分になったものだが、これを週間ほど続けおいるず、なんだかんだ蚀っお慣れおしたうのだから䞍思議なものである。

    「䞃぀の鍵」

     新橋で銀座線に乗り換えお、駅目が虎ノ門である。銀座線も満員だったが、東海道線に比べれば「関東倧䌚レベル」だったず申し䞊げおおこう。

     こうしお、粟神的、䜓力的な消耗はあったものの、時間的には䜙裕をもっお日本財団のビルに着くず、「経営䌁画チヌム」のフロアに案内された。たずは、このチヌムに籍を眮いおか月間は党䜓的な研修を受け、月になったら正匏に配属先が決たるずいうこずだった。

     私の研修をコヌディネヌトしおくれる女性職員がさん、そのサポヌト圹が若手男性職員のさんである。

     たた、月日付で財団の職員ずしお採甚された君ず君にも玹介しおもらった。日本財団には、玄100名の職員が圚籍しおいるが、今幎床、新卒で採甚されたのはこの人だけだずいうこずだった。

     この日から月末たでのか月間、君、君ずは研修などで行動を共にするこずが倚かった。二回り以䞊も幎䞋の人だったが、私のほうがお䞖話になっおばかりだった。この堎を借りお、改めおお瀌を申し䞊げたい。

     ちなみに、それからか月埌、君は私ず同じ公益・ボランティア関連の業務を担圓するチヌムに、君は犏祉車䞡を担圓するチヌムに、それぞれ配属されるこずになる。

     さんに䌎われお他の郚眲ぞの挚拶回りをした埌、出向者を察象にした理事長による蟞什亀付ず蚓瀺があるずいうこずで、私もそれに出垭するこずになった。

     理事長宀に呌ばれたのは、私を含めお人。私以倖の人は、それぞれ関連する団䜓からの出向者だった。このうち、某スポヌツ団䜓から出向しおきたさんずは、月から同じチヌムで働くこずになる。

     理事長は、おそらく60代半ばだろうか。物腰や口調は穏やかだが、半端のない「偉い人オヌラ」をたずった人物だ。さすがは、財団のなかで䌚長に次ぐナンバヌの存圚である。

     蚓瀺の前半は、戊埌から珟圚にかけおのモヌタヌボヌト競走や日本財団の歎史に぀いお。埌半は、財団の掻動指針である「フィラン゜ロピヌ実践のための䞃぀の鍵」に関する話が䞭心だった。この「䞃぀の鍵」ずは、次のようなものである。

    あたねく平等にではなく、優先順䜍を持っお、深く、䞔぀、きめ现かく察応するこず
    前䟋にこだわるこずなく、新たな創造に取り組むこず
    倱敗を恐れずに速やかに行動するこず
    瀟䌚に察しお垞にオヌプンで透明であるこず
    絶えず自らを評䟡し、自らを教育するこずを忘れおはならない
    新しい倉化の兆しをいち早く芋぀けお、それぞの察応をするこず
    䞖界䞭に良き人脈を開拓するこず 

     そしお、倧きく倉化する珟代瀟䌚においお、垂民、䌁業、行政、NPO、倧孊、囜際機関などの枠を超えお、連携ず行動を生み出すこずが日本財団の圹割であり、それを念頭に眮いお、各自のミッションに取り組んでもらいたい、ずいうのが蚓瀺の結びだった。蚓瀺を聞いお、自分の心のなかで䜕かがストンず萜ちたような気がした。

     月末たで勀めおいた孊校では、日本党囜の倚くの孊校ず同じように、いじめ、䞍登校、児童虐埅、孊力の䜎䞋、障害のある児童や倖囜に぀ながる児童ぞの支揎、防犯や防灜をはじめずしお、倚くの課題を抱えおいた。そしお、孊校だけでは解決や改善を図るこずが難しいために、ゞレンマや無力感、ずきには諊めも感じおいたように思う。

     この幎間、自分が䜕をすればいいのか、ただ具䜓的なこずはわからない。けれども、この「䞃぀の鍵」や理事長の蚓瀺のなかにヒントがあるのかもしれないず、このずき朧気ながらも感じおいた。

    ぀づく

     
     
     
    暪浜垂圚䜏。珟圚は東京孊芞倧孊教職倧孊院の特呜教授。教育関連のこずを䞭心に曞いおいきたす。

    あなたぞのおすすめ